73 言えた義理じゃないが
右前腕、左肩、両足。
俺はクイーンの口の中で、突っ張り棒の如く踏ん張っていた。
前述の四か所でクイーンが口を閉じる事を必死に妨害している。
もちろん無傷じゃない。
全身を黒鉄石の防具で固めているにもかかわらず、クイーンの歯は余裕でそれを砕く。
歯はそのまま俺の肉に抉り込んできた。
神経をかき乱し、痛覚信号を爆発的に増加させた。
四か所からの死にも等しい鋭い痛みに絶叫する。
「ぐぁああああああぁぁぁっぁああぁ!!」
痛みと必死に踏ん張る気概が交錯した。
絶叫は二つの意味を有し、クイーンの口の中で抵抗する。
ここで果てれば、俺は粉々に噛み砕かれて、終わる。
死んでしまう。
イズモが矢を放った。
もはや避ける素振りすらなかった。
体に突き刺さってもちょっと顔をしかめるだけだった。
イズモが顔面を狙わないのは、俺がいるからだ。
俺にもしも流れ矢が行ってしまったら、死ぬのはクイーンではなく俺になってしまう。
イズモは俺が死ぬこととクイーンに致命の一撃を与える確率を天秤にかけたとき、傾いたのは俺の命だった。それだけだ。
「イズモ、やれ!」
「ですが……!」
そう言いながらも、イズモは準備する。
シノノメがスッとイズモの後ろに待機した。
「シノノメ、分かってるな――がぁっ!」
一層クイーンの顎の力が強くなった。
ほとんど屈んだ状態になっている。俺は口の中で上半身と下半身、全身の筋肉を躍動させて、どうにか生きながらえている状況だ。
いつまで持つか分からない。
この体勢に持ち込めたのも、奇跡に等しい。
クイーンの咬筋力は普通じゃない。尋常ならざる顎の力で、何もかも噛み砕くその性質は、恐ろしい物がある。
それに耐えきっている俺も尋常ではない。
だが、そういう話をしているのではない。この状況を切り抜ける方法があれば、何でも使うべきだという事だ。
シノノメが苛立ち交じりに「分かってるわよ!」というと、鞭でイズモを叩いた。
等価強化開始。
連続攻撃がイズモを滅多打ちにする。
シノノメも強くなって、等価強化の効率も上がっている。
キマイラ戦のように無様な事態にはならない。
何度も何度も鞭を振るいながらも、イズモの目は一点を見つめている。
脳天。
一撃で仕留める気だ。
そうして十発以上鞭の洗礼を受けると、イズモは矢を抜いた。
弓につがえ、狙いを定める。
クイーンはイズモの雰囲気が変わったことを直感して、一歩下がった。
「デケぇんだよ」
鏃合わせで一直線に矢が脳天に突き進む。
さっきまでの矢のスピードではない。
目で追い切るなんてとても出来たものではない。
それでも狙いがバレバレだったのか、クイーンは右掌で矢を防いだ。
しかしそれは防いだと言っていいのか。
さっきまでだったらイズモの矢は表皮を削るだけに留まっていた。
だが、今回の矢はどうだ。
完璧に掌を貫通し、反対側まで抜けている。
アイカの初撃以来のクイーンの叫び声が広間内に響くことになった。
叫ぶというのは口を動かすという事だ。
こと絶叫というのは、大口を開ける。
「ピガァアアアア!!」
クイーンの顎を閉じる力が無くなった。
むしろあ行を叫んだことで、口が開いた。
俺は転がるようにして、クイーンの口の中から脱出した。
着地は綺麗に決められたなかった。
無様に転がり、そのまま転がっていた。
回転しながら見えたのは、イズモの連続攻撃がクイーンに襲い掛かっていた事だ。
必殺の一撃となり得る鏃合わせと等価強化のコンボにより、クイーンはたじたじになっていた。
体の各所を矢で貫かれ、血を吹き出している。
さっきまで痛痒にも感じていなかった攻撃だったはずなのに、いきなり強くなった矢の攻撃力にクイーンは完全に混乱していた。
しかしクイーンもやられっぱなしでいた訳じゃない。
反撃を挟む余地はある。
イズモが矢と矢を放つ間隔。
その時間を縫って、クイーンは土魔法を行使してきた。
俺は光魔法で自身の体を癒しながら、イズモの名を呼ぶ。
イズモは分かっているとばかりに、土魔法が射出される前に動き出していた。
横移動して的を絞らせない。
そうしながらも、イズモは矢を放っている。
アクロバティックだ。
魔法を避けるため跳びあがり、その体勢で矢を撃つ。
クイーンは矢を避けるため、必死になって体を傾けた。
その瞬間、影が飛んだ。
いや、跳んだ。
アイカが後ろから跳びあがり、クイーンの頭にしがみ付いた。
「死ね」
さっきのお返しとばかりに、短剣をクイーンの右目に付きこんだ。
アイカは一回短剣をひねり上げ、すぐさま飛び離れ、逃走に移った。
クイーンは一瞬の出来事に、現実が追い付いていなかった。
何をされたのかも分からず、呆然と立ち尽くしている。
するとクイーンはおもむろに右手をぐちゃぐちゃになった右目に当てた。
ぬるっとした感覚があった事だろう。
そして激痛も。
「ピギャアアアアァァァアアアア!!」
アイカは薄気味悪く笑っていた。
ヒッヒッヒと。
意地が悪い。
死にかけたさっきのこともあり、アイカはさっきから機会を伺っていた。
そしてイズモが上手く誘導したのを確認すると、飛び出していった。
あとはさっき見た通りだった。
巨体がのた打ち回り、激震が地面を揺らす。
ピギャアアと叫びながら、クイーンは潰された右目を両手で覆っている。
その隙にまだ蹲っているルイちゃんのもとに駆け寄った。
「まだ行けるな」
「よ゛ゆ゛ぅ゛!!」
ルイちゃんの鎧も死体との激突によって、砕けていた。死体も黒鉄石の鎧を付けていたから、こうなるのも仕方がない。
重装備だったおかげで、アイカのように気絶しなかっただけましと言える。
光魔法で治療して、後ろを振り返ると、怒りに煮えたぎるクイーンが仁王立ちしていた。
怨敵を見るかのような目線には、若干恐怖を覚えた。
だが、その怖いという感情も今更だ。
「こっちは無傷だぞ。クイーン。それだけか?」
こちらの安い挑発も分かりはしないだろうが、言ってやりたかった。
最初の被害こそデカいが、こっちには光魔法がある。
「即死攻撃でもするんだな」
駄目になった腕当てを捨てて、少しだけ身軽になる。
今の俺は重戦士としては、戦い方が少し軽い。
エストックを使っているのが、その最たる例だ。
もっと重い武器を使って、攻撃力を最大に発揮したい。
だが、武器を買う金はないし、魔法銀は魔法が強化される利点もある。
「火槍!」
エストックを引き抜きざまに、火槍を飛ばした。
これはクイーンの土魔法によって迎撃された。
相殺だ。
魔法の素養も高いようだ。
エストックの補助を受けた火槍を相殺するレベル。
右だ。右目が潰れたことによって、クイーンは視界の半分程度をなくしている。
「俺が牽制役だ。右から行け」
短く伝えて、火槍をバンバン撃つ。
左目しかないクイーンは俺の攻撃に手一杯になっている。
俺の攻撃を無視して、右から来るであろう奴らに反撃を喰らわせたいはずだ。
でもできない。
俺の火槍はどうみても致死性だ。
それはクイーンの土魔法が証明している。
クイーンの土魔法も喰らえば命が危ない。
それと同等レベルの火魔法を喰らえば、如何にクイーンと言えど死ぬ可能性がある。
無視したくてもできない状況に、クイーンは追い込まれている。
そうこうする内に、ルイちゃんが真っ先にクイーンのもとまでたどり着いて、攻撃を加えた。
空間が震撼するほどの大音声を吐きだしながら、巨大ハンマーをクイーンの横っ腹にぶち当てた。
「ピギャロッ!!」
訳の分からない断末魔だ。
黒鉄石でできた超重いハンマーの一撃。加え、ルイちゃんの怪力によってクイーンが少し後退した。
「うぉっしゃあ!!」
ルイちゃんがガッツポーズをする。
初めてまともに連携して入れた一撃だ。
これを繰り返せば、生物であるクイーンは死ぬ。
しかしこの作戦の核となるのはだれかと言えば。
「俺だよな……」
クイーンも同様の狙いになり、ルイちゃん以下四名を完全に無視して、俺に近づいてきた。
口からはよだれをまき散らし、体中から血が滴っている。
それでもクイーンはまだ動く。
本当に二足歩行生物かと思うような動きをしている。
地を這うように、それこを蜘蛛のように俺に向かっている。手と足を使って地面を移動して、クイーンは口を大きく開けている。
突進して、そのまま食う気だ。
その行動は分かるが、悪手だろう。
「火槍!」
大きく開ける口に火槍を飛び込ませようとするが、やっぱりフリだった。
俺を視界に入れようと、クイーンが位置取りをすると、そのまま立ち上がった。
俺は左に移動して、クイーンの潰れた右目の範囲に入ろうとする。
クイーンはさせじと、その場で回転する。
俺は負けじと移動をする。
クイーンが回転。俺が移動。回転。移動。移動。回転。
「キリがねぇ」
当たり前だったが、有利な条件で戦いたいというのはどちらも思う事だ。
けど、時間がかかるのは結構。
「俺は一人じゃない」
4人が一斉に攻撃を開始した。
イズモの矢を起点に、アイカの短剣、ルイちゃんのハンマー、シノノメの鞭がクイーンを一撃する。
三メートルもあるクイーンの上半身を攻撃するのは至難だ。
イズモだけ胴体を狙い、他は下半身に集中砲火した。
貫かれ、叩かれ、潰され行くクイーンの下半身。
クイーンが膝をついた。
俺だけが何もしていない。
それだけは駄目だ。
俺はリーダーだ。
俺が行動を示すことで、士気が上がる。
膝をついたから、クイーンの頭もすぐそこだ。
地面をけり出し、跳びあがった。
「兜割り!!」
エストックではやや心許ないが、それでも頭を攻撃したという事実はアイカたちにも希望がわき上がる。
そして、存外悪い攻撃じゃなかった。
「ピギャぁ……」
クイーンは案外、そのまま崩れた。
だが、死んだわけじゃない。
攻撃をされがらも、何とか立ち上がろうとしている。
いや、立てていない。
脳震盪でも起こしたか。
全員チャンスだと分かって、これでもかと武器を振る。
「待て」
ビタッと全員動きを止めた。
そして猜疑の目を向けてくる。
「そういうのじゃない」
情けでも掛ける気かと全員に疑いの目を向けられた。
「効率が悪いんだ。こうやれ」
エストックをクイーンに差し向けて、火槍を展開できるだけ展開した。
十数本の火槍が空中に浮かぶ。
クイーンが俺に手を伸ばした。
目からは涙が流れ、命乞いをしている。
「言えた義理じゃないが、お前は死んだ方が良い」
その言葉を残し、一斉に火槍を射出した。
洞窟内が震撼し、爆発音が轟きわたる。
爆炎が辺りを埋め尽くし、全員顔をしかめた。
最後に残ったのは、黒こげになった巨大な婆の死体が一つだけだった。
やっとこの面白くない所が終わります。
次が面白いかは知りませんが。
感想待ってます。




