再召喚 と 依頼
俺は暫く目を瞬かせ、ゆっくりと瞼を上げた。
俺の目に映るその場所は、白壁に囲われた円柱型のホール。
四方には幾何学的な模様が彫られた太い柱があり、俺達の足元には、光を失ったばかりの【魔法陣】が今は鳴りを潜めている。
周囲を見渡せば、俺同様に30人程の生徒が、何が起こっているのか分からずに、放心状態で立っていた。
俺達がいる魔法陣を囲むように、黒法衣を纏った者が10人、白法衣を纏った者が同じく10人。
それらをざっと確認した俺は、誰にも気付かれないようにニヤリと笑うのだった。
その女神は今俺の目の前に立っていた。
悪戯を成功させたとでも言うように、楽しそうに笑っている。
先程まで聞こえていた生徒達の笑い声も、車道を走る車のエンジン音も、小鳥の囀りさえも、全てが嘘のように静まり返っていた。
それは時間が停止したモノクロの世界ーーー。
そんな世界で俺と女神は向かい合っていたのだ。
俺は混乱する頭で何とか現状を理解しようと試みたが…………
分からん。
ただその一言に尽きる。
流石にあまりに唐突すぎて、まるで脳が拒否反応をしてるようで思考が纏まらない。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、その女神は笑顔のままに口を開いた。
「やあ、久しぶりだね?セツナ。元気にしてたかい?」
まるで友人に話し掛けるように笑いかける。
「それにしても相も変わらず、其方の気配は分かりずらい。探すのに少々手間取ってしまったよ」
女神はやれやれと首を振っていた。
そこで漸く、俺は我に返り女神を睥睨した。
「……お久しぶりですね。女神様。それで?どうやら俺を探してたようですが、何かご用でしょうか……?」
俺は警戒を怠らず、女神の一挙手一投足に注意をしながら問う。
そんな俺を、少しおかしそうに見遣りながら、女神は喋る。
「そんなに警戒しなくても大丈夫さ。君は確かに【理】から外れた存在ではあるし、それを簡単に容認出来るものではないが、今までは少なくともこの【地球】に悪影響が及んだ事はないからね」
以前に会った時にもそんな事を言っていたのを思い出す。
俺のこの【転生者】と言うものは、【理】から外れた存在なのだと女神が教えてくれた。
【輪廻転生】と言う言葉を聞いた事があるだろう。
死んだ人間の魂が、新しい器に宿り、現世に再び生まれ変わると言うあれだ。
けれどそれは、【あの世】と呼ばれる場所で、魂が浄化され、まっ更な新しい魂となって現世に舞い戻ると言う事で、俺のように【生前】の記憶が残ったまま【転生】するのは、女神から見ても稀有な存在なのだそうだ。
生まれたばかりの子供が、稀に前世の記憶を持っていると言われているが、それはただ単に魂が未だ混濁しているだけで、現世に馴染んでいないだけに過ぎない。
実際にその信憑性を探ろうとしてみても、その記憶と完全に合致する事はほぼ不可能だ。
そして、成長するにつれ、その魂が現世に馴染んでくれば、自然と混濁した魂が【正常】に戻る。
故に、俺の存在は女神すら軽視出来ぬ程に【異常】なのだそうだ。
しかも、ただ【転生】するだけでなく、女神曰く、俺の存在を感知する事は、女神であっても容易に成せないらしい。
俺の存在を初めて感知出来たのは、俺があちらの世界に【勇者召喚】された時だと言う。
なので、帰還時に俺に接触を試み、つらつらとそんな説明をしてきたのを思い出す。
「……それではどんな用件で俺に会いに来たのですか?」
女神の意図が全く読めない。
態々俺を探す理由は?
【理】から外れた俺を消しに来たのか?
だがそれなら前に会った時にとっくにやってるよな?
俺の監視?
けれどそれも俺の接触理由にはならない。
監視するならただ遠くで見ていればいいだけだ。
だったら何の為に?
色々思索してみるが、結局は堂々巡りだった。
女神が俺を探した理由が、結局の所分からなければ、流石の俺でもこの状況を楽観視する事は出来ない。
そう思っていたが、女神はすんなりと俺の疑問に答えるように口を開く。
その言葉に、俺は我が耳を疑った。
「あちらで再び【勇者召喚】が行われた」
「……は?」
俺は一瞬何を言われたか分からず、頭が真っ白になる。
何故?
最初に思い浮かんだ事だった。
【勇者召喚】を行うと言う事は、それだけ切羽詰まった事態に陥ってると言う事の筈……。
召喚が出来るのは、唯一王城にある地下ホールだけなので、必然的に王族のみが召喚を行える。
あの人達が、何の理由も無しに【勇者召喚】を乱発するとは思えなかった。
何より、【勇者召喚の儀】と言うものは、思いの外危険な魔法なのだ。
ならばやはり、それだけの事をしてでも、【力】ある勇者を欲したと言う事か……?
俺は苦悶の表情になる。
そんな俺を見て、女神は苦笑する。
「ちゃんと順を追って説明をしてやるから、まずはワシの話を聞け」
確かに……俺はまず状況を把握しようと、女神の言葉を一言一句洩らさぬように耳を欹てた。
女神曰く、俺が帰還して暫くは平和な世界が続いてたそうだ。
俺が一番懸念していた【あの事】についても、順調に回復の一途に向かっていたらしい。
けれど、それからたった5年で、世界は再び混沌に見舞われる事となる。
突如として、魔物が各国に襲撃を図ったらしいのだ。
それこそ何の前触れもなく……。
その魔物の変貌ぶりも常軌を逸してたそうである。
今迄にない程の力、突然変異した魔物まで現れ、人々は恐慌としたそうだ。
それと同じくして、とある場所に突如都市が建てられていた。
それは女神さえも予期せぬ事で、本当に気が付いたらそこにあったそうだ。
それこそ、瞬きの間に一瞬の出来事であった。
その光景に女神すら戦慄し、目を疑わずにはいられなかった。
その都市の指導者らしき者は、自らを【帝王】と名乗り、都市の国を【アスラ帝国】と命名し、世界に宣戦布告をしたらしい。
それからも幾度となく各国は魔物の襲撃にあい、悩んだ末に、再び【勇者召喚の儀】を執り行う事に決定したと言う。
女神がそこまで話終えると、一度言葉を切った。
「帝王……帝国……しかも、女神様すら感知出来ない事態……それってまるで……」
俺は女神から齎された情報を反芻しながら頭の中を整理し、一つの可能性に思い至る。
それを女神は頷き、俺の行き着いた考えを肯定した。
「ああ……お前同様に【理】から外れた存在である可能性が高いな」
それでもまだ確証が得られないので、何とも言えないらしく、女神様は珍しく渋い顔をした。
「今回の【勇者召喚】には、元より複数人の召喚ではあったが、不測の事態に備え、其方を含めた生徒30人を【異世界】に送るつもりだ」
「ッ?!それは……!!」
俺はその言葉を聞き、女神に食ってかかろうとしたが、俺の気持ちを逸早く察した女神が、俺を落ち着かせるように優しく言った。
「案ずるな。今回の【勇者召喚】は前回とは勝手が違う。ちゃんと協力者も居るし、何より今回の大規模召喚は、ワシの一存でもある。本来数人程度の召喚を、30人まで引き上げたのだ。【術者】達の影響はそれ程ないよ」
それを聞いて、俺は肩の力を抜き胸を撫で下ろす。
「だが、ワシが出来るのはここまでだ。本来、神であるワシは、直接的に【世界】への介入は認められておらん」
「………………」
「故に、せめてもと思い、【勇者召喚】の中に其方を紛らわせる事にした」
すると女神は、真っ直ぐに俺の目を見据え、きっぱりと言ってきた。
「頼む、セツナ。再び【アルガナリア】に赴き、原因究明とその解決を其方に依頼する」
女神が本来、一介の人間風情に頼み事をするなど前代未聞だろうが、俺は正式にその依頼を受理するのだった。
それにこれは、俺にとっても願ったり叶ったりである。
こんなチャンスを逃すつもりはない。
「確かに承りました。俺の最善を持ってその依頼を遂行しましょう」
俺は女神に対して不敵に笑う。
その瞬間、待ってましたと言わんばかりに、俺の足元には懐かしくも俺が切望してやまなかった【魔法陣】が輝きを放った_______________。
ここまで読んで下さり有り難うございますm(_ _)m
まだ迷走中で、もしかしたら若干編集するかも? 汗