05
たき火を囲んだ俺はウサギの皮を剥ぎ、メイはウサギの串焼きを返している。
メイとは出会ったばかりだが、こうして静かな時間を過ごすには気分の良い相手だった。
手元は大分こなれてきて、今では流れ作業の様に皮が剥ける。
気分良く作業していると鼻歌の一つでも出てきそうだ。
「……なんかすごくあっさり剥く様になってる」
ちら、とこっちを見たメイにそんなことを言われた。
慣れれば簡単なのに。それに……
「システム補助も働いてるんじゃないっすか?」
だって、初期にできる金策なんてこれくらいなのだ。
システムがモンスターの体での行動を補助するように、モンスターの解体を補助してもおかしくはない。
「あー、それはそうかも」
「ところで串、火から離した方が良くないっすか?」
表面に泡が立ってこのまま行くと焦げはじめる。
メイはヤバッ、とつぶやいて串に飛びついていった。
で、しばらくの間毛皮を剥いて、串を返しての時間が流れたのだが……
「なんかギャラリーが出来てないっすか……」
さっきまでは草原のそこここに居たプレイヤー達が、今は俺たちを遠巻きにざわざわしている。
じゃまになるほど近くはないけど、やっぱり気にはなるわけで。
「たき火なんかしてるから目立ってるわね……」
「目立つのは解るっすけど……」
なんだかなぁ、と思っていると、メイが地面から串を抜いて差し出してきた。
「ところで焼けたわ。……あ、なんか一人近づいてきてる」
俺はウサギの串焼きを受け取ると、メイの言う方を見る。
すると肩までの金髪をした男性が近くまで来ていて、何事かを話しかけてきた。
「あー、ちょっと良いかな」
「なぁに?」
メイが甘い声で返事をすると、男がごくりと唾を飲んだのが解った。
岡目八目、端から見るとわかりやすいもんだ。
だが、別にナンパでもないのは状況でも目線でも解る。
「二人、に聞きたいんだけどさ。そのたき火で焼いてるのや、皮を剥いでるのは何の意味があるのかな」
二人を強調するあたり、俺たちに話しかけているという配慮が見える。主に俺への。
しかし何の意味があるといわれても、解体をして料理をしているだけだが……
「あぁ、これっすか?料理と、えっと、金策っす」
俺が答えると男性は当惑したように言葉を返す。
「金策?それに料理?このゲームに生産やお金の概念ってあったんだ?」
「お金はあるっすよー。買いたい物があるんで金策中っす」
「生産はスキル等って意味では無いわね。たき火も料理もただのリアルスキルよ」
と、言い終わったメイが手に持った串に遠慮無くかぶりつく。
「ん、んん?……甘っ!?」
「え?甘い?」
「なんか不思議に甘いのよ。食べてみて!」
メイは串焼きを手に妙に興奮している。これは従っておくか。
「うっす、ってそこのヒト、置いてけぼりですいませんっす」
「あ、いいよいいよ、気にしないで、割り込んできたの僕だし」
「なんだったらそっちも食べるっすか?」
まだ串焼きはあるのだ。俺は自分の手にある串を差し出し、もう一本の串を手に取る。
そして相手に渡すと同時に俺も串にかぶりついた。
「……甘いっすね」
別にまずいわけではない。何となく甘いのだ。ある種のうまみといってもいいだろう。
これで塩かなにかがあれば、と思わせる物があった。
「あー、なんか悪いね、それじゃ僕も失礼して……」
金髪の男性も串焼きを口にして、あーなるほどと息をついている。
「食べたことがない不思議な感じっすねえ。どうすか、そっちの人たちも」
と、遠巻きの人たちに声をかけると、反応は様々、最終的には二人ほどが近づいてくる。
「「なんかすいませーん」」
男女の二人組にも串焼きを振る舞うと、メイが串一本を綺麗にして言う。
「あげちゃうんだ?」
「あ、自分の分だけっすから安心してください」
「いや、別に良いわよ。塩もないし配っちゃって惜しいほどでもないし」
メイもそう言って地面から串を抜き、遠くのヒトにおーいと手を振る。
「あ、私西で岩塩拾ってて……」
塩あります、とさっき来た男女の女性の方が言う。
なんと、そんな物がとれる場所があるのか!
「「それを早く言って!」」
「あー、ところで金策とソコラビットの解体ってどういう関係かなぁ」
「それも説明するっす。でもそれより今は塩を!」
「ねぇ、いっそもっと作らない?」
「「「すいませーん」」」
そして場はどんどん混乱していき、俺は串焼き作りに金策の説明に、とてんやわんやの時間を過ごしたのだった。
「よぅ、調子はどうだ」
一夜明けて、剣道部の道場。
朝練の時間の静謐な空気の中を、時折部員の覇気が破る。
剣先輩が聞いているのはもちろんモンスター・スピリット・オンラインの事だろう。
「昨日は大変だったっす。狼と戦ったり金策に走ったり串焼き作り続けたり……」
「ふむ、なんだか知らんが楽しんでるようじゃねぇか」
それで、こっちの方はどうだった、と先輩は竹刀を示す。
「そっちもあったっすよ。勉強になったっす」
「そうか。じゃあ一手御指南願えるかな」
そして先輩は一礼の後蹲踞し竹刀を構える。
俺もそれに合わせ、試合形式の練習を始めた。
「「……」」
まだだ、まだ気合いを発するまでもない。
正眼の剣先から伸びる剣気がお互いの喉をピタリと射止めてた状態で、俺たちはわずかな間合いを取り合って左右ににじる。
その間に流れるのは剣道というより、真剣を用いた剣術の殺気である。
「……!」
ぴくり、俺の刀身が揺れる。
が、乗ってこない。
誘って引き込める腕ではないのは百も承知である。
しかし挑戦しない者に先はない。
「フゥーッ」
息を吐く。先輩の切っ先がわずかにずいと前に乗り出す。
その無防備さに一瞬当惑し、打ち掛かりかけるが筋肉をえいやと引き戻す。
誘い込まれてはいけない。しかしこのままでは手も出ない。
そうして俺は気合いを発し、
「ヤァァーーーッッ!!」
そして殺気の一瞬の揺らぎを機と見て打ち掛かり、
「メェェーーーッッ!!」
見事に面を打ち込まれた。
「「あざっした!!」」
両者、蹲踞から礼。
打ち込まれた頭がその重さでくらくらする。
これは俺と先輩の間でいつもやる一種のお遊びで、自称武士の先輩のために本気の死合いのつもりで掛かるのだ。
先生には、まぁなんとか見逃してもらっている。
打たれたときの重さは半端無いが、血が凍るような対峙は苦しいけど楽しいものだ。
「も一本おなしゃっす!」
そして俺が竹刀を構え、先輩もそれに応じる。
朝練の時間はそうして過ぎていった。