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83 不死の王

今日は三話投稿

これが二話目

 ノイ・アルマトランが死亡したことを受け、あっけなく不死族の大群は引いて行った。

 そりゃ、大将が死んだら引くのが普通だろうが、普通の引き方じゃなかった。


 頭を抱え、悲壮な表情をしている不死族は誰一人としていなかった。

 まるでプログラムされたような引き方だ。


 万が一、ノイ・アルマトランが死亡したら一時撤退する。


 そう、一時撤退だ。

 負けた訳ではないという絶対的な自信が、不死族からは見て取れた。


 それもそのはずだ。


 第一、第四、第五師団連隊はほぼ壊滅状態だった。


 前に軍隊は二、三割負傷したり死亡したりすると壊滅的被害を受けたことになると言った。

 もうこの軍は、壊滅的だった。


 たった一度の奇襲で半壊し、負傷していない奴は誰も居ない。

 立っているのはほとんど辺境組だ。


 不死族の特性を知り尽くしていた彼らは、慌てず騒がず不死族に対処していた。

 内地組の連中の貧弱さは、酷かった。


 どいつもこいつも下を向いて、不死族の圧倒的な戦力を目の前に、膝を屈していた。

 戦う気力なんてもうどこかに消えたのではないだろうか。


 それだけ圧倒していた。

 ノイ・アルマトランの戦闘力。


 まだあんな奴がいると思うと、前進したくもなくなる。


 だが、それでは不死族に負けを認めたことになる。


 不死族に負けてしまえば、人類は確実に全滅する。

 人間側にもう国を守る余力は残されていない。


 それだけの数の騎士を投入しているし、防衛力は過去最低になっているはずだ。


 この戦いに全てを賭けている。

 勝てば俺は復讐対象者の身元が判明する。

 負ければ死ぬだけでなく、俺は何もなせなかったことになる。


 逃げ出すか……?


 それもありだろう。


 生きるだけなら、この戦場から逃げ出して、ただ一人で生きていけば良い。

 その間に復讐対象者が見つかるとは思えないが。


 それを思えば、逃げれる訳が無い。

 ノイ・アルマトランと同格、またはそれ以上が居ようともだ。


 勇者としてではなく、ただ個人として動く。 

 思惑は個人、全体としては勇者。

 難しいものだ。


 俺の動きは個人であり、勇者であるのだ。


 死んだ副団長の腕から腕時計を奪った。

 全員が俺の行動に注目する。


 戦闘を始めてから10分も経過していない。

 作戦開始まであと40分強。

 不死族の本隊が居る場所まではギリギリの距離だ。


 俺が時計を見たことで、とある騎士が金切り声を上げた。


「行く気なのかよ!? あんたはいいさ! 死なないからな!! でも俺たちは違う!!」


 声のする方に視線が向く。

 内地組の騎士だ。ほっそりしていて、筋肉が全くない。ガリガリだ。権力を盾に何もしてこなかった類の奴だ。


「もう終わってんだよ! あいつら強すぎるんだ! 最初から負けてるんだよ、なぁ、皆!?」


 顔をそむける奴もいる。

 俺が視線を向けると、俯く。


「逃げよう! 誰も文句言わねぇ! 俺は逃げるぞ! 逃げ――」


 話は続かなかった。

 一人、喋っていた騎士の首と胴体がサヨナラを告げた。


 血の雨が土砂降りの戦場に加わった。


 騎士の体が傾き、地面に倒れた。


「勇者様……?」


 信じられない、そんな感じの声音だった。


「時間が無い。文句がある奴は殺す。第二、第三師団連隊はまだ生きている」


 心を鬼にして告げる。

 ここで逃げ出されてしまったら、不死の王までたどり着けない。


「出て来い。不死族と戦いたくない奴は、ここで殺す。俺に殺されたくなかったら、不死族と戦え。分かったら、進め」


 辺境組が動く。恒常的に不死族と戦っているような連中だ。

 すでに覚悟は整っている。


 使えないのは内地組だ。


 ほとんど動かない。

 右手に握った黒剣を一人の騎士に対して振りかぶった。


「わ、分かった! 行く! 行くから……!」


 騎士は逃げ出すように辺境組を追いかけた。

 恐怖に突き動かされ、他の騎士も動き始めた。


 今死ぬのも、もう少し後で死ぬのも変わらない。


「ユウキさん」


 アイカが名前を呼んだ。生きていたか。良かった。

 誰にも、俺の考えを告げる必要はない。

 恐怖の対象は、俺にする。


 そうすれば、まだあいつらは戦える。

 使える使えないは、その後の判断だ。

 肉壁にでもなってもらって、少しでも有用に使う。


 不死の王を殺すまでは。





 作戦を変更した。

 俺が親玉である不死の王を討つ。

 そのためには、少数精鋭で敵陣に突っ込み、不死の王を殺す必要がある。


 すでに敵の数はこちらを上回っている。

 通常通り、突っ込んでいては絶対に勝てない。


 奴らの精神的支柱である不死の王をこの手で殺す必要がある。


 基本戦闘狂である不死族。その王が、この戦場に出てきている保証はない。


 だが、ノイ・アルマトランは先程叫んでいた。

 陛下、あなたは最高だと。


 近くにいる可能性も否定できない。

 いや、居て欲しいという願望だ。


 それに、ノイ・アルマトランが死んだ時点で、他の不死族は全く乱れていなかった。

 それはまだ行けるという、確信があったからだ。

 

 その根拠となりうるのは、不死の王だ。

 不死の王は、あのノイ・アルマトランですら崇めていた。

 ともなれば、その威光は下っ端にすら及んでいる可能性はある。


 不死の王が居れば、絶対に勝てる。

 そう思っている。多分、この予想は外れていない。


 ノイ・アルマトランを従える不死の王とやらの実力は。


 潰された鼻を治しながら、目的地に向かって歩く。

 土砂降りの雨模様は変わらない。


 遠くまではなかなか見通しにくい。

 それでもまっすぐ歩き、先にいるという不死の王の軍勢を目指す。


 歩き続ける事、数十分。

 そろそろ予定の時間だ。

 ここからでは、第二、第三師団連隊の姿は見えないが、予定通りなら配置についているはずだ。


 確かに不死の王の軍勢はいた。


 だだっ広い所に、広く展開していた。

 不死族特有の茶色の肌が、蠢いて見えた。


 ノイ・アルマトランの軍勢も吸収合併を終えて、本隊に加わっている。


 第二、第三師団連隊が壊滅していない事を祈る。


 俺たちは軍勢の前に姿を現すしかなかった。


 不死の軍勢は森の終わりに配置を完了していたため、身を隠す場所が無い。

 この分だとあまり第二、第三師団連隊の意味はなさそうだ。


 いや、そうでもない。

 あそこまで行かなければいいのだ。


 第二、第三連隊は森に隠れてもらい、本隊である自分たちがあの不死の軍勢を森まで引き込む。

 

 数で劣っている分、ゲリラ戦を挑むしかない。

 土地勘も無いが、森でやりあった方が、幾分マシだ。


 数の有利を取り消し、森で戦うために、ある程度犠牲になってもらうほかない。


 不死の王を殺し、世界を救うためだ。

 喜んでやってくれることだろう。


 だがこちらからは、突撃しない。

 あくまでも相手主導という形で、事を進める。

 不死族が勝利を確信した段階で、不死族との森の中で決戦を挑む。


 考えを伝令に伝える。

 要は少しだけ時間を稼ぎ、相手をいい気分にさせておいて、森の中で殺す。

 これだけだ。


 第二、第三師団連隊にも伝えるべく、ばれないように伝令を出した。

 これである程度連携をとれるだろう。


 不死族はまだ動かない。


 何を思っているかは分からないが、不死の王の命令が下っていないのだろう。

 あっちからみて、俺たちはどう見えるだろうか?


 姿を現しながらも、攻撃を開始しない不気味な連中?

 それとも考えは看破されているだろうか。


 それでもだ。

 それでも、不死族が先に動く。


 不死族を抑えきることは難しいだろう。

 基本戦い好きの連中だ。ノイ・アルマトランで分かった。

 あの数を押さえつける事は、相当に難しいはずだ。


 その内、あの団体で意見が真っ二つに割れる。

 戦わせろという奴と不死の王の命令に従うべきだという奴。


 その時、不死の王は戦わせるだろう。

 どちらの問題も解決するからだ。

 戦いたい奴には戦わせる事が出来るし、命令に従いたい奴もしたいようにさせる事が出来る。

 一石二鳥の命令だ。


 待っていれば、必ずあっちから距離を詰めてくれる。


 待つ。

 待つ。


 こっち側の士気は最初から低い。

 こちらから突撃する事だけはない。


 開戦は絶対、不死族側からだ。


 不死の王は警戒しているのだろうか?

 まだ仕掛けてこない。


 土砂降りの雨の中では、敵が何をやっているかまでは分からない。

 その内、伝令が帰ってきた。


 準備は完了しているらしい。

 第二、第三師団連隊も襲撃を受けたが、どうにか撃退したようだ。


 しかしノイ・アルマトラン級の敵将を討ち取るには至っていない。

 相手から引いてくれたようだ。


 どうも最初の襲撃でケリを付ける気はなかったようだ。


 それでもこちらの被害はでかい。


 不死の王は余裕なのか。

 くそ。

 今すぐ全員突撃させたい衝動に駆りたてられた。


 むかつく。

 掌で踊らされているとはこの事か。


 ……落ち着け。

 これでは不死の王の思う壺だ。

 ここは我慢が試されている時だ。


 遠からず不死の王は軍を動かさざるを得ない状況に追い込まれる。


 こっちからの突撃は確実な死を意味している。

 あんな何もない空間に突撃したら、数の有利を遺憾なく発揮され、人類は負ける。


 我慢だ。我慢。


「絶対に飛び出すなよ……!」


 何人に聞こえたか分からない。

 しかし言わなければ発狂しそうになるような緊張感が俺に襲い掛かっている。


 今、何故か知らないが俺は軍を動かしている。


 俺の采配一つで、周りにいる連中の運命が決まる。


 すると、向こう側からドドドと行進してくる音がしてきた。

 それに加え怒号にも似た叫び声。


「来た!」


 予想通り不死の王は軍を動かした。

 ここまでは予想通り。だが、この予想が当たったところで、こちらにいい事はほとんどない。


 ただ戦いの幕が切って落とされただけだ。

 我慢だ。我慢。

 飛び出せば相手の思う壺。


 ここは溜める。

 相手が中間地点を過ぎたら突撃させる。

 

 不死族が徐々に加速している。止まった状態であの突撃を受ければ、ひとたまりもない。

 絶対死ぬ。


 こちらとしても突撃させないといけない。


 我慢に我慢を重ねる。

 周りの騎士はすでに発狂しそうなほど忙しなく体を上下させて、俺の指示を待つ。


 不死族の先頭集団が、中間地点を過ぎ去る。

 目算だが、ここで動かないとこっちに動かない奴が出てくる。

 少ない人数をフル活用しなくてはならない。


「突撃!!」


 俺の命令に従わなければ、どっち道死ぬ。

 辺境組はともかくとして、内地組も何とか突撃してくれた。


 もうそろそろ最前線が激突する。

 大声を上げて剣を交え始めた。


 遠目から見ても激しい戦いだ。

 後方に控える俺にはほとんど関係のない事だが。


 優劣は見えきっていた。

 完全に不死族が優勢だ。

 

 ノイ・アルマトランを思い返せば、あれだけ死ににくい奴らに勝つなんて到底不可能だ。

 辺境組は良い戦いをしているが、内地組の騎士は本当に殺されるだけだった。


 これ以上いたずらに兵を減らすのは良くない。

 短い時間ではあったが、不死族の連中も勢いづいている。


 早速だがもう引き込むしかない。

 不死族には作戦はばれているだろう。


 こっちの数が想定より少ないはずだから、伏兵を警戒しているはずだ。

 だが、今から細かい指示を出すのはかなり難しい。


 俯瞰して見ても不死族の連中は自由に戦っている様に見える。

 戦え。そういう命令しか受けていないのでは? 

 

 そこに付け入る隙がある。

 合図を合図として認識させない。


 派手な合図があれば、一瞬でやりたい事を伝えられる。

 だがそれがあからさまだと、不死族が釣れない可能性も高まる。


 事前に通達はしてある。

 気づかない奴は死ぬだけ。


 サッと木の上に登って、戦場を見下ろす。

 人一人が遠くで木に登ったところで、気に掛ける奴はいない。

 エストックを取り出して、戦場のど真ん中に火魔法をぶち込むベく構える。


爆発(エクスプロージョン)


 相当デカくなった赤黒い球体が、エストックの先から出現した。

 その頃になって数体の不死族の殺気を感じた。


 やばい。


 狙われている。

 そう感じて、さっさと魔法を戦場の中央に弾き飛ばした。


 不死族がひしめく場所に火魔法が着弾した。

 カッと光がまき散らされた次の瞬間に、爆発が巻き起こった。

 衝撃波と爆炎をカクテルした魔法は、効率的に不死族の肉体を破壊し、何体も死に至らしめた。


 着弾場所はクレーターが出来て、ぽっかりと穴が開いたように誰も居なくなっていた。


 この魔法は撤退の合図だ。

 派手だし、音と光で全員に伝わる。


 さっきからビンビンに伝わる殺気から逃れるため、木から飛び降りる。

 直後、水魔法と思しき魔法がさっきまで俺のいた場所を通過した。


「危なかった……!」


 地面に着地して、一目散に森の中に駆け戻った。

 振り返る必要はない。

 この作戦は周知されている。


 それは下っ端に至るまで。


 前線で戦う兵士もキリを付けて、駆け出している。

 不死族は突然の逃走に、一瞬硬直していた。


 バラバラと逃げ始める人間を見て、笑みを浮かべている。

 逃げ遅れた奴の背中に飛びついて、切り刻む。


 必要経費だ。

 すまない。


 分かってくれとは言わない。

 死人に口なし。


 兵士や騎士の本分は戦って死ぬことだ。

 満足な人生だったに違いない。


 不死族は潰走の体を見せる人間の背中から、容赦なく襲い掛かる。

 少なくない被害を出す。

 それでもより有利に戦える森へ。


 これしか勝てる方法はない。


 必死に逃げ続ける。

 来い、来い。


 チラッと後ろを振り返った。

 来てる。

 不死族は引っ張られるような形で、俺たちを追いかけてきていた。


 いいぞ。 

 このまま所定の位置まで……!


 走りぬく。

 森を駆け抜け、仲間が待ち受けるその場所まで。


 もうここだ。ここら辺のどこかにいる。


 エストックを抜いて、先端を上空高らかに掲げた。


爆発(エクスプロージョン)!」


 ボンと音を出して火魔法が打ち上がった。

 上空高くで火の華が咲き狂った。


「作戦開始!!」


 全員一斉に不死族に対して振り返った。 

 十分引き込んだ。

 ここからは木々を盾に使ったゲリラ戦に引き込む。


 数で負けている以上、ここで戦力を投入して少しでもその差をなくすしかない。


「第二、第三師団連隊突撃!!」


 もう一発派手に火魔法を打ち上げた。

 二発目の魔法は、突撃の合図。


 森の中から二つ、叫び声が木霊した。

 これで不死族を三方向から挟み込んだ形になった。


 最初に想定していた形だ。

 これくらいしか思いつかない。


 不死族が慌てはじめた。

 完全に挟まれ、逃げると言えば後しかない。

 だが生粋の戦闘狂の集まり。

 最初から逃げるという選択肢はなかったようだ。


 逃げるどころか立ち向かっていく。

 それもそのはずだ。

 まだ不死族の方が多い。

 あっちから見れば、標的が増えただけ、自分の獲物が増えたと言う位にしか捉えていないかもしれない。


「4人とも付いて来い。――光の加護(プロテクション)!!」


 この作戦の概要は、俺が不死の王を殺す事だ。

 目を凝らせば後ろの方に、厳重に守られている一人の人間大の不死族がいる。


 雨の中、視界が悪いが、あいつだけ存在感が違う。

 黒いローブで顔を隠しているが、覗く肌は白だ。

 不死族の肌の色は焦げ茶であるにもかかわらず、あいつだけ白い。

 

 それだけでもあいつが、何かしら特殊な立場にあると考えても良い。

 仮に不死の王でなくても、かなり高い地位にいる。


 あれだけ警備の数が多ければ、地位の高い人物だと宣伝しているようなものだ。

 不死の王の姿は一瞬だけちらっと見えただけだ。

 

 すぐに戦場の人垣によって、見えなくなった。

 この人数の中、あそこまで行かなくてはならない。


 アイカたちと一塊になり、俺が先頭を行く。

 俺たちを狙った不死族は、周りの騎士に阻まれる。


 俺たちが希望であることは、皆も分かっている。

 最初は歓迎されていなかったが、土壇場になって認識が変わった。


 恐怖に支配されている奴もいるだろうが、ノイ・アルマトランを破る事が出来たのは、正真正銘俺の力だ。


 遠くにいる不死の王を殺せるのは俺だけだ。


「突撃! 進めぇぇぇええ!!」


 突撃しかない。

 突出したら殺される。

 少しでも俺と来られる奴が欲しい。


 全員目の前の不死族を何とかして、進もうとする。

 しかし不死族としても、獲物が居なくなるのは困るだろう。

 戦いたくてここに来ているのだから。


 不死族も殺される前に殺そうとする。

 

 力は拮抗し始めた。


 負けていないだけ十分だ。

 進んでいる奴も若干名だがいる。

 そいつらを呼び寄せる。


「こっちにこい! 邪魔する奴を殺せ!!」


 呼ばれた騎士は頷き返し、俺たちの進路を確保する。

 不死族も派手に暴れている俺たちに目を付け始めた。


 一体が俺に来る。


 焦げ茶の小さな老人のような奴だ。

 剣を突きこんでくる。それを義手で弾き、黒剣を抜きざまに、頭を割る。

 老人の不死族はそれだけで死んでくれた。

 ノイ・アルマトランの様にしぶとくはなかった。


 アイカたちも懸命に襲ってくる不死族を追い払う。

 怒涛のように押し寄せる不死族。

 これでは進めないと思い、黒剣をしまって、エストックを出した。


爆発(エクスプロージョン)!」


 前方に数発の火魔法を前進させた。

 爆発音が連続し、戦場が数瞬、爆発の光に包まれた。


 爆発の余波が戦場に荒れ狂う。風が駆け抜け、土ぼこりが舞い上がった。 

 しかしそれもすぐに終わった。土砂降りの雨が風も土も覆い隠した。

 遅れて肉塊が上空高くから帰還して、地面に叩きつけられた。

 

 そして道が開かれる。

 圧倒的な破壊を見た不死族は、できた道を呆然と見た。


 まさか一瞬でここまで殺されるとは思っていなかっただろう。

 ノイ・アルマトラン級の将が出てこなければ、雑魚不死族は敵ではない。


 爆発でぽっかりと空いている空間を突き進む。


 視線の先には2名に警護された不死の王と思しき人物。


 あいつだけ後方で戦場を見ている(・・・・)


 あいつだけがこの戦場で異端だ。

 戦いたくないのだろうか?

 それとももう戦う事に飽きてしまったのだろうか?

 そんな考えがぼんやりと浮かんだが、すぐに霧散した。


 この距離なら仕留められる。


爆発(エクスプロージョン)!」


佇む不死の王に向かって、火魔法を向けた。

 ここで死ね。


 赤黒い爆弾が不死の王の目の前まで侵入を果たしたとき、横にいた二人が動いた。

 どちらもローブを着こみ、姿が見えない。

 あの下に鎧を着ているのか?


 一人は爆弾は水の壁で阻み、もう一人は剣を持ってこっちに来た。

 爆弾は不活性化し、小規模な爆発に留まった。


「チッ」


 やはりそう簡単にはいかない。

 不死の王と思しき人物の隣にいる奴は、杖を取り出している。


「魔法使いよ!」


 ルイちゃんが叫んだ。

 くそ。やはりあいつが水魔法を使った奴だったようだ。


「散れ散れ。ひと塊になるなよ」


 正面から襲い掛かってくるローブ野郎を捌きながら、指示を出す。


「カサドラ・マゲードだ。お前が勇者か?」


 情報は行き届いているらしい。勇者がいるという事だけは知っているようだ。

 鍔迫り合いをしながら会話を続ける。


「かもな。ノイ・アルマトランは元気か?」

「言ってくれる」


 ガキッと剣を逸らされた。あわや一撃死もかくやという攻撃が放たれる。


 顔面に襲い掛かる突き。顔を逸らしたが、頬が切れた。

 一本突きだった。

 

 黒剣で撫で斬りを放って、カサドラ・マゲードは後ろに下がった。

 横合いからアイカが迫る。ルイちゃんもだ。挟撃している。


 カサドラ・マゲードの腕は二本だ。ノイ・アルマトランとは違い、人間とさほど変わらない。

 チラッとカサドラ・マゲードが二人を見る。


 悪い予感がした。

 魔法使い。後ろの奴が杖を構え、氷の塊を出していた。


 二本空中に出現して、それを発射しようとしている。


 カサドラ・マゲードは二人を無視して、その場で構えている。

 後ろの奴を信頼している。


「魔法よ!!」


 俺が警告するより先に、シノノメが叫ぶ。

 アイカとルイちゃんが同時に弾かれた様に下がった。


 魔法が発射され、今いた場所に氷塊が突き刺さった。

 凄まじい破壊力だった。

 土が抉れ、地面が吹き飛んだように感じた。


 戦いが硬直した。


 カサドラ・マゲードはその場で構え、魔法使いも動かない。


 俺も油断なく構える。


 すると今まで黙っていた不死の王らしき人物が、声をかけた。


「カサドラ、どうかな? 強い?」


 カサドラ・マゲードは振り返らず、そのまま喋る。


「後ろの四人は大したことはありません。ですが、目の前のこの男だけは別格のようです」

「そうかそうか。なら、二人とも下がって。私がやろう」

「しかし、陛下」

「下がって」

「……申し訳ありませんでした」


 頭を下げながらカサドラ・マゲードと魔法使いが下がり、武器をしまって、恭しく礼をした。


 確定だ。

 あいつは、陛下と呼ばれた。

 不死の王だ。


 黒いローブに身を包み、体格は見づらい。

 それでも細身だという事は分かる。

 なのにだ。それでも陛下と呼ばれ、不死の王を名乗る。


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 後ろでは人間と不死族が交わって、戦争をしている。


 ここだけが静かな空間だった。

 だれも邪魔してこないし、不死族も干渉しようとしない。


 不死の王がパサッとフードを取った。


「……馬鹿な」


 色白の肌。大きくぱっちりした目。少し長めの黒髪。スッと通った鼻梁。

 各パーツが完璧な、人間(・・)

 そう見える。


「人間なのか……?」


 不死の王はニコッと笑った。


「どうかな。忘れちゃったよ。何しろ千年以上は生きてるからね。色々悟っちゃうんだ」


 王なんて名乗るからもっと厳かな態度をとるかと思ったが、長年の友人のように話しかけてくる。


「強い奴は好きさ。私は力が好きだ。強い奴を蒐集している。後ろのカサドラ・マゲードとランク・ハートもそうだ。ノイ・アルマトランもね。ノイは君が殺したんだろ? どうだった? 強かっただろう?」

「そうだな。強かった」

「羨ましいよ。私ももう一度、本気でノイと戦ってみたかった。その機会は訪れないようだが。……君は楽しませてくれるのかな? 勇者君?」

「ノイ・アルマトランの代わりってか?」

「ノイより強いんだろ?」

「どうだか……」


 後ろをチラッと見た。

 すぐに前に向き直る。


 あいつらに戦わせるわけにはいかない。

 不死の王がローブの中から、美しい白銀色の細い剣を取り出した。

 薔薇の装飾が施され、美しいの一言に尽きる。


 俺の無骨な黒剣とは正反対の剣だ。


「カサドラとランクは見てるだけにしてね。手出しは無用だ」

「お前らも出るな。俺がやる」


 不死の王が一歩踏み出す。

 フッと消えた。


「は……?」


 どこに――!?


「ここ」


 真下から声が聞こえた。

 刹那、衝撃が腹を貫く。


「ごはぁ……!!」


 腹に攻撃を喰らったみたいだった。

 いつの間に移動したんだ。早すぎるだろ。


 吹っ飛ばされながらも、姿勢を制御して、地面に着地した。

 後ずさる体に鞭うち、どうにか立ち上がる。


「良い防具だ。貫けなかったよ」


 余裕の笑みを浮かべ、不死の王は走り出す。


 距離を測って、剣を振り上げた。


「遠当て!」

「遠当て」


 不可視の斬撃がぶつかり合う。

 バカな。遠当てが使えるだと。


「不思議そうな顔だね」


 不死の王がまたしても瞬間移動のような速さで近づいてきた。

 顔をズイッと近づけてきた。

 ニコリと笑う。


「千年も生きていれば余裕だよ。これくらい」

「クソがっ!!」

 

 撫で斬りで胴体を真っ二つにせんと、黒剣の一撃を放った。

 不死の王が余裕で防ぐが、驚きの表情を禁じえていない。


「重っ」

「うらぁぁあ!!」


 不死の王が若干の驚きを見せたことで、ここしかないと確信した。

 少し後退した不死の王に遠当てをしながら近づく。


 遠当ては防がれるが、距離を詰める。

 狙うは腕。

 そのあと頭だ。


「撫で斬り!!」


 遠当てと現在進行形で鍔迫り合いをする不死の王の左腕を狙う。

 真横に振られた撫で斬りは、そのまま不死の王の腕を切断した。


「痛っ」


 軽いリアクションに若干間延びしかけたが、手首を返し、再度撫で斬りを放った。

 

「あぶなっ」


 不死の王は遊んでいるかのような動作で、後ろに下がった。

 撫で斬りを避けられ、追撃をかける。


「火槍!」


 エストックの補助無しだが、持ち替えている暇はない。

 不死の王めがけて、何発も撃ちまくる。だが簡単に避けられる。

 不死の王の移動速度が速すぎて、見当違いの所に撃っているかのようだ。


 これ以上は魔法力が無駄になる。


 火槍をやめて、近づこうとした時、異変に気付いた。


 切断したはずの不死の王の左腕が、ある。


「どういうこと?」


 普通に質問していた。

 訳が分からなかった。


 不死の王は困ったような顔をして笑った。


「うーん、それは、また後で、かな」


 パッと不死の王が動く。

 考えている暇はない。

 事実は不死の王が無傷であるという事だけだ。

 せっかく勝てるかもとか思ったのに。


 不死の王が目の前に現れた。

 本当は移動したのだろうが、早すぎて見えない。


 撫で斬りだ。

 左側から攻撃が来る。

 義手を掲げて、反撃を試みる。

 こちらも撫で斬り――!?


 ガツンと右上腕部分に衝撃が駆け抜けた。

 

「どういうことだ……!?」


 防具に助けられたが、黒鉄石じゃなかったら、肩から切り落とされていた。

 不死の王が凄いスピードで剣を操り、俺の命を奪おうとする最中、楽しそうに喋ってきた。


「幻月だよ。知らない?」

「ゲンゲツ……?」


 訳が分からない。

 分かる事は、また俺に左腕が切られたという事だけだ。


「ぐぁああああ!!」


 肘を狙われた。関節部分は絶対に隙間ができる。

 ドワーフが防具を作ろうと、その隙間はどうしようもない。

 不死の王はそこに剣をスルリと入れ込んで、俺の左腕を切り落とした。


 斬り落としたと言っても、ほとんど義手だったが。

 でも、また左腕が短くなった。

 

 断面から血が止まらない。


 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。

 治さないと。


 癒光を使おうとした時、目の前に佇む不死の王が居た。


「いいよ、合格」

「……合格?」


 カサドラ・マゲードが不死の王に声をかけた。


「陛下、よろしいので?」

「うん。強いからね。合格だ」


 不死の王は絶対零度の瞳で、俺を見つめたままそう言った。

 傷口を庇い、気づかれないように癒し手を使った。


 しかしすぐにばれた。


「お、もしかしてと思ったけど、光魔法まで使えるんだ。多才だね。でもそれももう必要ないね」

「……どういう意味だ」


 不死の王は剣をしまって、指を振った。


「仲間になろうよ。不死族にならない?」

「……」


 黙っていると困ったような顔をして、説明を始めた。


「元々、私はただの人間だ。それがどうしたか、先天的スキルで不死の力を手に入れていた」

「不死の力……」


 そんなものが。


「でも一人でずっと生きていても楽しくないから、作ったのが不死族だ。どうやって作ったか気になる?」

「死ね!」


 撫で斬りを放ったが、スウェーされただけで避けられた。

 不死の王が剣を引き抜いて、俺の黒剣を弾き飛ばした。

 右手から黒剣が無くなった。


「まだだ!!」


 こんな所で負けてたまるか。

 絶対復讐する。それには目の前のこいつを殺す必要がある。

 絶対だ。絶対殺してやる。


「元気だね。でもそれもいい」


 エストックを抜いて、一本突きをした。

 しかし放った後で、後悔した。

 単調過ぎた。

 これでは斬り返しの餌食だ。


 予想は現実のものになった。


 一本突きを放ったエストックに剣が添えられて、反撃の一撃が俺の首を切り裂いた。


 半分ほど首が切り裂かれ、ドバドバと血があふれ出た。

 シノノメが悲鳴を上げた。


「ぁ……ヵ……ヒュッ……!」


 息が。できない。

 エストックを捨てて、右手を傷にあてがう。


「ダメダメ。そんなことしちゃ」


 不死の王は俺の右手首を切り裂いた。

 これでは、癒し手が使えない……。


 すぐさま癒光を使おうとした時、兜を脱がされた。

 

「ぁ……」

「光魔法を使ったら殺す」


 その言葉には絶対の意志があった。使ったら殺される。

 跪いたまま、不死の王を見上げ、首を縦に振った。

 首からは未だ血が溢れる。


 不死の王がしゃがんで、俺と目線を合わせた。


「仲間になるなら、私の細胞新生で助けても良い。どうする?」


 細胞新生?

 傷が治るのか?

 迷ってる場合じゃない。

 今死んだら、どの道何もできなくなる。

 

 嫌でも首を縦に振るしかない。


 コクコクと頷く。


「じゃ、よろしくね」


 不死の王は自分の剣で、腕を軽く切った。

 うっすらと血が滲むが、すぐに傷が塞がった。


「これが私の細胞新生だ。細胞分裂の回数が無限大になる。決して暴走しないし、適性の形になろうとする力だ。つまり、永遠の命が手に入る。この力は他人に配布できる。もちろん、劣化バージョンだけど」


 今度は掌を貫いて、凄い量の出血をし出した。


「これを飲めば、君もどんな傷でも治る。時間はかかるけど。私たち不死族の一員となるんだ」


 不死の王が「口を開けて」というので、素直に従った。


 かなりの量の血が俺の口の中に侵入した。


「それでも私以外の力は劣化バージョンにすぎないから、細胞新生のスピードは遅いし、細胞分裂をその内放棄する。それでもだ。エルフ以上の寿命がタダで得られるんだ。安い物だろ?」


 傷に手を当てた。

 無くなっていた。

 本当に傷が塞がっていた。


 左腕と右手が形成され始めた。

 諦めきっていた左腕まで作られるなんて。


「それじゃ、名前、聞かせてくれる?」


 これを言ったら、本当に俺は不死族の仲間になるのだろうか?

 黙っていると、不死の王は少し不満そうな顔になって、俺の後を覗いた。


「殺しちゃっていいよ」


 ビクッと俺の体が動いた。

 不死の王が質問する。


「どうしたの? 名前言う? 言わないなら、後ろの四人殺しちゃうよ?」

 

 言わなくてはならない。

 どうしても俺は不死族にならないといけないようだ。

 その時、天啓的な考えが浮かんだ。


 この時のためにこの力があったかのようだ。

 だが、その後は運任せだ。

 いや、不死の王の剣がある。

 俺の剣はもう手元にない。

 

 素早くやる。

 覚悟は決まった。

 このまま不死族として生きていたら、その内復讐対象者が死ぬ。

 それに、俺の考えが正しければ――。


 俺は右手を差し出した。

 不死の王が応じて右手を握ってきた。

 

 握手だ。


 肌と肌が直接接触している。

 

 挨拶をするときは、相手の目をちゃんと見る。


「ユウキだ。よろしく」

「はい、よろしく」


 ぎゅっと手を握り合った。

 条件は整った。


限定奪取(リミテッド・スチール)

「何か言っ――ガァ!?」


 不死の王が心臓付近を押さえて、苦しみ始めた。


 呼吸が浅くなり、どんどん肌が枯れていく。

 戦場の至る所で、それが起こっていた。


 奥にいるカサドラ・マゲードはランク・ハートも、動揺にもがいている。


「な、なんだ……!?」


 不死の王はさっきまで若々しい青年だったのに、たった一瞬で老人になっていた。

 細胞新生が停止して、元の細胞の寿命が戻ってきたんだ。


 千年も細胞が生きれるはずがない。

 予測外の事があれば、不死の王は生きていたかもしれない。


 それでも、細胞新生を奪えば高確率で寿命が来ると判断した。

 もし仮に死ななくても、俺は生き残る。


 不死の力を奪った俺は、何人も殺す事は出来ない。


 ゼェーゼェーと荒い息を不死の王が吐いている。

 もはや虫の息だ。


 他の不死族に至ってはすでに事切れていた。


 騎士たちは何が起こったのか分かっていない様子だった。


「もうあんたは不死の王じゃない」


 しゃがんで、不死の王の剣を抜いた。


「ど、どう、いう……?」


 しゃがれた声で質問する。

 しかし答える必要はない。


「長々と喋ったのがお前のミスだ。油断したんだ、お前は。絶対勝てるっていう根拠があったんだろ? でも、俺はそれを打ち破る力があった。これだけの数の兵士を集めていても、結局はお前ひとりの虚飾の城だったんだ」


 うつ伏せになっている不死の王を蹴って、仰向けにした。

 もはや不死の王は抵抗する事も無かった。


 ヒューヒューとか細い呼吸をするので、精一杯と見えた。

 不死の王の細身の剣を逆手で握って、振りかぶった。


「や、やめ……」

「死ね」


 振り下ろされた刃は、不死の王の心臓を正確に貫いていた。

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