七鈴菜 と 龍二
今度は、俺の目の前に立っているのは七鈴菜さんだ。
その顔は真剣そのものだった。
だから俺も、真剣に彼女に稽古をつけようと気合いを入れ直したのだが……。
「好きです」
「……へ?」
突然の告白に、つい間抜けな声を出してしまった。
他の皆も、ポカンと口を開けていた。
「えっと……急にどうしたの?」
「だって!ひふみんだけズルい!!」
ズルいって……『ひふみん』って言うのは、きっと佐々木さんの事だとは思うけど……。
「私だってあの告白はちょっと後悔してたんだよ?あんな風に告白するつもりなかったし……」
そう言って、七鈴菜さんは少し唇を尖らせてイジけたように言う。
うん……カワイイけどね……
などと、この場に相応しくない事を考える俺。
「刹那って……モテるよな……何でだ…………?」
「さあ?天性の才能ってやつじゃないのか?」
などと、外野の龍と善文が、他人事のようにそんな事を話しているのが聞こえた。
そんなの俺が聞きたいんですけど……。
まぁ、実際二人にとっては他人事ではあるんだろうけどね。
それでも男として、ここはハッキリさせておくべきだろう。
「ありがとう。七鈴菜さんの気持ちは嬉しいよ。けど、もうアリアから聞いてるかもしれないけど、俺には……その……」
「知ってるよ。刹那くんには、もう何人も恋人が居るんだよね?」
「うっ……」
俺は声に詰まる。
それだけ聞くと、まるで俺が遊び人のように聞こえる……。
自分の中では、皆の事を真剣に愛してるし、いい加減な気持ちで付き合ってるつもりなど一切ない。
それでも、他人から見れば、ただの優柔不断な男に見えるのかも……?
俺が人知れずダメージを追っていると、七鈴菜さんは尚も続けてきた。
「それでもいいよ」
「え?」
「この世界では、素敵な異性には複数人が普通なんだよね?それだけ刹那くんが魅力的って事でしょ?」
「そう……なのかな?」
そう言ってもらえるのは嬉しいが、あまり自分では分からない。
「そうだよ。それにアリアさんも言ってたよ?刹那くんの恋人達は皆素敵な女性ばかりだって」
「……そうだね。それは否定しない。皆俺には勿体無いくらい素敵だ」
俺は、自分の恋人達が褒められて、自分の事のように嬉しくなった。
「……うん。やっぱ羨ましいな」
七鈴菜さんはポツリと呟く。
「日本じゃ、きっと叶わなかった事……ひふみんだけじゃなくて、もしかしたら他にも刹那くんの事を陰ながら好きだった子も居たかもしれない」
「………………」
「そんな事はない」と言いたかったが、今は口を挟むべきでないと判断した。
「そうだったら、必ず刹那くんは【誰か一人】のものになっちゃう……でもこの世界なら、そんな心配はしなくていいんだよね?確かに刹那くんの気持ちもあるだろうけど、刹那くんが私の事も好きになってくれたら……きっとさっきの顔を私にも……それからひふみんにも向けてくれる。そう思うだけで凄く嬉しいの」
「七鈴菜さん……」
「だから……だから私も、刹那くんに見合う女の子になるから!」
そう言うと、彼女はバッと両手を上げて【詠唱】を開始した。
「火の精霊に願う 我が声 我が魂 我が意思を聞け 我の為にその力を貸し与えん〈炎爆〉!」
俺は少し目を見開く。
それは【中級魔法】の一つ…………球シリーズの中級版であった。
多少小さいが、それでもこの短期間で中級魔法を習得するのは、並大抵の事ではない。
俺は素直に彼女を賞賛したくなった。
七鈴菜さんが俺に向かって〈炎爆〉を放ってきた。
俺はそれに対して…………【無詠唱】で普通の〈水球〉を〈炎爆〉に向かって投げる。
すると、〈炎爆〉は大きな音と共に爆発した。
「きゃああ!!」
「「「ッ?!」」」
俺は瞬時に、七鈴菜さんの背後に回り込み彼女を受け止め、三人に結界を張って保護した。
辺りには、熱い水蒸気がモンモンと立ち込めていた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
七鈴菜さんは、俺に抱かれて恥ずかしそうに頬を染めていた。
「あーあ、やっぱダメだったか~」
ちょっと悔しそうにそう言って、七鈴菜さんは少し舌をペロリと出しておどけて見せる。
「そんな事ないよ?ちょっと驚いたし……凄いよ」
俺が素直に褒めると、七鈴菜さんはパァと顔を明るくさせた。
「ほ、本当に?!じゃ、じゃあ……」
そう言うと、彼女は何故かもじもじしだした。
「?」
俺が訝しんでいると、七鈴菜さんは照れながら上目遣いでお願いをしてきた。
「ひ、ひふみんにもしてたように……私の頭も……その…………」
あぁ……成程。そう言う事か……。
俺は、彼女の言わんとしてる事を察し、七鈴菜さんの頭に手を乗せて優しく撫でた。
七鈴菜さんは「えへへ」と言って、本当に嬉しそうに笑う。
「なぁ……?何で俺達って此処に居るんだっけ?」
「そんなの稽古に決まって……あれ?これ稽古だっけ?」
離れた場所では、そんな漫才みたいなやり取りが行われていた……。
「んじゃ、次は俺だな!!」
最後に龍が気合い充分に俺の前に立つ。
そんな龍に、俺はすかさず制止の言葉を投げ掛ける。
「ちょっと待って。龍」
「あん?何だよ」
「龍の固有スキルって【従魔召喚】だよな?」
「ぐっ……そ、そうだけど?」
本来【従魔召喚】は【特殊スキル】の部類に入り、人数は少なくてもそれ程珍しくもないスキルだ。
けれど、【固有スキル】とは本人の『潜在能力』或いは『潜在意識』から自動的に、その人にとって一番適している能力を選別し、与えるものである。
龍が何故【従魔召喚】が固有スキルとして備わったのかは分かる。
この男は、見掛けによらず無類の動物好きなのだ。
本人は隠したがっているが…………。
「従魔……持ってないよな……?」
「うっ!!それは……で、でも!俺にはこの拳がある!!」
そう言って、龍は自分の拳を握り締めて突き出してきた。
確かに龍は喧嘩は強い。
けれども、善文のような【拳使い】でないなら、この世界ではそんなものは通用しない。
俺は少し思案してから、ポンと手を打ってある提案をした。
俺達は今、王城から少し離れた森の中に居た。
アレク王の許可もちゃんと取ってあるので問題は無い。
目的は勿論、龍の従魔探しである。
襲ってくる魔物は全て俺が退治してるので、安全に進める。
そんな俺を、何とも言えない表情で見ている四人に気付かないふりをする。
俺は別に、闇雲に従魔を探しているわけではない。
ちゃんと目的地は存在する。
俺はとある場所まで行くと、徐に足を止めた。
四人はただ首を傾げるばかりだ。
当然だろう。
ここはまだ、何の変哲もない普通の森だ。
周りにはただ、木々が立ち並んでいるだけ……。
俺はそんな木々のとある方角を見ながら口を開く。
「クー。居る?」
俺がそう呼びかけると、木々の空間がユラユラと揺らめき出す。
「「「「ッ?!」」」」
四人が息を呑む。
俺は特に驚きもせずにその光景をただ見詰めていた。
すると、その空間から暗緑色の毛を生やした右前足がヌッと現れ、続け様に頭、胴体、後脚が、ゆっくりと現れて、俺達の前に降り立つ。
その姿は犬のようでもあり、体躯は牛程の大きさで、尻尾は丸まっていた。
『久しいな、セツナ。てっきりオレの事など忘れておったのかと思ったぞ?』
そいつは、犬歯を覗かせながら、笑って俺に言ってきた。
「皆同じ事言うんだな……忘れる事なんてあるわけないのにな」
俺は苦笑しながら答える。
後ろの四人に振り返ると、全員呆然として固まっていた。
「あー……こいつはクー。【クー・シー】って言って、妖精の番犬って言われている。一応【魔物】の類ではあるが、知能は高いし、失礼を働かなければ良い奴だから」
皆は俺の説明を理解したのかしてないのか、取り敢えずオズオズと頭を下げた。
『して?何か用なのか?』
俺はクーに説明をした。
期間限定で良いので、一時だけ龍の従魔になってくれないかと……。
俺の話を黙って聞いていたクーは、チラリと龍を見遣る。
龍はその視線に気付き、バッと頭を下げた。
「お願いします!俺に力を貸して下さい!!」
クーが、頭から足の爪先まで龍を舐め回すように見ると、「ふむ」と一つ頷いて言葉を発する。
『良いだろう。他でもないセツナの頼みだ。リュウとやら、オレの主に恥じぬ行いをするが良い』
それを聞くと、龍がガッツボーズをして、何度もクーに礼を言った。
「ありがとう、クー。感謝するよ」
俺がそう言ってクーの頭を撫でると、クーは嬉しそうに目を細める。
これにて、今晩の稽古は終了である。
後は、皆が個々に自らの能力を何処まで上げれるのか…………これから楽しみだ。
補足
クー・シーは、スコットランドに伝わる【犬の妖精】の事です。
ここでは、一応魔物扱いとさせて頂きます。




