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寒い夜は嫌い

好き勝手書いております第三弾。うちの邪神は残念名ばかりです。毎晩寒いですね。

朝から寒いと思っていたら、帰り道で今年初の大雪に鉢合わせる羽目になった。

 靴の中はぐっしょりと濡れて、もう足の感覚が無い。傘も無いから体中真っ白で、既に顔の筋肉はほぼ硬直していた。

 割と雪国の生まれだから、滑って転ぶようなことは無いけど、寒いものは寒い。


「た、ただい、ま」

「おー。おかえ、うわ」

「顔出して早々嫌そうな声出さないでよ……。ああ、ほら、濡れてるから退いて退いて」


 ひょっこりと横になったままリビングの扉を開けて、こっちを向いたもふ様に小さくため息が出た。わらわらと寄って来て雪まみれのコートやマフラーと格闘し始めるちいさいのを纏めて両手で横へ除けて首を振ると、髪の毛からぼたぼたと水滴が落ちる。

 動くのもめんどくさいと言って憚らないズボラのもふ様は、飛んできた水滴に嫌そうに口をへの字に曲げて、せっせとちいさいのに拭ってもらっていた。お前も働けでかい毛玉。


「豪快に降られたなー。だいじょぶか?」

「平気。君たち、靴に新聞紙突っ込むなんておかあちゃんの知恵みたいなことどこで覚えたの……」

「頭拭けよー。凪が動くとめっちゃかかる」

「へいへい」


 濡れた靴に新聞紙を入れるちいさいのにちょっと関心しつつ、もふ様が投げてくれたタオルを頭に乗せる。色の変わった靴下を脱いで脱衣所の洗濯機に投げ、リビングに入ると、ほわっと暖かな空気が体を包んだ。

 

 エアコンの温風にしては高すぎる。また設定温度を上げたのかともふ様を睨むと、でっかい毛玉はのんびりと部屋の奥を指差した。


「あったかくていいだろ」

「おう。邪魔してるゼ」

「えっ? あっ、いらっしゃ……え?」


 ソファーの真ん中に優雅に座っている、謎の塊。ひらひら手を振って私に挨拶してくれるのはいいが、お前は誰だ。

 まるっこい頭から細い体、枯れ枝のような手足、背中に生えた羽のような骨までまっくろけ。その中心で、より黒々としたくりくりの目が楽しそうに私を見ている。

 その体は、真っ赤な炎に包まれて、めらめらと燃えていた。

 

 踊る炎に照らされて、真紅の口がにたにた笑う。恐らく私が悲鳴を上げるのを今か今かと待っているだろうそいつに、真っ青になって私は駆け寄った。


「ソファー燃えてない!?」

「は? ああ、いや、燃やそうと思わなきゃ燃えねェけど……え?」

「なんだ。ならいいや。もふ様、お友達?」

「うーん、多分? なあ、こたつ出していいかー? こいついると電源入れなくてもあったかいから経済的」

「採用」

「は? おい、こら、自己紹介くらいさせ」

「あ、すいませんお茶も出さないで。コーヒー? 紅茶?」

「緑茶くれ……じゃないくて!」

「あ。あー……」


 しまった。またやってしまった。ソファーが無事だったことに気を取られて、このなんか……燃えてるふてぶてしいゆるキャラの方に驚くタイミングが無くなった。

 なんかしばらく頭のてっぺんあたりをちりちりさせて怒っていた燃えてる人……人? は、そのうち毒気を抜かれたように深々とため息を吐いて、もふ様に顔を向ける。


「こいつ、大丈夫なわけェ?」

「こいつの飯、美味いんだよー」

「居ついてる理由、それかヨ。答えになってねェし……。まあ、俺見て茶の心配するようなのは初めてだから、面白くていいけどさァ。ほれ、こっち来いヨ」

「わぷっ」


 ちょいちょい、と細い手で呼ばれて、あつあつの緑茶片手に近寄ると、ぱちりと鳴った指に合わせて体を温かいものが包んだ。

 ふわっと浮き上がった髪の毛と服が落ち着けば、あれだけ濡れ鼠だった体は見事ほこほこに乾いている。

 流石はもふ様の同類トモダチ。規格外だ。


「なぎー、嵌ったぁー」

「あ、ちょっともふ様、あんたのでっかい体でこたつで寝返りできる訳ないでしょー。ご飯の用意しちゃうから、出来上がるまでに抜け出してね。えっと、燃えてる人……めら様? もありがとうございます」

「お前、ネーミングセンス無いなァ……」


 目と口以外があるのか分からないせいで、表情が読み辛いけど、多分呆れた顔をしているんだろう。ほんのりソファーに当たるところの火を小さくしてくれている辺り、割といい人だ。


「なぎー、今日の夕飯はー?」

「この雪でスーパー寄って来られなかったから、たいしたもの作れないよ。朝のうちにお肉解凍してけばよかった……」

「おー? こいつにやってもらえよー。肉食いたい。あ、あと魚肉くれ。炙る」

「あー。成程。って訳で、お願いできます?」

「……お前ェらの馴染みぶりにもびっくりだけどよォ、来て早々七輪の代わりをさせられるとは思わなかったゼ……」


 訂正。凄くいい人だ。

 さりげなくもふ様がこたつから出るのまで手伝ってくれてる。冷凍庫から肉を取り出しつつちょっと拝んでおいた。


 

 結局、夕飯は実家から送られてきたけど使い道がいまいち無かった底の浅い鉄鍋での焼肉となりまして。無論火元はめら様だ。部屋はあったかいし、ガス代は浮くし、口調こそ元ヤンみたいだけど、面倒見が良いわもふ様の尻を蹴飛ばして手伝わせてくれるわで有難いことこの上ない。

 

「めら様うちに住みません?」

「んー。メシが美味ェのは魅力的だけどなァ。つかこの肉なに? めっちゃ美味い」

「牡丹ですよ。猪肉。姉が趣味で解体やってて」

「それ、人の間では普通の趣味なのかァ? お前ェさんの妙な胆の据わり方はそれでかヨ……。つかオラ毛玉! いつまで俺の頭でその妙なピンク色の代物焼いてんだやめろォ!」

「えー。美味いよ?」

「もグふ!?」


 役に立たない方(ちまいのは除く)の居候が、適当に炙った魚肉ソーセージをめら様の口に突っ込む。喉の奥までいっちゃったのか、むせながら口の中のものを片付けるめら様は、そのうちそのビー玉みたいな目をきらきらさせ始めた。

 なんだ。魚肉ソーセージには人外を手懐ける魔力でもあるのか。


「今ならちーかまとちーたらもつきますよ」

「……お前ェ危なっかしいからなァ。……しゃあねェ。ちょくちょ覗きに来てやんヨ」

「両手いっぱいにソーセージ抱えてかっこつけても、微笑ましいだけですよ」

「おれの……おれの魚肉が……!」

 

 ほくほくでソーセージをかじるめら様。隣でソーセージを取られて涙するもふ様。

 ほっこり暖かな室内で、私はぐっと拳を握る。どうやら、我が家はこれから冬の暖房費に恐怖することはなくなりそうだ。

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