やさしさが斜め上
私もこいつらがどこに行きつくのかよく分からずに書いてます。
突然だが、もふ様はゲームに強い。
「また負けたー。てかもふ様、ちまいの入れてもこのメンツじゃこの手のゲーム不毛すぎるし、どうやっても勝てないの分かってるからやりたくないんだけど」
「そう言うなよー。どうせ暇だしいいじゃん。次なにする?」
「もー……。あー、引き出しにウノあったかな」
見事ちまいのを交えたババ抜きで十敗目に至った私は、渋々部屋の隅の引き出しからウノを探り出す。
ちなみに、テーブルの反対側ではちまいの相手にオセロで二十勝目を上げている。ちまいのはもふ様に勝てないらしいのに、実に大人気ない。
「約束通り、今日はホットケーキなー。でっかくて分厚いのなー?」
「はいはい。じゃあレシピ調べてくるからウノ混ぜといて」
「えー……」
ぶうぶう文句を言うもふ様のもふもふな腹にウノを押しこんで、私はよっこいせ、と年寄りじみた掛け声をかけて部屋の隅にあるパソコンの電源を入れた。
トランプ、オセロ、パズルに推理ゲームまで、詳しいルールを教えた数分後には私の勝ち目が無くなる。もふ様の頭は、あののほほんとした顔からは想像出来ないくらいに高性能だ。
それに気付かなかった私は、三日ほど前からもふ様が完全にその場のノリで考えた「負けたほうが一つ言うことを聞く」という典型的な罰ゲームの餌食になっている。
言われる命令はほぼテレビでやってた豪華なナポリタンとか、ニュースで出たまぐろの漬け丼とか、新しい料理の注文ばっかりだからいいけど。
今日は雑誌に載っていた分厚いホットケーキをご所望だ。
カタカタとだいぶ旧型でも頑張ってくれている愛用のパソコンでレシピを検索する。最近妙に前より読み込みに時間がかかるけど、変え時だろうか。
「牛乳パックで型取り。昨日全部出しちゃったなぁ……。あ、炊飯器でできる? ねーもふ様ー、今日の夕飯この間作ったミルクスープでもいいー?」
「んあー? あー……あの鶏肉と牛乳のやつ? いいけどどしたん?」
「炊飯器使えなさそうだからさー。チーズ入れて雑炊にする分の冷ご飯はあるから」
「魚肉食っていい?」
「はいはい。二本までにしてよ。ホットケーキ入らなくなっても知らないからね」
レシピをさっとメモして、ページを閉じる。そのまま電源を落とそうとした時、ディスプレイの表示が一瞬ぶれた。
ちりちり荒くなった画面に、思わず眉間に皺が寄る。
「ほんとに変え時かなぁ……ディスプレイ高いんだけどな」
「なぎ、俺にもパソコン使わせてー」
「へ? いいけど……もふ様パソコン使えたんだ」
「ちょっとなー」
私が座るとちょっと大きい椅子が、もふ様を受け止めて盛大に悲鳴を上げた。折れたらもふ様弁償してくれるかな。
ふらふら左右に揺れながら、そのでっかい手で器用になにやらかちゃかちゃしだしたもふ様の世話をちまいのに任せて、私はご所望のホットケーキのためにキッチンに向かった。
ホットケーキミックスに卵と牛乳。ほんとは薄力粉で作った方が美味しいだろうけど、時短だからよしとする。でも外はさっくり中はしっとりを目指してヨーグルトは入れよう。
実家からしこたま送られてきた林檎を、一日がかりでコンポートにしたやつを炊飯器の底に奇麗に並べて、ホットケーキミックスの中には形の崩れたコンポートと生の林檎を角切りにして入れた。
後は炊飯スイッチ押せばいいんだから楽でいい。材料も簡単だし、アレンジきくし、でっかいし、これはやたら食うもふ様には最高のおやつだ。これからもっと作ろう。
それにしてもこれはもうホットケーキじゃない気がする。
「もふ様ー、なんかホットケーキっていうかただのケーキになっちゃったんだけどいいよ……ね?」
「おー? 別にいいぞー。凪の作るものハズレないしなー」
エプロン外しながら居間に戻ったら、もふ様がパソコンの画面に向かってウノを差し出していた。
正しくは、そのディスプレイから生えた何かに。
「……は?」
「二人でウノってこれただの地獄だなー。ほい色変え赤なー」
【じゃあスキップで……あの、そちらのお嬢さん……凪殿も入られませんか? 不毛すぎてちょっとこれは我々種族でもきつい。なにこれきついカード多い持てない】
「ハサミだもんなぁ」
「とりあえず、それディスプレイは無事なんですか……?」
ああ……またなんか増えてる……。
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【いえね。最近暇で暇で。旅行がてらあちこちフラフラしてましたら、随分と楽しそうなこちらのお宅を見つけてしまったのでお邪魔してみたんですが。そうしたら何故かここから出られなくなってしまいましてねー。ネットの海には出て行けたので、最適化のために弄り回しておりましたからさぞ使い辛かったでしょう。大変ご迷惑をおかけしまして】
「あー、いえ。普段から遅かったんで大丈夫ですよ。ケーキのおかわりは?」
【頂きます。いやー、色々回りましたが、食事というのはいいものですなぁ。凪殿は才能がおありだ】
「なぎー、おれにもー。おれにももいっこー」
「もふ様のは今二つ目焼いてるから待って」
粉砂糖とホイップクリームで飾った林檎ケーキが、細長い紐の先についたカニのハサミみたいなものに持ち上げられて、ひょいひょいとパソコンのディスプレイに吸い込まれていく。
アイコンが隅に寄せられたホーム画面には、くりくりの三つの目が横一列に並ぶ、楕円の顔……顔? が映っていた。
子供が描いた信号機みたいな丸々しい顔の上には、これまた落書きみたいなお花の蕾がついたアホ毛が三本ぴょんとついている。
細い紐、もとい首の下は映ってないから分からないけど、背後で犬の尻尾みたいにふりふり揺れてる赤いカラーの花を四輪束ねたみたいなものは果たして尻尾であってるのだろうか。
信号機のゆるキャラさんが話すたび、ぽこっ♪ ぽこっ♪ とどこぞのトークアプリの通知みたいな音と一緒にファンシーな吹き出しが画面に出るのが実にシュール。
【お詫びといってはなんですが、最適化ついでにこのパソコンの性能を少し上げておきましたから。不肖ながらワタクシもおりますので、今までより使い勝手が良くなっていると思われますよ】
「いやそんなご丁寧に」
「なぎー、ホイップクリーム乗せてもいいかー?」
「いいよー。ちまいののも乗せてあげて」
「もう乗せてる」
「ちまいのがでしょ」
三匹肩車でボウル横に待機するちまいのに、ぽてぽてとたっぷり白いクリームを盛ってもらったもふ様は、それでにこにこの口周りを白くしながら、信号機さんを指差す。
「ゲーム相手なー」
「ああはい。……はい?」
「だからー、おれとー、ちっさいのだけじゃつまんないだろー? それで、お相手」
「ああ、はい。どうも……」
どうやらもふ様、私の愚痴を聞き届けてくれたようだ。聞き届け方がおかしすぎるけど、もふ様的にはいいことをしたって認識らしい。毛に埋もれた顔が物凄くドヤってる。
【おやおや。これはまた珍しいことで。いやー。こちらにいると退屈しなさそうですねぇ】
画面の信号機さんは、ケーキを捧げて頭を下げる私と、それを受け取って満足そうにもすもすと私の頭を撫でるもふ様を微笑ましげに見つめてなにやら頷いていた。
もふ様が来てまだほんの少ししか経っていないのに、また私の家の魔境ぶりに拍車がかかったらしい。
「もふ様、信号機さんに魚肉分けてあげてね」
「うーん、今機嫌良いから、一本だけなー?」
「もふ様も成長ってするんですね」
【凪殿www】
にまにまと猫のような口元をふやかすもふ様と、ネットスラングまで使って笑っている信号機さんを前に、私も人知れず口元を緩めた。
今日は許可もしてないのに順調に増えていくけれど、案外優しくて楽しい妙な同居人たちのために、腕によりをかけて夕飯を作ろうと思う。
ちなみに、信号機さんのいる私の旧式パソコンが、異次元のハイスペックさを持った謎の機械に変貌していることに気付いたのは、酔っ払いどもの屍が並ぶ次の日の朝だった。