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0-006.ヌンサ空間とヤマダ


 自分の仕事が万屋に決まったわけだが問題はここからだった。

 仕事は決まれども知識が足りないのだ。

 前世の記憶。そうだな。今の状態に近いものだと社会に出たばかりの新入社員のころを思い出してみる。


 俺が最初についた上司は放任といえばいいのだろうか?自分からはあまりものを教えてくれない人だった。あまり人を引っ張っていくタイプではないとでもいえばいいだろうか?聞けば答えられることは答えてくれるのだが、聞くことができなければそれまでなのだ。

 例えば発注の書類を書くとしよう。これ発注しといて、書類はこんな感じでかいてね。昔の書類を渡してまねして書いてね。質問があったら答えるから聞いてくれ。という感じの仕事のふり方をする。

 書類は会社独自の形式、記入内容だが、知識のあるもの同士でやり取りした際分かりやすいように形式化されたものだ。知識さえあれば発注内容が簡易的に分かるようになっている。どこに何が書かれているのかも書類内容を理解して書ける。しかし、そもそも仕事のわかっていない新入社員である。仕事の内容も分からない。書類の専門用語も分からない。まねしてかいてといわれてもなにをどこに書けばいいのかも分かるはずがない。書類の内容も分からない。わからないことだらけなわけだ。そしてここが最大の問題が出てくる。わからないことが多すぎて何を質問して聞けばいいのかもわからないのだ。

 まあ、上司だってヒマではない。一から十まですべて時間をかけて教えるというわけにもいかない。何よりも新入社員がどこまで書類を把握で着きるのかも分からないため、どこまでの仕事が任せられるのか分からない。新入社員で人脈もなくて他に聞ける人もいない。そして、仕事が終わってないとなぜできてないのかわからないから聞くが、新入社員は何を質問すればいいのか分からないからなんと答えればいいのかわからない。忍耐強くない上司だったりするとこれで怒ってしまい。新入社員に悪いイメージがついてしまってますます質問できなくなると悪循環が完成する。

 新人育成って難しいんだよね。

 で、ここで対比として出すのが中途採用者になる。社会人経験がある人間って言うのはそういうのを経験しているため、そこに関して柔軟に動けるのだ。同じことをされたとしても書類の形式をある程度経験上から読み解いて、分からないところをある程度明確化できるからちゃんと質問ができるし、経験である程度の記入もできたりする。

 だから即戦力がほしい日本社会は新人育成がおろそかになりやすいんだ。経験豊富で人脈もあり、人を引っ張れる定年退職者を延長雇用して教育係にあてがえばいいのにね。


 まあ、長くなってしまったが、つまりだ。

 生まれて二日目の俺にはいろんな知識が不足しているのだ。これじゃあ万屋やろうにも迷惑にしかならない。せめて最低限の知識とか人脈がほしい。

 さっきみたいに漁業をやってるヌンサの紹介とかしてくれればいいのだけれども・・・


「まあ、万屋といってもまだ三日目のおぬしではどうにもならんじゃろう。しばらくはわしと一緒に行動しようか」


 長老と一緒に行動とデメリットが大きすぎる。できればサマンサさんがいい。でも長老を俺に押付けたあと真先にいなくなってしまった。しかたがないなと気を取り直す。

 長老相手じゃ何があってもおかしくないと気を引き締めた。


「さて、それじゃあまずはヌンサ空間について教えておこうかの・・・なぜ身構えておる?」


 いけないいけない。離しかけられた瞬間思わずファイティングポーズをとってしまった。


「それでヌンサ空間とはなんですか?」

「ヌンサだけが使える共有空間のことじゃ。あらゆるものが入っておっての。ヌンサの宝物庫ともいえる。ヌンサ空間内には中の物を渡す仕事をしているヌンサがいての。時とタイミングにあわせて適したものをわしらに渡してくれるのじゃ。さっき太公望の釣竿がいつの間にか変わっておったじゃろ。あれもやつの仕業じゃ」


 そういわれて思い出す。確かにさっき太公望さんの持っていた釣竿が縫い針から釣り針のものに急に変わっていた。


「ま、直接みてみたほうが早いじゃろ。アッシュ。さあ、ボケるんじゃ」

「いきなりボケれるか!」


 スパーン。小気味いい音があたりに響いた。それと同時に俺は音の正体。手に持っていたものを見て混乱する。

 ありのまま 今 起こった事を話すぜ!長老の無茶振りに思わずツッコミを入れてしまったら手にハリセンを持っていたんだ。意味が分からないかもしれないがつい先ほどまで俺は手に何も持っていなかった。なのに信じられないかもしれないがハリセンが勝手に手にあったんだ。


「ほっほっほ。ヌンサ空間から一瞬で渡されたのに気づかんじゃったろ。どれ。それじゃあ紹介しよう。ヤマダくん」

「ハーイ」


 にゅっ、と何もない空間に腕が生えた。


「右腕までしか出とらんが彼がヌンサ空間の主ヤマダくんじゃ」

「どうもはじめましてご紹介に預かりましたヤマダです。アッシュくんこれからよろしくね」


 ひらひらと手を振る。


「こちらこそよろしくお願いします」

「せっかくだから説明するけど。ヌンサ空間はすべてのヌンサとつながっているんだ」

「常につながっているんですか?」

「つながりはヌンサたちの心の状態で閉じたり開いたりもするけど。常時僕らはつながっているね。例えばヌンサ一人が死ぬとすべてのヌンサにその死が伝わるんだ。逆に新しいヌンサが生まれたときも同じ。生まれたのが伝わる。それはヌンサがみんなつながっているからさ」

「はい。長老とサマンサさんに聞いたことがあります」

「まあ、僕が何をいいたいかっていうと。決してこの世界で一人ぼっちなんかじゃないということを覚えていてほしいんだ。心を閉ざし。孤立だけはしてはいけないよ」

「わかりました」

「さて、僕の仕事だけれども。僕はみんなの心の叫びを受け取ったり、本能で空気を読んだりして、これだと思うものを感と経験で選んでヌンサ空間から渡す仕事をしているんだ。ちなみにこの仕事をしているのは僕だけでね。残念ながらすべてに対応できるわけじゃない。必要なときにうまく渡せなかったらごめん。でもね。ヌンサ的にどうしても譲れないときがあると思うんだ。そういうときがきたら心のそこから叫んでほしい。必ず君に必要なものを届けて見せるから。求めよ、叫べ、さすれば与えられん、ってね。勢いのままにがーっと話しちゃったけど大丈夫かな?」

「大体ニュアンスはわかりました」

「まあ、今は実感がないかもしれないけど。経験していけばいずれ分かるよ。こんなもんかってね」


 ヤマダさんは中々親切ないい人のようだ。結構まともな気がする。


「あ、それとね。使い終わったら回収に行くから速やかに渡したものは返却してね」

「じゃあ、ハリセン返しますね。次はハリセンじゃなくて鈍器でお願いします」


 いけない。ついうっかり本音が漏れてしまった。ハリセンを受け取ったままの姿でヤマダさんの手が中空で停止している。


「・・・ヤマダさん?」

「アッシュ。なぞかけをしようか」

「なぞかけ?」

「そう。簡単な言葉遊びさ。『○○とかけまして△△ととく』君が一見なんの関係もなさそうなものを二つ提示して、私は君に『そのこころは』とといかける。なぜその二つ名のか。その答えを返してくれ」


 どこかで聞いたことがあると思ったら前世で視た落語家のテレビ番組だ。確か番組内では大喜利と言われていたやつだ。それならわかる。しかし俺は前世落語家じゃない。普通の社畜会社員だった。ああいや、社畜は普通じゃないか。普通だといってしまう前世俺がおかしい。


「そうだね。お題が君は鈍器を望んだ心境でどうだろうか?まあ、相手が長老だからで納得はできるけどね。ああ、でももし厳しいなら別のでもいいよ」


 う~ん。どうせお題を変えられたってうまくできるとは限らない。なら無理してでもヤマダさんが利きたがっている題目で答えたほうがいいかもしれない。俺の心境は自分のことだからわかってる。むしろそれに合うものがあるだろうか?何でなぞかけなんか。ヤマダさんの意図がわからない。ちらりと目を向けてみるが手があるだけ。その顔色をうかがい知ることなどで気やしない。


「ヌンサ空間は広大だ。空間自体は一つじゃない。途切れ途切れのいくつもの空間がつながって一つになったものでね。どの次元にあるのかも分からない。ある意味迷路に近いかな。どこの部屋に何があるのか?実を言うと僕も把握し切れていない。そして、うっかり入ってしまったら導いてくれるヌンサがいない限り二度と出られないだろうね。それにあんまり長くいすぎると僕みたいに四肢がばらばらにもなってしまう」

「え?ばらばらって大丈夫なんですか?」

「空間の切れ間に捕らわれてあっちこっちに行ってしまっているだけ。すべてつながったままだから大丈夫だよ。それにどこの部分でも見えてるし聞こえてる。問題ない。手だけ名のそういう理由さ」


 なるほど。俺が手を見ていたからわざわざ答えてくれたのか。ん?思いついた。


「ヤマダさん準備できました」

「お。じゃあよろしく」


 それでもいざやろうと思うと緊張してくる。どきどきして呼吸が覚束(おぼつか)なくなる。まったく何を心配する必要があるんだ。深呼吸して呼吸を整えると少し落ち着いた。


「長老に止めをさすのに鈍器を所望する気持ちとかけましていまのヤマダさんの姿とときます」

「おい、アッシュ。いま確実にわしに止めをさすって言ったじゃろ」

「そのこころは?」

「こらっ!二人とも無視するんじゃない!」

「どちらもそのて(手)しかない」


 手段の手と僕の手。どちらも『手』が共通しているというものだ。

 ・・・・・どうしよう。いまさらになって恥ずかしくなってきた。ヤマダさんは黙ったままだ。


「ひゃははは。つまらん。つまらなすぎる」


 長老が俺を指差して笑う。


「うるせえよ」


 耐えられなくて(はた)いてやるために腕を振るった。

 ごっ、と鈍い音が響く。いつの間にか手には鈍器(メイス)が握られていた。ランタンのような金属の塊がついるゲームで僧侶が使っていたメイスと呼ばれるタイプのものだ。

いつのまに?ヤマダさんを探すが見つからない。


「はい。座布団一枚!」


 ヤマダさんの声と共に俺の前に座布団が一枚差し出された。どういう意味だろうか?そういえば前世でみた大喜利テレビ番組では面白いと座布団が支給されていた。あの番組も座布団運ぶ人の名前が山田だった。それはさておき、これは認められたということだろうか?


「面白くなかったけど努力は認める」


 ですよね。がっくしと思わず力なく(ひざまづ)(こうべ)を垂れて失意体前屈(しついたいぜんくつ)と呼ばれる姿勢になる。そして、いまの心境にぴったりな台詞を吐いた。


「わけが分からないよ」


 確か前世で視た魔法少女アニメに出てきたマスコットキャラの台詞だ。


「座布団は僕の信頼の証だと思ってくれ。集めると素敵なことがあるよ」

「そうですか」

「だいぶ意気消沈しちゃったね。次回頑張ってよ。さあ、いつまでも項垂(うなだ)れてないでメイスを返してもらえるかな?」


 座布団を引っ込めて手を差し伸べてくる。しまったな。項垂れたときにメイスを地面に横たえて汚してしまった。


「汚してしまってすいません」

「なに気にしなくていいよ。道具は使えば汚れるものさ」


 メイスをヤマダさんに手渡す。


「わしを無視するんじゃない。というよりも謝らんかい」


 復活した長老が怒りながら体当たりしてきた。姿勢が崩れて前のめりに。姿勢を正そうと空いた手が無意識にメイスを掴んだ。

あ、とヤマダさんの気になる声が聞こえると共に視界が暗転した。



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 目が覚めると見え覚えのない森の中にいた。

 視線の先には一本の木を前にして立つ一人の男が目に入る。黒髪黒目。彫りの深くない顔つきは日本人を想起させた。なかなか整った面構えで見た目も若く、前世の感覚で行けば二十台に見える。濃い目の紺に銀のラインと刺繍が入ったローブを羽織っている。

 俯く男性は感慨に耽っているようでどこか声のかけがたい雰囲気をかもし出していた。

 視線の先には木の根元や地面しかない。何か思い至ることがあってずっと考えることだけしているのかもしれない。そういえば前世の俺は考え事をするときいつも歩いていたな。歩いていることが気分転換になるようで何故か考え事が(はかど)るんだ。そんな散歩の途中だとか?

 しかし。なんでだろう?男性にはじめて会った気がしない。容姿はイケメンで前世の俺に歯にてもにつかない。ヌンサに生まれ変わってからはまだ人に会っていない。

 前世で読んだ小説を思い出してみる。物語だとこういうのってなにかの複線だったりするんだよな。死ぬときの記憶はあるのにどこか前世の記憶にあいまいなところがある。実は俺の転生には神様が絡んでいて、転生の際に一度会っているとか?もしかして神様?まとっている雰囲気に圧力があるように感じるしそうなのかな?


「そうか。今日がその日だったのか」


 おっと。考え事をしている間に男性がこちらの存在に気づいたようだ。そして聞こえた口ぶりだと男性は俺たちが出会うことをあらかじめ知っていたようだった。


「さて問題です。私は誰でしょう?

①神様

②あなた自身

③赤の他人

④長老」


 見た目からしても人型だから②、④はありえない。①か③となる。


「大穴狙って③赤の他人」

「正解。私は神様なんて仰々しいものじゃない。長老なんてもってのほかだ。そして私は君でもない。でもここで会うのは必然の赤の他人なんだな」

「赤の他人なのに必ず会うことになっていたんですか?」

「そうなんだよね。私も何でなのかはよくわからないんだ。それこそ神様の気まぐれなのかもしれない。ちなみに君が知らなくても私は君の事を一方的に知っている。まさしく赤の他人だ。もしかしたらそれが理由なのかもしれないね」

「赤の他人だからですか?」

「そそ。赤の他人だからできることがある。だから赤の他人の私はいまから一方的に伝えるよ」


 ほのかに緩んだ口元。俺をみる眼差しは温和なもの柔らかいものだった。俺に何かを伝えようとしているのが感じられる。やっぱり他人の気がしない。知っている気がする。


「アッシュ。前世は生きてみてどうだった?」

「まあ、無難な人生だったかと」

「生きるって理不尽だと思わなかった?」

「理不尽ですか?」

「生きるためにしたくもないことたくさんあっただろ。仕事、勉強、人間関係」

「そうですね。だから諦めた生きかたをして諦めた死にかたをした」

「今世も同じだということを覚えておいてほしい」

「生きるからですか?」

「生きるということは。人生は理不尽だからな。前世、今世、後世とすべて変わらない。それを覚えていてほしい」

「酷いはなしですね」

前世(チート)をもつお前なら終わりがどうであればいいのかを知っているはずだ。理不尽に苦しめ。理不尽に生きろ。そして理不尽を楽しみ。理不尽に感謝しろ。ハジケろ」


 彼は仰々に尊大に言ってのけ、力なく笑った。


「じゃあ、赤の他人とはお別れだ。今度は未来で赤の他人じゃないやつに会え」

「待って。名前」

「赤の他人だから名前も伝えはしないんだよ」


 まぶしい後光を背にして彼はいい笑顔で笑っていた。


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「・・・・・ここは?」

 ぼうっとして夢うつつの中にいることに気がつく。

 さっきまでのは夢?いままで眠っていたようだ。

 起き上がろうとして体が動かないことに気がつく。左右に視線を走らせると紐で体ががんじがらめにされていた。

「なんじゃこりゃあああああああああああ」

 しかもこの縛り方前世で見たことがある。お歳暮のハムの縛り方だ。

「俺ハムかよ!」


 バンッ!大きな扉が開く音に目を向けると眉間にしわを寄せたサマンサさんがたっていた。恐怖のあまり今度は声が出なくなる。


「いま、ツッコミいれた?」

「え?いや・・・・・・なんかハムみたいな縛り方だったから・・・・・・」

「アッシュ。戻ったのね」

「え?戻ったって何?」

「それは私が説明しよう」

「ヤマダさん?」


 戸惑っていると横からハサミを持ったヤマダさん(手)が出てきてチョキンと紐を切る。


「ヌンサ空間に引き込まれた際。僕はすぐにヌンサ空間から君を救出したんだ。だけどそこで問題が起きた。肉体は無事外に出せたのだけれど。精神がどこかへ逝ってしまっていたんだ」

「ということはいままで空っぽになった肉体だけが残って立ってことですか?」


 でもそれだと縛られている理由が分からない。


「前世の精神。記憶をもたない君は生まれたばかりのまっさらなヌンサの赤ん坊になってしまったんだ。つまり純粋なヌンサになってしまったんだ」

「つまり?」

「長老が二人に増えたと思ってくれればいい。つまり君は―――」

「それ以上言わないでください!」


 事情を察した俺はそれを拒絶して叫ぶ。


「よかった。あんた長老二世って呼ばれてたのよ。長老×二とかどれだけ私が大変だったことか。押さえつけるの大変だったんだから。ほんと・・・戻ってよかった・・・・・・」

「まさか戻ってくるのに二週間も掛かるなんてね」


 長老二世!二週間!更なる追い討ちに意識が飛びそうになる。

ふと夢の人が言っていたことを思い出す。

 ああ、生きるって。人生って理不尽だ。


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