勇者一行ダンジョンへ?②
数日後、聖騎士四天王と勇者一行は、王都の近場にあるダンジョンへと向かっていた。
道すがら、ダンジョンについて、既に勉強していた事ではあるが、お復習いと言う形で、聖騎士が話してくれる。
ダンジョンとは、【魔素】溜りによって出来た迷宮である。
何故ダンジョンが現出するのか……それは未だに誰も解き明かす事の出来ない未知の存在だ。
一説によれば、魔素が溜まり過ぎると、世界の均衡を脅かすと危惧した神が、その魔素溜まりを封印する名目で作り上げたのでは?と言われているが、真偽の程は定かではない。
そして、ダンジョンには、魔素溜まりの量によって階層が自動で決まるらしい。
初級が10階。
中級が50階。
上級が100階。
と言う具合にだ。
「因みに、100階を踏破したのは、過去の例を見てもただ一人…………【初代勇者】だけさ」
その言葉に、数人の生徒が頬が緩みそうになるのを、必死で抑えていた。
それから、一番魔素溜まりが集中している階層から順に強い魔物が出現する。
しかし、ダンジョンで生まれた魔物は、決して外に出る事はない。
魔物が死んでも、一定の時間が経てば、魔素から新たな魔物が生み出され、ダンジョン内で魔物が絶える事は無い。
「ここまでで何か質問はあるかい?」
「……初代勇者は、一人でこの初級ダンジョンを攻略したんですよね?」
質問をしたのは楠木だ。
楠木は気付いていた。
初代勇者の話を聞く度に、七鈴菜の目がキラキラと輝いていたのを……。
そんな七鈴菜を見て、人知れず初代勇者に闘志を燃やしていたのだ。
刹那にとってはいい迷惑である。
「うん?そだよ~」
「確か半日でしたよね?俺達なら予想としてどれくらいかかりそうですか?」
「ふむ。そうだな……お前さんら全員で、約一日って所か……」
「一日……ですか」
「おいおい。シルバは相変わらず甘いな。初級っつっても、こいつらで最奥まで行けるかどうかも疑問だっつーのに」
「正直、あたしもアルのおっちゃんと同じ意見だね。確かに、何人かは期待は出来るけど、全員じゃちと難しいんじゃないかい?」
楠木が一日でも早い方なのでは?と思ったが、他の聖騎士達は、あまりにも辛辣な言葉を投げかける。
それに苦虫を噛み潰したような顔をする、楠木と生徒達。
「お前さんらは全く……はぁ~……」
シルバールとしては、なるべく生徒達の士気を上げる為の発言であったのだが、その努力が仲間達の発言で、全て無駄に終わってしまった。
(まあ、否定は出来んが……)
あんな事を言っても、シルバールもやはり同じ意見であるのだ。
初級ダンジョンにはダンジョンボスは存在しない。
代わりと言ってはなんだが、異常に魔物の量が多いのだ。
故に、準備を怠れば初級と言えども命の危険さえ脅かされる可能性もあった。
そんなやり取りを、まるで他人事のように後方で眺める一団があった。
「はぁー、やっぱり刹那くんは凄いんだね」
前方の生徒達には気付かれないよう気を配りながら、七鈴菜は呟いた。
「だな。親友としては鼻が高いが、逆に親友だからこそ、今のままじゃ駄目だとも思うんだよな~」
善文が頭を掻きながらボヤく。
先日の言葉は、善文の本音ではあったが、実はかなり私情も交えていた。
自分の実力は、今のままじゃ刹那の足元所の話ではない事を、善文自身が良く分かっている。
「わ、私も!が、頑張ります……?」
「何で疑問形なんだよ……」
一二三が、必死に自分を変えようとしているのは誰の目にも明らかであった。
それは単に、刹那に認められたい一心の事である。
けれど、それがいつも空回りをしてしまう事に、善文は苦笑する。
「お前達は良いよ。俺なんか今のままじゃ全然役立たず過ぎて…………胃が痛くなってきた」
実はここにはもう一人、刹那の事情を知る者が居た。
彼の名はーー羽柴 龍二ーー。
刹那達の後輩であるが、刹那と善文の友人でもある。
龍二は、【羽柴組】の次期組長と呼び声が高く、周りからも畏れられている存在ではあるが、刹那がひょんな事から彼を善文に紹介して、善文もそれを難無く受け入れた。
周囲からは、あまり良い顔はされないが、そんな事は刹那も善文も特に気にしないタイプなのだ。
龍二に刹那の事を話すと決めたのは、善文の独断である。
七鈴菜も一二三も、善文の決断で、尚且つ刹那が信頼している友人なら、と了承してくれた。
「そう言えば、龍の固有スキルって【従魔召喚】だっけ?」
「そ!何でこれが固有スキルなんだか……それに従魔召喚って、従魔居なきゃ意味なくね?」
ガックリと肩を落とす龍二。
「まあまあ。アリアさんも言ってたけど、【固有スキル】は、本人の潜在意識などにも関係するっつーしな」
「…………何が言いたいんだよ」
「そりゃ、お前が無類の動物ず「わーーーーーーーー!!」」
龍二の叫び声に何人かの生徒が振り向いたが、龍二が怖いので遠巻きに見ているだけだ。
「あはは。別に恥ずかしがる事ねぇーだろ?」
「そうだよ?動物が好きなんて、素敵な事だと思うけど?ね、ひふみん」
「う、うん!そうだよ!確かに意外ではあるけど!!」
「佐々木……お前それフォローになってないから……」
善文の的確なツッコミに、自分の失言に「あ」と小さく声を漏らした一二三は、慌てたように顔を俯かせた。
「うぅぅ……どうせ似合わねぇーよ」
龍二はイジけて、またもや肩を落とすのだった。
そんな四人を遠巻きに見ていた生徒の中に、複雑な表情をしている二人がいる事に、善文達は気付かない。
そんなやり取りをしながら、勇者一行はダンジョンの入口前に到着していた。
「んじゃま、行きますか!」
ケイトの号令に、生徒達は息を飲み、ダンジョン内に足を入れる。
「ダンジョンと言うのは、灯りのあるダンジョンと、無いダンジョンがあります。ここのダンジョンは、初心者に易しい前者のダンジョンですから、光魔法の使えない方でも入っても問題はありません」
シーナがダンジョンの補足をしてくれる。
「ついでに言うと、ここの魔物達は【コボルト】【ゴブリン】【オーク】が主に出てくる。一般的には、D~Eのランクだな」
アルフォートが更に付け足す。
「うむ。早速お出迎えが来たようだな」
シルバールが前方に目を向けると、緑色の醜い顔をした【ゴブリン】が、棍棒を片手に目をギラつかせながら生徒達を睥睨していた。
その目は、完全に捕食者の目であった。
何人かの生徒は、その目に後退りをする。
そんな中、楠木は皆の前に出て、聖剣【クラウ・ソラス】を抜き、ゴブリンに突進していく。
「うぉぉぉぉ!!」
楠木は、難無くゴブリンを一刀両断のもと切り伏せた。
「は!大した事ないな」
そう言いながら、楠木はチラリと七鈴菜を見遣る。
けれど、七鈴菜の瞳は楠木を通り越し、彼の後方を凝視していた。
「安心するのはまだ早いと思うな。…………来るよ!!」
七鈴菜の言葉を皮切りに、続々と魔物達が生徒達に襲いかかる。
ここからが、本当の幕開けであった。
「はぁ……はぁ……」
現在五階層、漸く半分まで辿り着いた皆の顔には、憔悴がありありと浮かんでいた。
聖騎士が言うように、魔物はゴブリン・コボルト・オークのみであったが、集団で襲ってきたり、或いは、囲ってジワジワ迫ってくる魔物まで居た。
生徒達は、自らの見通しの甘さに、既に後悔していた。
今の所、大きな怪我をした者はいないが、体力までは流石に回復出来ない。
「くっそ!何なんだよ!数多すぎだろ!」
楠木は珍しく悪態をつく。
そうしなければ、やっていられなかったからだ。
楠木は、自分の【聖剣使い】と言う能力に自信があった。
(そもそも【聖剣】と言えば、勇者のみが使う事が出来るのが王道だろ!!)
楠木の言う通り、【地球】ではそれが王道の物語りだったかもしれないが、この世界では違う。
確かに、聖剣は特別な能力が備わっていたりするが、勇者に限らずこの世界の住人も持っているのだ。
例えば、エルフ国エルフ王もその一人である。
実は、アルフォートも所持していたりするのだが、アルフォートの信念で、実戦以外では使わないので生徒達は知らない。
「疾風くん。大丈夫?はい、これお水」
七鈴菜が見兼ねて楠木に声を掛ける。
けれども、それは逆効果でしかなかった。
(くっ!!もっと七に良い所を見せる筈が……何やってんだよ!!俺っ!!)
「だ、大丈夫だよ!これくらい何でもないさ!!」
楠木は受け取った水を一気に飲み干し、気丈に振る舞おうとして、七鈴菜に笑いかける。
けれど七鈴菜は、「そう?」と言うだけでその場を離れていった。
七鈴菜にとって、正直どちらでも良かった。
今頭にあるのは、次の戦闘でどう動けば効率が良いか……これは、刹那の戦闘スタイルでもあった。
どんな局面に於いても、例え自分より強い者が現れても、刹那は常に頭と心を切り離し、どう効率良く相手を仕留めるかを考える。
自分の能力を知り、その力を最大限まで引き伸ばしていく。
それを聞いた七鈴菜は、自分の能力は【観察眼】である為、それをどうやって引き伸ばすかを考えていた。
刹那に少しでも追いつきたい……。
刹那が自分を頼りにしてくれていると言ってくれた……。
刹那が皆の力になって欲しいと言った……。
全ては刹那の為だけに、七鈴菜は皆に声を掛け、励まし続ける。
そんな事をすれば、勘違いする男も居るだろうに……七鈴菜の頭は刹那の事しかない。
「雛形。お前も少しは休んどけよ?も少ししたらまた出発だから」
「うん……そうだね。それじゃ、少し休ませてもらうね?」
それでも、善文の言う事は素直に聞く七鈴菜。
けれど、それも結局は、善文が刹那の親友であるが故だ。
何より、刹那自身が善文を頼りにしている。
そんな、刹那が大切だと言う人を、七鈴菜は無碍にはしない。
(もっと魔法の腕を磨いた方がいいかな?それとも、私も何か武器を覚えた方が?そうすれば、不測の事態に備える事も出来るし……それとも……)
休んでいる間も、七鈴菜の頭は別の事で一杯であった。
一二三は、本を片手に思索していた。
(やっぱり威力が弱いのかな?それとも、スピード?私の子じゃ駄目なのかな……)
一二三は落ち込んでいた。
彼女の固有スキルは【想像】だ。
【本】を媒介として、自分がイメージした物を作り出す事が出来る。
ただし、それには豊かな想像力がなければ駄目だ。
イメージがしっかりしておらず、曖昧なイメージでは、すぐに形が崩れてしまう。
なので、一二三は時間の許す限り、ありとあらゆる本を読み漁る。
自分のイメージを確立させる為に……。
けれども、一二三の攻撃では、魔物を一瞬怯ませる事は出来ても、未だにまともに魔物を倒せないでいた。
このスキルは、一二三が思う以上にチートなスキルなのだが、一二三はその力を使いこなせないでいる。
(やっぱり……私じゃ駄目なのかな……?こんな私を見たら、刹那先輩にきっと呆れられちゃうよね……)
自然と瞳に涙が溜まってくるのに気付き、一二三はギュッと瞼を閉じた。
(ダメ!!弱気にならないって決めたでしょ!!刹那先輩は、こんな私を否定しなかった。私が刹那先輩に少しでも近付く事が出来たら、今度こそちゃんと告白するって決めてるんだから!!)
一二三は自らに言い聞かせる。
一二三もまた、頭の中は刹那の事ばかりであった。
それだけではなく、こんな自分を受け入れてくれる、素敵な女性達の事を思い浮かべる。
(一緒に頑張ろうね、って言ってくれた。刹那先輩には、沢山の恋人が居る……本当なら嫉妬する所なんだけど、この世界ではそれが普通……力のある人が何人もと関係を持つのは……でも……)
そう、でも刹那の場合はそれだけでないのだろう、と一二三は思う。
刹那は常に自然体だ。
隠し事はあっても常に実直だ。
間違っている事は間違っているし、自分の信念に反した事は許さない。
自分をしっかり持っている人。
本人は目立つ事を避けてるつもりであるが、ちゃっかり目立ってたりする。
知らぬは亭主ばかりなり、である。
皆が刹那に好意を寄せるのは、その人柄によるものだ。
一二三もそれは分かっている。
だから好きになったのだから……。
(そうだよ。この世界なら、私にもまだチャンスはあるんだから!元の世界なら、なな先輩やアリア様がライバルなら絶対に勝てないけど、二人共応援してくれた。刹那先輩も否定しなかった!だから……頑張るんだから!!)
一二三は、新たに自分に誓いを立てた。
前に進む事を……。
「ふぅ~……」
善文は人知れず息を吐く。
別に疲れているわけではない。
いや……疲れているのだろうか……精神的に……。
(これは思った以上だな。一斉に魔物に襲われたりすれば、皆混乱するばかりだ。冷静に対応出来たのは僅かばかり……何か刹那に申し訳ないな)
善文は刹那に頼まれた。
後の事は任せると……。
それでも自分が出来るのには限界がある。
やはり、まだ時期尚早だったかもしれないと、善文は感じていた。
「あ、あの!く、倉本……くん!」
「……え?」
今後どうやって皆を先導して行くべきか考えていた善文は、近付いてきていた人物に気付かなかった。
「あ……東雲先輩」
善文に声を掛けてきたのはーー東雲 世莉香ーー。
刹那と善文の先輩で、女子剣道部の主将である。
「えっと……その、大丈夫?何か疲れてるみたいだけど……」
「え?あ、は、はい!大丈夫っす!」
妙に緊張した面持ちで善文が返答する。
「そ、そっか……それなら良いんだけど……」
「あ……はい……」
「…………………………」
「…………………………」
妙な空気が流れる。
(ぐわ~!!こう言う場合どうすりゃいいんだよ!!何か気の利いた事言うべきか?!けど、何を言えばいいんだよ?!刹那!!助けてくれ!!)
一人で頭を抱えながら、ここには居ない親友に助けを求める善文。
けれど、当然返事など返ってくる筈もなく……。
「そ、それじゃ、私もう行くね?」
「え?あ……はい……」
世莉香はすごすごと離れていった。
善文は、ただ世莉香の背中を見詰めるだけだ。
この二人、怪しい事この上ない。
「はぁ~」
今度は別の意味で息を吐く善文。
自分のヘタレ具合に自己嫌悪しているのだ。
そこで、善文は心に決める……。
(今度刹那に会ったら、女性との接し方を聞こう!!)
拳をグッと握り締めたのだった。
勇者一行がダンジョンから出たのは、一日半が経ってからだった。
「一日半か……まあまあかな?」
遅過ぎず、早過ぎず、まさに普通である。
皆の顔には疲労が色濃く出ていた。
そんな生徒達の前に、王城から一人の使者が声を掛ける。
「失礼します。少々宜しいでしょうか?」
「お?どうした?」
使者は、アルフォートに何やら耳打ちをし、アルフォートがそれを聞いた途端、二ーっと悪い笑みを浮かべる。
「ナズナ、ヒフミ、ヨシフミ、それから次いでにリュウジ」
「え?」
「はい?」
「え?え?」
「……次いでってなんすか」
龍二は半眼でアルフォートを睨む。
「まあまあ。王女がお呼びだそうだぞ?」
人の悪い笑みを浮かべたまま、アルフォートは四人を見遣る。
「えっと……用件は?」
「それは行ってからのお楽しみだな」
善文の質問に、アルフォートは悪戯っぽく言った。
四人は訳が分からないと言った感じではあったが、王女直々のお呼びなので断るつもりはない。
訝しみながらも、四人は他の生徒達とは別に、先に王都に戻るのであった。
そこには、約一ヶ月ぶりの懐かしの人物が居るとは知らずに_______________。




