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0-003.目が覚めたらやっぱりヌンサでした

 生まれて二日目の朝。

 光を感じてパッチリと目が覚めた。

 スッキリとした目覚め。前世の低血圧による朝のまどろみがない。おかげで冷静な頭で昨日自分が転生したことを思い出して、真っ先に自分の顔をなぞって確かめた。

 前へと向かって顔全体が尖っている。目は左右の側面にあって前方が見にくい。

 間違いない。いまの俺は、人間の顔じゃないよ、が正解で、人間は顔じゃないよ、という慰めの言葉をかけてもらうこともできないヌンサだ。


 薄っすらとした光が透けて入ってくる白い壁の球体の部屋の中で、ポケー、としていると。


「あら、おはよう。目が覚めたのね」


 声をかけられた。

 頭を向けるとピンク色の魚が・・・・・


「ぎょええええええええええええ」


 思わずびっくりして叫んでしまった。


「あらあら、ごめんなさい。びっくりさせちゃったわね。ほら~大丈夫~よしよし」


 頭を撫でられる。驚くなんて失礼なことをしたと申し訳ない気持ちになる。


「私の名前はサマンサ。そしてあなたの名前はアッシュよ。わかるかしら?」


 頷いて応える。あれ?しまった。生まれて二日目の赤ん坊が言葉わかるのはおかしい。


「まあ、分かって当然よね」


 え?当然なんですか?


「なぜなら私たちはヌンサだからっ!」


 人差し指を立てながらサマンサさんがウインクする。

 いやいやいや。その理屈はおかしい。それじゃまるでヌンサであれば何があっても何が起きても何でもありみたいに聞こえる。思わず頭を左右に振って抗議する。


「あなたもいずれ分かるわ。私たちヌンサがこの世界でどんな存在なのか」


 意味深げなことをいいながら微笑む。


「生まれたばかりのあなたにはたくさんの知らないことがある。たくさんなんでと言いなさい。たくさんどうしてと聞きなさい。これから見て聞いて触れてたくさん学ぶんだから」


 それは前世の記憶があってこそ意味が分かる言葉。その言葉に自分は魅せられる。きっと真っ白な赤ん坊で生まれたなら。この意味を後になってから知ることになっただろう。前世の自分がそうであったように。

 そういえば前世で読んだ転生ものの小説は前世の記憶がいい方向に働いていた。異世界の技術革新、同じ轍を踏まないための教訓的な道標。前世の記憶分の得がいろいろとあるようだ。

 自分は人間でもないヌンサだし。少なくともここは前世の世界じゃないことは確か。サマンサさんの言葉どおりきっと前世の世界にはないものがあふれている。前世の記憶があるから違う人生を歩めるし、比較してこの人生を楽しむこともできる。

 第二(ヌンサ)の人生に心が躍る。


「やっと笑ったわね」


 サマンサさんがウインクする。無意識に笑っていたらしい。


「長老を呼んでくるわ。アッシュはここで待ってて」


 こくこくと頷いて応えるとサマンサさんが出て行った。

 さて。待っている間何しようか?

 こういうときこそ前世の記憶を頼りにしてみる。確か小説だと自分の身近なところから現状把握とかしていた。自分の肉体や能力の把握。過ごした時間で身の回りに気になることはなかったか。後者は生まれて二日目では無理がある。なら。

 よし。自分に巻いてあったタオルをはがして、布団代わりになっていたクッションの上で立ち上がって動いてみる。腰を振るような感覚で尾びれが動く。思いのほか足に負担がかかり、左右に動かすと体だが傾く。水中では泳ぐのに使うし、動物の尻尾と同じで体のバランスをとるためのバランサーであるのかもしれない。他のひれは手足を動かす感覚かな。

 手と足は人間と同じ。でも腕に肘となる部分がない。方の付け根から手首まで一本の骨になっている。弾力があって軟骨みたいで(たわ)ませて湾曲させることができる。関節いらずで振り回すと鞭みたいになる。水の中を泳ぐことを考えるとボートのオール的な役割もあるのかも。

 目はこぶし大と結構大きかった。口は大きく目の下まである。歯は触ってみた感触では尖っていてとても鋭い。魚の歯は釣り糸さえ切断する。

 姿自体は周りに鏡となるものがなくて確認はできなかった。


 シャドーボクシング的なものもやってみる。拳が空を切るのにあわせてトントンと足でステップを踏む。前世の人間だったときと同じ感覚で体が動く。肉体的な面で苦になるようなことはなさそうだ。半漁人と半分人というだけ、実は人に近いのかもしれない。


 後できることは。わずかな時間だったけど。昨日の情報から何かないかと考えてみる。

 印象的なのは長老の名づけのときのサマンサさんとの会話。名前候補にやたらと前世で聞き覚えのあるものばかりだった。しかも酷いものが多い。

 最終的にアッシュという悪くない名前に落ち着いてよかったと思う。

 ともあれ、考えられることは一つ。この世界には自分のような転生者が他にもいるのではないかということだ。前世に近い世界の転生者がいて知識を広めた可能性が高い。転生ものの小説でよく世界の中には異世界人が多くいて世界に受け入れられているものがあった。それに近いのではないかと推測している。

 長老かサマンサさんに聞いてみよう。ただ小説によっては転生者に悪印象が付きまとうものがある。生まれて二日目の赤ん坊がそんなこと聞くなんて怪しすぎる。考えてみたら意外と難関だ。でも大事なことだ。何日かかろうともかまわない。当分はその情報を聞き出すことを第一目標として頑張ってみるか。

 人間目標があるほうがいい。生きがいがあるしな。いまはヌンサだけど。

 さて。当分の目標も決まったし。後はこの世界のことを徐々に知りながら、ヌンサ人生を過ごしてみるか。

 それにしてもサマンサさんまだかな?扉へと緯線が移動する。


「ぎょえええええええええええええええええ」


 半開きの扉から、ヌッ、と白い魚が顔を出してこちらを凝視していた。突然現れた巨大な魚の頭と自分を捕らえたギョロリと動く生々しい目。まるでホラー映画の出来事に恐怖心が込み上げて思わず叫んでしまった。


「アッシュはよく叫ぶやつじゃのお」


 ほっほっほ、と和やかな笑い声に気持ちが少しだけ落ち着いた。

なんだ。長老か。ほっとして肩の力が抜ける。やれやれ、ダメだな。さっきもサマンサさんに驚いたし、自分ももうヌンサなんだから慣れないと。まだ生まれて二日目だけど。

 長老が部屋にはいってくる。続いてサマンサさんも。


「アッシュ。なかなか大きく育ったな」


 育った?

 そういわれていまさらながらに気がついた。生まれたときの自分はサマンサさんに抱えられるぐらい。しかも手のひらに収まるぐらいの大きさでかなり小さかったはずだ。でもいまの視線の高さは長老たちと同じ。かなり大きくなっているのが分かる。

どうして一日でここまで大きくなれるのか。理屈は分からないけどすごい。


「我らヌンサは生まれてから一日でその大きさに育つ。まあ、魚人差はあるがの。そして、生まれてすぐ言葉まで話せる。なぜだと思う?」


 生まれて二日目の俺に何を聞いてるんだこの爺さんは。とは思うものの。気になる質問ではある。まず思いつくことは水の中で生きる魚が相反する陸地にいること。前世の記憶から見ると魚の体に人間の手足を蛇足でつけた間抜けな姿のヌンサは冗談のような生物ではっきりって強そうに見えない。知能も低そうに見えるけど。生まれて二日目の俺がこれだけ思考が回るんだ。それだけは前言撤回かな?


「外敵が多いから少しでも生き残れるようにですか?」

「さあ?」


 このジジイ!俺の疑問的な回答に疑問を返してきたよ!しかも頭の先を少し上げて傾けて上から俺を見ている姿が見下しているようでしゃくに障る。イライラするな。

 それになんだろう?前世では感じたことのない不思議なわだかまりが胸の中にある。


「長老。ふざけるのも大概にしてくださいね」


 長老の体がびくっと跳ね上がる。

 見える。見えるぞ!サマンサさんから出る謎のオーラが。か、体が震えている。ふと昨日見た長老の真顔が脳裏をよぎる。間違いない俺は恐怖している。

「サマンサ。落ち着くんじゃ。わしがわるかった」


 サマンサさんのオーラが消えた。なんだったんだいまのは。思わず悪くもないのに俺まで謝るところだった。とにかくサマンサさんには逆らわないようにしよう。


「さて」


 コホンッ。長老が気取った咳払いをして空気を切り替える。


「アッシュ。おぬしの答えが本当かどうかをおぬしが追求するといい。ヌンサであることはあるべき事実じゃが、ヌンサがなんであるかは誰も知らん。同じく木が木であることも。空が空であることも。物事の本質は誰も知らんのじゃ。ただあるべきことを観測者が認識し意味を設けるだけ。我々が知りえたるはその意味のみ・・・・・・という感じでどうかのサマンサ」


 わし良いこといったじゃろとドヤ顔で長老が振り返る。イラっとした。


「最期のさえなければ完璧だったと思います」


 ちらりとサマンサさんが俺を見る。


「それと。アッシュがかわいそうです。この――」

「サマンサ。それ以上言うんじゃない」

「あおってアッシュがツッコミするかどうか賭ける遊びをやめませんか?」

「お前が元凶かいっ!」


 バチーンッ

 俺の右腕が鞭のようにしなり長老の頭を引っぱたいた。


「はっ。俺はいま何を」

「イライラがピークを超えて手が出てしまったのね」


 サマンサさんが悲しそうな目で俺を見る。


「ふっふっふ。わしの勝ちじゃな」


 やり遂げた顔で長老が起き上がる。もう一発ひっぱたいてやろうか?


「いったじゃろ。アッシュはツッコミの運命を背負って生まれ変わった子なんじゃよ」

「なんて不憫な運命を背負っているのかしら」


 サマンサさんが口元を手で覆う。このやり取りはまだ続くのか。うんざりしてくる。


「さて。アッシュ」


 今度はなんだ?長老を睨む。


「お前転生者じゃろ」

「え?」

「やっぱりの。なに。結構お前のほかにもいるんじゃよ」


 今日定めたばかりの第一目標が数分で達成された・・・

 今度はなんか、すっごいやるせない気持ちになる。


「サマンサも転生者じゃ。何でも異世界のアメリカという国に住んでいたらしい」


 え?アメリカって。もしかしたら同世界の可能性だってある。


「残念ながらあなたの世界と似た並行世界よ」

「分かるんですか?」


 反射的にサマンサさんに問いかける。


「私の場合は意図的に転生してるからね」

「意図的に?」

「魔女ですから」

「いや、それ答えになってませんよ」

「アッシュ。諦めろ。こやつの魔法に常識はついようせん。こやつの魔法はこの世界の魔法概念さえも覆す。深く考えたら負けじゃ」


 え?


「先に死んでしまったダーリンを追いかけたかったの」


 サマンサさんが人差し指を立ててウィンクする。


「サマンサさんは前世でも魔女だったんですか?」

「そうよ」

「なるほど。それじゃあ俺のいた世界とは違いますね。俺のいた世界には魔法がありませんでしたから」

「あら、私の前世の世界も一緒よ。魔女の世界に生まれた私は魔法のない世界の男性に恋をして世界を渡ったの」

「そして今度は転生までしたと。大恋愛ですね」


 話に相槌を打って感想を述べる。


「そうなの。でもね。私この世界でまだダーリンに出会えていないのよ。おかしいのよね。確かにこの世界にダーリンが生まれ変わったのを感じたはずなのよ。なのに生まれ変わって三十年経つけれどもいまだにダーリンは見つからないの。あの人だって来世でまた会おうねっていってくれたわけだし、私を捜していてくれてるはずなのにおかしいったらありゃしない。私もさすがにこれはおかしいなんて思ったりもしてみたけれども、会えない時間が逆に思い会う気持ちが強くなって愛を育てるなんて言葉もあるじゃない。でね――」


 やばい。サマンサさんの地雷を踏んだようだ。話が終わる気がしない。前世の馴れ初めの話までし始めるし。


「サマンサ。それはあとででもまた話せるじゃろ」


 長老ナイス。はじめて長老に感謝した。


「うるせえ老害!」

「「ぎょえええええええええええええええええええええ」」


 俺が怒鳴られたわけじゃないのにあまりの迫力に思わず長老と一緒に叫んでしまった。


「あらごめんなさい」


 でもおかげで静まってはくれたようだ。


「でね。残された子供たちももう大人になったけれども親にとってはいつまでも子供なわけで」


 前言撤回。まだ続くのかと思っていると、ふと、一つ聞きたいことが浮かぶ。


「サマンサさんは世界を渡れるんですか?」


 サマンサさんの口の動きが止まった。俺を一時見つめて答えを口にする。


「答えはYES」


 その言葉に鼓動が跳ね上がる。前世の世界にいける。そんな考えが頭を過ぎた。


「じゃ、じゃあ」


 じゃあ・・・・・なんだ?自分が何を口走ろうとしたのかわからなくて戸惑う。

面を上げるとサマンサさんと目が合う。


「できるからといって簡単なわけではないわ。それに世界を崩壊させることだってある。前世のアッシュがどんな人生を送っていたのかはわからないけれども。何事も対価が必要なことぐらいはわかっているんじゃない?」


 真剣な物言いに前世での生活を思い出す。当てはめるのに簡単な例えだと買い物が当てはまる。お金という対価を支払ってほしいものを手に入れていた。


「そうですね。確かにリスク無なんて都合のいい話があるわけないですよね」

「そうよ。安易にやって失敗して等価交換の原則で手足や体をもっていかれても困るでしょ」


 サマンサさんの言葉がなぜか前世の記憶に引っかかたけれども気のせいだろう。


「それでももしあなたがどうしても世界を渡る必要が出たときは相談に来なさい。私が力を貸してあげるから」


 人差し指を立ててウィンクする。これはマンサさんの決めポーズなのかもしれない。というかいまさらだが魚に瞼なんてあっただろうか?でも前世の知識が異世界で通じるとは思えない。

 サマンサさんに言われたこと。不本意ながらも長老に言われたことを思い出す。

 まずはこの世界を。ヌンサが何なのかを知ることからはじめよう。そして、知った上でどうしようか考える。時間は有る。俺は生まれたばかりなのだから。


「転生者というのは前世の記憶があるから厄介じゃ。それがせっかくの新しい人生の道を踏み外す原因にもなりかねん。しかし、逆もある。進むための道標にもなる」


 長老がにたりと意地の悪い笑みを浮かべる。


「アッシュはこれからどうするかをもう見定めたみたいじゃな。これからたくさんのことが待ち受けている。大事だと思ったらいつでも心のノートにメモっとけ」


 扉の方へと歩いていき、長老が取っ手に手をかける。


「さあ、行こうか」


 扉が開かれた。

来週も更新できそうです。

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