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03


俺は剣道の技術を応用できそうな棒を探して草原を歩いていた。

移動中はヒト、戦闘時はゾンビに切り替えると行動がスムーズに行く。

一度ヒトのままでソコラビットを相手にしたことがあるけど、アレは痛かった。


「ふぉぉぉ!爪が!爪がいてぇ!」


ソコラビットは鈍いから捕まえるのは簡単だが、ゾンビの時はなんて事なかった藻掻きが思った以上に力強い。

しかも爪や歯が肌に掛かるのが予想以上に痛い。

結局ゾンビになって圧しつぶした。

正直、ヒトのもろさを舐めてたかもしれない。

やっぱり人間には武器は不可欠だとまさに痛感したのだ。


「で、棒になりそうな木はー……」


そしてしばらく歩くと遠くに見える人影もまばらになり、隣のエリアとおぼしき林が見えてきた。

棲息するモンスターに敵うかは怪しいが、丈夫そうな棒を一本取って逃げる程度なら大丈夫だろう。

見た限り、近場に気配らしき物はそう感じられない。

念のため気配を殺しながら行くと、すんなりと木々の下にたどり着いた。


「そんなに茂ってるわけじゃないんだな……」


下草も起伏も少なく、木々の太さも密度も大したことはない。まさに林って感じだ。

行動しやすそうだしここも序盤のフィールドなのだろう。

予定を変えて様子見していこうかな?

林の中を少し進み、すぐ手頃な細木を見つけたためそんなことを思う。

とりあえずこの木を伐ろう。まずジャッカロープになる。


「ぺっ!……木の味だなぁ」


そしてウサギの前歯をつかって根本付近をガリガリ削っていく。

思った通り丈夫な木で、切り込みを入れるにもそこそこ掛かった。

このまま齧りとってしまっても良いのだが、時間短縮のために途中でゾンビに変身する。


「いよっと!」


深く切れ込みが入った木をゾンビの力で無理矢理へし折る。

森の中に音が響くのが気がかりだが、これはどうやっても消せる物じゃない。

次いで横倒しになった木に向かい、またジャッカロープに変身すると、今度は木の上の方を削った。

頃合いまで削れたら、またゾンビになり木を折る。

こうして幹のまっすぐな部分をきれいに棒として伐り出す事が出来たのだった。


「おぉ、良い感じ良い感じ。ちょっと重めだけど…」


素振りしてみると、棒はヒュッヒュッと風切り音を鳴らす。


ピタリ、正眼に。


……いけそうだ。


…………がさがさ。


と、集中状態に入りかけていた俺の耳が林の中を走り来る音を拾う。

敵、にしてはまっすぐこちらに向かっていない。

複数殺気も発しているがこちらには向いていない。

そしてかなり速い。

これは……


「誰か追われてる?」



「ちくしょおぉぉぉぉ!!!」


つぶやいた傍から遠い罵声が聞こえた。

声の高さからして女性だ。が、なんともストレートな。

……助けに行っても始めたばかりの自分では助けにならないだろう。

でも、どうせ死に戻るだけでもある。しばらく体が重くなるだけだ。説明書にのってた。


「いっちょ行ってみるか!」





林の中を狼の群れが駆け回る。

私を追いつめんと躍りかかる。


「ちくしょおぉぉぉぉ!!!」


思わず罵声を放って飛びかかった一匹を蹴り飛ばし、もう一匹の追撃をかわして私は走り続ける。

狼はそう数は多くないがチームワークで来られるのがやっかいだった。

始めたばかりで林に入るのは流石にやめておいた方が良かったと今更後悔しても遅い。


「このっ!」


瞬間、バレリーナの様に高く挙がった脚が飛び来る狼の顎を跳ね飛ばす。

次いで回転蹴り。

走りながらフィギュアスケーターの様に空中で二転すると、煽られた2頭が体勢を崩した。

駆け抜ける脚は恐ろしく長いストライドを維持し、体勢は地を這うように低い。

脚力、脚の可動域を含む柔軟性、体の動きの器用さ。これらは全て私が初期スピリットとして所持していたエンプーサ・スピリットの特徴だ。


「でやぁっ!!」


木の間を三角飛びで跳ね回り、またなんとか包囲網を抜ける。

正直、この三次元機動が出来るスピリットで、林の中で無ければとっくに捕まって死に戻っているだろう。

……このスピリットがなければ林に挑んだりしなかったけれども。


と、走りながら後悔していると、私の、というかエンプーサの嗅覚に独特の刺激があった。

人の男の臭いだ。近くにNPCかPCか、とにかく男性が居るらしい。


「逃げろーー!!!」


親切な私はそう警告を叫び走り抜けようとするが……


「助太刀ぃっ!!」


叫ぶ人影は棒っきれをもって私の進路に躍り込んできた。





「逃げろーー!!!」


と、言われても逃げない気なのである。

俺は助太刀と叫んで逃げてくる人の行く先に飛び出した。


「馬鹿!」


ものっそい薄着でちっちゃい羽とちっちゃい角の生えたちっちゃい女性に罵倒された。

助けに来たのに…

続いてそう大きくない狼らしきモンスターが6頭ほど林の中を失踪してくる。

立ちはだかると、先を走っていた2頭が俺に飛びかかってきた。


「チェェーーッ!!」


俺はいつもの声を上げて右に左に狼を強く跳ね飛ばす。

するとその残心をねらってもう一匹の狼が足首狙いで駆け込んできた。


「危ない!」


と、次の瞬間、金色に輝くほとんど踵がないようなブーツが狼の胴を払い、俺は襲撃を免れた。

すたっ、と後ろに女性が着地する。どうやら戻ってきたらしい。


「逃げろって言ってあげたでしょ!?」


中国拳法?のような脚を高く上げた構えで後ろに立つ女性に、俺は棒を構え直して口を開く。


「大丈夫、負けても死ぬだけっすよ」


「はぁ?」


呆れられたようだった。


「ともかく、この狼共をぶっ飛ばすんすよ!」


そういって俺は周囲を回る狼共に気合いを発し、近寄らせまいとする。


「……しゃーない!一緒にやって!」


そして彼女が構え直すと、周囲を回っていた狼達が一斉にこちらにつっこんできた。


「チェィヤァァーッ!!!」


「っしゃ!!」


かけ声とともに俺は横薙ぎで二匹の狼を弾き、もう一匹をなだれ込む様なタックルで吹っ飛ばす。

多少の傷なんか気にする気にもならない。

そして後ろでは女性が3匹の狼を回転蹴りで撃ち払っていた。

あんな動きができるんだ…

一瞬感心した俺だったが、すぐに切り替えて狼に気を放つ。

今度はすぐに襲ってくる気にはならないらしい。ぐるぐる回る狼は油断無く俺たちの見張っていた。


「どうやら、だいぶやれるみたいね」


「いやぁー、そっちはすごい動きっすね」


俺がのんびり言うと彼女は少し当惑し、しかし気を取り直して言葉を続ける。


「どうやらそっちの方が攻撃が重いみたいだからアタッカーお願い」


私は捌いて回避盾するから、と続ける。

とりあえず俺が狼を倒すつもりで殴れば良いんだな、と理解し、了解っすと声を上げた。


『アオォォオー!』


そして叫びながら襲いかかってきた狼を彼女が弾き、俺はその鼻面を力一杯ぶん殴る。


『ギャイン!』


「チェヤァーーッ!!」


悲鳴を上げる狼の口に間髪入れず突きを入れると、ゾブッと肉をえぐる感触がして狼は痙攣した。

この狼にもう戦闘能力は無いだろう、とそいつを放り出すまでにも俺には他の狼達が襲いかかってくる。

彼女は全力でそれらの狼に蹴りをお見舞いし、俺を守ってくれた。


「行ける!?」


「やれるっす!」


血に塗れた棒を構えなおした俺は、そうして順調に狼を倒して行くのだった。




「はぁ……きっつ……」


彼女はそう言って地べたにへたり込んでいる。

俺の傍にも折れた棒が落ち、汚れた体が激戦の後をまざまざと残している。

いやぁ、棒が折れたときは焦った。


「ヤバかったっすねぇ」


俺がそういうと、彼女はもう一度息を大きく吐いて言う。


「何にせよ、ありがと。おかげで死に戻りしないで済んだわ」


「ははは、まぁ死に戻ってもちょっとのあいだステータスが低下するだけみたいっすけどね」


「マジで!?」


本気で驚いた顔だった。知らないから逃げてた……ということは。


「あ、初心者の方っすか?」


彼女は軽くため息をついて答える。


「はぁ……そりゃ、このゲームは初心者よ。でもVRゲームはたくさんやってるからさ、そんな大事な情報を見落としてたとかショックだわ……やっぱ説明書読まないで始めてみるのは止すべきだった……」


はぁ、そりゃまたうっかりしたものだ。

それはさておき…


「そりゃうっかりっすね。自分もまぁ初心者なんすけど」


と、言いながら、何かに使えそうだと俺はゾンビに化け、狼の牙をへし折ってはぎ取る。


「ところでこの狼の牙もらっちゃっても良いっすよね?」


それとも分ける?と気軽に聞いたところ、彼女はおもむろに頭を上げた。


「はぁ!?アレで初心者!?っていうかなにその変身!そんなの使えるなら先になっときなさいよ!」


「剣道は初心者じゃないもんで。それと、このゾンビは鈍くて狼に追いつけないから駄目っす」


ベキッと狼の牙をはぎ取り、また一つポケットに仕舞う。これで全部だ。

……このパンパンのポケットでヒトに戻ったら狼の牙がメッチャ刺さってくるんじゃ……?


「とりあえず、さっさと林出ないっすか。また襲われると今度はどうしようもないっすよ」


と言って俺は思いつく。ウサギに化ければ良いじゃないか。


「……解った。私はメイ。あんたは?」


「へ?」


俺は一瞬解らずウサギの姿で間抜けな声を上げた。表情が解らないのは救いか。


「あ、あぁ。自分はライトっす。どうも」


ウサギのまま答えると彼女、メイは立ち上がり、先に行けと促して来る。


「じゃあ、こっち行くと草原っすから、付いてきてください」


そして俺たちは無事、林を抜けたのだった。


やっとヒロイン登場。

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