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手触りはいいが邪魔

気ままに書き連ねていたものの蔵出しです。一話は同じ題名で別サイトに上げてあります。

 思えば小学生の頃から何事にも動じなかった。

 動じなかったと言えば聞こえは良いけど、要は反応がことごとく薄かった。

 友人たちにつまんないと怒られ、通信簿には毎年「何事にもやる気を持って取り組みましょう」と、決まり文句のように書かれたものだ。

 けれど一つ主張させてほしい。

 私は決して、やる気が無いわけでも無感動人間なわけでもないのだと。



 適当にサークル活動を終えて午後六時。近所の業務用スーパーと、寂れ気味の商店街をはしごしてから、親がちょっとだけ奮発してくれた広めの部屋の自分のアパートに帰る。

 これがいつもの私の帰り道だった。

 別に他の女子のようにサークルにコンパにと忙しく女を磨くわけでも、そこまで有名でもないうちの大学を牛耳る巨大な権力を握っているわけでもない。私、城井凪しらいなぎとはそんなもんだった。

 多分、特別なにかが無ければ当分このままなんだろうな、と自分でも思っていたくらいに平凡で平和な日常。


「ただいまー」

「おー。凪おかえりー。ちーかま買ってきたかー?」

「うん」


 玄関から左、リビングからのんびりと声が返り、私はぎい、と内側から開いていくその茶色の扉をぼんやりと眺めた。

 のすのす、か、もふもふ、か。判断のつかない柔らかな音を立てて、そこから大きな影がひょいと廊下を覗く。


「今日は冷えるから鍋が良いと思うんだけど、どう?」


 多分首らしきところを傾げて、目の前まできたそれは私を覗き込む。

 茶色の長い毛に全身覆われて、丸っこくて凹凸の無い、私の倍はある巨体のてっぺんに長めのとんがり耳がひこひこしていて、その下で糸にしか見えない細いたれ目が、こっちを見ているんだかいないんだか。

 鼻があるかは判別できないけど、猫のようなふにゃっとした口がちんまりついていて、そこからその姿に似合わない低めの美声がうきうきと私の耳に届く。

 着ぐるみかゆるキャラです、と言われれば納得しそうなその「何か」に、私は頷いて巨大な白菜の入った袋を掲げてやった。


 時々天井に頭をぶつけつつ、小躍りしながら袋を抱えてリビングに帰って行くそれに、私は別段何も言わずにヒールを脱ぐ。






 ひと月くらい前に、玄関開けたらいた。それ以外に、私は彼を説明する言葉を持っていない。

 物凄く驚いて、悲鳴を上げようと思った。けど。


「ああ、こっちの袋も? ありがとう」


 ぴっと手を上げて、既にリビングへ行ってしまった、さっきのやつをそのまま小さくしたようなのが数匹、袋を受け取ってすたたたたーと間抜けな足音と一緒に駆け去って行く。

 律儀に脱いだコートを肩車の要領で受け取って壁のハンガーに引っ掛け、ヒールをきちんと揃えてくれるおまけまでついてきた。相変わらず何匹いるんだか分からないが、揃ってでかいのには逆立ちしてもできない気の利きようで。


 一月前、さあ驚くぞ、と口を大きく開いた私にどこから沸いたか分からないこの小さいのが、みんなして腹の虫を盛大に鳴かせて私の掴んでいたスーパーバッグに突入したおかげで、驚きより先に中身の食材の無事が気になってしまったのが敗因だった。

 あの日は特売に上手い事間に合って、予定よりも安く買い物が出来たから、浮いたお金で夜食用のチーかまとチーたら、お徳用魚肉ソーセージを買っていたのに。

 慌てて引っぺがそうとしたら、もうバッグの中のチータラに齧りつかれた後で、反動で床に転がったチーかまを器用に剥かれてでかい方に食われて。


「うまー! なんだこれうま!」

「勝手に食べないでよ……」


 今時美食漫画ですら見たことないオーバーリアクションで、ぼたぼた感涙しながらチーかまをむさぼるでかい方に呆れて、ちまっこい手で一生懸命チーたらを抱えてぺこぺここっちにお辞儀する小さいのに妙に癒されて。驚くタイミングを逃したまま――今に至ってしまったのだ。


 驚くにもタイミングとテンポというものがある。私はどうやら、そのタイミングが酷く短いらしい。

 それを逃すと一気に水をぶっ掛けられたように興奮が引き、冷静になってしまうものだから、無感動だのやる気が無いだのとボロクソ言われる羽目になる。


 実に不本意な事だけど、冷静になる分、状況把握は早いはずだ。その妙な物体に、こちらを害する意思がないことだけはよく分かった。

 なにせひたすら目の前の袋を抱えて、美味い美味いと嬉しそうに耳をひこひこさせるだけだったし。

 警戒しようにもこの見た目では、パンダが笹食ってるのを見守るような脱力感しか生まれなかった。


「ねえ、辛いの好き?」

「えー? それもいいけど、今日は味噌がいいなぁ。肉多めで。食後の酒の肴はちーたらとちーかまでいいよー」

「魚肉ソーセージもあるけど」

「ひゃっほうマジか! なあ、炙ってくれる? 炙り魚肉!」


 一月経っても、このでっかいのとちっこいののことは、いまいちよく分からないけど。

 そもそも、これはなんという生き物なのか。……生き物かこれ?


 ともかく、そんなこんなで今日も今日とて、突然増えた平凡とは間逆の同居人のために、私はエプロン片手に頷くのだ。


 ほんの少し後、どうしてここで叩き出しておかなかったのかと緩く頭を抱えることになるとは、露とも思わずに。


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