シーマス と エーデル
俺とアヤメは今【ギルドマスター】の執務室に来ていた。
他の者達には、旅の疲れもあるだろうから、と先に宿屋に向かわせてある。
目の前には、シーマスとギルマスの秘書だと言う【アイラ】と言う女性が、シーマスが座っているソファーの後ろに立っていた。
「それにしても、本当に久し振りだな。まさかお前がギルマスをやっているなんて思わなかったよ」
「ええ、実は私もですよ。ふふ、それにしても再びセツナ様にお会い出来るとは、夢にも思ってはおりませんでした」
シーマスとは、前回の旅の途中に、一時期共に行動をした事がある。
【ハーフエルフ】とは、文字通り半分がエルフの血を継いでると言う意味で、アヤメの【半魔半獣】と同じである。
けれど、当時のシーマスはギルマスになるどころか、冒険者ギルドにさえ所属していない、【自称冒険者】だった。
ハーフエルフや、その他の【混血児】は、漏れなく【異端児】とされており、どこに行っても迫害される対象であったのだ。
けれど、今目の前に居るシーマスは、見た目の優男に反し、とても豪気な性格をしており、そんな境遇をものともせずに一人で旅をしていたのだった。
俺達と別れた後も、暫くは一人で旅をしていたらしいが、俺の【奴隷制度】廃止が世界に広まると、少しずつではあったが、混血児でも冒険者ギルドへの加入が認められるようになっていったそうだ。
そこで、正式な冒険者になったシーマスは、4年と言う異例の速さで、ギルマスの地位まで上り詰めたらしい。
いやはや、驚きである。
「先程は村長が失礼をしました」
シーマスは、村長の非礼に頭を下げる。
「ん?いや。お前が頭を下げる必要はないだろ?」
「いえ。村長は本来はとても優しい方なのです。今でこそ、少しは私のような異端児でも受け入れられる世の中になりましたが、それでもまだ完全にも私を受け入れ難く思う方々もいるのも事実です。そんな折、私に村長自らがお声を掛けて下さり、今はギルドマスターの任に付かせていただいてるのですから」
「……やっぱ事情があるのか?」
俺は「やはり」と思った。
普通は初対面の相手のあんな様を見れば、下劣な人間だと一蹴りしそうだが、俺はそうは思えなかった。
まるで何かに追い詰められているような……鬼気迫るような……そんな感じを俺は受けていたのだ。
だから、詳しい話をシーマスに聞いて、その上で改めて今回の依頼を受理するかどうかを決めるつもりであった。
シーマスは俺の考えを察し、ポツポツと話始めた。
村長には一人娘が居るらしい。
その一人娘が最近重い病にかかったそうで、けれど、この村に在住している町医者では治せる見込みがないそうだ。
この世界には【治癒魔法】が存在するが、それは決して万能ではない。
外傷はある程度までは治せるが、欠損部分は治せないし、何より、体内などに関して言えば、体の中なんかは特に複雑な構造をしている為、治癒魔法を施しにくい。
出来なくはないが、リスクがあまりに高すぎる為、この世界にも内科のみではあるが、ちゃんと医者は存在しているのだ。
そして、ここの町医者が言うには、一人娘の病を治すのなら、都市部へ行けば或いは……と言う話であった。
けれど、今のご時世冒険者でさえ旅をするのは幅かれるのだ。
あまつさえ、病人を連れてなど危険極まりない。
けれど、もう一つ治療する方法があるそうだ。
それも、今の状況下ではとても厳しく、そして、それが理由で村長があんな態度を取ってしまった原因でもあるようだった。
この村から少し行った所に、とある洞窟があるらしい。
その奥地の開けた場所に、特殊な環境下でしか育たない【ギーネ草】の群生地があるそうだ。
本来なら、この薬草さえあれば、態々都市部まで行かずとも、一人娘の病は完治出来るのだそうだ。
けれど、予想通りと言うかなんと言うか……そこに三年程前からボブベアーが住み着いてしまい、その奥地に辿り着く事もままならなくなってしまったらしい。
しかも一体や二体ではなく、それこそ何十体も……。
「私も二十体程撃退したのですが……如何せん数が多過ぎて、結局撤退を余儀なくされてしまいまして……」
バツが悪そうに頭を搔くシーマス。
いやいや……何やってんのお前?
本来ギルマスであるシーマスが、ギルメンの真似事をするなど言語道断である。
俺はつい呆れてしまった。
「そのボブベアーは村も定期的に襲ってきまして、しかも倒しても倒してもキリがなく……まるでどこからか湧いてきてるような気がしてなりません」
そう言って、シーモアは眉を顰める。
「三年前か……何か心当たりとかはないのか?」
「心当たりですか……」
シーマスは少しだけ逡巡した後口を開く。
「心当たり……と言いますか、エーデルと言う少年を知っていますか?」
「エーデル?確かにその名前なら知ってるが……何でシーマスが知ってるんだ?」
【エーデル】は、俺が旅の途中に保護した、アヤメ同様に【半魔半獣】の少年である。
ただしアヤメとは違い、所謂【失敗作】と言われ、森に捨てられていたらしいのを俺が保護と言う名目で、旅を共にした仲間の一人である。
けれど、シーマスと出会ったのは【魔王】討伐の時期で、エーデルと出会ったのは【奴隷制度】廃止運動の旅の途中だった。
なので、シーマスがエーデルを知ってる筈がないのだ。
「実は、そのエーデル少年が三年程前にこの村を訪れまして、暫く滞在していた時期があるのですが……」
「エーデルがか……?」
「はい。その時に少し話す機会がありまして、そこで貴方の話が出て意気投合したんですが……」
そこで一度シーマスは言葉を切る。
けれど、俺はシーマスの考えを代弁するかのように言った。
「…………そのエーデルが何かしたと?」
「いえ……あくまでも時期が同じと言うだけで、何の証拠もありませんので…………」
俺達の間に沈黙が流れる。
俺はエーデルがそんな事をするとは到底思えなかった。
けれど、シーマスの言う通り、時期は完全に合致してるわけで……だが……今は疑えるものは疑うべきなのだろうか?
何はともあれ、そのボブベアーが生まれる洞窟を見て見ないとなんとも言えない。
もしかしたら考えすぎで、自然発生してる可能性もあるし、或いは、他に別の原因があるのかもしれないしな……。
俺がそこまで考えていると、不意に何やら外が騒がしいのに気付く。
「ん?何だ?」
「見てきます」
アヤメが、そう言うか早いか、部屋を退室する。
しかも窓から……。
ここは2階であるが、アヤメにとっては朝飯前である。
だが、2人はその行動に目を丸くしていた。
数分経って、アヤメが再び窓から入室をする。
「ボブベアーの襲撃です。但し、見た所十体以上はいるかと……」
「何ですって?!」
それを聞いて、シーマスが慌てた声を出してソファーから立ち上がる。
それよりも俺は、先にやるべき事があると思い至り、アヤメの目線に合わせるように屈み、なるべく優しく言った。
「アヤメ?」
「あ、はい」
「窓から飛び出るのは行儀が悪いから、今後は控えるように」
「ッ?!」
まるで子供に言い聞かせるように、「めっ!」と言った感じで人差し指を立てる。
「も、申し訳ありません。以後気を付けます……」
すると、アヤメは見る見る内に狼耳と尻尾が垂れ下がり落ち込んでしまった。
う~ん……カワイイ…………
俺はそんなアヤメの頭に手を乗せて撫でる。
そんな俺達に、二対の冷めた視線が突き刺さる。
「あのー……セツナ様……?」
「あ……」
おっと、いけないけない。
和んでいる場合ではなかった。
俺達は急いで、冒険者ギルドを出て門の方に向かった。
そこには既に、ギルメンが集まっており、皆の顔には悲壮感が漂っていた。
「あの~……ベリアル様?」
「何だ?」
「何故我々はこんな遠くから見ているのでしょう?」
「何故?とは何だ?」
「で、ですから!皆さんを手伝ったりとかは……」
「愚問だな。俺はただの従魔だ。それを決めるのは俺ではない」
「そ、そんな!」
少し離れた場所では、遠巻きに事の成り行きを見ていたらしい、何とも場違いなベリアル達の声が耳に届いた。
すると、ベリアルがこちらに気付き近付いてきて、俺に開口一番に聞いてくる。
「どうする?俺がまた瞬殺してやろうか?」
「んー……いや。俺がやるよ。偶にはちゃんと働かないとな」
「分かった」
「……え?」
ミシディアの驚く声が聞こえた。
『今日は熊肉か?』
「熊肉良いですね。やはり鍋でしょうか?」
「何でもいいな、肉が食えるなら。ボブベアーの肉は歯応えがあって俺は結構好きだぞ」
そんな頼もしい仲間達の声が後ろから聞こえてくる。
俺は、人垣を掻き分け、軽く伸びをしながら群集の前に一人で躍り出る。
「ちょっ?!あんた!!何やってるんだ?!」
周りに集まった者達も、俺の奇っ怪な行動に目を剥いていた。
俺はそれらを無視して、ただボブベアーを見遣る。
1、2、3、、、、13体かな?
俺は冷静に数を数えた。
ボブベアーはこちらにノッシノッシとゆったりと歩いていたが、目の視界に俺を留めると、突如その牙を剥き、凄まじい速さで俺の方へと突進してきた。
「「「「ッ?!」」」」
後方でギルメン達が息を呑むのが聞こえた。
俺は顔色一つ変えず、右手を軽く挙げて【魔法名】を口にする。
「〈風切〉」
すると、ボブベアーの動きが止まり、顔が一瞬驚きの表情になる。
そして次の瞬間…………13体ものボブベアーの首が音もなく宙に舞いドサリと落下した。
辺りに静寂が落ちる。
その光景に、皆一様に何が起きたのか分からず、ポカンと口を開けていた。
「相変わらずめちゃくちゃですね……」
シーマスの呆れた声が聞こえた。
「なあ………………」
「何だ?」
いつの間にか近付いてきていたベリアルに俺は声を掛ける。
「俺の魔法の威力……何か上がってない…………?」
「そうか?以前と変わらんと思うぞ?」
そうか……変わらないのか……。
俺の体感では軽く、本当に軽~く魔法を放ったつもりが、何故かボブベアーの後ろにあった数本の木さえも伐採されてるんですけど?
『ふむ。流石はセツナだ。これで熊鍋決定だな』
と、周囲に聞こえないようにアルテミスが言う。
「セツナ様にとっては当然ですよね!後でお台所を借りて腕によりをかけますよ!」
と、ホクホク顔で、さも当たり前だと言わんばかりのアヤメ。
「流石はセツナ様です!尊敬します!」
と、更に俺への尊敬の念を強くして、目をキラキラ輝かせてくるミシディア。
他のエルフ4人は黙して語らずーーー。
………………………………………………
いやいや!絶対おかしいだろ!!これは!!
何故こうなった?!
俺は頭を抱えてその場に蹲るのだった。
流石は無双主人公……ランクA程度の魔物など相手にならぬな( -ω- `)フッ
そして女に甘い主人公……どこでもイチャつきやがる……(爆)