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72 クイーン

 部屋というか大広間に似た場所に出た。

 薄暗い。

 それでも空間の把握位はできた。


 途轍もなく広い場所だ。

 さっきまではただの通路だったのに、ここだけ意図的に作られたという印象がある。


 それもそのはずだ。

 あいつがいるからだ。


 あいつのためにこの空間は作られている。


「あれがクイーン……か?」


 確かに話に聞いていた通りデカい。

 下手したら三メートルくらいはある。

 あのデカさだと、いつか戦った賞金首を思い出す。

 あいつは意図的に大きくなれるスキルを持っていた。


 だが、クイーンと思しきノームは違う。

 素であのデカさだ。ノームが大体一メートルくらいだから、三倍はある。


 クイーンだ。

 確定だ。

 ほぼあいつがクイーンで確定。


 クイーンは俺たちに背を向けて、食事に精を出していた。

 食事は黒鉄石と聞いていたが、そうでもないらしい。


 主食が黒鉄石なだけで、タンパク源は他から摂取する必要はあるだろう。

 俺だって米が主食だが、肉だって食う。


 要は雑食だ。

 クイーンも雑食だ。

 肉だって食うし、金属だって食べる。


 今はお肉の時間らしい。


 昨日死んでいったドワーフを咀嚼していた。

 首を千切られ、腕をもぎ取られ、バラバラにされると、口の中に放り込む。


 金属だって食べる強い顎だ。骨なんて関係なくガリガリ削る。

 砕き、咀嚼して、呑み込む。

 その際血が滴るのも忘れてはいけない。


 ドワーフの体に詰まった大量の血が、地面に滴り落ちる。

 バチャチャチャと連続した粘っこい音がする。

 一つ食べれば次のドワーフを食べる。


 いや、良く見ればノームの死体もある。

 これから食べるであろう死体の中には、ドワーフとノームが入り混じっていた。

 

 これではっきりした。

 クイーンは同族喰らいだ。

 だからオスのノームは近寄らない。

 だが、食料を配給するノームは確実に必要になる。


 配給したは良いが、そのあと殺されてクイーンの胃袋の中に入っていく運命にある。

 だからこそ、ノームは畏怖と敬意をこめてクイーンに近づかない。


 それがあるからこそ、今俺たちは生きているのだが。


 俺たちはすぐに行動に出た。

 アイカが走り出す。


 音が無い。するすると地面を滑るように走っていく。

 そして到達する。

 食事するクイーンの背中に短剣が突き刺さった。


「ピガァァァアアア!?」


 三メートルもある巨体が揺れる。

 地面にひっくり返り、ドシンと音がした。


 アイカが素早く離れるころには、全員駆け出していた。


 巨体を揺らして起き上がろうとするクイーンに群がる。

 クイーンが振り向いた。

 目があった。


 生理的に無理。直観的に思った事だ。

 相当に醜いような老婆の顔をしている。

 肌も汚いし、ゴツゴツしていそうだ。


 ドワーフから奪ったのか貴金属を身に着けている。

 でも体に合っていないから、どこか不恰好になっている。

 豚に真珠という言葉が似あい過ぎている。


 そのクイーンが死体の山に、手を突っ込んだ。


 何をする気か分からなかったが、次の瞬間には豪風が俺たちに襲い掛かった。

 クイーンは死体を二つ手に取って、それを武器にしている。

 どっちもドワーフだ。


 筋肉の塊のドワーフを振り廻し、俺たちに振りおろし、殺そうとする。

 人間兵器だ。

 違うか。ドワーフ兵器だ。


 三メートルの高みから振るわれるドワーフたちに俺たちはしり込みした。


 武器だったらガツンと受け止めるが、これが人の体になると話が違ってくる。


 クイーンはドワーフの足を持って、振り回してる。

 そうなると腕が攻撃する部分になって、まるで鞭みたいになる。


 剣で防いでも、防ぎきれない可能性が出てくる。

 それに気が引ける。

 いくら死んでいるとはいえ、死体に鞭うつような行動はいかがなものか。


 もうクイーンが鞭のように使っているから問題はないのだろうか。

 

「ピギャギャギャギャギャ!!」


 優勢を感じ取るクイーンが笑い始めた。

 初撃以外は、完璧に封じられている。


 避けるので精一杯だ。

 しかし致死率100%という恐ろしさは感じない。


 むしろキマイラの方が怖かった。

 あいつは魔法が堪能だったし、動きも早かった。

 それに比べ、クイーンは図体だけだ。


 真正面から行かなければ、やりようはあるように思えた


 そうか。

 真正面か。

 だからドワーフは、こいつに勝てないんだ。


「イズモ、側面から行け」

「分かりました……!」

「ルイちゃんは俺と正面だ。我慢しろよ」

「分かってるわ。無茶はしない」


 各自散開する。

 シノノメは俺たちの後ろにつく。ここが一番安全だ。

 アイカは自由に動いている。ちょこまかして、クイーンの死角に入ろうとしていた。


 イズモが走る。狙いを定めていた。


「鏃合わせ……!」


 矢が放たれた。一直線にクイーンのわき腹に刺さった。

 深く抉っている。


 だが、そこまでの深手ではないようだ。

 クイーンはイズモを一瞥すると、俺とルイちゃんに向き直った。


 ドワーフ鈍器を振り下ろした。容赦ない打撃だ。

 下がって避ける。鈍器が地面にぶつかって、ドワーフの遺体が凹んだ。


 そんな事はお構いなしに、クイーンは攻撃を繰り返す。

 体力が無尽蔵かと疑いたくなる。


 ドワーフは軽くない。 

 装備だって付けっぱなしで死んでいるようだし、それなりの重量があるだろう。

 それを両手で持っている。


 相当な怪力だ。


 怪力の暴風を掻い潜り、接近を試みるが、それも無駄に終わる。

 両手の連続攻撃に、隙はなかなかない。

 

 適当に振っている様に見えるが、かなり考えられている。

 バカではないようだ。

 これは、ドワーフが死ぬわけだ。


 もういい。

 別に接近する必要性なんかない。


 一歩下がりつつ、エストックの切っ先をクイーンに向けた。


「火槍」


 真っ直ぐ紅蓮の炎が直進する。

 クイーンは右手に握っていたドワーフの死体を盾にした。

 

 攻撃の余波でドワーフが遠くへ飛んで行った。


 クイーンは飛んで行ったドワーフを見ている。

 武器が無くなってしまった。その程度にしか見えなかった。


 こっちを再度見る。


 左手に持っていたもう一つの死体を千切り始めた。


 後ろでシノノメが「うぇっ」とえづいた。

 手で引きちぎったり、頑丈な歯で千切り取る。


 そうしてバラバラにした部位を投げ始めた。

 ドワーフの四肢や頭が間断なく飛来する。


 血の軌跡を描きながらドワーフやノームの体の一部が俺たちに迫りくる。

 もう死体がどうとか言っている次元ではない。


 対処しない限りこの攻撃が続く。


 クイーンはゲッゲッゲと笑いながら、死体を千切っては投げ続ける。

 あんなの当たったら絶対気絶する。

 良くて痛いと泣き叫ぶ。


 全身に鎧は付けているが、体が飛んでくるという非日常は俺の体にビシバシ違和感を与える。

 回避に回避を重ねているうちに、アイカがクイーンに近づいていた。


 クイーンは接近に気付き、アイカに死体を放り投げる。

 アイカは間一髪でそれを避けると、短剣を構える。


 クイーンが尻込みしながら、死体の山に両手を突っ込んだ。

 まずい。タイミング的に間に合っていな――。


 ドゴッと変な音がした。

 クイーンがアイカの攻撃より早く、迎撃を成功させた。


 アイカが死体に殴られて、ぶっ飛んだ。

 何かが割れる音と共に、アイカの体が物のように転がっていた。


 動かない。

 ぐったりとして微動だにしていない。


 醜い老婆のクイーンはアイカに近寄っていく。

 殺される。


 死体を引きずり、クイーンがゆっくりとアイカに向かっていた。

 イズモが矢を射かけるが、死体の盾に防がれた。

 連続して撃つ。


 クイーンは鬱陶しそうに矢を打ち払う。

 全く当たらない。


 それでも貴重な時間稼ぎだ。

 アイカに駆け寄った。


 左腕が折れている。左大腿骨も折れている。

 ようは左半身がバキバキに折れていた。

 曲がってはいけない方向に体は曲がり、アイカは意識を手放していた。


 まだ死んではいない。

 うっすらだが呼吸はある。

 外傷性のショック死だけは免れている。


 すぐに治療を始めた。


癒光(ヒール)……!」

 

 心臓マッサージでもするかのように手をかざした。

 癒し手も併用して全力で治していく。


 遅い。

 まだ治らない。

 傷が重すぎる。

 黒鉄石の薄い鎧からでも分かるくらいの痛手だ。


 簡単には治らない。

 後ろからクイーンが迫る。


 ルイちゃんが俺の後ろからに躍り出た。

 巨大ハンマーを振り廻して、クイーンを牽制している。


 それもすぐに終わる。

 俺と同じくかなりゴツイ鎧の上から、ドワーフの死体が叩きつけられた。

 ルイちゃんもアイカ同様に吹き飛ばされた。


 あっという間に戦線が瓦解した。

 ルイちゃんが居なくなったら、俺が全員を守るしかない。


 クイーンがシノノメに向かうのではないかと危惧したが、杞憂のようだった。


 真っ直ぐ俺とアイカに向かってきている。 

 治れ、治れと心の中で繰り返し念じつつ、エストックを鞘に仕舞い込んだ。


 汗が垂れる。

 まだ治らない。

 骨は接合しつつある。


 アイカの意識レベルも回復しているに違いない。

 アイカの目が少しだけ動いた。

 それに少しだけ安堵すると、ルイちゃんが乱れた声で叫んだ。


「避げ、なざい!」

 

 電撃にでも撃たれたかのように一瞬だけ硬直した後、アイカを抱えて横っ飛びした。

 今いた場所からグシャッと何かが潰れた音がした。

 

 熟れたトマトが潰れたように血をまき散らすドワーフの死体。

 後ろを振り返ると、クイーンと目があった。


 クイーンが片方死体を手放した。

 軽くなった片手で俺を掴もうとしている。


 アイカを放り投げた。

 なんでこんな行動を。


 俺も一緒に逃げればよかった。

 

「ぐぉ……!?」


 クイーンの大きな掌にがっちりと掴まれて、俺は捕まった。クイーンがニターッと笑った。

 唇が異様に吊り上り、意地悪い笑顔を浮かべていた。


 俺を掴んだまま、クイーンの口が大きく開いた。

 必死に抵抗する。

 ゆっくり確実に俺が食われようとしている。


「鏃合わせ!!」


 イズモが矢を放った。横っ腹に直撃した。それでも小揺るぎもしていない。

 ノーダメージだ。

 閉じられた掌から脱出を試みる。全力を振り絞って、若干だが余裕が生まれた。


 肘を突っ張ってさらに隙間をデカくしようと行動をする。

 しかしクイーンは鼻で笑い、もう一方の手に握っていたドワーフの死体を捨てた。

 フリーになった片手を合わせ、両手で俺をがっちりつかんだ。


「ぐぅぅぅうう……!!」


 凄まじい圧力が俺の全身に襲い掛かってきている。

 鎧が軋んでいる。このままでは割られる。

 いやそういう心配ではない。

 その前に、喰われる。


 クイーンが口を開ける。

 イズモが矢を撃つ。

 無傷に近い。クイーンは完全に矢を無視している。


 そして、クイーンは真上に俺を放り投げた。 

 

「うぉわ……!」


 空中に放り出され、俺は落下するだけだ。

 くるくると回転して、視界すら定かではない。


 最後に見たのは、びっしりと並んだクイーンの歯だった。


 俺は自由落下し、クイーンは思い切り口を閉じた。

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