71 大事と使う
シノノメの等価強化と調教師のコンボで、敵陣をかき乱すという戦法はとても使う事が出来た。
調教したノームを先行させて、先に戦闘に引きずり込み、その後俺たちが乱入する。
これをするだけで、ノーム達はあっさり陥落した。
仲間が攻撃してきたという混乱と人間たちの襲撃という動揺。
二重の揺さぶりで、ノーム達の連携は崩れ去った。
もちろん反撃が無い訳ではない。
立て直されれば、きっちり攻撃してきたし、怪我もした。
しかしそこは俺とルイちゃんが居る。
盾役の俺たちが何とか魔法を防ぎ、その間にアイカとイズモがノームを殺す。
特にイズモが良い。
こういう時に遠距離攻撃ができる奴がいると、大変心強い。
俺とルイちゃんが頑張って魔法を防いでいる間に、矢でノームの数を減らしてくれる。
アイカもどうにか魔法を避けて、ノーム達を殺す。
一回戦闘する毎に、一体ノームを使い潰すので、新たにノームを一体調教する。
アイカが羽交い絞めにしたノームをシノノメが鞭でぶっ叩く。
それだけで大人しくなり、ノームはシノノメの言いなりとなる。
そんな事を繰り返すうちに、最奥まで来る事が出来た。
とにかく、行き止まりだ。
道を間違えたとかそういうのではない。
別に出口があるわけじゃないし。
たまたま進んでいた方向は、ここが一番奥だった。それだけだ。
案外、簡単だった。
いや、違うな。
シノノメのおかげだ。
あとでうんと誉めてやろう。
「ルイちゃん、これ黒鉄石ある?」
行き止まりとなっている壁をコンコンと叩く。
素人目では分からない。
ルイちゃんが近寄って、う~んと唸った。
「多分、大丈夫だと思うわ。家で見たことある黒鉄石に似てると思うし」
「じゃ、ルイちゃん、ハンマーで砕いてくれない? できるだけ持って帰りたい」
「分かったわ」
ルイちゃん以外は下がって、岩壁を砕くのを見守る。
ガンガンかなり音が響いている。
これは、かなりまずいかも……。
数回たたくと、イズモとシノノメが騒ぎ始めた。
「やばいですって!」
「こっちきてるわ!」
ルイちゃんが砕くのをやめて、持てるだけ黒鉄石を抱えた。
俺も右腕で数個持った。
「もういい、行くぞ!」
五人とノーム一体を従えて、洞窟内を疾走する。
帰り道は把握しているつもりだった。
それでもノームの出方次第で、帰り道を変えなければならない。
「前と左! 来てるわ!」
シノノメが叫ぶ。確かに前方からノームがたくさん来ていた。
「ノームを先行させろ! 俺たちは右に曲がる!」
シノノメの命令を受けて、ノームが俺たちを追い抜く。
走りながら魔法を使い、前に居るノーム達を牽制した。
それに驚いて、ノーム達が身をかがめて土魔法を避けている。
これで少しは時間稼ぎができる。
ノームを残し、曲がり角を右に曲がった。
ノームを十字路に残した。
あいつがどれだけ足止めできるか分からない。
俺たちはひたすら走る。
洞窟内は騒然としていた。
どこからともなく、ノーム達の鳴き声がした。反響してどこから聞こえてくるのかすら、定かにならない。
ここに至って、イズモとシノノメの耳が機能しなくなった。
アイカもあちこちから臭いがするとか言って、あまり役に立たない。
後ろからも来てる。前からも。右も左も。
やばいやばいやばい。
どうするってんだよ。これ。
囲まれてんじゃねーか。
採掘しただけでこんな騒ぎになるなんて。
どこか一点だけでも突破しないと。
火力が要る。
十字路のど真ん中で立ち往生する。
腕に抱えていた黒鉄石を捨てた。命あっての物種だ。
ガラガラと黒鉄石が落ちる音と共に、エストックを引き抜いた。
「火槍!」
前方のノーム達に火槍を向けた。
間髪入れず発射して、ノームを葬り去る。
数発叩き込んでいると、三方向から魔法が飛んでくる。
「行け行け!!」
前に全力で走る。
それでも後方から撃たれた魔法だけは回避のしようがない。
俺だけがあいつらの盾となって、魔法を撃ち落とす。
ガンガンガンガン石の礫を撃ち落とし、その場に縫い付けられる事を余儀なくされる。
こうしている間にも左右の十字路からノームが来ている。
魔法を防ぐのも限界だ……!
苦肉の策だ。
対処するには今しかない。
エストックを振りながら、光魔法を使う。
「閃光!」
光の弾が十字路のど真ん中で炸裂した。
カッと光り輝き、ノーム達の動きが鈍った。
その隙に逃げ出す。
先に行ったアイカたちに追いつき、右に左に曲がりまくる。
それでもいつの間にか、ノーム達に囲まれている。
もうまっすぐ行くしかねぇ!!
「うおぉぉぉおおおおおお!!」
怒号に近い発声をして、エストック片手に突っ込んだ。
飛んでくる魔法を撃ち落とし、回避し、斬り込む。
「縮地突き!」
グンと加速して、一体のノームの腹を貫いた。
そのまま突き進み、道を切り開く。
ノーム達は魔法を使わない。相打ちになる可能性があるからだ。
くっそ。何で俺ばかりが前に出てるんだ。
でも俺が行かないと。
リーダーだし。
変だと思うけどさ。
俺がリーダーだし。
非力なシノノメだって懸命になっている。
皆どこか怪我している。
得物を振り廻して、ノームを必死に塚づけさせないようにしている。
シノノメの脚をノームが倒れながら掴んだ。
「きゃっ……!」
シノノメがつんのめる。
すぐにアイカがサポートに向かった。
「離せ!!」
短剣でノームの手首をちょん切った。
ノームは泣き叫ぶ。それを見たノーム達がしり込みした。
そこではたと気づいた。
ノーム達はあまり本気に見えない。
ピギャアァと鳴きながら、俺たちを囃し立てている。
だがこっちは本気も本気だ。
あっちは適当に攻撃して殺そうとしているのだろう。
でもこっちは死の瀬戸際にいる。
死に物狂いで反撃する。
誰だって死にたくない。
ノーム達は遊び感覚で追い立てているのに、死んだらたまらない。
だからこそ、包囲が少しだけ甘い。
もうルイちゃんもいつの間にか、抱えていた黒鉄石を捨てていた。
これでは何しに来たのか分からない。
でも文句は言えない。俺だって捨てた。
生きるために選択した。
今は黒鉄石にこだわっている場合じゃないと。
「どけどけどけぇぇぇえ!!」
大声を出して威嚇する。
他の連中も死に物狂いで走る。
囲まれないように走る。殺されないために走る。
あっちこっちに行く。
少しでもノームが居ない場所へと行く。
右に曲がって、左に曲がって。まっすぐ行って。
もう帰り道なんて全然わからない。
どうすんだろ。これから。
その前に、もうそろそろいいかな。
後ろを見てもノームが追いかけてこない。
前にもいないし、左右にも居ない。
異様にノームが居なかった。
とても静かだ。
さっきまであんなにやかましかった印象があるのに。
道も一本道になっていて、まっすぐ行くしかない。
元来た道なんて戻れるはずがない。
どこに繋がっているかも分からない道を進んでいく。
ぜいぜい言いながら、薄暗くなっていく道をひたすらに進んだ。
そのうち、気づいた。
真下。
血だ。
何かが引きずられたような血の跡が出来ている。
「……どういうことだ?」
ルイちゃんを見たが、首を横に振られた。ルイちゃんもどういう事か分かっていない。
べっとりとして、黒い血が奥へと続いている。
ごくりと喉が鳴った。
やばい気がする。
アイカをちらりと見た。
俺の頭の中で逃げろと警鐘が鳴っていた。
アイカの不運が爆発しているようで、気が気でない。
いやなっている。
この先はやばい。
それは分かる。
でも行くしかない。
後ろにはたくさんのノームがいる事だけは確かだ。
まだ見ぬ道の先を確認せず、後退する事は出来ない。
手首を見た。
六芒星が消えかかっていた。
間もなく光の加護の恩恵が無くなってしまう。
「光の加護……」
小さく唱えて、全員に光の加護をかけ直した。
全員空気が変わった事を意識し始めている。
奥にヤバいのがいる。
だからノームが居ない。
追っても来ないし、追いかけ来る素振りすらない。
ほぼ確実だ。
いるな。
こんな風になる気は少しはあった。
もうここまで来たらやってやる。
そろりそろりと歩き、抜き足差し足忍び足で歩を進めていく。
息をするのも苦しい。
その内、俺たち以外の呼吸音と咀嚼音が聞こえ始めた。
ぶふー、ぶふー。みたいな。
ぐちゃばき、みたいな音もする。ぐちゃぐちゃ肉をかんでいる音もするし、ずちゃと水音もする。
確定だ。
いる。
いるよ。
絶対いる。
「クイーンだ……」
ルイちゃんが息をのんだ。
まさか会うなんて思っていなかったのだろう。
致死率100%の化け物。
文字通り死神だ。死の化身だ。
引き返すのもありだ。
しかし、戻ったら戻ったで凄い数のノームが待っている。
今俺たちが生きているのは、クイーンの住む場所が近くなっているからだ。と、推測する。
どういう階級社会になっているか分からないが、クイーンにはそう簡単には近づかないのだろう。
だからこそ、後ろの連中はちょこまか動くだけで何もしてこない。
あそこに行けば、土魔法を撃たれてハチの巣にされるのがオチだ。
「どっちに行っても死ぬ、か……」
ここにきて詰んだ。
前に行っても後ろに進んでも死ぬ。
何やってるんだ。
失敗した。
唇をきつく噛んだ。
うっすらと血が滲む。痛みでは今の状況は解決しない。
現実逃避だ。
くそ。ミスを犯したのか。
俺も。ドワーフと同じだ。
変わらない。
シノノメの策、たった一つではノームから黒鉄石を盗む事も叶わないのか。
それどころか、死にかけている。
こんな所で。
立ち止まる。
下を向くと、血の道が俺たちを誘っていた。
こっちに行くと、死ぬ。
後ろを振り返った。
こっちに行っても死ぬ。
もう駄目だ。八方ふさがりだ。
「……うっ」
死が間近にある。
それを意識し始めた。
気持ち悪い。思考が鈍る。
吐きそうだ。
命が終わる感覚。
終末に向かっているこの感じ。
似ている。思い出す。監禁された時もこんな感じだった。
どうする事も出来ない状況。塞がれた逃げ道。
変わらない。
でも……。
変わった事はある。
両手を見た。左手はない。それでも、あの時より確実に強い。
振り返る。
皆こっちを見ていた。
笑顔はない。
どいつもこいつも、血の気が失せている。
俺もだ。怖くてたまらない。
今も気持ち悪い音が気固定る。
パキュパキ、と何かが砕かれる音と咀嚼する音。
骨ごと何かを食べているかのようだ。
勇気を出せ。
そう後悔したはずだ。
エルフの里では、俺に勇気が無かったから多くのエルフが死ぬ羽目になった。
ここも同じだ。
迷っていたら死が待っている。
受動的に動くのではなく、能動的に仕掛けていく。
命を捨てるのではなく、使う。
後生大事に抱える命では、輝きは生まれない。
命は使い、消費し、リターンを得るものだ。
覚悟を決めろ。
時間は有限だ。
限られた時間の中で結果を出せ。
死ぬ気なんてない。
やってやろうじゃないか。
クイーン?
どんなもんだよ。
ノームのでかいバージョンだろ。
青い顔をする四人を置いて、先に進んだ。
後ろから静止の声がかかった。
「行くんですか……?」
アイカが恐る恐る聞いてきた。
「行く。行くしかない。行きたくないなら待ってろ。俺一人でやってくる」
エストックを抜いて、歩き出す。
血をたどれば、この先には何かがいる。
それだけは確かだ。
意識はもうまだ見ぬ魔物だ。
殺す。
殺してやる。
先手必勝。
殺やれる前に、殺れ。
早歩きで進む。
殺す。
殺してやれ。
やれる。そう思わないとやっていられない。
後ろの連中は、どうするか。
ここで待っているか、一緒に来るか。
まぁ、分かってる。
短い付き合いだが、ここまで来て残るなんてありえないよな。
どうせなら戦って散れ。
命は大事にするものじゃない。
使うものだ。
今がその時。
俺たちが進んだ先には、大きな広間があった。
そして、そいつも居た。
感想待ってます。




