表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

06

放課後の部活が終わった俺は、帰宅の途を急いでいた。

メイとの待ち合わせ――テブテジュの作り方を見せる――があるのだ。

にも関わらず部活に熱中して少々時間を過ごしてしまっている。

モンスター・スピリット・オンラインには時間加速もあるので、向こうで待っているなら遅刻も加速してしまう。

家に駆け込んだ俺は押っ取り刀で雑事を片づけ、部屋に転がり込んでVRギアを被り、機器が量子パケット通信の試行をするのをもどかしく眺めた。


「待たせてなきゃ良いけど……」


そしてしばらくして脳とのリモートアクセスがはじまり、特有の柔らかい虹の様な光の渦に飲み込まれる感覚を経て、俺の意識はVR世界へ落ちていった。





「遅いっ」


ログインした俺を待っていたのはメイのこの言葉だった。


「面目次第もありません」


「難しく言えばいいってもんじゃないわよ」


「はぁ、これが慣れなもんで……」


するとメイははぁっと一息吐いて、気を取り直したように言った。


「まぁいいわ。昨日は串焼き三昧で大変だったし、人にはリアルがあることだし?」


そういって貰えるならありがたい。

俺は頭をぺこりと下げて、そんじゃあ行くっすとメイを伴い歩き出した。


で、鞄の中にウサギの毛皮と骨をぎっしり詰めて、それでもあふれたので皮で皮を縛ってやって来たのは昨日の雑貨屋である。

相変わらずごちゃごちゃといろんな物が置いてある。


「ごめんくださーい」


「おや、君たちかい。ウサギの毛皮はあつまったかな?」


「集まったわよ」


メイの言葉に続き俺ははいと返事して店の奥のテーブルの上に毛皮を並べていく。

すると親父さんは一枚一枚、毛皮の検分を始めた。


「うんうん、ちゃんと解体できてるね。妙な傷もない。これなら問題なく鞣して製品に出来そうだ」


「鞣すってどうやるんすか?」


「何?皮も使うの?」


「この鞣し液を水で薄めてつけ込めばすぐだよ。必要かい?」


と、親父さんは灰色の液体が入ったボトルを持ち出して言う。

本来皮を鞣すのには日数が掛かるはずだが、まぁ魔法の溶液でもあるのだろう。


「皮も使うっす。鞣し液は出来れば使い方も含めてほしいっす。いくらっすか?」


「ボトル一つで20Gって所だね。それと皮は36枚あるから180G払うよ」


「こっちがほしい物は鞣し液にナイフに鞄に水袋に鍋で170Gっすね」


「そうだね。じゃあおつり10Gだ」


そして金色の硬貨を受け取った俺は鞄にナイフと鞣し液を入れ、親父さんから鞣し液のレクチャーを受ける。

鍋と水袋は背中に背負っている。


「ところで、その鞄の中に入れてるのはなんだい?買い取れる物なら買い取るよ?」


「あ、これはウサギの骨と自分たちで使う用の皮っす」


「骨か、骨は買い取れないねぇ。何に使うんだい?」


「煮詰めて膠を取るんす」


「接着剤ってわけね」


少し離れて帰ってきたメイの手には、一本のナイフがあった。

陳列されていた物の中でも使いやすそうで、柄の中程に赤い貴石が埋め込まれた物だ。


「お嬢ちゃん、それは15Gだよ」


「知ってるわ。だ・か・ら」


すかさず店主の脇に滑り込んだメイは、ふーっと息を耳に吹きかけた。


「ま・け・て?」


親父さんが痺れた様に背筋をざわつかせているのが目に見えて解る。

ついでメイは親父さんの手にそっと指を重ね、持ち前の甘い声で続けた。


「170Gも他に買ってるんだからいいでしょう?……ね?」



――お・じ・さ・ま♪



フハッ、と荒い鼻息を吹き、店主は首を縦に振った。

男とはかくも脆い生き物である。





「で、結局10Gに負けてもらったわけなんすけど……」


正直、エンプーサの怖さを知った。いや、メイ本人の怖さかもしれない。

そんな事を思われている当人はどこ吹く風、悠々と俺の前を歩いている。

と、不意に振り向いたメイと目があった。


「はい、これ」


差し出されたのはさっきのナイフ。

どういう事だろうか。


「あげる。もってなさい」


「え?いやそれはメイの分で……」


協力してくれた分を支払うにはこれでも全然足りないと思っているのだ。


「だからあげるって言ってんじゃない。ただし、タダじゃないわよ」


タダじゃない、とはどういう事だろう、と思っていたらメイは俺の鞄に手を突っ込んだ。

そしてメイは俺のナイフを持ち出すと、鞘をホットパンツに差しもう一度向き直った。


「代わりにこっちもらうから、あんたこれ持ってなさい。」


でも、と言いかけた俺を、彼女の言葉が遮る。


「もらってくれたら、遅刻のことはチャラにしてあげる。ね?」


……そして俺は貴石入りのナイフを受け取った。





その後しばらく会話もなく俺たちは歩き、はじまりの町の北出口に辿り着いた。

なお、昨日まで行き来していたのは東出口で、草原に面している。

ここ北出口が面しているのは森である。


「ここを出て東に行って、狼の群れに追いかけられたのよね……」


じゃああの林は北東という事になる。

この森も初心者向けの地形だったはずなので、北東はそこより一段上の地形と見るべきか。


「まぁ、今は深入りする気はないっすよ」


俺はそういって枝を集める。

この世界の木には枯れ木と生木の区別が無いらしい。

すぐに燃えるし木材に出来るのは昨日のたき火で検証済みだ。


「火をおこすんで薪を集めてほしいっす」


メイもわかった、と言って枝を集めだす。

あとは木刀にするのに手頃な木を探すまでだが……


「あ、これ良い感じ」


幹をまるまる使えば丁度良さそうな細木はすぐ見つかった。

というかこの周辺には巨木か、そうした細木ばかりだ。

材料にしやすいように、ということなのだろうか?

ともあれ、木の幹をナイフでえぐってみる。

……堅い。

林の木より大分しっかりした樹種のようだ。

仕方ない。俺はナイフを仕舞ってジャッカロープに変身した。




「薪集まったわよー……って」


「ほっひほおはりほうっふー」


「変身して歯で木工?よくやるわね……」


俺は口の中の木くずをぺっぺと吐き出し、メイの方に向き直って口を開く。


「こっちの方がはかどるんすよ。大雑把な形を決めたから、後はナイフっす」


ヒトに変身して齧っていた棒を持つ。

棒には刃になる牙が入る凹状の溝が出来ている。

ナイフで削れば刀身として丁度良い形になるだろう。


「ふぅん」


だが、今はそちらをさておく。


「じゃあ、メイは鍋を火にかける竈の用意をしてほしいっす」


石を組んだだけの大雑把な物で良いから、と言うと、メイはうんと頷いて作業を開始してくれた。

一方の俺はまず鍋を置き、そこに水と定量の鞣し液を入れる。


「あ、臭いんで近寄らない方がいいっすよってクサッ!」


メイは言う前から避難していた。


「ほんっと臭いなー……」


そして俺は鼻をつまみながら手頃な枝で中身をかき混ぜ、そこに裏を漉いた皮を放り込んでしばしかき混ぜる。

すると水の色は薄灰色に濁った物から透明に変わっていき、臭気も急激に薄れてきた。

完全に臭いが無くなったところで引き上げると、後は乾かせば完成である。


「お手軽っすねー」


あの後調べて脳漿鞣しまで覚悟していただけに、このお手軽さは拍子抜けするほどだ。

そして俺は中の水を適当な所に捨て、新たに水を入れた後、中にウサギの骨や皮のくずなど砕いてを放り込む。


「竈出来たわよ」


そして何とも大雑把な竈が出来ていたので、上にのせ火に掛けるのだ。


「ありがとうっす」


着火は昨日と同じ要領で手早く終わり、赤い炎が竈の中で燃える。

鍋の中ではウサギの残骸がゆっくりと煮込まれていた。


「じゃあ、いくつも頼んで済まないっすけど、メイは鍋の火を見ててくれないっすか」


俺が火のそばで鞣した革が乾くように張りながらそう言う。


「えっと、火加減はどうするの?」


「消えたり吹きこぼれたりしなきゃ大丈夫っす」


「わかったわ」


そして鍋をメイに任せた俺は、また棒に向かい、ナイフを抜くのだった。



しばらくナイフで棒を加工していると、予想よりずっと早く鍋の中が粘り始めた。


「くっさい……」


「膠なんてそんなもんすよ」


もう少し煮詰める必要があるっすね、と鍋の中を見て俺が言う。


「えーまだぁ?」


「じゃあ自分が鍋を見てるっすから、メイは向こうでこの乾いた革を細く切ってヒモにしてきてほしいっす」


「わかったぁ」


さすがにメイも疲れてきたようだ。こんなにつきあわせて申し訳ない。

しかし自分は始めたことをやり遂げねば。



鍋を煮込む傍らナイフで棒を削ると、丁度良い形の棒が完成する。

鍋の中の膠の具合も丁度良い。

そこにメイが革ひもを持って帰って来た。


「これでいい?」


「ちょうどいいっす!あとはこの棒の上に……」


まず、棒の溝に膠を塗り、その上に牙を並べて立てていく。

そしてさらに牙一本一本をヒモで縛って棒に綴じ付け、さらなる補強とする。

牙が棒にがっちり結びつけられたら、だめ押しに隙間に膠を流し込んでさらに固め、乾くのを待つ。

ついでにグリップ部にもウサギの革を膠で巻いておこう。


「出来たの?」


「乾けばできあがりっすね」


と、言ってる間に膠は乾燥する。棒でつついても粘つかない。

現実にこんなに早く乾くわけはないのだが、今までがそうだったのだからこれもそうだろうと思っていたら案の定である。


「……出来たっすね」


「早っ」


どうせ養生も要らないのだろう。

俺は棒、いやテブテジュを手に取って一振りする。


ビュッ


牙を刃にしたおかげでバランスに少し撚れがあるが、許容範囲内だ。

木刀よりずっと重いその刀身を支えるために、俺の体は自然と八双の構えを取っていた。


――いける。


ぐ、と剣気が全身を覆う。

これなら……


「おーい」


あ、少し入り込んじゃってた。

メイの呼びかけで気をゆるめた俺は、剣を降ろして振り向く。


「出来たのは良いけど膠の残りはどうするー?」


「あ、乾かして持って行くっすよ」


そして俺は剣を置くと、火から下ろしてあった鍋の上で膠をまとめて余らせておいたウサギ皮に乗せた。

すぐ乾いて持ち運びできるようになるだろう。

鍋の方の洗浄が大変だけど……


「まぁこうなるとは思ってたっす」


水を入れてざーっとかき混ぜていくだけで、鍋はすすも含めて綺麗になってしまった。


「意外とシステムの補助って掛かってるのね……」


「っすねー……」


そうして、俺はテブテジュを手に入れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ