善文 と 一二三
俺達は今王城の鍛錬場に来ていた。
即席の結界を張り外界と隔絶する。
今目の前には善文が居る。
端の方には、七鈴菜さんと佐々木さんと龍が固唾を飲んで俺達を見守っていた。
「それじゃ始めるか。いつでもいいぞ」
俺は善文に向かってそう言った。
昼間に皆へのドッキリ大作戦を成功させた後、普通に皆と楽しいお茶会をしていたのだが、善文が唐突に稽古をつけてくれと頭を下げて来た。
最初は驚いてどうするか迷っていたが、善文のあまりの真剣な顔に、俺は断ると言う選択を捨てた。
善文の言葉を聞いて、自分達もと言ってきたので、他の三人にもこの後稽古を付ける予定だ。
やる気があるのは結構だが、正直俺はあまり乗り気ではない。
俺が教えるのは………………確実に相手を討つ戦い方なのだから…………。
それでも、教えるからにはちゃんと教えるつもりだ。
何故なら、俺は皆に死んで欲しくないからだ。
「ふぅー…………じゃ!行くぜ!」
善文は一度目を閉じて息を大きく吐き出すと、自分に言い聞かせるように叫んだ。
両拳、両足に魔力が集中されていく。
そして、地面を抉りながら、物凄い速さで………………真正面から鋭く強烈な右ストレートを打ってきた。
俺は眉を顰める。
善文の右ストレートを、ただ左手で軽く押し流し、簡単に軌道をズラす。
それだけで、善文は簡単に体のバンスを崩し、たたらを踏む。
「…………なあ。善文……何で正面から来るんだ?」
「へ……?何でって……」
善文は何を聞かれたのか分からず、キョトンとしていた。
「馬鹿なの?」
「なっ?!」
俺は善文が文句を言う前に、すかさず後ろに回り込み、手刀を善文の首に振り下ろし…………ピタリと寸止めをする。
「「「「ッ?!」」」」
善文だけでなく、ここに居た全員が息を呑む。
「念の為に言うが、今のは別に何の能力も使ってないよ?」
「どう言う……こと、だ……?」
善文が声を絞り出すように問う。
「ん?別にそのままの意味。ただ善文の死角に入っただけ」
「死角……?」
「まぁ、ちょっとした小技を使ったけどもね。予備動作なく、少しだけ体をブラして、相手の目線を無意識に動かさせる。人間てのは目に頼る傾向があるから、動く物にはつい目で追ってしまう。それを俺が態と誘導して死角を作り、その隙に後ろに回り込んだって事」
「?????」
善文は尚も意味が分からないと言った顔をする。
「んー……そうだな。もっと簡単に説明するなら【ミスディレクション】って言葉は知ってる?」
「みす……でぃれ、くしょん……?」
「これは良くマジシャンが使う小技だよ。観客を別の事に集中させる事で、見えない所でタネを仕込む?みたいな感じ。俺がやったのも同じようなものだよ。善文の視線を別の所に向けさせたのに過ぎない」
「………………」
「俺が何が言いたいかって言うとね、善文は最初から全力で、俺の正面から殴りにかかってきた……何で?」
「それは……」
「魔物が全て、素直に正面から攻撃を受けてくれるとは限らない」
「………………」
「これは善文の性格上もあるけど、善文がボクシング部だと言う理由もあると思う。けど、馬鹿正直な攻撃は相手に読まれやすいし、善文の脚力強化は諸刃の剣だ。突きの威力が上がるけど、避けられたら次の動作に持っていくのに時間がかかり過ぎる。そんな時間を敵が待ってくれると思う?」
「………………」
善文は黙って俺の言葉に耳を傾けていた。
善文の実直さは美徳である。
けれど、戦いに於いてそれはとても危険極まりない事なのだ。
「俺からのアドバイスは、折角ボクシングの技量があるんだから、ステップをもっと活用すべき事と、後は脚力強化に強弱をつけるべきだね。ここぞと言う時を見計らって、最高のカウンターをお見舞いする。それだけでも、戦局は大分有利になると思うよ?」
俺はそこまで言うと善文を見る。
善文は悔しそうに唇を噛んでいたが、俺の目を真っ直ぐ見て「分かった」と一言言った。
次の相手は佐々木さんだ。
「よ……よろしくお願いしましゅっ?!」
佐々木さんは、緊張し過ぎて舌を噛んでしまい、真っ赤な顔で俯いてしまった。
俺は苦笑する。
けれど、すぐに真剣な顔で佐々木さんに言った。
「それじゃ、本気で来て」
「わ、分かりました!」
佐々木さんも、俺の気迫に押されて勢い良く頷く。
そして、持っていた本を開き目を閉じた。
「へぇー……」
俺は少し驚いた。
彼女の両脇に、赤と緑の狛犬らしきものが、ゆらゆらと現出したのだ。
俺はすかさず【鑑定眼】を発動して、彼女のステータスを視る。
「固有スキル【想像】か……面白いの持ってるね」
俺がそう言うと、佐々木さんは少し顔を赤らめてから叫んだ。
「い、行きます!!」
狛犬っぽいの……恐らく赤が【火属性】で、緑が【風属性】だろうとは思う……が、俺目掛けて突進してきた。
俺はそれを目で捉えながら、微動だにせずにただ見ているだけだった。
「……え?」
そんな俺の行動に、佐々木さんが目を丸くして、すぐにハッとした顔になる。
そして次の瞬間…………狛犬っぽいのは跡形もなく消え失せた…………。
「「………………」」
俺達の間に沈黙が流れる。
きっと佐々木さんは、何故俺が何もしなかったのか疑問に思っている事だろう。
けれど俺は、逆に佐々木さんに疑問を投げかけた。
「佐々木さん……何で攻撃止めるの?」
「へ……?え?何でって……それは……」
佐々木さんは、動揺を露わにしながらオロオロするばかりだ。
「……俺に攻撃が当たると思ったから?」
「………………」
佐々木さんは何も言わない。
俺が溜め息を吐くと、佐々木さんの肩がわかり易くビクリと跳ね上がる。
それを見た俺は苦笑しながらも、善文とは違って、佐々木さんには優しく諭すように言う。
「まず、俺が何故動かなかったかの疑問だけど、第一に【殺気】が全く感じられなかったから。俺最初に言ったよね?本気で来て欲しいって」
「ッ?!」
「第二に、スピードも威力も弱すぎる。あれならギリギリ待っても、容易に躱す事は簡単だったから」
俺が一言一言を言い聞かせるように言うと、佐々木さんの瞳に悔し涙が浮かんでくるのが見て取れた。
俺は苦笑しながらも、佐々木さんの傍に寄って頭に手を添えた。
佐々木さんは一瞬ビクりと体を強ばらせたが、俺が頭を撫でると体の力を抜く。
「善文同様に、それは佐々木さんの性格上の問題だからしょうがないのかもね。佐々木さんは、良くも悪くも優しすぎるんだよ。俺はそれが悪い事だとは思わないけど……戦うとなると、佐々木さんだけでなく周りの皆にも、その優しさが仇となる。もし佐々木さんが望むなら、俺がアレク王に言って、佐々木さんを戦わせないように「それはイヤ!!」?!」
俺はいつにない佐々木さんの剣幕に驚いてしまう。
以前の彼女からは想像出来ない程の気迫で、真っ直ぐに俺を見ながら、はっきりと自分の気持ちを伝えてきた。
「わ、私は……私は先輩が好きです」
「………………」
「中学の頃から……良く図書室で見掛ける先輩を陰で見ていました」
それは知らなかった。
俺はてっきり、イジメを助けたのを切っ掛けに、俺に好意を寄せてくれてると思ってたから……。
「この高校に入ったのだって先輩が居たからで……告白するつもりは無かったんです。ただ、遠くから先輩を見ているだけで良かった。私は自分に自信が無いから……」
そう言って彼女は少し俯き、けれどすぐに顔を上げた。
「そんな時【勇者召喚】でこの世界に来ました。最初は、何で私が?って思いました。けれど、そこには先輩も居て……私にもちゃんと能力があって……こんな私でも誰かの……先輩の役に立てるんじゃないかと思ったら、凄く嬉しかったんです」
「………………」
「あの時の告白は、つい勢いで言っちゃったけど、私が自分を変えれたら、今度こそちゃんと告白しようと決めていました。本当は、まだまだ全然ダメダメで、なのにまたこんな勢い任せで…………先輩も呆れてるかもしれませんが……」
「……そんな事は無いよ。正直に、そんなに俺を想ってくれて嬉しいと思ってる」
そう言うと、佐々木さんは少しだけ頬を染める。
「私は変わりたいんです。先輩の為ではなく、自分自身の為に……今迄何もかも諦めてきたけど…………今度は諦めないで、逃げ出さないで……ちゃんと先輩の隣に立ちたいんです。刹那先輩に…………好きになってもらいたんです……っ!」
そこまで言うと、佐々木さんは堪えきれなくなったように涙を流した。
袖で涙を拭う彼女に、俺は優しく頭を撫でる。
「ありがとう。それじゃ、俺からの佐々木さんへのアドバイスは、【守る】事を前提に力を振るう事」
「まも、る……?」
「そう。誰かを傷付ける事に能力を使うと言う意識を改めて、仲間を【守る】事……魔法やスキルって言うのは、本人の意識や無意識が能力の強さに反映される。意志の強い人が、自分と同じ魔法を放っても、威力が桁違いに違うのは、そこに確固たる【意志】が上乗せされるからだ。だから俺からのお願い…………佐々木さんのその力で皆を守ってあげて?」
佐々木さんはそれを聞くと、更に涙を流しながらも、何度も何度も頷くのだった。
そんな俺達のやり取りを黙って見ていた善文が、少し拗ねたように口を開いた。
「……何か俺の時と対応違くないか?」
「え?だって善文だし?」
「はあ?それどう言う意味だよ!!」
そんな軽口を言い合う俺達に、皆がどっと笑いだす。
佐々木さんにも、漸く笑顔が戻って一安心だ。
修行…………難しいな 汗
ミスディレクション!!
これであるキャラを思い浮かべた方…………仲間ですっ!! 笑笑




