アヤメ と 奴隷制度
「ただ今。アヤメ」
俺がそう言うと、大きな瞳を更に大きく見開き、震える手で口元を覆いながら、未だ信じられない者を見るように、彼女は俺を凝視していた。
「セ……ツナ、様……?本当に……?」
震え声でそれだけをやっとの思い出口にするアヤメに、俺は満面の笑みを向けて言った。
「うん!」
それを聞くやいなや、アヤメは勢い良く俺の胸に飛び込んできた。
俺はそれを両手を広げて力強く受け止める。
「セツナ様!セツナ様っ!!」
何度も俺の名前を口にし、まるで現実を噛み締めるように繰り返すアヤメ。
泣いて俺にしがみついてくるアヤメの頭を優しく撫でながら、俺はアヤメの気が済むまで抱きしめていた。
そうしてひとしきり泣いたアヤメは、漸く俺から身体を放し、懐かしい笑顔を俺に向けて、最高に嬉しい言葉を言ってくれる。
「お帰りなさいませ!セツナ様!!」
そして俺は今一度「ただ今」と口にしたのだった。
取り敢えず俺達はリビングに向かい、俺は懐かしの我が家でだらしなくソファーにもたれ掛かる。
「あ~……落ち着くな~」
「ふふ。セツナ様ったら」
そう笑いながら、アヤメは俺にコーヒーを入れてくれる。
そんなアヤメの頭を再度撫でると、アヤメは目を細めて嬉しそうな顔をした。
癒されるな~……。
満足するまでアヤメの艶のある髪と犬……じゃなくて狼耳(犬耳と言われるのは嫌いらしい)を撫でながら、充分堪能してから手を離す。
その間アヤメは決して嫌がる素振りは見せなかった。
彼女は俺の隣に腰掛けると、甘える様に俺に寄り添ってくる。
そんな彼女の左薬指には、【ラピスラズリ】が嵌め込まれた指輪が煌めいていた。
彼女は元【奴隷】だーーー。
10年前のこの世界には、【奴隷制度】と言うものがあり、その主なターゲットは【魔族】と【獣人】ーーー。
【魔族】と【獣人】は、【人族】よりも遥かに力はあるが、一人に多数ともなると、多勢に無勢で容易に捕らえる事が出来てしまうのだ。
そして、その中で貴族の嗜みとされていたのが、奴隷同士の【異種間交配】であった。
所謂、魔族と獣人を交配させる事により、更に強い奴隷を使役するのだ。
だが、それには成功例が少なく、殆どの者は、逆に一般人より力の弱い失敗作として処分される。
そしてアヤメは、勿論その数少ない成功例の一人であった。
異種間交配で生まれた者は【半魔半獣】と呼ばれ、奴隷の中でもそれなりの待遇を与えられる。
それでも、所詮は奴隷なので、その待遇もたかが知れてはいるが……。
彼女は、獣人の中でも強い部類に入る、【銀狼】の血を色濃く継ぎ、【先祖返り】ではないかと言われている。
奴隷には、奴隷契約を施される際に、【奴隷紋】と言うものが体のどこかに刻まれる。
その【契約】には、幾つかの制限が架せられる。
1.決して契約者に危害を加えるなかれ
2.契約者の意思なくしてその能力を使用するなかれ
3.契約者の命令に背くなかれ
4.自らの意思で命を絶つなかれ
と言った感じだ。
俺が彼女に会ったのは、ちょうど【奴隷制度廃止】をする為に各地を奔走していた時だった。
ある貴族が俺に【暗殺者】として差し向けたのがアヤメだった。
勿論俺はアヤメを殺さず撃退し、すぐ様裏を取り、その日の内にその貴族の元に赴き、脅し……ではなく、お願いをしてアヤメの【契約紋】を破棄させた。
契約を破棄させられるのは、難儀な事に【契約者】しかいないのだ。
そんな紆余曲折がありながら、アヤメと同行する事になったのはいいが、ある日、俺に恩を感じたアヤメが契約者になってほしいと言ってきた時には、ほとほと困り果てたものだった。
この【アヤメ】と言う名は俺が付けた。
俺の地球での花言葉で『希望』を意味する。
ついでに言うが、メイド服なのは俺が頼んで着てもらっているわけではない。
確かに嫌いじゃないが……。
俺の身の回りの世話すると言ったアヤメが、自主的に着てくれているだけである。
俺が帰還する時、俺はアヤメに自由に生きてほしいと伝えた。
それを聞いたアヤメは、少し悲しい瞳をしながらも俺の目を見つめてこう言ったのだ。
「ならば、私はずっとここでセツナ様のお帰りをお待ちしております。例え二度とお会いする事叶わずとも、アヤメの魂はこれから先もセツナ様のお側に」
俺にはかける言葉が見つからなかった。
そんな風に、真っ直ぐ迷いなく言われて、嬉しくない男は居ないから。
けれど、だからと言って「待ってて」なんて軽々しく口に出来る筈もない。
戻ってくる保証などどこにもないのだから……。
それでもアヤメは、本当に俺を待っててくれたのだ。
この10年の間、ずっと一人でこの家で……。
「んっ……」
アヤメの甘い声が耳を擽る。
話したい事は山のようにあれど、今はアヤメを感じていたかった。
言葉よりも先に俺は口付けをする。
アヤメは当たり前にそれを受け止めた。
唇を重ね更に深く、もっともっとと強請るように、薄く開かれた唇に舌を挿入する。
俺達は、まるで空白の時間を埋めるかのように、お互いを求めた。
ピチャピチャとイヤらしい音が部屋に響き渡る。
「んっ……はっ……」
アヤメの口から時折漏れる声が俺を一層煽る。
どれ位そうしていただろうか?
俺はゆっくりと唇を放す。
俺とアヤメの口の間に、一筋の銀の糸が繋がっていた。
アヤメの瞳は潤み、頬は紅潮して息が上がっており、とても扇情的だった。
とても……本当にとても残念ではあるが、当初の目的を思い出し、俺はお預けをする事にした。
「名残惜しいけど、今日はこの辺で。あまり時間がないから、続きはまた今度ね」
アヤメの額に軽く口付けをして俺は立ち上がり玄関へ向かう。
アヤメもそんな俺の後ろを付いて来る。
そして俺達は玄関の外の少し開けた庭に来ていた。
俺はそこで、徐ろに右手を翳し言葉を紡ぐ。
「我が呼び掛けに応え顕現せよ〈召喚〉ベリアル、アルテミス!」
そう詠唱を唱えると、地面に幾何学的な模様の魔法陣が浮かび上がる。
それは徐々に光を放ち、一際大きく発光したかと思うと、突如としてその光が失われる。
それと同時に、先程まで魔法陣があった場所には二つの影があったーー。
漸くここで3人目のヒロインが登場です!
もう既にラブラブですね♪
口から砂を吐きそうになるのを、何とかグッと堪えましたよ! 笑笑
けど、これはまだ序の口!!
これから沢山のヒロイン達とイチャイチャしまくる予定です!!
どうか呆れずに、温かい目で見てやって下さいm(_ _)m