はじまり
さあ、今回も続きがありそうな短編です。
各国の王がそれぞれの国を統べる世界。
それはどの世界でも常だった。
この世界も例外ではない。
時には、併合し、分裂し、消滅し、やがて創立される。
王達のパワーバランスがゆらゆらと天秤のように上がったり、下がったりするのは当たり前だった。
だがしかし。
その当たり前から逸脱する存在がいる。
いつの世も変わらず、人や人ならざるものに怯えられ、その地位を揺らがすことはなかった。
それが、「魔王」という存在。
いや、揺れることもあった。
勇者、と呼ばれる存在が生まれた時代は。
魔王という存在に対抗出来る希望。
勇者に倒され、その地位を引きずり落とされる時代は確かにあったが、それは人の王が変わることに比べれば、とても稀なことであったし、いつの間にか、新たな魔王がその地位を取り戻していた。
そんな世界に、その時代に、生まれたのが俺だ。
立派なお城を前に、俺は仲間の反応を見る。
真剣な表情で見つめる者、顔を歪める者、感動すらしていそうな程驚く者、無表情の者、楽しそうに笑む者。
それらを眺め、再び城を見上げて、俺は気付かれない程度に小さく溜息を零す。
「行くよ」
リーダーである魔法剣士のロイがそう言って、城門をくぐった。
城は静かであった。
ポツポツと魔族はいる。
すかさず戦闘態勢に入り、駆け出す男が一人。
騎士であるクラディウスだ。
だが、相手の魔族も駆け出した。
一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直して彼を追いかけようとする。
近くにいた女性魔族にも鋭く視線を向け、魔術師のエルミーナが魔術を放つ。
それは、防御魔法によって弾かれ、いつの間にか魔族は消えていた。
リーダーのロイも別の場所にいた魔族に攻撃を仕掛けるが、見事に避けられ、翼を持った魔族であった為か空を飛んでどこかへ行ってしまう。
「一体なんだって言うんだ!!」
クラディウスが苛立ったように声を上げた。
その気持ちはわかる。
魔族達はこちらへ攻撃するような意思は一切見せず、姿を消す。
いや、逃げる、というのが正しい言い方だろう。
「妙ですねぇ」
魔具師のユーウェンが興味深そうに目を細める。
ぱちぱちと目を瞬かせ、首を傾げるエルミーナに、困ったようにユーウェンに目を向けるロイと治癒術士のアリア。
「うーん、とりあえず進もうか?」
ロイの言葉に皆が頷く。
アリアがこちらを振り向いた。
「ルイスくん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。アリアさん」
いつもだったらもう少し口が回る俺だが、今日は口数が少ない。
自分でもそれは気付いたが、皆は緊張しているとでも思っているのか特に何も思ってないようだった。
城内を歩く。
常に周囲を警戒し、歩く。
そんな皆を一人一人俺は見ていた。
ロイ。
焦がしたキャラメル色の髪に同じ色の瞳を持つ彼はその凡庸さが人に安心感を与える。
彼はさざめく森が出身だそうだ。
さざめく森に村は無く、寧ろ主である竜が支配するあの森は人間の住める場所ではない。
だが、彼はその竜に育てられたという。
何故竜が、と思わなくもないが、よくよく考えれば竜というのは長い年月生きているからか、退屈をしている者が多いらしい。
ロイを育てた竜というのも竜の中では高齢で、森の中に捨てられていたロイを育てたのだという。
元々の才能か、育った境遇のお陰か、ロイは魔術も剣も扱えるようになっており、その強さは穏やかな気性に合わず群を抜く。
彼こそ真の勇者だと言うものは少なくないし、この仲間達も本人以外はそう思っているだろう。
ただ少しばかり、楽観主義で面倒臭がりのきらいがある。
竜の影響のような気がするが、まあそれも彼らしいということでいいだろう。
クラディウス。
苛烈な赤色をしている髪と瞳を持つ彼はその若さで次期団長と言われる程の実力を有している。
貴族でありながら、平民と同じような生活も苦ではないらしい。
よく豪快に肉や魚にかぶりついているのを見かけるが、あれは家では出来ないだろうな。
口が悪く、短気ではあるが、流石騎士というべきか女性に対してはかなり礼儀正しい。
紳士だ。
それが気心知れた仲となれば、その紳士も鳴りを潜めるが、それでもさり気ないところで女性を守り、リードしている。
……ツンデレ紳士と名付けよう。
ぴくり、とクラディウスがこちらを振り向き、怪訝な表情をした後、すぐに周りを警戒しながら歩み始める。
うむ、野生の勘も抜群のようだ。
ユーウェン。
ウェーブがかった淡い翠の髪は肩に届くかどうかの長さと、蒼い瞳をしたフェミニスト。
のんびりとした丁寧な口調は、たまに毒を乗せることもある。
好奇心旺盛な彼は開発研究を主とする魔具師という職業は天職のように思う。
魔具師はもちろん魔具を使うが、魔具の研究の賜物か支援魔術に長けている。
男女問わず人が好きらしく、よく人間観察をしている。
俺も舐めるように見られるとだいぶ居心地が悪いのでやめて欲しいのだが、目で訴えてもにっこりと微笑まれ、少しも止める気はなさそうだ。
腹黒い男、というのが俺の評価。
だがまあ、悪いやつではない。
エルミーナ。
紫の髪を左右に三つ編みとし、淡い赤の目をした少女。
ユーウェンと同じく好奇心旺盛。
勝ち気で自信家。
面白いことが大好きで、意外なことに面倒見がいい。
いや、面倒見がいいというのは間違っているな。
よく菓子を食わされるが、あれはペットを可愛がる時に似ている。
色んな菓子を口に突っ込まれ、「おいしい?おいしい?んふふー!」と頭をぐりぐり撫でてくる。
一種のイジメだと、俺は思う。
魔術師の彼女は思いつきで魔術を放つことがあるため、腕に自信がない者、危機察知能力が低い者は近付かない方がいいとアドバイスしよう。
服装がコロコロと変わるお洒落さんでもある。
アリア。
水色の長い髪を耳の下でゆったりとリボンで纏めている。瞳の色は緑。
一部には聖女と呼ばれる彼女はこの旅に参加するまで、教会の中にある孤児院でシスターをしていた。
タレ目の目元に泣きボクロはとてもセクシーではあるけども、いやらしさを全く感じない程、清廉な印象が強い。
お姉さん、と呼ぶのにふさわしい。
癒し系であろうことは間違いなしだ。
貴族の令嬢のような彼女だが、実は平民。
どこでそのような物腰柔らかな作法を学んだのか。
そして旅慣れた様を度々見せつけられ、どこで学んだのかと、やはり不思議に思う。
貴族なのは、クラディウスとユーウェンとエルミーナだ。
ロイとアリアは平民。
貴族の方がどちらかという元気で、平民側の方がのんびりおっとりしてて、普通逆では、なんて思ってしまう。
なんだかんだ仲の良い勇者御一行を俺は気に入っている。
さて、そんな俺はというと。
何故この御一行に混ざっているのかというと、村で子ども達と遊んでいただけなのに、このようなことになるとは人生とは不思議なものである。
縁が出来たのはその時だが、そこから彼らと行動しようとしたのは自分なのだから、なるべくしてなったのだろうけど。
村の子どもと遊んでいた時に声を掛けてきたのはアリアだった。
何しているの?
楽しそうね。
この近くにおいしいお菓子を売っているお店はあるかしら?
にこにこと優しく声を掛けてくる綺麗なお姉さんに男女問わず子どもたちは嬉しそうに返事をする。
村長さんのお家はどこだか教えてくれるかしら?
そんな質問に子ども達は楽しそうに我先にと答える。
そんな子ども達とアリアを俺は静かに見つめていた。
なんともまあ、人の懐柔が上手い。
感心しながらそんなことを考えていた。
子ども達は目の前のお姉さんだけでなく、後ろのお兄さんお姉さんも気になるようで。
女の子は顔を赤らめながら、ユーウェンとクラディウスを見ているし、男の子はちらちらとエルミーナを見ている。
エルミーナとロイが話をし、ユーウェンとクラディウスはアリアと子ども達を眺めていた。
そしてクラディウスは俺に視線を固定した。
目が合うと、俺の方へと近寄った。
「お前は話さないのか」
ユーウェンがこちらを見ている。
一人傍観していた俺が珍しいのか、クラディウスが声を掛けたことが珍しいのか。
「うん、俺ここの村のやつじゃないし。他の子が話してるんだから、俺が話す必要ないしね」
騎士であるクラディウスは女の子だけでなく、憧れの職業として男の子達の視線も集めていた。
子ども達がアリアと話しながらもこちらを気にしている。
「そうか」
商人の子どもと思われたのか、何か事情があると思われたのか。
それ以上クラディウスは聞いてはこない。
「お兄さん達は何しにこの村へ?」
「ちょっと旅をしているんだけどな、魔物がこの村近辺で頻繁に現れると聞いてな」
確かにこの近辺は魔物の出現が多い。
「倒しに行くの?」
「まあな」
「そっか」
アリアが村長の家までの道のりを聞き終えたようで、俺とクラディウスの会話もそこまでだった。
それからしばらくして。
「ねえ、お兄さんお姉さん方。俺も連れてってよ」
魔物を屠る彼らの前に現れた俺を見て、焦った顔をして。
俺を襲う魔物達が俺の防御魔法に立ち往生する様を見て。
ほっと安堵してそれらを始末した後。
滾々と説教を喰らうことになるのだが。
それもまあ、いい思い出だ。
結局、危ないやら着いてきてどうするやら、お前に覚悟はあるのやら。
色々言われたけど俺はのらりくらりと交わして今に至る。
見た目十代前半の俺は保護すべき対象に思うらしく、色々心配されたり世話を焼かれたりする。
魔物は防御魔法と弓で射る攻撃を駆使して倒すし、怯むこともないから、勇者御一行には驚かれたし、訝しまれることもあったけど、仲良くはなったと思う。
ユーウェン辺りはまだ俺を怪しんでいて警戒されているのだけど、それ以外は俺に疑問を感じてはいるが、警戒はされていないように思う。
嬉しいけれど、ちょっと心配になるよなあ。
のんびり屋のロイと、短気だけど頼もしいクラディウスと、博識なユーウェンと、元気なエルミーナと、優しいアリア。
そんな兄や姉のような存在と旅が出来て楽しかったなって思いながら、謁見の間に辿り着く。
目の前の扉の向こうが終着点だろう。
皆、ごくりと喉を慣らし、顔を見合わせる。
クラディウスが扉を開けて、皆で攻撃体制で中へ押し入った。
中には、銀髪の男性と小柄な少年がいた。
冷たい、いや無表情の美形である銀髪の男は、まるで執事のような所作で頭を下げた。
「ようこそ、勇者御一行。ここは魔王陛下があらせられる謁見の間でございます」
怪訝な表情をするロイ達は、銀髪の男を見ながらももう一人の少年に意識を向けていた。
強烈な殺気。
桃色の短髪の少年は怒りに身を震わせ、ロイ達を睨み付けている。
頭に生えている二本の角は、彼が鬼であることを示していた。
「私の名前はレシア。彼はギオと申します」
ス、と細めた目で銀髪の男、レシアはギオを見る。
それは窘める為の合図だったのか、ギオはレシアの合図を受けて、ムスッとしつつも殺気を引っ込めた。
「おい、魔王はどこだ!」
痺れを切らしたクラディウスが声を上げた。
「……魔王陛下、どうか玉座へ」
その言葉に、一番後ろにいた俺は、今まで一緒に旅してきた皆の横を通り抜ける。
「ルイス?」
エルミーナが不思議そうに声を掛けてくるのを、俺は微笑みで返す。
「おいっ!?」
クラディウスの言葉も、アリアとロイの困惑した視線も、ユーウェンの刺すような責める視線も無視をして。
辿り着いた玉座の前でくるりと体を反転させ、腰掛け、足を組む。
ふう、と息を吐いて。
上段にある、玉座から皆を見据えて、口を開いた。
「改めまして、俺の名前はルイシオール・グエンディア。俺が魔王だよ」
信じられないと目を見開く皆を見ながら、俺は困ったように笑った。




