81 ノイ・アルマトラン
馬車が進むごとに、町は荒廃しているような気がした。
人が荒んでいるというか、投げやりになっている。
生気がないし、生きる喜びという物が感じ取られなかった。
数千単位で騎士団は動いているため、補給もままならない。
水や食料。
寄れる街にはすべてよって、税金のように町の財産を吸い上げていく。
これが不死の王を倒すという名目を背負った騎士団のやる事なのだろうか。
もはやどこぞの盗賊とやっていることが変わらない。
王都を出て早数日。
今日も野宿で寝泊まりする事になった。
この馬鹿長い行列をすべて収納できる街など、王都くらいしかない。
これだけの集団になれば、魔物も襲ってこない。
襲ってくるとしても周りの騎士がさっさと討ってしまう。
ここにいる限りは、そうは戦わなくてもよさそうだ。
そういう暮らしを何度でも繰り返す。
起きては出発して、移動する。その内日が暮れて、その辺りで野宿だ。
最前線まであと一日。
思い返せば遠くまで来てしまった。
監禁され、逃げ出し、生きる糧を得る。
そうして生を繰り返し、着いた先が戦争だ。
人生、どうなるか分かったものではない。
◇
変わらない日常なんてない。
日々変動を続ける時間に適応しなければ、この世界では死が待つばかりだ。
適応し、変化する。
たとえ、俺たちの登場が最前線の兵士に歓迎されていなくてもだ。
俺はここに来るまでに、若干ではあるが割と歓迎されるのではないかと思っていた。
なにせ俺は、腐っても勇者らしいし。
そうでなくてもこれだけ騎士を連れてきた。
これだけいれば、良い所まで不死族と戦えるんじゃないかと思ったのだ。
良い所というのは、決して負けるなんて思っているわけじゃない。
でも正直、人間が勝てるのかな? なんて思ったりはするのだ。
それは最前線で日々戦う人が一番身に染みているはずだ。
最前線で戦う兵士とも面会したが、あからさまに嫌そうな顔をされた。
来るんじゃねーよ、そんな感情を向けられた。
お前さえ来なければ、俺たちはまだ生きていられたんだ。
そういう感じだ。
それに最前線を辺境とすれば、俺たちは内地組という事になる。
雰囲気でそれは分かった。
辺境組は内地組を完全に見下している。
それは仕方がない。
戦う兵士と戦わない兵士。
圧倒的に戦う兵士の方が生産性はある。
辺境組は日々戦い、内地組は後ろでふんぞり返るだけ。
見れば分かる。
辺境組の屈強な肉体に裏付けされたそのオーラ。雰囲気。体格。その他諸々。
全てにおいて、内地組を圧倒している。
それに気づいているのか、あえて無視しているのか。
構図としてはどちらも双方を見下し合っている。
内地組は辺境組をド田舎者と。辺境組は内地組をヘタレだと。
全くそりが合っていない。
折角合流したというのに、俺たちは一つに慣れていない。
はた目には一つの集団に見えるかもしれないが、完全に二分されていた。
今は騎士団総団長となった元副団長が取り急ぎ指示を出していた。
いや、違ったな。
この集団は三つだ。
内地組、辺境組、そして俺たち。
完全に俺たちは歓迎されていない。
もうそれは歓迎されていない。
目を合わせば睨んでくるし、唾を吐かれる。
どうにも故人であるマクスウェルのことを気にかけているようだ。
俺がマクスウェルを殺したわけではないのだが、実質手を下したに等しい。
自分の組織のトップを殺した奴と仲良く仕事ができるはずがない。
その辺は弁えて、あまり喋らないようにしている。
それに副団長からはくぎを刺された。
「勝手に行動するな。我々が不死の王を殺す」
この言動には本当に驚かされた。
何のために勇者を選考したのか、こいつは理解しているのだろうか?
これでは完全に俺はお飾りではないか。
しかし命を狙われないだけましだと思い、口を閉ざしている。
「何しに来たんですかね」
アイカが空を見上げた。
最前線のクーラバルの町に駐屯して、物資の最終調整をしているらしい。
俺たちは完全に手持無沙汰になって、その辺に座り込んでいる。
街並みは汚く、ぼろくさい。
何度も魔物に襲撃されているのか、建物は自然と継ぎはぎだらけだった。
王都と比べると数段落ちる。そんな街だった。
街自体は高い塀に囲まれ、厳重に守られている。
それでもこれだけ町に損害が出ているのだ。
不死族の強さが思い知らされる。
大人しく騎士団が右往左往するのを見守る。
誰もが忙しそうに動いていた。
物資を搬入して、行軍の準備を整えている。
「これが最後の戦争になりますね」
シノノメが様子を見てそう言った。
確かに。
王は騎士団を総動員して、事に当たらせている。
もしも負けたら王都を守る者たちは地上から消え去り、不死族の蹂躙を待つばかりだ。
もうこの世界には不死族と戦う余力が残されていなかったんだ。
王は最後の賭けとして、勇者という肩書を作り、この戦争を企てた。
騎士団の準備も整っていたようだし、最初からこうなる事は決まっていたようだ。
それに大会参加者は全員、何かしらこの戦闘に参加するらしい。
元々有名な参加者たちは俺たちと違って、好待遇で騎士団にもてなされている。
立場的には俺たちの方が上なのにだ。
それを横目で見ながら、ため息を吐いた。
こんな事をしている場合ではないはずなのに、こんな所に居る。
一刻も早く王に問い詰めなければならない。
何を知っているのか。
知っているなら殺してでも吐かせる。
今度は自殺すらさせない。
◇
辺境のこの地には、近くに不死族がはびこっているようだ。
不死族側も人類の動きに反応して、兵を引き上げているとの情報が入った。
不死の王が命令を出したのか、前線の指揮権を持つ奴が命令を出したのかは定かでは無いが、普通の反応だ。
一兵卒で戦えるような軍勢もこちら側としても用意はしていない。
最低でも五千の軍だ。
はたまたそれ以上か。
しかし問題はある。
数が多すぎて、この軍を維持するのが難しい事だ。
圧倒的に食糧が足りていない。
昨日も今日も凄い質素な食べ物を提供された。
いずれこの群は食糧難に陥り、そうして不死族と戦う前に飢え死にしてしまうに違いない。
この集団には時間が無い。
戦う以前の問題だ。
食べなければ人は、生物は死んでしまう。
これだけを維持する力を人間側は有していない。
食べ物は後ろに控える王や特権階級の連中に搾り取られ、刹那的な快楽のために消費されている。
万が一にも自分たちが負けるなどと思っていない。
バカだ。間抜けだ。
戦った事が無いからそんな適当な判断しか下せないんだ。
命を賭けたことがあれば、そんな単純なことは身に染みて分かる。
負けるかもしれない。
しかしそれだけは許されない。
負けるという事は、俺も死ぬという事だ。
それだけは、絶対に、許されない。
31人を糧にして生き残ったこの命。
「無駄にするわけにはいかない」
決意を新たに立ち上がった。
暗雲が立ち込め、雨が降りそうな空だ。
これから降る。
いつ雨が降り始め、降り終わるのか。
見通しの立たないこの状況と、途轍もなく似ていた。
拙速を重んじ、俺たちは動き始めた。
◇
騎士団は翌日、すぐに行動を開始した。
空模様は最悪だった。
バケツをひっくり返したような雨だった。数日間こんな雨が続いている。
不死の領に入り、天気は最悪だった。
今は森の中を五千人が移動して、かなり歩行速度が落ちている。
この先には開けた場所があると、騎士から説明を受けた。
そこまでの我慢になるだろう。
そして、こんな雨の状況でも俺たちは動かざるを得ないほど、切迫している。
最低限の食料しか与えられておらず、一日として無駄にできるものではない。
滑りやすくなった地面を歩くこと数時間。
伝令が飛んできた。
「約五キロほど先に、不死族の大群です!!」
騎士から聞いた開けた場所と一致する程度の距離だ。
数多の騎士をかき分けてきたその青年は、血相を変えて元副団長に報告してきた。
あたりがどよめくが、それも雨音にかき消された。
ザァァーという雨音と泥を踏みしめる鈍い音が連鎖する。
重苦しい空気が蔓延する。
誰ともなく足を止めて、全体が停止した。
周りの騎士の目が元副団長に集中する。
この状況で決断するのか。
重いな。
死にに行けというものだ。
誰も言いたくないだろう。
言われたくもないだろうが。
あわよくば、ここで引き返そうという言葉を待っている奴も少なくないはずだ。
しかし元副団長もマクスウェルの意志を引き継いでいる。
俺がいなければ勇者になっていたのは奴で、全軍を率いて突撃していたはずだ。
「三隊に分ける。第二師団連隊長と第三師団連隊長が各隊を率い、不死族を挟撃する。本隊は私の第一連隊が務める。第四、第五連隊は本隊に付け。一時間後に戦闘を開始する。時計を合わせろと通達しろ」
この軍は全部で五つに分かれているらしい。
第一から第五までの連隊がそれを構成している。
この雨を利用して、三方向から包み込むように戦いを挑むようだ。
単純だが、予備戦力も第四、第五連隊が務める。
士気のほどはうかがい知れないが、一応は何とかなりそうだ。
伝令が各地に散り、報告を済ませていく。
元副団長も作戦を決め、細かい指示を次々に伝えていく。
五千人に作戦を周知させるのだろうか。
違うか。
トップだけが知っていればそれでいい。
下っ端は命令に従い、動くだけで良い。
軍隊はそうやって動き、駒は忠実に動く事を想定されている。
想定外の動きをする駒は、ただ邪魔なだけだ。
そして俺は人類側の切り札としての駒だ。
ただ暴れ、殺す。
局地的勝利ならおさめる自信がある。
俺の現在のレベルは61。
サードジョブに魔法使いが加わり、火魔法もレベル4まで使える。
ここまでくれば、もはや敵はいない。
マクスウェルも同じようなものだろう。
だが奴は人類に貢献する前に死を選らんだ。
何を思ったか知らないが、アホだ。
使えない奴め。
せめてこの戦いだけにでも参加するべきだった。
お前がいればもう少し変わっていただろう。
情報を吐けば殺さないと言ったにもかかわらず、あいつは自殺した。
それは吐いたら困るという事だ。
何を知っていたのだろうか。
「私たちはこっちだ」
元副団長が俺たちに久し振りに声をかけてきた。
黙っていたら取り残されるところだった。
視界もはっきりしない雨の中、身をかがめて進んでいく。
五キロ先ではかなり急がないとダメじゃないか。
普通に進んでもかなりキツイのに、何考えてんだこのアホ元副団長は。
ほぼ小走りになりながら、森の中をかけていく。
それでもここの所、色々あったし体力もある。
アイカたちも喋りはしないものの、ちゃんと付いて来ている。
本当は来てほしくなかった。
俺だけ行って、こいつらには安全圏に居て欲しかった。
俺はもう愛着がわいているのかもしれない。
もしも、この世界とこいつらを天秤にかける時が来たときは――。
頭を振る。
想像もしたくない事だ。
悪い想像を打ち払いつつ、歩みを進める。
草をかき分け、木々を避ける。
そうして何分進んだ?
周りの騎士は息も絶え絶えになっている。
辺境組はへっちゃらだが、内地組の騎士がひどい。
もう下を向いて、気力体力ともに削られている様に見える。
そしてもうそろそろ森を抜けるところで、元副団長が第一、第四、第五連隊を止めようとした時だった。
俺は元副団長のすぐそばにいた。
奇跡だった。
それは確率の問題で、誰が大将かという事で。
俺はお飾りだった。
それだけだったのか、運が良かっただけだったのか。
ブシィィィと大量の血が空高く舞い上がる。
元副団長の首は無くなり、立ち上る赤い液体は死を象徴していた。
何かが落ちてきた。
首だ。当然だ。
斬られたら、重力に引かれて首は地面に落ちる。
何を考えている。
緊急事態だ。
大将が殺された。
それを全員、呆然と見つめている。
ゆらりと元副団長を殺した不死族が動いた。
木からの奇襲だった。
影しか見えなかった。
アイカの嗅覚もイズモとシノノメの聴覚を掻い潜り、元副団長を殺しせしめた。
「不死族のノイ・アルマトランだ。この名を刻んで、死ね」
喋った。
話の通じる相手だと聞いていたが、ここまで流暢に喋るとは。
ノイ・アルマトランと名乗った不死族は、焦げ茶に近い肌の色をしていた。
普通に人間に見える。
その四本の腕を除けば。
肩甲骨辺りから第三と第四の腕が生えていた。
全ての手に剣を握り、軽そうな黒い鎧を着ていた。
眼光は鋭く、兜をかぶっているため髪型はうかがい知れない。
「全隊突撃」
雨が降っていてもよく通るその言葉は、全人類の破滅を意味していたのだろうか。
上下左右から不死族が雨の如く降り注いでいた。
待ち伏せされた。
完全に相手のペースに巻き込まれた。
「光の加護!!」
降り注ぐ混乱、雨。
どしゃぶりの戦場で、舞え。
感想待ってます。




