04
林を抜けた俺とメイはそのまま流すような走りでほぼ併走する形ではじまりの町に向かっていた。
牙のこともあり、一端落ち着いたところに行こうと走りながら決めたのだ。
……のは良いとして。
――尻結構でっかいなー……
視界の広いウサギの目には彼女の容姿がはっきり解る。
林の中でも一切引っかからず宙を流れる長い紫紺の髪。
元の背丈が低いだけに長い髪がいっそう長く見える。
その額にちょこっと生えた上曲がりの角。
顔は鼻筋も通って誘うような目尻が艶めかしく、しかし可憐に桜色の唇が紡ぐ声はとろける様に甘い。
骨がないかのように柔軟に躍動するすらりと伸びた下肢には真鍮色のブーツが輝き、体幹にはこれまた申し訳のような小さなコウモリ状の羽が生えている。
ま、はっきり言って美少女なんだが。
そういう特徴を置いといて目にはいるのが……尻である。
――尻も揺れるんだなぁ。
目がいくのは上が無いせいだろうか。それとも単に俺が若いだけだろうか。
はたまた下の服装がギリギリのホットパンツだというのが理由だろうか。
……いいんだよ。若いんだよ。俺十代だよ。親父みたいにならなくても良いんだ。
「しっかし、ほんとに完璧にモンスターになるのね。よく動けるもんだわ」
「……あ、うん。意外と動けるっすよ」
「なにその間」
返答し損なった……
そこで俺は苦し紛れに質問を返す。
「いや、そのブーツでよく走れるなぁと……」
これも素直な感想だ。
彼女の靴はなんと言ったらいいのか、踵から生えるピンとつま先だけで立つような、まともに歩くのも難しそうな形をしたガチガチの金属の固まりだ。
しかも先端は蹄のように割れている。
ずっと走っていられる事も含め彼女のスピリットはかなり高機動な物と言える。
「ふぅん?まぁね。めちゃくちゃ間接が柔らかいから関係ないって感じ」
「なんて言うスピリットなんすか?自分のはジャッカロープって言うんす」
「へぇ、アメリカの角の生えたウサギね。私のはエンプーサ。ギリシャのヘカテーの眷属の、いわゆる夢魔の仲間って所ね」
「詳しいんすね」
由来があるとか全然解らなかった。
「ゲームに出てくるから、調べるのよね」
いやぁ俺ゲームやるけど覚え無いぞ……エンプーサはあるような……あったっけ?
どっちにしろ由来なんて解るもんじゃない。
この子相当なゲームマニア……いや雑学王?だぞ。
そんなことを考えながらぴょんぴょん跳び走っていると彼女はこちらをみてフフフと笑う。
あ、歯がギザギザだ。
「ところでさー、後でモフっていい?」
……そういや自分、いまふかふかの大ウサギでしたね。
その気持ち、解らないでもないから…
「落ち着いたら、ちょっとだけっすよ」
そして俺はうかつなことを言った。
「やー走った走ったぁ」
はじまりの町に着いた俺の横で、メイは薄い胸を反らして伸びをしている。
走ったというわりに息切れなどしているようには見えない。
「その割に元気っすねぇ」
「あんたもなんか余裕そうだけど?」
「部活で鍛えてるっすからね。ゲーム内でも役に立つみたいっす」
「ふぅん。……あー、あの棒の扱いからして剣道部?」
「うっす、剣道部っす。そっちは?」
「今平気なのはスピリットの性能とゲーム慣れのせいかな。私ね、慣れてんの、VRゲー」
「ゲーム慣れで持久力付くんすか?」
「限界を超えた体の使い方を覚えるって言うのかな。異常な動きに慣れるのよ」
だから効率よく動ける分楽なの、と言われると、まぁそうかもしれないと思う。
スピリットの能力を最大限に引き出す……俺も出来るようにならなければいけなさそうだ。
「ところでさ。集めてた狼の牙、何に使うの?」
と、少し耽っていた思考が引き戻される。
そうそう、それも大事なことだった。
「棒の上に並べて付けて剣にするっすよ」
狼相手に棒で立ち向かって一層思ったけど、やっぱり武器があった方が強いから。
先輩のような剣はどうやって手に入れるのか…ほんとは町で手に入れられるのかな?
でもせっかくだから、倒した狼の素材で作りたいと思う。
「あー……テブテジュ?だっけ。それ作るの?」
「テブテジュってのは知らないっすけど作る気っすね」
「ふーん。テブテジュは鮫の歯で作るんだっけかなー。ま、やってみるのも良いんじゃない」
そしてメイは狼の牙は全部あげるわ、と言ってくれた。
よかった、これで材料には困らなくて済みそうだ。
「このゲームって生産職や生産スキルって無いのよね?気になるから出来あがるまで見せてもらって良い?」
「いいっすよ!でも、まずは道具の調達っす。それでもいいっすか?」
「いいわよ。じゃ、まずフレンド登録しておきましょう」
言うとおりフレンド登録をして、俺はまず町の中を歩き出そうとして……耳をガシッと捕まれた。
あ、俺ウサギのままだった……
「の、前にぃ……モフらせろっ!!」
「あっ、っちょっ!らめぇええーー!!」
なにか大事な物を失った気がする……
ぐすん。
ヒトに戻った俺はパンパンのポケットのままはじまりの町を歩く。ちくちくする。
さすがに雑貨屋の一つくらいはあるだろうと思ったらそれは果たしてあった。そう広い町でなくてよかった。
他の家々と同じ煉瓦で出来た店屋に、看板こそ無いが店先に箒やら鍋やらロープやらといった荒物雑貨がざっと陳列されている。
「問題は牙の買い取りをやってくれるかなんすよね……」
やってくれない場合換金方法を探す必要がある。
「なにしてんの?悩むより言ってみる方が速いわよ。すいませーん」
メイはそういって遠慮無く店に入っていく。
俺はあわててその後をついて行った。
「はいはい何かね」
店に入るとチョビ髭のおじさんが俺たちを迎えてくれた。
「おや、ヒトの人達かい。何の用かな?」
ヒト、とはプレイヤーの事だろう。
なお、メイは後ろで店内の商品を勝手に眺めている。
「狼の牙って買ってくれるっすか?あと、鍋やナイフがほしいんすけど……」
「狼の牙かい?そんなに高く買い取れる物じゃないけど……」
6本でそこの安いナイフ一本だね、と言われ陳列されているナイフ群の値札を見ると10Gと書いてある。
鍋の方を見たら100Gと書いてあり、これは困った。
鍋まで買ったらせっかくの牙がなくなってしまいそうだ。
「じゃあ、なんか近くで高く売れる物ってあるっすか?金策してくるっすよ」
「あぁ、ヒトならそれも出来るだろうね。じゃあこのへんだと毛皮なんかが手頃なんじゃないかな」
「ソコラビットの毛皮とかっすか?」
「狼の毛皮も丈夫だから多少の値は付くよ?何で持ってこなかったんだい?」
それは運ぶどころじゃなかったからなんだけど……もったいない事をしたかもしれない。
「ウサギなら1枚5Gだよ。取りに行くなら鞄を買ってくかい?」
そういわれた目線の先には布の肩掛け鞄がぶら下がっている。20Gだ。
「いやぁ、ウサギの皮がとれたらでお願いするっす。狼の牙には使いたい事があるもんで」
「それなら、牙を預かってもらう代わりに鞄とナイフとかを借りたらいいじゃない」
と、メイが横から口を出した。
鞄とナイフと、ついでに20Gの水袋を手に言うには、牙全部でこれを買って余る価値があるんだから、担保に仮払いして道具を貸してくれても損はないだろうという。
それを聞いた店主はほう、と感心したように唸った。
「なら、こちらに損もないしかまわないよ。でも、うちは質屋じゃないからね。預かりなんてこれっきりにしてくれよ?」
俺も少し感心して、じゃあ頼むっす、と牙を全て取りだし店主に渡した。
そういえば動物を解体するなら水も必要だよな。
「まいど。出来れば一両日中に取りに来てくれるとうれしいね」
6枚くらいはすぐだろう?と言われ、俺たちは頷いて店を出た。
で、俺たちは草原に来ている訳だが……
「ウサギの死体、ごろごろ転がってるっすね……」
「モンスターの死体が消えないゲームだと思ってたけど、まさかずっと残ってるなんてね……」
他のプレイヤーが近場で倒したウサギの死体を手分けして集めてくると、あっという間に10匹を超える。
わざわざ狩る必要もないくらいだ。
「じゃあ自分解体やってみるっすから、メイはウサギの死体を集めてほしいっす」
と、言っては見た物の。
「解体って……ムズっ……」
うろ覚えで知っている知識を元にウサギの腹を割き、皮を剥いでいく。
しかしそれがまた難物でナイフは容易に皮を突き破ってしまう。
やっとの事で剥ぎ終えた一匹目の皮はぼろぼろだった。
なお、一匹目、というのは、全身を剥くことが出来た一匹目、という意味だ。
「うわー……こんなんじゃ売れないな」
落胆している所にメイが帰って来て皮を見た。
「……これ売れるの?」
「……多分売れない」
忸怩たる思いで皮を放ると、メイが新しい死体を差し出してくる。
「今しとめてきた奴だから、肉も多分食べられるわ。皮を剥がしたら料理して食べちゃいましょう」
気遣いに少し慰められ、彼女は薪を探しにまた走っていく。
さぁ、もう一度だ。
肛門から喉までを一直線に割き、内臓を取り出す。
血を捨てたら水袋から井戸水を流し込み、腹腔内を洗う。
ここからだ。
さっきまではナイフで削ぎ出していたから穴だらけになった。
じゃあ今度は……いっそナイフにあまり頼らないでみよう。
これもうろ覚えだが後ろ足首の骨を外して逆さに持ち上げてみる。
そしてナイフで脚の皮に切れ目を入れ、皮を剥がそうと手で思い切り引っ張ってみる。
「おおっ!?」
意外なことに毛皮はべりべりと綺麗に剥けて行く。
途中引っかかったところだけをナイフで切り、前足の部分もまたナイフで切り落とす。
そして顔の皮を丁寧に引きはがしていき、引っかかった耳を根本から切り落とせば……
「剥けたー!」
血の付いたウサギの毛皮を手に、俺は思わず立ち上がって叫ぶ。
すると近くまで来ていたメイが何事かと走り寄ってきた。
「どしたー……ってうおっ、綺麗に剥げたじゃん!」
彼女は笑顔で、上手に剥けましたーって所ねと言う。
そして手にしていた薪を降ろして毛皮を受け取る。
「おぉ……こんな風になるんだ……」
「あ、血とか大丈夫っすか?」
今更だけど、グロ耐性があるか聞くのを忘れていた。
「ハハハ、女の子を舐めちゃいけませんぜ。へーきのへーざよ」
メイは平然と、耳付いてるー、と毛皮の耳を引っ張っている。
まぁこのゲームをやってる時点で今更か。
「そっすか。じゃあこれから肉の方を料理するっす。自分火をおこすんで肉を切って串に刺すの頼めるっすか?」
着火具も買っておけば良かったな、とちょっと後悔。
そこで俺は薪の一部に手を入れ、切りくずと切り欠きのある板を手に入れる。
ナイフはメイに渡した所、彼女は少し自信なさげに頷いて作業を開始した。
ここから先は力仕事だ。
昔林間学校でやったように錐揉みで火を付けられればいいんだけれど。
両手に棒を挟んでぐりぐりと揉むように回す。
「手が痛いっすね……」
少し焦げ臭いがそうパッと火が付くものでもない。
「あ、そうだ」
で、思いついて俺はゾンビに変身する。
「臭っ!」
兎の赤裸を相手に格闘していたメイはこちらに気付くと鼻を押さえて飛び退いた。
「あ、ごめんなさいっす。でも火を付けるのに必要で……」
そう言って俺はゾンビの両手で棒を揉む。
すると痛みがないゾンビの手はかなりの圧力をかけて棒を摩擦させることが出来た。
「おお、もう火が」
すぐに切り欠きの中に火の粉が溜まりだし、俺はそれに優しく息を吹きかける。
ボワッ!
「「!?」」
次の瞬間、息が燃えた。
「……今の、何?」
「さぁ……ゾンビだから息が腐敗ガスなんすかね……」
なんにせよ、これは便利な事かもしれない。
今の一発で火の粉は切りくずに燃え移っている。
普通なら駄目だけど、この上に枯葉をのせて……
ボーーーッ
細く長く息を吐きかけると、息が長く燃焼してあっという間に木の葉に火が燃え移る。
同じように細枝を差し込んで息を吹きかけ、次はもう少し太い枝を、と繰り返していくと、あっという間にたき火が燃え上がった。
「うわ、早……肉の方も一応出来たけど、こんなんでいい?」
メイがそういって差し出す串には、いびつな肉が刺さっている。
なぁに、こんな物は楽しめればいいのだ。
「塩もないんすから気にする必要はないっすよ。あくまで気分だと思えば」
「あー……そうね、気分ね」
そう行って気を取り直した彼女に手渡された串を、俺はたき火の周りの地面に突き刺していく。
もちろん、串を手渡される前にヒトに戻っての事だ。
「じゃあ、ゆっくり焼くんで適当に見ておいてほしいっす。自分は兎の皮を剥ぐんで……」
「りょうかーい」
そして俺達はたき火を囲んで作業を始めたのだった。