79 利用
バカな。
バカなバカなそんなはずはない。
失敗した。失敗してしまった。
まさか自殺するとは。
俺は呆然として俺の下で死んだマクスウェルを見つめた。
顔は安らかで、笑みすら浮かべている。
やってやったという、任務完遂の達成感すら見て取れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
息が荒い。
情報が。皆の仇を撃つ、か細い蜘蛛の糸が無くなってしまった。
「くそぉ!!」
地面を叩く。
マクスウェルは完全に即死だった。
心臓と喉を切り裂き、これでもかというほど血を垂れ流していた。
どうしたらいい。死から復活させる方法などない。
生物は死んだら生き返らないんだ。
選考会関係者が慌ててマクスウェルに群がり始めた。
治療を試みようとしているが、すでに手遅れであることは、素人目でも分かる。
人間族側の通路から覗く水魔法を使っていた女も自殺して、騒動になっていた。
この分では前に見たマクスウェルの仲間は全員死んでいるだろう。
終わった。
俺の復讐は、また最初からやり直すことになった。
◇
マクスウェルの死というアクシデントはあったが、俺は全人類の期待を背負う勇者となってしまった。
すぐに世界全土に俺の名前が轟きわたり、俺は不死の領まで赴く事になるだろう。
推薦人の女王に連れられて、王城まで移動した。
衛士に連れられて、馬鹿でかい城に入った。
俺は抜け殻にでもなった様になっていた。
何も目に入らない。
頭に渦巻くのは失敗した事だけ。
そしてこれからどうしていけば良いのかという事だ。
金の問題は解決してしまった。
優勝賞金がその内、新しい口座に振り込まれることになるだろう。
金貨一万枚だ。
この金。どう使うべきだろうか。
私財を投げうち、捜索隊でも編成するべきだろうか。
しかし信用できる人材なんていない。
仮に金を渡しても、情報何て手に入らず金だけ散財するのがオチだ。
これからの方向性を考えていると、女王が話しかけてきた。
「ユウキさん。悩んでも仕方ありませんよ。自殺したのはマクスウェルの方ですから」
そういう事ではない。
死んだことが重要なのではない。
何も吐かず死んでしまったことが重要なのだ。
勘違いしたまま女王が話しかけてくる。
それを生返事で返していると、衛士がドデカイ扉を開けた。
良く見ると装飾がとても凝っていて、これだけでもとても値段が付きそうだ。
それだけではない。
周りの彫刻品やそれ以外の物品。
全てにおいて、何かしらの加工がされている。
実用性という点においては何にも価値がないが、観賞用としてこれらはどれだけの価値を持っているのだろうか。
残念ながら綺麗、という事くらいしか感性を持ち合わせていない俺では表現しきれなかった。
衛士が重そうな扉を開けると、中にはたくさんの人がいた。
どいつもこいつも宝石などで装飾された洋服を着ていた。
ゴテゴテに彩られた装飾品。
肥え太ったその醜い体。
あまり見ない肥満体系の人物が大半を占めている。
特権階級という奴か。
皆自然、俺たちに目線が向けられた。
女王が先頭を歩き、それに付いて行く。
近づきたそうにしているが、まずは王とやらに挨拶しに行く必要があるらしい。
あそこでふんぞり返っている男の事か。
というより、あいつはマクスウェルと一緒にいたもう一人の男だ。
あいつが王だったのか。
それは人代表の推薦者であることも頷ける。
女王がまずは跪き、頭を下げた。
親衛隊隊長も同様の所作を取っている。
アイカたちもああやれと促し、俺も頭を下げておく。
なぜ知らない奴に頭を下げないといけないとか、思ったりしないでもない。
でも相手は一国の王だ。
知らずとも頭は下げておいた方が無難そうだ。
「頭を上げろ」
「はい」
女王が頭を上げたことを確認して、俺たちも上を向く。
「後ろのがそうか」
「はい。ユウキです」
「マクスウェルより強い人間がいるとは、思わなんだ。マクスウェルも不可解な死を遂げたが、ユウキは何か知っているか? あいつは何か言っていたか?」
いきなりおっさんに呼び捨てにされた。
むかつく。
それでも顔に出さないようにした俺を褒めて欲しいくらいだ。
「……覚えてません。必死だったので」
適当にお茶を濁しておく。
実際は不死の王がどうとか言っていた。
細部までは覚えていない。
「そうか。それも仕方あるまいて。命を懸けた死闘を繰り広げていたのだから」
「……はい」
つまらない。
早く帰りたい。
……どこに?
帰る場所なんて――。
「ユウキの後ろの四名は?」
女王が応対する。
「ユウキの仲間です」
「そうか。では、勇者となるユウキと同行するか?」
それは不死の王と戦うという事を意味しているのではないか?
靄のかかる頭で、そう感じ取った。
ゆっくり後ろを振り返った。
困惑気味だが、一応は全員頷いていた。
しかし首を横に振る雰囲気ではない。
これでは行きたくなくても、そう言うことはできなさそうだ。
アイカたちには同情する。
「不死の王の居場所は、情報として入っている。騎士団を総動員して、これから討ちに行く。ユウキにも戦線に立ってもらう事になるだろう。そのための勇者という肩書だ」
そうかよ。
もはや強制だ。俺の意志など介在していない。
無気力にも近い感情を抱きながら、適当に応対していると、女王が立ち上がり、その場から離れた。
王も側近に耳打ちされて、どこかに行ってしまった。
どうすれば良いのか分からない。
とりあえず、女王に付いて回り、ぶくぶくに太った連中に挨拶する。
なぜこんなやつらに頭を下げているのか、全く分からない。
こいつらは戦わないんだろう。
なのにこうやって安全圏からふんぞり返っている。
そうして前線で戦う人たちの手柄を我が物顔で語り、自分の手柄として奪うに違いない。
こいつらはハイエナだ。
今も俺に愛想のいい笑顔を振りまいているが、これは布石だ。
騙されてはいけない。
そう思うと、女王の応対にも疑問がわいてきた。
この人も良い顔しながら、自分の顔を売っている。
利用されている。
途端に何もかも胡散臭くなってきた。
なにが世界最強の勇者だ。
ふざけるな。
別になりたくてなった訳じゃない。
仕方なくやっていただけだ。
それをどうして誰も理解しようとしない。
女王は俺が金以外興味ないのは知っているだろう。
なのにそれでも、何も言わない。
それは女王が俺の立場を利用しているからだ。
無意識に拳を握っていた。
どいつもこいつも……!
一人にさせてくれ。
今はこんな人の多い所に居たくない。
「女王、気分が悪い。どこか部屋で休ませてくれ」
「え、本当ですか? どうにかなりませんか?」
ほら見ろ。
俺を休ませる事より、自分の事を優先している。
完全に利用されている。
いや、最初から利用されていた。
最初からそうだった。
どいつもこいつも俺を利用して、何かを達成しようとしている。
自分たちには全くリスクを負わず、俺にリターンだけを求めているのだ。
「悪い、ぶっ続けで戦って疲れてるんだ」
女王の静止を聞かず、入ってきた扉から出た。
後ろから女王が追いかけてきた。
冷めた目で見てしまう。
どうにもいけない。
疲れているんだ。厚意を俺だって受け取っている。
色々あって投げやりになっている。
「それではどこか部屋を借りましょう。すみません。よろしくお願いします」
扉の前に立っていた守衛に案内をお願いした。
アイカたちも空気に当てられて、疲れきったような顔をしていた。
とにかく横になりたかった。
休みたい。
一日で三戦もやったし、そこから王城まで移動して顔合わせ?
バカだ。
他人の気持ちと疲れを考えろ。
割り当てられた部屋は五つもあった。
一人一部屋だ。
この期に及んで、シノノメも一緒の部屋が良いとは言わなかった。
部屋の中に一人で入った。
ここも立派な部屋だ。
ただ寝るだけの部屋にこんなに装飾は要らない。
ベッドもこんなに大きくなくていい。
全てが大きすぎて、自分がスケールダウンしたようだ。
呆然と扉の前で立っていると、扉がノックされた。
扉を開けると、守衛が俺の防具を持って立っていた。
そう言えば預けていたのだった。
守衛を中に迎え入れ、装備をそん辺においておいてもらった。
さっさと外に出てもらって、正真正銘一人になる。
フカフカのベッドに身を沈めると、すぐに眠ってしまった。
感想待ってます。




