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休日はいつもこう

ぐだぐだ日常回

「あなた、もふ様っていうのね?」

「くすぐったいしそれ名前じゃないぞー」

「雰囲気雰囲気」


 テレビから流れるほのぼの音声と合わせて、もふ様のでかい腹の上でその毛をわしわししながら言ってみる。

 出掛ける予定のない土曜日だったんで、たまにはいいかと借りてきた。足のいっぱいある猫型のバスに乗って、妹探したりとうもころしを届けに行ったりとかするアレだ。

 他のドラマを借りに行ったはずが、なんでかこれを借りてたけど、帰ってきてもふ様を見てその理由が分かった気がする。

 となりのなんとかさんに、妙にもふ様が似ているからだ。どっちかっていうと本家の方が愛くるしいとは思うんだけど、こうして腹の上でもふもふできるところはよく似ている。


「あー、もちょっと右」

「もふ様案外ブラッシング好きだよね」

「かゆい所に手が届くっていいわー。あと自分でなんにもしなくていいの最高……」


 ほとんど糸と変わらない目が余計細くなって、ふああ、とあくびをしているもふ様。最初に来た頃はこの最高の毛並みも本人のズボラ具合を裏付けるみたいに、あちこちに毛玉ができていた。ごろ寝うたた寝昼寝にふて寝と寝てばっかりの上に、お世話係がちまいのだけではこの巨体、手に負えなかったんだろう。

 このためだけに百円ショップで買ってきたでっかいブラシが大活躍だ。

 

「もふ様はもともとほぼ自分で何にもしないでしょ。ほい反対」

「おー……」


 半分寝てるのか、にゃむにゃむと呂律の回っていない声と一緒に、軽々脇を持たれて持ち上げられる。ごろんとそのままいける所までうつ伏せになったもふ様の背中に、よじよじと這い上がって長くてふっかふかの毛の中に頭を突っ込んだ。

 テレビの前に陣取って、さっきまで大興奮で跳ねていたちいさいのも、落ち着いたのかみんなで団子になってカーペットの上に転がっている。


「遊びにきたぜェ……ってお前ェら何やってんだ」

「あ、めら様この間ぶりです」

「ここに来ると、俺ァ自分がなんだったか忘れそうになんだよなァ」


 枯れ枝の腕で頭を掻くめら様を、思わずジト目で上から下まで眺めた。中の人が入れそうにないゆるキャラが何言ってるんだろう。


「そもそもなんなんです貴方方」

「おー……? メシか?」

「違ェに決まってんだろォ! テメェはもちょっとしゃっきり起きろやこのデカブツ!」

「いてっ」


 振り向きざまに蹴り飛ばされたもふ様は、ばいんと跳ねた腹に一声悲鳴を上げただけで、別に微動だにしなかった。



 ぷんすこと怒るめら様にもふ様の説教を任せて、熱い緑茶と特売品のちータラを用意していると、ひとしきり怒り終わったのか、めら様がひょいっとキッチンを覗きに来る。

 

「お、ちータラあんのかァ。なあ凪、この中でなんかできっかァ?」

「え、なんです? ……おつまみですか」

「適当に路地ふらついてたら、やたらグルメ雑誌の品揃えがいい古本屋があってなァ。そこで売ってたんだけどヨ」


 めら様がほそっこい指で掴んだ大判の雑誌には、「簡単お手軽! おつまみアレンジレシピ」と太い赤字が躍っていた。どっかでこのやりとりしたような気がする……。友人同士、思考回路が似るんだろうか。


「お酒でも飲むんですか? 今すぐってことなら、簡単なものになっちゃいますけど、いいですよ」

「ありがとなァ」


 冷蔵庫を覗き込んで適当に材料を取り出している後ろから、のっそりともふ様が顔を出した。相変わらず食い物の気配を察知するのが早い。

 皿に出したチーたらには見向きもしないで、袋に残ってるほうをごっそり持って行こうとした所をめら様に蹴り飛ばされていた。


「ちょっとかかりますから、リビングで映画でも観ててください。今やってるのの他にもありますから」

「悪ィなァ。おら毛玉ーそこどけって」

「うごくのすらめんどい」

「死ね。いっぺん」


 なにやら楽しそうな戯れの声がするけど、わりと仲いいのかなあの二人。



+++++++++++



「そういやあ、お前ェ、どこかで働いてるのかァ? 結構な頻度でいねェよな。この毛玉はいつでも寝てるけどヨ」

「ああ、平日にいらしてたんですか。すいません。一応大学生なもので。バイトはしてますけどね」

「はーん。料理上手ェし、あれか? 食堂とかかァ?」


 妙に鼻に残る甘い香りをした金色のお酒片手に、あぶらあげのチーズ乗せをちびちびやっているめら様が首を傾げる。油揚げにピザ用チーズを乗せて、オーブントースターで焼いたものにねぎを散らしたお手軽料理で大げさだ。

 ちなみにぱりぱり触感のきゅうりのピリ辛漬けと、豚の冷しゃぶのっけた冷奴、焼きおにぎりが今日のメニューである。

 余ってたバゲットにガーリックバター塗ったやつとチーたらが、もふ様の手でさりげなくめら様を使って焼かれているのはまあ、多分そのうち鉄建制裁喰らうと思うから放置だ。


「そんなわけないじゃないですか。私の職場はただの古本屋ですよ」

「古本屋ァ?」


 答えが意外だったのか、めら様の声がひっくり返る。あっその拍子にもふ様が気付かれて制裁されはじめた。でっしでっしもふ様の腹をぶん殴りつつこっちを見るめら様に、私は机の端に置かれためら様持参の雑誌を指差す。


「これ、やたらグルメ雑誌の品揃えのいい古本屋で買ってきたんですよね?」

「ああ。そうだけどよ」

「そこです。ここからちょっと先の、本通り一本入ったところにある、鳥籠に入った猫の看板の」

「あー。そうかァ。お前ェあそこで働いてんのか。だから俺も入りやすかったんだなァ」

「ちょ、足が、足がめりこむ……!」


 もふ様の腹の上で遠慮なくトランポリンしつつ、めら様は何かに納得したのか、うんうんと頷いて私に笑いかけた。

 入りやすいってなんのことだろう。


「お前、こいつと一緒にいる時間長ェだろ? なんとなくこいつの気配……あー、雰囲気が移ってるから、俺みたいなのがなんだここ? って覗きたくなるんだよ」

「へー……。なら、もし読みたい本があれば言って下さい。探しておきますよ」

「グルメ雑誌の探し物は無ェなァ」


 鈍い音を立ててもふ様に座り込んだめら様は、頬杖をついて可笑しそうに喉を鳴らした。多少聞捨てならない発言があったけど、とうとう撃沈したもふ様に気を取られてそっちまで意識が回らない。ごきって言ったけど肋骨とかいったかな。

 

「一応他のもありますよ。うちの店長、旅行好きであんまり店にいないんで、ほとんど私が店番してますけど。たまに帰ってきちゃ裏の倉庫に山ほど置いていくんですよね」

「へェ。そりゃ興味深いなァ? しかし、それほぼお前丸投げされてねェか?」

「伯父さんなんですよ。店長。放っておくとゴミ屋敷になりそうなんで、片付けと生活費のたしに私が店番を。まあ、既に倉庫は魔窟なんで、私ほとんど中がどうなってるか知らないんですけどね」

「そりゃあ、なんつーか……大丈夫かよォ」

「……不審火は、出してないので」

「そっかァ……」


 二人で思わず遠い目をする。店に来たことがあるらしいめら様は分かってると思うけど、店内もだいぶ酷いのだ。

 人一人通るのがやっとの幅でびっちりと天井まで伸びた本棚に、タイトルが擦れて読めない本とか、なんだかよく分からない文字の本とか、ごてごての装丁に鍵までついた本とかがみっしり入れられて、最早掃除と管理をする私もどんな本があるか分からない。店長の伯父さんが、たまにふらっと戻って来ては必ずどこかに本を増やすから、もう整理整頓は諦めている。

 やたら量の多いグルメ雑誌は、私の必死の努力でちゃんとジャンル別に分けてある唯一の棚だ。なんでそんなにグルメ雑誌ばっかりあるのかは全く分からない。


「おー? 凪の職場かー。今度行くなー?」

「いやもふ様は来ないで下さい」


 相変わらず回復の早いもふ様がのったりと呟くのを聞いて、私はため息混じりにその口にチーたらをぶち込んだ。



このあとみんなで朝まで映画鑑賞したんだと思います

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