魔王 と 幻獣
光が収まった先に現れたのは二つの影だった。
『漸く我らが主はお喚びになられたか。待ちくたびれたぞ』
一人……いや一匹が、口を開くこと無く何処からか声を発する。
「全くだな。てっきり忘れられたのかと心配になったぞ?」
もう一人も、そんな軽口を叩いてきた。
「ごめんごめん。別に忘れてたわけじゃないけど、色々立て込んでてさ」
嘘ではない……。
先程の情事を除けば、だけど……。
アヤメが隣で顔を真っ赤にして俯いていた。
何かを察しているのか、一人と一匹が半眼で尚も文句を行って来そうな雰囲気だったので、俺は慌ててご機嫌取りをする事にした。
「お詫びに後で美味しいものご馳走するから許してよ。【ベリアル】【アルテミス】」
俺が手を合わせて頭を下げると、一人と一匹は、やれやれと呆れながらも許してくれた。
【アルテミス】は、額に螺旋状の長い角と背中に生えた翼が特徴的な、純白の鬣を持った『天馬』と呼ばれる【幻獣】の一人【ユニコーン】だ。
幻獣は、今じゃこの世界でまずお目にかかれる事の無い、まさに幻の存在である。
だからと言って、別に彼らが絶滅したとかそんな話ではない。
少々込み入った事情により、幻獣はこの世界ではあるが、別の【空間】に保護されているのだ。
たまたま外界に出ていたアルテミスが怪我をしており、それを俺が見つけて治療し【幻獣世界】に連れ帰ったのが縁となり、俺と【従魔契約】を交わす事となった。
従魔とされるのは、本来【魔物】や【魔族】が主とされていた為、幻獣を従魔にするなど過去に例がないらしく、前代未聞だと呆れられたのを思い出す。
【ユニコーン】と言っても、地球で知られている【ユニコーン】ではない。
地球で言われているユニコーンとは、純血の乙女以外触れる事は出来ないとされているが、実際はただ『潔癖症』なだけだったりする。
『純血』=『純潔』なんだそうだ。
それを聞いた時は、なんとも呆れたものだったが……。
そして、自分が認めた者以外は触れる事は許さない……高潔な種族でもあった。
そしてもう一人の従魔【ベリアル】だが、こちらは血のように真っ赤な真紅の髪と瞳が特徴的な【魔族】で…………【元魔王】である。
彼が魔王となったのは、同胞が次々と理不尽に狩られ奴隷に落ちていく様をみるに耐えず、自らの力を誇示する事により、奴隷制度を廃止しようとした為であった。
彼の存在を知っているのはごく僅かな人達だけだ。
無用な混乱を避ける意図もあったが、俺自身、彼を衆目の下に晒すのは忍びなかったからである。
魔王であったベリアルと死闘の末俺が勝利し、ベリアルの胸中を知った俺は、奴隷制度廃止を約束する。
最初は半信半疑であったベリアルだったが、本当に俺が奴隷制度廃止を成功したのを見て、自ら従魔になる事を懇願してきたのには流石に驚いた……。
そして、二人に施した【従魔契約】だが、これは【奴隷契約】とは全くの別物だ。
従魔契約とは、お互いの信頼と絆がないと成り立たない。
力の制限もないし、命令が気に入らなければ、それを拒否する事も出来る。
契約者に危害を加えれないのだけは奴隷契約と同じだが、それ以外は意外と自由に行動できるのだ。
それから、従魔契約にも勿論【従魔紋】と呼ばれるものが刻印されるが、奴隷とは違い外からではその存在を確認出来ない。
魔族と幻獣には【核】と呼ばれる物(魔族と魔物には【魔石】、幻獣には【光石】)があり、それは即ち【心臓】に当たるものだ。
その【核】に従魔紋を刻む事により、契約者との繋がりを成す。
そうする事で魔力を共有し、お互いどこに居ても居場所を知る事が出来るし、お互いの危険を察知する事も可能なのだ。
従魔となったものは、契約者の【魔法陣】の中にある【異次元空間】により、外界と隔絶される。
これは、何でも契約者の深層心理?によって左右される世界らしく、どうやら俺の深層心理は広大な草原のような場所であるらしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい事だ…………。
とある魔族の話を聞いた所、とても人当たりが良く、自分よりも他人を優先するような人間の従魔になってみたら、そこは酷く荒れた世界であったと言う事だった。
見た目だけでは人を判断するのは難しいとの教訓である。
「で、二人に頼みたい事があるんだけど」
俺は二人の機嫌が直ったのをいい事に、早速本題に入る事にした。
今のこの世界の現状について、俺が聞かされた事を出来るだけ細かく話し、そして俺が提示した案についても……
「ふむ……確かにセツナの言う案は可能性としてなくはないな」
ベアトリスが顎に手を当て、考える仕草をする。
『我も同様の考えだ。確かに成功する保証はないが、失敗するとも限らん』
アルテミスも、どちらかと言えば賛成の意を示してくれた。
「そこで、まずはベリアルにやってもらいたい事があるんだ」
「何だ?」
「【分体】を使って、出来る限り帝国の動向、可能なら目的も探って欲しい」
「ほぉ……」
ベリアルは面白そうだと言わんばかりに口角を上げた。
【分体】とは【分身】の事である。
これは、【魔族】の中でも特に魔力に秀でた者のみが使用出来る特殊スキルだ。
「ただし、無理はするな。勘づかれたら元も子も無いからな。危険だと判断したら、すぐに撤退しろ」
「了解した」
そう言うが早いか、ベリアルの身体が一瞬ぶれたかと思うと、隣にはもう一人のベリアルが立っていた。
「その姿だと悪目立ちするから、一応【変身】はしておけよ?それからこれを……」
【変身】とは、スキル【隠蔽】の進化版のようなものであり、ただし【隠蔽】と違って、周囲に『誤認』させるのではなく、文字通り姿形を『変貌』させる能力であった。
ベリアルの【固有スキル】の一つである。
そう言うと俺は【亜空間】から腕輪とネックレスをベリアルに手渡した。
「?これは?」
「この腕輪は【純化の腕輪】、瘴気を浄化しつつ、魔素に変換する事が出来る。【死の砂漠】にどれだけの瘴気があるかは分からないし、ただの付け焼き刃かもしれないが、無いよりはマシだと思うからな。それからこっちのネックレスは【魔隠のネックレス】だ。これは相手の魔力を文字通り隠してくれる。ベリアルの魔力の波動を知ってる者がいるかもしれないから念の為に、な」
「は!至れり尽くせりだな」
「さっきも言ったが、絶対に無理はするなよ!これがどれ程役に立つのかも分からないんだから」
「ああ。心得ている」
俺の念押しに、ベリアルはしっかりと頷き、もう一人のベリアルが瞬きする間にその場から消えていなくなる。
『それで?我には何か指示はないのか?』
少し不貞腐れた感じでアルテミスが言うので、俺は苦笑する。
「本番は明日からだから、アルテミスにはいざと言う時にはちゃんと動いてもらうさ。明日からは久しぶりにまた皆で旅が出来るぞ!」
俺は二人に向かってニヤリと笑ってみせる。
俺自身も、久しぶりの旅とあって、少々浮き足立っているのが分かるが、それは仕方が無いだろう。
そんな俺を見て、二人共同じ気持ちだったらしく、顔を緩ませていた。
すると、それまで黙っていたアヤメが唐突に口を開く。
「あ、あの!!」
「ん?どうした?アヤメ」
俺はアヤメの方を向くが、アヤメは何か言おうとして、けれど言葉が上手く出ないのか、何度も口を開閉していた。
その瞳には、ハッキリと不安の色が見て取れる。
……馬鹿だな。そんな顔しなくても、もう一人にはしないと俺は心に誓っているのにな……
俺はアヤメの瞳をしっかりと見つめて安心させるように優しく言った。
「勿論アヤメも着いてきてくれるよな?」
それだけで、瞬時にアヤメの顔からは不安の色が掻き消え、花の咲き誇る笑顔で一言、
「はい!!何処までもセツナ様と共に!!」
補足
ユニコーン→角有り翼無し
ペガサス→角無し翼有り
角と翼両方あった方が絶対にカッコイイ!!
と言う作者の勝手な思いで二つを合体させました 笑
なので、この世界では【ペガサス】は存在しないものとしております。悪しからず。