0-005.仕事
「ほれ。おぬしらの分じゃ」
長老が手に持った肉を差し出してくる。手で持つためのむき出しの骨。それを包む肉。これはまさかマンガ肉。この世界には存在するというのか! でも俺の知る知識の中で猪にこれを作り出せる該当部位は存在しない。まさか作った?
「料理人のヌンサが解体調理するとなぜか肉はすべてあの形になるのよ」
「食べやすくて便利じゃろ」
「仕組みがまったく分からないって料理一つにとっても理不尽すぎる」
とはいいつつもマンガ肉に罪はない。食べてみると塩胡椒の味がしてちゃんと調味料で味付けがされている。新鮮さもあるのか筋はあるがすごく柔らかい。厚みがあるのに赤い生肉なところがみあたらないのはサマンサさんの雷によるものか。はたまた料理人の腕によるところかはわからない。うまい。そう思ったら一瞬口から光線が出たけどなんだったんだろ。
「さて。腹も膨れたし。話の続きでもしようかの」
「一〇〇人と一〇一人目の話ですか?」
「それはもういい。竜人種のこともどうせわしが何言ったって老人の戯言としか思いもせんだろ。一〇一人目にいたってはもともとわからんしの」
「そうね」
「そうですね」
「何のためらいもなく肯定されるとさすがに傷つくの・・・・・・」
「そんなことはいいですから話を始めましょうよ」
「ふふふ。アッシュも長老になれてきたわね」
「いやななれじゃな。まあいいじゃろ」
自分の扱いのことなのにいいんだ。まさか長老はドM?
「別にわしはドMじゃない。そしてなぜサマンサ驚いた顔をする!」
「心の中を読まれた!」
「セクハラ!」
「表情で分かるわい。まったく話が進まん。それともそんなにわしと長く一緒にいたいのか?」
「すみませんでした長老」
「ごめんなさい長老。早く話の続きをはじめてください」
「だから傷つくっていっとるじゃろ!」
さすがに長老が切れたので反省する。
「まあいい。誰だって生きるためには衣食住が必要じゃ。遊んでばかりなどいられん。それは転生者であるおぬしが一番分かっていることじゃろ」
だめだ。まじめな長老には違和感しかない。いままでの傾向パターンからして予想外の何かが来る。いまもそんな気がしてならない。
「だからこそ。個々に役割と仕事がある。わしのこの長老という立場もそれじゃ」
すっと手が上がり、心の中で身構える。
「そうじゃの。例えばあそこではみなのために魚を取る仕事をしている」
後方へと振り返り、指し示すものを見つけた。
①釣竿をもち、その先の糸を泉にたらした釣りをするヌンサ
②魚の刺さった銛を空に掲げながら水面から飛び上がるヌンサ
③漁網を脇に抱えながら滝つぼから出てきたヌンサ
どれだ?
明らかに魚を取るに該当するヌンサが三人いた。
しかもそれぞれ別々の漁法で。
くそぉ。長老はブラフかっ!
なぜ三つ?もしかしたら残りの二つは違うのかもしれない。となると。①は趣味的なものに見える。獲れる量だって少ないはず。つまり魚を取るのならヌンサは半漁人だ。②のように水の中を泳ぐ方が効率的。網を使う③も。そうなると②か③のどちらか。
「どうした?」
「あ・・・・・いえ。魚なのに魚を食べるんですね」
「強きものが弱きものを喰らうのは世の常。それは陸の上も水の中も同じ。世界が替わろうとも変わらんよ。大魚が小魚を喰らうのも摂理じゃ」
くそっ。聞きたいのはそれじゃないんだ。どうする何をどう聞くべきか。落ち着け俺。情報を整理するんだ。判断材料になりそうな情報を聞き出すんだ。
「そういえば魚って鮮度が命ですよね」
「そうじゃの」
「腐らせるとかもってのほかですし、やっぱり毎日獲りますよね」
「うむ」
「毎日何匹ぐらい獲るんですか?」
水揚げ量によってもう少し絞れるはず。
「適当じゃな」
「はい?でも獲りすぎは・・・」
「多く取れたら干物とかの保存食にすればいいからの」
そうきたか!
「そうじゃ、せっかくだ。顔見せついでに挨拶してこい」
「え?どれに?」
「ん?」
「あ、いえ。え~と」
「長老。いくらアッシュが転生者だからといってもここは前の世界と勝手が違うんです。手を引いて上げなければだめですよ」
戸惑っているとサマンサさんが助け舟を出してくれた。
「それもそうじゃな。アッシュ、ついて来い」
歩き始めた長老についていく。お~い、と長老が手を振ると三人がこちらに振り返った。
三人振り返るとさらに分からない。
「紹介しよう。昨日生まれた新人のアッシュだ」
長老の照会に合わせて頭を下げる。一〇一人目の。と誰かが口にしたのが聞こえた。
「いま仕事の説明をしておっての。そのついでにおぬしら三人を紹介しにきたんじゃ」
まさかの三人とも!正解は④全員か。選択肢にはなかったけどね。ちなみに正解した人。ちゃんと選択肢から選んでください。問題の意味がないじゃないですか。
「紹介しよう。彼ら三人が魚とりの仕事をしておる『漁業魚ギョッと三人組』だ」
「ぎょが多すぎるわ!」
「網がオオマ。銛がグチユ。釣竿が太公望じゃ」
三人を紹介される。ツッコミが流されたが反応されても困るからいいけど。
ええっと。やたらと腕と足がムキムキの網を持った黒橡ヌンサがオオマさん。捻り鉢巻を頭につけて銛を持った紺青ヌンサがグチユさん。口の上にハの字髭で前世の三国志ゲームで見た幞頭を頭にかぶり釣竿を持った紺ヌンサが太公望さん。
「もう一度言うがこやつがツッコミのアッシュじゃ」
「ちょっ。なんで言い直したの!っていうかツッコミのって何!」
『なるほど。彼がツッコミから生まれた』
「いや。納得しないで!ツッコミから生まれたってなんだよ!」
「かかったな。おぬし。ツッコミをしたな」
「・・・・・な。何のことですか?」
「ツッコミを入れたじゃろ。おぬしは自身で証明したんじゃ。見てみるがいい。周りは自然と納得したぞ。何せ二回もツッコンだからのお」
「・・・長老、謀ったな。長老!」
「フフフフ。おぬしの生まれの不幸を呪うがいい」
怒りのあまり長老をどうしてくれようかと思った矢先だった。風きり音とともに、うっ、と長老がうめいて倒れた。光の反射で視認された長老へと続く釣り糸。釣竿の持ち主は太公望さん。くいっ、と手首の返しで引かれる釣竿。長老から針が抜けた。宙を舞う光る針。太公望さんの手に針付近の糸が納まる。その手元から垂れた針を見て俺は疑問の声を上げる。
「縫い針?」
「さすが釣り名人太公望」
「釣り名人?」
「太公望は水面下の魚を縫い針で狙い刺して気絶させることができるんだ」
「それはすごいですね」
親指を立てる太公望さん。どうやら俺のために長老を黙らせてくれたらしい。
「ふん。普通の釣り方じゃ魚が釣れんからそんな小細工が必要なんじゃろ」
長老復活した。
「釣り針でもつれますよ」
「つれるのは知能の低い魚ばかりじゃろ。わしは絶対釣れんからな」
「ただの魚と張り合うなよ!」
ふんっ、と力強い声で地面にオオマさんが手を突っ込んで引き抜く。手にはミミズが握られていた。すげえ。堅い地面に手を突っ込んで無傷なだけでなく、今ので捕まえるなんて。
手渡されたミミズを太公望が釣り針につける。いつの間にか釣竿がちゃんとした釣り針の衝いたものに変わっていた。
長老の前に餌を垂らす。
「わしは釣られんぞ。釣られんぞ」
いやいや。血走った目で説得力がないんだけど。太公望さんが釣り針を左右に揺らすとあわせて長老も動いている。ハアハアという擬音まで聞こえる息づかいが気持ち悪い。
「釣られないクマー」
「クマって言った!クマってなんだ!」
「そんな餌では釣られないクマー」
ズザザザザー
「言葉に反して思いっきり釣られて引きずれれてるしっ!」
思いっきり釣り針に食いついた長老は口からでた釣り糸に引っ張られて地面を引きずられる。完全に長老の負けだった。
「キャッチ、アンド、リリース!」
太公望さんの叫びと共に長老が滝つぼにリリースされた。ボッチャ~ンと盛大な音と水しぶきが高く舞う。キャッチアンドリリースは前世でも有名な自然破壊行為だ。魚の虐待や湖等の生態系を破壊する。逆の意味だと勘違いしていた人が多いせいで最終的には禁止法案までできたくらいだ。もし大綱坊さんが勘違いでやっているならちゃんと注意しないといけない。
「ダメですよ、太公望さん。長老なんてリリースしたら自然破壊になるじゃないですか!」
「すまない。配慮が足りなかった。奇声を発しながら引きずられる長老が気持ち悪すぎてつい間が指したんだ」
「じゃあしかたないですね。次は気をつけてくださいね」
悔しそうな顔をする太公望さん。釣り人としての流儀はわきまえているらしいから心配は要らないようだ。
「さて。勝負はわしの勝ちがきまったわけじゃし話をもどすかの」
ちっ。さも何事もなかったかのように隣に現れた長老に思わず舌打ちが出てしまう。ん?というか長老の勝ちってどういうことだ?
「何で釣られた長老の勝ちなんですか?」
「リリースされたじゃろ。つまりわしは最終的に釣られとらん」
『・・・・・・』
「どうしたおぬしらなぜ黙っている?」
『・・・・・・・・・・・・・』
「さて、今日はあと何匹釣ろうか?」
「そうだな。まずはみんなの分を合わせて数え手それから決めようか?」
「こらっ。わしを無視するんじゃない」
『そうしよう』
三人とも長老の相手をすることを諦めたらしい。無視していってしまった。正直俺もあちらに混じってついていきたかった。しかし隣で訴えるようにこちらを凝視する長老に逃げることが許されなかった。目血走ってるし。しかも若干目玉飛び出てない?もはや気持ち悪いを通り越して恐怖しか感じないんだけど!
「つうか近い近い」
必死に二人の間に手を入れて抵抗する。するとやっと反応を見せた俺に長老の顔が笑顔になる。困った。恐怖が治まったら気持ち悪さが復活した。
そしてやっと離れてくれた。ほっと胸をなでおろす。
こほん、と長老が何事もなかったように仕切りなおしの咳払いをする。
今度は何だろう?奇声を発しながら威嚇されてもいいように気を引き締めて身構える。
「それでおぬしの仕事じゃが」
「え?」
「ん?どうした?」
「いえ。なんでもないです」
まさかもっと基地外な行動と発言がくると思っていたから驚いてしまった何て長老に火を灯すようなこといえるわけがない。平静を装う。
ピュ~ピュ~
って何口笛を吹いてるんだ。どこの漫画だよ。あからさま過ぎるだろ。どこの笛吹きのジャガーだよ。思わず生前に読んでいたギャグ漫画を思い出してしまったがまあいい。
「それで俺の仕事って?」
「正直言うとな。仕事の割り振りは事足りとる」
「事足りとるって?」
「本来であれば仕事は入れ替わりで亡くなったヌンサのを引き継ぐものなのよ」
「あれ?サマンサさんいままでどこにいたんですか?」
「ごめんなさい。長老と関わりたくなくて距離をとっていたの」
「それじゃあしかたないですね。しかし、そうなると一〇一人目の俺は」
「そう。引き継ぐ仕事がないの」
「や~い役立たず」
パ~ンッ!なぜだか俺をあおる長老に平手打ちをかます。くいくいとサマンサさんの口が動いて長老にドゴ~ンと雷が落ちた。
「ちなみにサマンサさんの前は勇者でしたよね?何の仕事になるんですか?」
「平和の維持。村の秩序の管理とでも言えばいいかしら?」
「それは・・・・・大変ですね」
「ちょっとまてアッシュ。なぜ今わしを見た!」
「もっとも。勇者アレルは肩書きの仕事を優先して魔王討伐に行ってたから村にいなかったわけだけれどもね」
「サマンサさん勇者の肩書きを持つんですか?」
「いいえ。私は別のものよ」
「何ですか?」
「ダーリンのお嫁さん」
聞かなきゃよかった。後悔後先経たず。案の定サマンサさんのダーリン話が始まった。
「それで長老。俺の仕事はどうなるんですか?」
しかたなしに長老に話しかける。無視されていた分の反動だろうか?ぱあっと花でも咲くように長老が笑顔になった。やっぱりサマンサさんが落ち着くまで待とうか。
「心配しないでもよい。ちゃんと考えておる」
「というと?」
「何でも屋、つまり万屋じゃ」
「万屋?」
「うむ。前世の記憶と経験というかけがえのない財産を持つおぬしならたくさんの困ってる人を助けられると思うんじゃ。なによりもこの世界のことを学ぶ上でも都合がいい。一〇一人目の謎の究明もあるしの」
「なるほど」
長老の言葉の意味をかみ締める。万屋。ある意味自由気ままそうでもいいかもしれない。
「どうじゃ?いやなら他のを考えるが?」
「万屋でお願いします」
「決まりじゃな」
俺が答えると同時にぽんと背中を叩かれた。振り返るとサマンサさんがいて。
「じゃ。万屋さん。長老のお守り役よろしくね」
その言葉に俺は早くもくじけそうになった。