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80 果てに見えたものは

 一晩寝れば、それなりに気分は改善されていた。

 前向きになった訳では無いが、少なくとも女王を悪く思う事だけはよそうという考えになった。


 ベッドから起き上がると、俺をめぐる立場は激変していた。


「おはようございます。勇者様」


 勇者様、勇者様。

 王城のどこを歩いても、そうやって挨拶される。

 この短時間でもううんざりしている。


 顔も知らない奴に挨拶されるというのは、こんなに不快感が募るものなのか。

 怖いのはあっちは俺の事を知っていて、俺はあっちの事を知らないという事だ。


 ため息を吐いていると、前方に女王が待ち構えていた。


「おはようございます」

「あぁ」


 大丈夫だ。ムカついていない。

 普通だ。

 女王の事を悪く思う感情はどこかへ消えた。

 立て直した。

 良かった。一応はドワーフには世話にはなった。恩をあだで返すつもりはない。

 たとえ、勇者になってしまったとしても。


「ここで皆さんを待ちましょうか」

「まだ来てないのか」


 アイカたちはまだ部屋で寝ているようだ。

 無言のままアイカたちが起きてくるのを待つ。


 しかしおしゃべり女王は、すぐに口を開いた。


「気分は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」

「疲れてません?」

「あぁ、大丈夫」

「よく眠れましたか?」

「少しは寝れた」

「それは良くありません。ちゃんと寝ないと」

「明日から頑張るよ」


 そっけなく返していると、女王の頬がむくれた。


「つまんないです。もっとユーモア溢れる人にならないといけませんよ」

「なってどうするんだよ」

「そりゃ、女の人にモテるんじゃないんですか?」

「そういう考えがすでに駄目なんじゃないのか? 自然に溢れるようになれよ」

「分かってるならがんばってやってください。私は退屈です」

「女王が退屈でも俺は死なない」

「そういうのがつまらないって言うんですよ」

「そうかよ」


 何の意味も無いやり取りをしていると、その内シノノメが姿を現した。

 騒がしくワーキャー言い始めた。

 その声に導かれたのか、アイカたちも続々と姿を現す。


 すぐに全員集まって、朝食を取るべく、食堂へ向かった。





 向かった場所は食堂というか、会食場だった。

 かつてこんなに重苦しい雰囲気で食べる食事などあったのだろうか。


 王やその妻、子供。

 つまりは王族や貴族達と同じ席について、食事をとっている。

 横に座るアイカなんてさっきから何も食べていない。

 緊張でガチガチになっていた。


 会食場では横に馬鹿長い机に座って、何人も軒を連ねていた。

 どこの誰とも知れない連中と会話も無く、食事に励む。

 カチャカチャと食器が鳴る音しかしない。


 前まではバカ騒ぎしながら、食事を摂っていたものだが。

 上座には王やその親族、その次に貴族。

 下座に俺たちだ。


 勇者が下座ってなんだよ。なんて思ったが、ただ飯だし文句はない。

 それなりに美味いし、これが食べれるなら席順なんて関係ないだろう。


 特に何事もなく朝食を終えると、ここからが本題だったようだ。


 王が立ち上がり、全員が注目する。


「騎士団総団長のマクスウェルが死亡した以上、誰かが指揮を執る必要がある。それは副団長に任せるが、皆の希望となるのは、ユウキだ。それを重々承知して欲しい」

「あ、ああ……」


 騎士団総団長?

 つまりなんだ。

 マクスウェルはこの国の防衛のトップに立っていたという事か?

 俺は頭の整理で手いっぱいになり、適当に返事を返すばかりだ。


「今日にでも出立してもらい、不死の領へと移動してもらう。事前に騎士団にも通達してある。今日中に、不死の王のもとへと行き、討伐して欲しい。それが、私の、全世界の願いだ」


 



 激しく揺さぶられる。

 何も整理できないまま、俺は国を追い出された。

 武装を整えられ、馬車へと乗り込み、国民に見送られながら、騎士団と共に最前線へと移動を開始した。

 王都の中心街をたくさんの騎士団と共に歩き、希望の光となる事を周りの騎士は誓っている。

 

 たくさんの国民が騎士たちや勇者である俺に手を振っている。騎士は対応して手を振り返しているが、俺は下を向いて歩くだけだ。


 何の感慨も無い。


 昨日大会を行い、今日に出発する。

 普通は、もっと何かするものではないのだろうか。

 それとも最前線はそれほど切迫しているのか。


 だとしたら今更俺が行ったところで、状況なんて変わりはしない。

 人一人の力なんて、取るに足らないものだ。

 個の力は集団では活かせない。


 局地的勝利は、大局的勝利にはつながらない。


 たとえ俺が万の兵を殺しても、億の兵士が死ねば俺たちは負けなのだ。

 豪奢な馬車に揺られる。


 アイカたちも同乗している。

 装備は変わらず前のままだが、装飾品を渡されてゴテゴテになっている。

 身形が貧相だと言われ、渡されたものだ。


 全員誰の目もなくなった事を確認して、さっさと元の貧相な格好に戻った。

 いつかバカにした奴は殴る。


「……騎士団総団長だったんですね」


 この一言にすべてが集約されていた。

 シノノメとイズモも浮かない顔をしていた。

 俺の境遇はかいつまんで話してある。


 一体どういう事だ。

 なぜ騎士団総団長などという肩書を持つ奴が、俺たちを拉致した。

 意味不明。


 目的がはっきりと見えない。

 最初から見えていないが。


 では俺たちを襲った連中は全て、騎士団関係者?

 何故?


 そもそもどうやって拉致られた? 

 不明。


 何も覚えていない。


「どういうことだ」


 俺は頭を抱えて、馬車の床板を見つめた。

 木目が美しい。それが逆に俺をイラつかせた。


「くそ!」


 床板を蹴りつける。

 馬車全体が揺れて、御者が「どうかしましたか……!?」と慌てていた。

 何でもない事を伝える。


「訳が分からない! 何故だ。何故、俺たちを拉致した!? 何が目的なんだ……」


 言葉尻がしぼんでいく。

 抱えた頭はそのままに、かけられる言葉はない。

 誰も喋らなくなり、馬車が地面を蹴る音しかしない。


「何がしたかったんだ。マクスウェル……」


 故人が何を思っていたかなど分からない。

 生きている内にもっと徹底的に聞いておくべきだった。


 待てよ。騎士団。

 居るじゃないか。

 副団長が。


 いや、違う。

 俺を殺せるときなどいくらでもあった。

 毒でも仕込んでおけば、先頭を行く副団長は俺を殺せた。

 俺も完全に無警戒に朝食を食べていたし、仕込む時間は何時でもあった。


 俺を殺そうとする騎士団関係者はもういない……? 

 予想でしかないが、確率は高そうだ。


 ならば。居る。一人だけ。

 全てを知りうる人物が。

 何故、思いつかなかった。


 今更。こんな事に気付くなんて。


「はぁぁぁぁぁ……」


 長い溜息を吐いた。


 王。


 何を知っている。


 騎士団総団長より立場の上のお前は、何かを知っている。

 今すぐに聞きに行きたい。

 だが今は無理だ。


 四方は騎士団に厳重に囲まれているし、俺一人が脱走するなんて不可能に等しい。

 なにしろさっき国中に見送られた後、俺一人の事情で戻ってほしいなんて言っても、戻れるはずがない。良い恥さらしだ。

 では、俺一人でも強引にこの包囲網を突破できるかと言えば、それは不可能だ。


 騎士団は数千単位で動いているし、俺が何しようと止められる。


 もはや、俺は不死の王を殺して、生きて帰るしか、復讐を終える事は不可能な位置にいる。

 せめてマクスウェルの立場についてもっと早く知って、行動を起こす事が出来ていれば。


 悔やまれる。

 あと一歩で真相に迫れるはずだったのに、俺の間抜けのせいで、チャンスをふいにした。

 

 体中が後悔で震えた。


 しかしこれは確度の高い予想だ。

 王は何かしら知っている確率が高い。

 なにしろ、この国のトップ。


 仮に知らなくても、不死の王を殺した勇者の頼みを無下にはできまい。


 ここで一つ恩を売っておけば、確実に何かしらの情報が手に入る。


 できる。

 いけるぞ。


 不死の王を殺し、恩を売る。

 そして王から誰が俺たちを拉致したのかという情報を調べてもらう。


 道が見えた。


 不死の王。

 この戦争。

 勝つしかない。

 負ければ、全人類が死ぬだけでなく、復讐の対象者すら勝手に死んでしまう。


 それだけは許さない。


「お前たち、やるぞ」


 顔を上げて、四人の顔を見た。


「不死の王を、殺す」

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