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【転生】と【転移】の二足の草鞋  作者: 千羽 鶴
第二章 エルフ国での脅威誕生
20/96

逸話~アリア・ウィル・サリファムの場合~

初めて彼を見た印象は、『よく分からない』でしたーーー。


私は当時7歳で、自分で言うのはなんですが、これでも一応は王族としての矜持があるので、第一印象で相手を見定める目は持ち合わせていると思っておりました。

ですが、彼は他とは何かが違う……そんな事は今まで一度もなかった……ですので、私は初めは彼が苦手で仕方ありませんでした。


事の発端は、『王都主要会議』での事_______________。


私はまだ幼すぎて参加出来ず、どう言った話し合いが齎されたのかは詳しくは分かりません。

ですが、議題はやはり専ら【魔族】の事だと聞いておりす。

自らを【魔王】と名乗る者が突如現れ、急激に勢力を拡大しているとの事……。

【魔族】だけではなく、【獣人】もそれに加担していると言う話でした。

お父様は、いつかこんな日が来るのではないかと危惧していたらしいのです。

斯く言う私も、そんな予感はありました。


私は、王都よりあまり外に出た事がありませんでした。

ですので、7歳の誕生日から少し経った頃に、お父様が近くの諸侯に視察に赴く際に、私の同伴をお許しになられた時は本当に飛び跳ねる程大喜びしたものです。

けれど、何故お父様が私を今まで王都以外に連れて行ってくださらなかったのか……何故今まで、視察の同伴を申し出ても、辛そうなお顔をなされるのか……この時私は初めて知る事になるのです。

私は馬車から見る光景に戦慄しました。

【魔族】や【獣人】が、当たり前の様にそこでは働いておりました。

まだそこまでなら良かったのですが、そこで私が目にしたものは、何をしでかしたのかは分かりませんが、お仕置きと称して、何やら硬い棒で無抵抗の【魔族】や【獣人】を叩いている光景……。

叩いているなど軽い形容ではなく、まさに容赦なく滅多打ちにしていたのです。

ぶたれているのにも関わらず、その者達は、一切抵抗する事はありませんでした。

瞳には生気は宿っておらず、まるで人形のように無表情でした。

しかも、あたかもそれが当たり前の風景だとでも言うように、行き交う人々は、何食わぬ顔でその場を通り過ぎているのです。

私はそのあまりの光景に、口を覆い、身体が震えながらも、その異様な様を見ている事しか出来ませんでした。

本来なら、馬車から飛び降りて、今すぐにこの様な暴挙を止めるべきなのに……私の身体は、最早『恐怖』で塗り固められてしまい、身動き出来ない状況に陥ってしまいました。


今思い返しても、ただただ恥じ入るばかりです。

私は、結局は自分が一番可愛かったのですから……。


その後、お父様から聞かされました。


奴隷制度の実情を……。

人々の罪深さを……。


お父様は、本当なら私がもう少し大きくなってから、この世界の現状を教えるつもりだったようです。

ですが、近い内に何かが動くような……そんな予感めいたものがお父様にはあったようです。

お父様にはスキル【先見の明】をお持ちでしたから……。

未来を視るのではなく、あくまでも胸騒ぎのようなものらしいのですけど。

なので、お父様はその前に私に今をちゃんと『見て』、『知る事』を学ばせたかったとの事です。

お父様は、長年奴隷制度の廃止を訴えかけてきましたが、いくら王族と言えど、何百年と続いた風習は、そう易々と変わるものではありません。

この現状に、お父様は長い間自分の無力さに心を痛めてきた……私は自らの視野の狭さに唇を噛むほかありませんでした。


私はずっと平和な……小さな世界で守られてきたのですね……。


この時に決意しました。


私がお父様の支えになると_______________。


ーーーーーーーーーーー


そして【勇者召喚の儀】当日……。

今私の目の前には、白い法衣を纏ったお母様がおります。


「アリア……いいですか?例えお母様に何かあったとしても、貴方の弟、クルトを支え、そしてこの国の憂いを晴らして下さい」

「はい!お母様」


私は必死に涙を堪えながら、力強く、されど今出来る最大級の笑顔をもって、お母様を見つめました。

お母様はそれに安堵したかのように、私の一番大好きな笑顔を向けて下さいました。


【勇者召喚の儀】_______________。


これは、文献ではよく知られており、一般人でも知らない者はおらない程有名な魔法ですが……実情はとても厳しいものなのだそうです。

【人族】とは、【魔族】よりも魔力は少なく、【エルフ】よりも【精霊力】は少ない……。

【勇者召喚】は、【魔力】と【精霊力】双方の力がうまく合わさる事で、初めて術式が完成するそうです。

しかも、【人族】には【精霊魔法師】が数える程度にしかおらず……お母様はその内の1人でした。


お父様は、最後まで断固として反対しておりましたが、お母様に諭される形で、結果的に折れる事となったそうです。


失敗したら……いえ、例え成功したとしても、お母様は恐らくはもう……。


そこまで考え、私は頭を振りました。


今はそんな事を考えてる暇なんてありません。


お母様の行いが、決して無駄にならないよう、私は神に祈り続けました。

勿論、お母様だけでなく、今回【召喚魔法】を執り行うに辺り、世界中から掻き集めた【魔導士】が凡そ30人と、お母様を含めた【精霊魔法師】が12人……これでも、まだ成功する確率は極めて低いのだと聞いておりす。


その方達の安否も気になる所です……。


そして、【勇者召喚の儀】がとうとう始まりました。

その間は、外界とは完全に隔絶されます。

中の様子は誰にも分かりません。

そして三日目の朝……朗報が舞い降りてきました。


【勇者召喚】が成功したと_______________。


ーーーーーーーーーーー


今目の前には【勇者】がおります。


とても不思議な人……いきなり理不尽に【召喚】されたのにも関わらず、とても落ち着いてるように私には見えました。


彼の名は【セツナ・シラバネ】と言うそうです。


お父様は、この世界の実情を包み隠さずお話しました。

本来なら、王であるはずのお父様が、ここまで【異世界人】に話す必要のない事まで……。

けれど誰も何も咎めたりはしません。

ここにいるのは皆、お父様が信を置いている、優秀な方々ばかりですから。

最後に、「このような事に巻き込んでしまい申し訳ない」と、お父様は頭を下げ、臣下も、勿論私も頭を下げました。

すると、そこまでずっと黙って話を聞いていた彼が、徐に口を開きました。


「一つ聞いてもいいですか?」


その声に皆が顔を上げると、真っ直ぐにお父様を見つめながら彼は問いました。


「俺を召喚した人達はどちらに?特にその中に一人だけ明らかに他の方達と雰囲気の違う女性がいました。その方が一番消耗が激しいように見受けられましたが?」

「「「「「ッ?!」」」」」


それは恐らくはお母様の事でしょう。

この方は、このような理不尽な【召喚】に混乱し、取り乱してもおかしくない状況にも関わらず、周囲を観察する余裕があったというのでしょうか?


「出来ればその方、それに召喚に携わった方々に会わせていただけませんか?」

「そ、それは……」


お父様が言い淀みます。


それもそのはずです。

お父様は自分一人が、彼に罵倒される覚悟があったわけですから。

まさかその矛先が、【召喚】を行った者達に向けられるとは思ってはおりませんでした。


ですが、彼は私達の予想を簡単に打ち消しました。


「あー……勘違いしないでもらいたいのですけど、俺があくまで直接話がしたいだけで、文句を言うつもりとかは全くありませんから」


その言葉が本当かどうか、半信半疑ではありましたが、お父様は【勇者】の願いを無碍には出来ず、渋々了承しました。


お母様の事を話すと、彼は一瞬眉間に皺を寄せました。

初めての変化でした。

そして、程なくしてお母様の寝室の前に着き、ノックしてから入室しました。


「?!」


私は変わり果てたお母様の姿を見て、咄嗟に目を背けてしまいました。


頬は痩け、目は窪み、唇も肌も荒れ、美しかった金髪は所々色は落ち、銀髪……と言うよりも白髪に近い状態に……。


ですが、彼は顔色一つ変えずに、お母様のベッドの隣まで歩き微笑んで一言口にしました。


「改めて、お初にお目にかかります。私の名は『白羽 雪那』と申します。以後お見知りおきを、アンジェナ王妃」


まるでお手本のような所作で一礼をしたのです。

その姿に皆が目を瞠りました。

お母様も一瞬驚いた顔をしましたが、すぐに薄く笑顔を向けて言いました。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。このような姿で相対する事をどうかお許し下さい」

「いえ、お気になさらず。もし宜しければ少しお話をさせていただいてもよろしいですか?もし無理でしたらまた後日改めてお伺い致しますが……」


この場の皆が『後日』なんてないだろうと思っている事は一目瞭然でした。

もしかしたら彼も気付いていたのかもしれません。

そんな彼にお母様は顔を横に振って笑顔のまま言ったのです。


「構いませんよ。それで何が聞きたいのですか?」

「?特には何も?」

「「「「「は?」」」」」


お母様だけでなく、その場に居た皆が声を揃えて驚きました。

ただの冷やかしなのでしょうか?


そうであったなら、死にゆく者に対してあまりの所業!!


私はフツフツと怒りが込み上げて来ました。

ですが、彼はそんな私達の気持ちに気付いてか気付いてないのか、言葉を続けました。


「最初に言いましたよ?ただ話がしたいのだと」


それからは取り留めのない話をしました。


お母様の幼少時の話や、趣味やら一番の好物が何かなど、正直今必要な事ではないような気がするのですが……。

お父様がお母様にかけたプロポーズには、お父様が珍しく大慌てになされていたのを、その場に居た皆がドッと笑いました。


いつぶりでしょうか……これ程までお腹を抱えて笑ったのは。

後は、彼の【異世界】の話なども話たり、話は尽きる事はありませんでした。


「ふー……こんなに笑ったのは久しぶりです。セツナ様、どうも有難う御座いました」

「いえ。こちらこそ楽しい一時を過ごさせていただきました」

「ふふふ。そう言ってもらえると助かります。ですが流石に疲れましたね。申し訳ありませんが、今日はこの辺で」

「分かりました……では最後に一つだけ……」


すると、先程までとは打って変わって、彼は真剣な顔で言葉を紡ぎました。


「俺は正直、【勇者】などと呼ばれる器じゃありません。アレク王からこの世界の【人族】が危機に瀕している事も、その発端となったのが【人族】だと聞いて、自業自得だとも思っています」

「………………」

「ですが、だからと言って同じ人間として見過ごせる程薄情ではないと思っています。ですから、俺は自分の目でこの世界を見、この世界を触れて、何が最善か、自分なりに考えて行きたいと思っています。自分にどこまでその力があるか分かりませんが、もしかしたら、【人族】が納得しない結果になるかもしれませんが……」


そこで一度言葉を切った彼は、大きく息を吸い、今までで最高の笑顔をもってお母様に言いました。


「だから安心して下さい」


お母様の目からは大粒の涙が溢れていました。

その場にいた皆も声を殺して泣いていました。


そしてその数日後……お母様は静かに息を引き取りました。

その顔はとても穏やかで、まるで眠っているようにも感じられました。


ーーーーーーーーーーー


それからの彼は、目を瞠るものがありました。


まるでお母様の言葉を体現するように、メキメキと力を付けて行きました。

一ヶ月足らずで、最早我が最強を誇る聖騎士達でさえ足下にも及ばぬ程に。

初級ダンジョンでも、本来ならどれだけ頑張っても丸2日かかるのを、たった半日で踏破したりもしてみせました。

本来なら、そんな驚異的成長に皆が畏怖してもおかしくない状態にも関わらず、誰しもが彼を友好的に捉えていたのが驚きでした。

彼は決して驕らず、明らかに自分より格下の者にさえ分け隔てなく接していたのですから、当然と言えば当然でしょう。

最初こそ、【勇者】としての彼に、どう接すれば良いか分からなかった臣下達も、今では友人のように接しています。

その彼の柔軟性や社交性にはただただ舌を巻くばかりです。

最初に、あまりにも洗礼された礼法を見て、てっきり階級が上の地位の方かと思って聞いてみたのですが、驚く事に、どうやら彼は一般人だと言うのです。


ですが、最後に一言、


「経験は色々してきたからね」


と意味深に、苦笑混じりに答えていました。

それを深く追求する前にはぐらかされてしまいましたが……。


私と言えば、最初の第一印象で感じたのが悪かったのでしょうか……中々打ち解けずにおりました。


正直皆様が羨ましいです……。


私は彼の強さに憧れ、それと同時に何か別の感情が湧き上がってくるのを感じておりました。

ですが、それが何なのか、この時の私は知る由もありませんでした。


そして、彼が【召喚】されてから2ヶ月が経ったある日……。


ーーーーーーーーーーー


「何?!一人でこの世界を回ってみたいと申すか……」


お父様は驚きを隠せず、セツナ様を凝視しておりました。


「うん。別に自分の力を過信してるわけじゃないけど、前にも言った通り、俺は直接自分の目で見てこの世界を感じたいんだよね。皆の力を信用してないわけじゃないけど、最初からこの世界の人達が同伴してたら、この世界視点で私情を挟まない保証はないからさ」


セツナ様は、相も変わらず飄々とそんな事を言ってきました。

因みに、セツナ様の喋り方は、この時には普段通りの喋りになっておりました。

せめてお父様や私だけの時には、普通にしてて良いと、お父様がお許しになったからです。

確かにセツナ様の仰ることも何となく分かるのですが、「はい、そうですか」などと簡単に言えるわけもなく……。


「う、うむ……気持ちは分かるが、だからと言ってな……うーむ」


お父様も私と同じ考えのようで、腕を組み思案しております。


「別に自殺願望があるわけじゃないよ。危険だと思ったらすぐ逃げるし、魔王と対峙するまでは、少なくとも死ぬつもりは毛頭無いからね」


と、悪戯っぽくそんな事を言ってきます。

どうやら意思は固いようです。

お父様もその強固な意思に最終的には根負けし、不承不承ながらも了承する事にしました。


「して。いつ経つのだ?」

「ん?今日」

「「今日?!」」


私もお父様も、流石に予想だにしなかった返答に、ソファーから勢い良く立ち上がってしまいました。


「うん、今日。もう準備もしているし、見送りとかもそう言うのもいらないし、全てカタがついたらちゃんとここに戻ってくるし、あ!定期的にちゃんと連絡も入れるつもりだから安心していいよ」


にこやかにそんな事を軽く言ってきました。

開いた口が塞がらないとはまさにこの事です。

色々驚かされる事はありましたが、これは最上位に位置するのではないでしょうか。

そして、彼は言うが早いか、まさにその日の内に旅立って行きました。


ーーーーーーーーーーー


定期的に連絡すると言ったのは嘘ではなく、最低でも一月に一度は文が届きました。

私の目下の楽しみは、彼からの文になっていました。


彼の文は、心躍る冒険譚_______________。


行った事の無い国が、恰もまるで自分自身が行ったみたいな気にさせるものばかりでした。

それと同時に歯痒くも思ったものです。

旅の道中で仲間になった方々の事が楽しそうに書かれているのを見た時は、羨ましくもあり、少なからず嫉妬も覚えました。


何故自分はまだ子供なのか……何故自分には力がないのか……と。


けれど、私は嘆くばかりではいけないと自らを鼓舞し、今自分が出来る最善を尽くす事を決意しました。

まだ幼い私には、出来る事には限界がありましたが、セツナ様曰く「今出来る事を最善の方法で」をモットーとし、私は自分に今出来る事を模索しました。


まずは勉強_______________。


過去の調べられる範囲の歴史書を読み漁り、何故奴隷制度なるものが出来てしまったのか……。

それを調べるにつれ、人間とはなんと浅はかで、欲にまみれた罪人なのだろうと思い、気持ちが暗くなっていきました。

ですが、そこで立ち止まっているわけにはいきません。

この世界ではない、【異世界人】であるセツナ様が、それでもこの世界の為に頑張って下さっているのに、私がこの世界の現実から目を背けるべきではないのですから。

私は自らを叱咤し、人間が罪を犯したなら、それを治めるのも人間であるべきだろうと思い、私はひたすら勉学に励みました。


次に取り掛かったのは、王族との作法でした。


王族と言えど、貴族や民から軽視されるようでは話になりません。

それに、貴族の大半は、奴隷制度を容認しております。

彼らに不信感や弱味をみせれば、今後の奴隷制度廃止が夢のまた夢……弊害となるものは少ない方がいいに決まっています。

なので、王族としての立ち居振る舞いは勿論の事、食事マナーやダンスレッスンなどなど……詰め込めるだけ詰め込んでおくべきです。


次は王都の現状についてです。


実は、私はあの日以来、王都以外の諸侯に出向く事はありませんでした。

時折、お父様が視察や軍を派遣したりと、忙しなく動いているのは知っていましたが、私は未だにあの日の光景を忘れる事は出来ませんでした。


正直に言います……『恐怖』が根強く残っているのです……。


これは私の偽善で、付け焼き刃でしかない事は重々承知しておりますが、それでも少なくとも目の届く範囲、王都市民だけでも、少しばかりの心を救えたならと思っております。

日に日に戦は熾烈を極め、市民達の心も疲弊しきっています。

なので、私は出来る限り時間が空く度に、城下に足を運び、市民一人一人に声を掛け続けました。

私の言葉が、私の笑顔が、皆の生きる糧となりますようにーーー。

その甲斐あってか知らずか、少しずつ皆の笑顔が戻ってくれたのは、本当に心から嬉しく思いました。


そうこうしている内に月日は流れ_______________。


ーーーーーーーーーーー


その日は朝から大わらわでした。

使用人や臣下、延いては市民までもが今か今かと、ある方の凱旋を待ち望んでおりました。


あれからもう一年……いえ、まだ一年と言うべきでしょうか。

たった一年と言う怒涛の早さで、あの方は【人族】の悲願を成し遂げたのですから……。


「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」」」


王都全体に、まるで地鳴りのような歓声が響き渡りました。

正門の先には、待ち焦がれた彼の御方のお姿がありました。

彼こと、セツナ様はその様子に若干引き気味に、目を白黒しております。

なんとも微笑ましい事です。

そして、私達に気付くと、堂々とした足取りで私達の前に立ち、仰々しく片膝を折って頭を垂れました。


「白羽 雪那、ただいま帰還いたしました」

「うむ。ご苦労であった、セツナよ。長旅で疲れたであろう。今日は緩りと王城で休むがよい」


お父様もセツナ様も、民衆がいる手前、大袈裟な程に畏まっていました。

ですが、セツナ様はゆっくりと垂れていた頭を上げ、お父様の目を見据えながら真剣な顔で口を開いて言いました。


「は!有り難き幸せ痛み入ります。ですが、その前に、どうしてもご相談したい事があり、もし宜しければ、この後お時間をいただきたく存じます」

「う、うむ。良かろう。ではすぐに王城に向かうとするかの」


お父様はその気迫に呑まれ一瞬たじろぎましたが、すぐ様取り繕ったように用意していた馬車に乗り込みました。

私も、徒ならぬセツナ様の様子に慌てて馬車に乗り込み、続いてセツナ様が乗車してから、馬車は急いで王城に向かって走りました。

謁見の間で、セツナ様が齎した真実は、あまりにも驚愕的なものでした。

ここには、お父様が心から信頼している者達しかおりません。

セツナ様自らがそう望まれたからです。


そしてセツナ様は、開口一番にこう言いました。


「魔王は殺していない」と_______________。


流石に予期せぬ事でしたので、お父様だけでなく、臣下達も戸惑うばかりでした。

何人かの臣下が、その言葉に怒声を浴びせようと口を開きかけましたが、すぐにその口を閉じるほかありませんでした。

何故なら、セツナ様の眼光が「黙れ」と雄弁に語っていたからです。

こんなセツナ様は今まで見た事はありませんでした。

確かに過ごした月日は短いけれど、それでもいつも飄々としていて掴み所がなく、けれど誰よりも皆の心に寄り添えるような、そんな方だったから……。

そして、皆が本能的に悟りました。


この場にいる者が一斉にかかったとしても、この方には勝てないのだとーーー。


そこで普通なら、この方を脅威とみなし、どんな手を使ってでも排除しようとするでしょう。

ですがお父様はいい意味で普通とは違っていたようです。

取り敢えずは、そこまでの経緯と、セツナ様の考えをしっかりと聞いてから、今後の事を吟味するおつもりのようでした。

セツナ様は、お父様の沈黙を話の続きの了承と捉え、言葉を続けました。


自分が世界を主観で見て回り、感じた事を_______________。


まず第一に、この世界は同族以外にはあまりにも無関心である事。

今までは、【人族】が数に物を言わせ、なんとかやってこれただろうけど、このまま行けば、遅かれ早かれ、【人族】だけでなく他の種族も絶滅の危機に陥るのも時間の問題だと。


例えば【エルフ】なら、高度な【精霊魔法師】がいるし、【錬金術師】もいる事。


例えば【獣人】ならば、高い戦闘力を持ち合わせているので、武術のよい見本になる事。


例えば【魔族】なら、魔力が高いだけでなく、どれだけ有効的に【魔法】を使用出来るのか、それは【魔族】ならではの発想の転換があって初めて成し遂げられる事。


どの種族もそれぞれの持ち味があり、どちらかに優劣など存在しないのでは?とセツナ様はおっしゃいます。

そして、それらの技術は、いずれ【人族】の発展に繋がるのではないかと……。

誰も言葉を発せず、ただ黙ってセツナ様の言葉に耳を傾けておりました。


第二に奴隷制度についてです。


やはり、と言う他ありません。

これが私やお父様が目下頭を悩ませている事案なのですから……。


セツナ様曰く、先に挙げた事柄が根本にある為、奴隷制度なるものが作られたのではないか。

セツナ様は、【大聖人】様とも懇意にしている為、彼女から昔語りを聞かせていただいたようです。

その話を聞いて、セツナ様の考えは的を射ていたようで、少なくとも【大聖人】様がお産まれになった当初から、同族同士での交流は殆ど皆無だったようです。

別の種族がいるのは知識として知っていても、実際に会った事があるのは極少数派。

昔は【人族】も今程に人数はおらず、寧ろ他種族より僅かに多い程度で、殆ど大差なかったらしいのです。

ですが、年月が経つにつれて、【人族】の人数が大幅に拡大、それに伴い、あちこちで勝手に土地を開拓しだしたあげく、一部の人間が増長して【幻獣狩り】などが起こるようになったそうです。


私はその話を聞いて、沈痛な面持ちでした。


【幻獣】とは、どちらかと言えば【エルフ】側に似通った存在……故に、【大聖人】様は、その肉体を犠牲にして彼らを守ったそうです。

その辺りの詳しい事情はあまり話しては下さりませんでしたが……。


その次に目を付けたのが、それぞれの能力に特化した【魔族】や【獣人】だったそうです。


一時期、エルフも奴隷の対象だったそうですが、エルフは【精霊】や【妖精】の加護があり、エルフを狙えば彼らの力は、人族に与えられる事がないのを悟った人間は、やむなくエルフを奴隷対象から外したそうです。

人族とは、本来魔力が少ないまでも、才能の善し悪しを抜きにしても、【魔力】も【精霊力】も双方を持ち合わせているのが人間なのだそうです。

ですが、そんな事が過去に行われた為、【精霊】や【妖精】は人族に不信感を抱くようになり、厳選に厳選を重ねて、力を与えるものを見定めているそうで……故に人族には【精霊魔法師】が限られた人しかいないのだとか……。


これは私が読んだどの歴史書にも載っていない新事実でした。

過去の因果が、今尚現在まで続いている……なんとも皮肉なものでしょうか。


そして最後に【魔王】についてです。


皆が息を呑むのが聞こえました。


セツナ様曰く、魔王は確かに強かったのだと……。


けれど力では自分の方が圧倒的に強く、終始優勢であったとか。

けれど、魔王は何度倒れても、何度も立ち上がった……セツナ様も、元々殺すつもりはなく、ゆっくり話を聞きたかった為に、それなりに加減はしていたみたいですが……。

勿論、話し合いをしても、お互いが納得もいかず、決裂した場合は、問答無用で屠るつもりではあったみたいですが……。

何度も心が折れずに立ち向かってくる魔王に対して、セツナ様は問うたそうです。


「何故、そうまでして戦う?」

「は!知れた事!俺が魔族の中で一番力があり、守れる力を持っているからだっ!!」


と_______________。


それを聞いたセツナ様は、魔王に好情を持ったそうです。

だから殺さなかった……殺せなかったのだと……最後にそう締めくくりました。


「「「「「……………………」」」」」


誰も何も口に出来ませんでした。


あまりにも知らなかった真実……。

知ろうとしなかった真実……。

目を背けてきた真実……。


それをまざまざと今目の前に突き付けられ、皆が思い思いに思う所があったのでしょう。

その様子を見て、セツナ様はお父様を見据えたまま、強い意志を瞳に宿しながら再び口を開きました。


「そこで一つお願いがあります」

「……何だ?」

「俺に期間限定で【特権階級】の役職を付けてくれませんか?」

「なぬ?!」


周囲がざわつき出しました。


いきなり何を言い出すのでしょうか……この方は……。


まぁ、この方が突拍子もない事をするのは今に始まった事ではありませんが 笑


セツナ様は皆が落ち着くのを待ち、自分の考えを述べました。


「俺は魔王と約束をしました。必ず奴隷制度を廃止し、【魔族】も【獣人】も、もちろんその他【種族】も……少なくとも、皆が普通に暮らせる世界にしてみせると。だけど、俺には【勇者】としての称号しかなく、後ろ盾も【勇者】としての俺しかない。正直力が弱いです。魔王は自分の命をかけて同族を守ろうとした。いつか討たれる覚悟を持って……それでも世界に自分達の想いを伝えたかった。俺はそんな魔王に感銘を受けたからこそ、俺に出来うる限りで彼の力になりたいと思いました。なので、手始めに【特権階級】が欲しいのです」


セツナ様は、自分の可能な限りで、今尚この世界を救おうとなさっている。


本当にこの方は変わりませんね……。


私は、胸が温かくなるのを感じました。

ですが、お父様は尚も渋い顔をなさっております。

勿論それは、セツナ様の考えを否定するものではなく……


「だ、だが!それではお主にばかり負担をかける事になるだろう?!【勇者】として喚んでおいてなんだが、ここまで尽くしてくれた事だけでも我らには大恩だ!!お主は【異世界人】だ!!後はこの世界の事は我らに任せて……」

「魔王と約束したのは俺です。なれば俺が責任を持ってそれを成すのが筋というものでしょう?」

「ぐ……!」


これはお父様の負けですね……。


いえ、最初から勝ち負けなどないのですが、セツナ様は一度こうと決めたら決して曲げない、意外と頑固な所がありますからね 笑


「それに……」


とセツナ様は続けます。


「勿論俺一人では限界があります。ですからどうか力を貸して下さい。アレク王。貴方方の力が今の俺には必要なんです」


セツナ様が最初にここを出て行かれた時は【一人】を主張し、今回は【皆の力】が必要なのだと頭を下げます。


なんとも狡い人ですね……。


結局はお父様が根負けする形になり、そこから殆ど休む暇もなく、またもや忙しい日々が続きました。


セツナ様は【外交特権】を賜り、私もまた補佐として同行する事を許されました。

お父様はあまりいい顔はしませんでしたが、私がこの一年努力をしてきたのを思い、渋々了承して下さいました。

セツナ様は何も言わず、「お互い頑張ろうね」と言って下さいました。

私はそれが嬉しく、セツナ様の期待に応える為、益々の精進を心に誓うのでした。


そして、まず取り掛かったのは諸侯の貴族達の意識改善。

それから、市民達の意識改善でした。


こちらはやはりと言うか何と言うか……結構難航しました。


長く根付いた【根っこ】を取り払うのは、中々難しいのだと痛感いたしました。

けれど、セツナ様の【勇者】としての肩書きは、思いの外強く、相手方も表立っては反論出来なかったようです。


勿論、裏で画策してきた貴族には、文字通りの【力】で熱いお灸を据える事も忘れては行けません♪


その次に【法の制定】です。


【奴隷制度】ならぬ、【雇用制度】を作りました。


内容は至って単純です。


要は、働いたら働いた分だけの給料を寄越せ!って感じですね 笑


まずは【雇用ギルド】を作り、【商業ギルド】と連携して、もし人員が欲しい場合は、【雇用ギルド】を通して、必要人数・給料・仕事内容などなどを登録して、それを【雇用ギルド】がその要望になるべく沿った人を見つけて、人材を紹介する制度です。


勿論、逆の立場も可能で、働きたい人は、まずは【雇用ギルド】に出向き、自分の要望を伝え、【雇用ギルド】が最も適した仕事を紹介するのです。


そして、最終的に双方が顔を合わせ(面談)をして、細かい取り決めを決めた後、双方納得した上で契約書を作成し、【雇用ギルド】に契約書を渡して、そこで正式に契約完了になるのです。


勿論、お互い契約違反や、何か大きな揉め事など起こした場合は、それはもうきつーいお仕置きを用意しております♪


そして、一番肝心なのは、この【雇用制度】が【人族】の中だけでやっても意味をなさい事……。


ですから、私達は各国に飛び回り、この制度についてと、今後の方針の事を話し合わなければいけません。


これは一番重要な事案です。


何故なら、人族が勝手に決めて、勝手にまた世界を動かす事にでもなったら……今度こそきっと取り返しのつかない事になるのは目に見えていましたから。


ですが、そこは流石セツナ様です。


一年もの間、各国を回り、各国の王と面識のある王達は、セツナ様には全幅の信頼を置いているようで、拍子抜けする位あっさりと受け入れられました。


ですが、一番目を背けては行けないのは、【魔族】と【獣人】です。


獣人は、私達を心より受け入れてくれましたが、セツナ様が「待った!」をかけたのです。

なんでも、やはりケジメは大事だと言う事で、私達は【魔王】に会いにいき、近々各国の王達との会合を開くので、必ず出席して欲しい旨を伝えました。


私は初めて魔王を目の当たりにして、恥ずかしながら、正直腰が抜けそうになりました。


その存在は、まさしく【魔王】たらしめんとする、圧倒的な【力】と【存在感】_______________。


ですが、そんな魔王を目の前にしても、セツナ様は全くのいつも通りでした。


本当に頼もしい方です。


その話を聞いた魔王は、信じられない者を見る目でセツナ様を見ていました。

きっと、セツナ様が交わした約束を半信半疑ながら、でもどこかで諦めていたのだと思います。

魔王は戸惑いながらも、了承の意を示して下さいました。


そして待ちに待った?各国の王達が円卓に集いました。

すると、お父様は、【魔王】と【獣王】を見るや否や、勢い良くその場に跪き、土下座をして謝罪をしました。

それを見た貴族達も、流石に王一人に頭を下げさせるわけにもいかないと思ったのか、謝罪の言葉をそれぞれ口にしました。

獣王はその誠意を快く受け止め、魔王はまだ驚きを隠せなかったみたいで、それでも、その謝罪を受け入れて下さりました。

流石の私も、お父様がこのような奇行に走るとは思ってはおりませんでしたので驚いてしまいましたが、セツナ様は一人満足した顔をしておりました。


まるで安心したと言う顔をーーー。


この時の私は、本当に本当に重要な事を失念していたのです。


そうして、セツナ様が【勇者召喚】されてもう4年になろうとしておりましたある日_______________。


ーーーーーーーーーーー


「どういう事ですの!!お父様!!」

バンッーー。


私は執務室の机を叩いてお父様に詰め寄りました。


「な、何だ何だ?いきなり部屋に入ってきたかと思ったら。最近は淑やかになったかと思えばこれか……」


やれやれ、とでも言うように、お父様が首を振ります。

ですが、私は今はそんな事を気にしている余裕なんてありません。

何故なら……


「そんな事はどうでもいいのです!!セツナ様が【異世界】へお戻りになるとはどう言う事ですの?!」


最近セツナ様は、各国に一週間ばかり泊まる事が多く、あまり王都にはいて下さりませんでした。

私も同伴を願い出たのですが、今回は何故かやんわりと、ですが断固として断られてしまったのです。


そして、先程セツナ様が【魔都】からお戻りになられ、喜んだのも束の間、【異世界】に戻ると告げられたばかりなのです。

私は頭の中が真っ白になりました。


「え……?冗談……ですよね……」


と聞いた私に、


「ごめん。冗談じゃないんだ。王には既に伝えてある」


その真剣な顔に、私は挨拶もそこそこに、お父様のおられる執務室に、ノックも惜しく怒鳴りこんだのです。


「何だ。そんな事か」


それなのにお父様は、たった一言「そんな事」と言うのです。


「そ……んな事……?そんな事とは何ですか!!何で……何で……ッ!!!!」


私の頬にはいつの間にか涙が零れておりました。

私は流れる涙を拭く事もせず、スカートの裾を強く握りしめていました。

お父様は一度大きく息を吐くと、静かに私に言い聞かせるように語ります。


「いいか?アリア……セツナ殿にも、あちらに家族がいる。友人がいる。大切な居場所がある。セツナ殿にとっては掛け替えの無い……大切な事だ」

「ですが……!!」


ずっとこの国に……この世界に居てくれると思ってました……。


お父様の言っている事も理解してるつもりです。


ですがこんな急に……。


尚も言い募ろうとした私に、お父様は続けました。


「実はな、2ヶ月程前に既にセツナ殿から帰還の事は伝えられておった。だが、お主にギリギリまで隠しておくように頼んだのはワシだ」

「な……んで」

「…………お主がセツナ殿に恋心を抱いているのを知っておったからじゃよ」

「ッ?!」


お父様の言葉に、私の頬が熱くなるのが感じました。


「セツナ殿は気付いておらなんだみたいだがな」


お父様は苦笑しました。


「もし事前に言っとけば、お主はあれよこれよと帰還を阻止するか、或いは、引き伸ばすのに奔走するかもしれんと危惧したのだ」

「それは……」


「そんな事はしない」なんて言えませんでした。


例え見苦しくても、例えセツナ様を困らせる事になったとしても、私はきっと、セツナ様を繋ぎ止める為ならなんでもしたと思うから……。


「2ヶ月もあれば、十二分に【帰還の儀】の準備も出来た。後は……アリア。ちゃんとセツナ殿をお見送りするのだ」

「……………………」


私は何も応える事が出来ませんでした。

私の心の中では、色々の激情が渦巻いておりました。


何で今まで黙っていたのですか?!

何で帰ってしまうのですか?!

何でずっと一緒にいてくれないの?!

何で私を選んでくれないの?!

何で?!何で?!何で?!何で?!何で?!何で?!


私はどうやって部屋を退室し、どうやって自室に着いたのか覚えていません。

気付いたら、ベッドに顔を埋めて、声が枯れるまで泣き続けていました。


そして一週間後……あっという間に帰還の日がやってきてしまいました。

私はこの一週間、セツナ様を避けるように過ごしました。

どんな顔をすればいいのか、どんな声をかければいいのか分からなかったから……。


セツナ様は、宰相のトマルスや聖騎士四天王、お世話になった方々一人一人に固い握手を交わし、皆に礼を言っています。

一昨日4歳になったばかりのクルトには抱擁を……お父様には固い握手をして、二言三言話しておりました。


そして……私の方を向き直り……


「っ?!」


私は咄嗟に言葉が出てきませんでした。


昨日一杯練習したんですよ!!

笑顔の練習!かける言葉の練習!

練習通りにやれば問題はありません!!


セツナ様を困らせないように……気持ちよく帰還していただけるように……ちゃんと立派なレディーらしく……


「……アリア」

「!!」


それは2人っきりの時だけに、私が呼び捨てをお願いした呼び方。

けれど、今は2人きりではなく、他の方達やお父様も見ています。

ですが、誰も何も言ってきません。

私は意を決して、セツナ様の目を真っ直ぐに見つめて口を開きました。


「え……と……セツ、ナ様……どうぞ、おげ、んきで……そして……そして…………」


笑顔!!

笑顔!!

笑顔っ!!!!


私は呪文のように心の中でそれを繰り返します。

目の前のセツナ様が困った顔をしています。

そんな顔をさせたいわけじゃないのに……。

視界がボヤけて、セツナ様の顔がまともに見れません。


ダメ!!

最後なんだから、セツナ様をちゃんとこの目で焼き付けないと!!


ですが、思考とは裏腹に、私は堪えきれずに大粒の涙を流します。

セツナ様にしがみついて、まるで駄々っ子のように「いやいや」と繰り返すばかり。

セツナ様はそんな私に苦笑しながらも、優しく頭を撫でて下さいました。


いつもそうです。

セツナ様は困った顔をしながらも、いつも私を受け止めて下さいました。


貴方の優しい手が好きです。

貴方の声が好きです。

貴方の実直さが好きです。

貴方の全てを包み込むような温かい心が好きです

貴方の困った顔が好きです。

貴方の笑顔が好きです。


貴方の……貴方を…………愛しています。


ひとしきり泣いた私の頭をもう一撫でしてから私を離し、セツナ様はゆっくりと魔法陣の中央へ歩いていきます。

私はその姿を、まるでスローモーションのように見つめていました。

そして、セツナ様が魔法陣の中央に到達すると、クルリと振り返り、いつもの私の大好きな満面の笑顔で、


「じゃ!皆またね!!」


そう言って、魔法陣が一際激しく輝いたかと思うと、次の瞬間、セツナ様の姿はどこにもありませんでした。

なんともあっけないものです。


【勇者召喚】にはあれ程苦労したと言うのに……。


それに、セツナ様の「またね!」の最後の言葉は、なんともセツナ様らしいと思い、私はつい笑ってしまいました。

「また」なんて本当に来るのかどうか……それこそ夢のまた夢かもしれない……。


それでも私は、その言葉だけで前に進む勇気を貰えたのですから_______________。


ーーーーーーーーーーー


あれから10年の月日が経ちました。


私は今年で21歳になりました。

本来なら、結婚適齢期はとうに過ぎております。

この世界では15歳になれば成人で、結婚も可能になるからです。

ですが、私は未だに独身です。

諸侯の貴族方からは、結婚の催促がきたりしますが、お父様は何も言いません。


私が、今も尚一人の方を思い続けてるのを知っているから……。


愚かだと言う方もおるでしょう。

もう既にいない方など忘れろと言う方もおるでしょう。


それでも、私はこんな気持ちのまま結婚したとしても、幸せになれるとは到底思いません。

少なくとも、あの方以上に私の心を満たす方はおりませんから。

お父様も私の幸せが一番だと、黙認して下さっております。

臣下達も、特に私に煩く言う者はいません。


本当に私は幸せ者ですねーーー。


ですが、今でも貴方に会いたいと思ってしまうのです。

貴女が傍にいてくれたら……そんな事を思ってしまう私は、きっといけない子なのでしょうね。


今日は、【勇者召喚の儀】を10年ぶりに執り行います。


あれから私は死に物狂いで力をつけ、精霊と契約をし、正式にお母様と同じ【精霊魔法師】になる事が出来ました。

それでも、やはりまだ不安は拭えません。

ですが、あの時とは違い、今では【エルフ】と【魔族】が協力して下さっています。

これで確実に成功してみせます。


そしてあわよくば…………。


可能性はゼロに等しいです。

ですが、確実にゼロでないのなら、私は希望を捨てたりしません。


貴方の「またね!」を、私は叶えてみせます。


そして、【勇者召喚】が成功し、30人程の少年少女達が今目の前にいます。

私はついあの方を探してしまいました。


けれどやはりいなかった……。


私はすぐに頭を切り替え、取り繕った笑顔で、困惑している少年少女達にお決まりの口上を述べます。


また次があります!

そう自分に言い聞かせて……。


そして、ステータスを記録する為に一人一人に魔道具で記録を行っていきます。


そして、ある少年の前にきて、記録玉を翳しながらステータスを覗くと、私のスキル【精霊眼】が自動発動しました。

【精霊眼】は、階級にもよりますが、スキル【隠蔽】や【隠密】を自動的に暴く能力を持っています。


そのステータスの名には確かに【セツナ】と……。


少年がパッとこちらを振り向きました。

目と目が合い、少年は一瞬驚いた顔をしていましたが、すぐに困った顔をしました。


ああ……やっと会えた……。

私の大好きな困った顔……。



お帰りなさい。セツナ様_______________。

補足


一応言っておきますが、アレク王にもちゃんと側室はおりました。

けれど、この年から3年程前に流行病でこの世を去り………………何て裏設定があったりなかったり?笑笑

ちょっとここら辺は曖昧なんですよね~。

取り敢えず、主人公をハーレム状態にしたいだけなんで、一夫多妻にしたんだけど……アレク王の件は未だ迷走中です 笑


それにしても【雇用ギルド】の説明が難しい……。

ちゃんと伝わっているか心配です 汗


兎に角、ここまで読んで下さった皆様には感謝です。ありがとうございますm(_ _)m

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