70 真価
俺たちはノームという特性を知らない。
だからこそ、手間取るし、勝つ事が出来ない。
己を知り、敵を知れば、百戦危うからず。
もう自分の事は知っている。
あとは、敵の事だけだ。
負傷したドワーフたちに光魔法の治療を施す対価として、話を聞く事が出来た。
曰く。
ノームというのは別段近接は強くない。だが、魔法戦闘となると奴らの戦闘力は格段に上がる。
土魔法を主に使用し、遠くから狙い撃ちにする。狙い撃ちというよりは、数撃ちゃ当たる原理だ。
兎に角、数を優位に使いドワーフたちより良い戦績を収める。
それと戦っているノームは全部、男だ。
メスはたった一体しかいない。
俗に女王とかクイーンとか呼ばれる個体だ。
一説にはこいつを殺せば、ノームたちは統率が無くなり生きていく事が出来なくなるとか。
クイーンを見たという報告はあるが、殺す事は出来ていない。
滅茶苦茶にデカいらしく、とても倒せるようなものではないらしい。
クイーンに多くのドワーフが挑み、そのすべてが死という結果に終わっている。
「クイーン……!」
こいつだ。
こいつを殺せば、ドワーフの無謀な戦いは終わる。
だが、殺せるだろうか。
今までドワーフが殺せないほどの相手。
無理かもしれない。
目的をはき違えているぞ、俺。
確かにクイーンを殺せば、ドワーフ全体は救われるだろう。
だが、その過程で俺が死んだら意味がない。
クイーンとの遭遇は致死率100%を意味している。
まだ復讐の『ふ』の字もしていないというのに、死ぬわけにはいかない。
クイーンは後回しだ。
けど、それじゃドワーフ全体の問題は解決しない。
イタチごっこだ。
もういい。
黒鉄石だ。黒鉄石を採取してこよう。
元々はそれが目的だったんだ。
目標が下がってしまった。
それでも黒鉄石を奪取する事は難しいだろう。
昨日はそれが失敗して、たくさんのドワーフが死んだのだ。
油断はしない。
ノームは強い。
洞窟の前まで来た。
全員緊張している。
昨日は大勢のドワーフと一緒に来たのに、今日はたったの五人だ。
死ににいくようなものだ。
俺にはそんなつもりはない。
黒鉄石は手に入れる。
その過程でノームとの戦闘は避けられないだろう。
昨日は派手にやったから、あんなにたくさんのノームが来たんだ。
静かにやれば、ばれないだろう。
希望的観測だが。
「行こう」
洞窟の中に入る。
中は昨日と同じく広い。
高さも十分にあるし、横幅もそこそこある
ほんのり明るいから、視界には困らない。
「本当に行くんですか……?」
イズモが弓をいつでも使えるように抱えている。
用心深い事だ。
「やってやんだよ。ドワーフの効率がどれだけ悪いか分からせてやる。俺たちだけで黒鉄石を取ってくる。任せてたらどれだけ時間がかかるか分からないからな。その前にドワーフが全滅する可能性だってあるんだ。俺の義手のために協力しろ」
イズモが頭を抱えて、一緒についてきたことを後悔していると、早速行く手にノームが現れた。
ドワーフの遺体を片付けている最中らしい。
少なくとも数体はいる。
俺たちよりも数が多い。
どうするべきだ。
行くか。行かざるか。
いや、無理だ。
目的は黒鉄石。
戦闘はいらない。魔宝石も必要じゃない。
金貨も少しだけならあるし、生きていくだけならまだ大丈夫だ。
ここは戦闘を避ける。
静かにして、遺体を片づけるのを待つ。
数分、身を隠しているとノームが洞窟の奥深くへ移動していった。
「行ったか……? アイカ、確認だ」
「はい」
すっとアイカが体を覗かせた。
すぐに手を振って、こっちに来いという。
「大丈夫です」
ほっとした空気が流れた。
「ルイちゃん、黒鉄石はどこにある?」
「手前の鉱脈は枯れてるわ。奥に行かないとダメね」
「やっぱりそうか……」
洞窟の奥は見通しが悪い。
それに地図も持ってない。
あまり複雑に曲がったりすることはできない。
まっすぐ。まっすぐに突き進む。
一応紙は持ってきたから、マッピングは可能だ。
それでも何かあった時に、すぐに逃げ出せる環境は整えておきたい。
逃げ腰かもしれないが、それも仕方ない事だ。
ここはノームのテリトリー。
油断すれば死ぬのは俺たちだ。
「先頭はアイカ。その次に俺。真ん中はシノノメ。その次にイズモ。最後尾にルイちゃんだ。基本これで行く。各自、自分の役割を考えて行動しろ。特にイズモとルイちゃんは後方を警戒だ」
全員頷き、行軍を開始した。
アイカは嗅覚で、イズモとシノノメが聴覚で敵を事前に発見する。
隠れ、忍び、何とかやり過ごすこと数回。
やはりペースが悪い。
殺さない事には、先へ進めない。
あまり派手に暴れる事が出来ない。
アイカとシノノメが目に入る。
アイカだったら静かに殺せる。
シノノメだったら……。
等価強化と調教師のコンボ。
……うん。行ける。悪くない考えだ。
「よし。良いこと思いついた。次、戦うぞ」
武器を抜いた。
光の加護をかけておいて、全員の身体能力を上げておく。
「アイカとシノノメに働いてもらう。イズモとルイちゃんは思いっきりやれ。俺はサポートに回る。一体だけ攫うぞ」
これだけで何がやりたいか伝わったようだ。
シノノメが大きく頷いた。
「アイカは適当な奴を見繕って、行動不能にしろ。その隙にシノノメが調教だ。これでいいな?」
皆頷いた。
アイカがそっと前に出た。
俺たちもそれに続く。
誰も喋らないし、喋る事は出来ない。
時が来れば嫌でも、叫び声は出るかもしれない。
さらに奥に進むこと、数十秒。
またノームたちが現れた。
即座にアイカが察知して駆け出した。
早い。
目の前から突然アイカが消えたようにすら感じた。
「一本突き……!」
六体いたノームの一体が即座にあの世に向かった。
この分なら行動不能ではなく、残った最後の一体を調教するのもありだ。
「鏃合わせ」
パァンと矢を弾く音が木霊する。
ノームの胸が貫かれた。
追撃として俺が一本突きで、止めを刺した。
残り四体だ。
後ろからルイちゃんが来る。
新調した巨大槌でノームをぺしゃんこにした。
ぶちゅっと変な音がした。残り三体。
その内二体が魔法使いだったようだ。
即座に魔法を使ってきた。
「俺の後ろに回れ!」
全員俺の背後に回る。
エストックを振る。
迫りくる岩の塊を次々に撃ち落とした。
思考が加速する。
次に撃ち落とさねばならない岩の弾丸を即座にはじき出す。
エストックを振り、岩を打ち砕く。
体を反転させ、砕く。回転して砕き、体をひねって砕き、砕く。
どうやっても後ろに逸らすわけにはいかない。
四人の命を背負い、俺は舞う。
ガガガガッと連続した音が鳴り響き、ノームの連続攻撃が途切れた。
イズモが俺の陰から、矢を放った。
魔法を使えないノームが、脳天を貫かれて即死した。
魔法使いの二体が慌てはじめた。
汚い体を上下させて、どうするか迷っている。
いや、浮足立っている。
今がチャンスだ。
背中を向けて走り出したノームの一体に向かって、縮地突きを放つ。
背中のやや左側を貫かれ、ノームはぐったりとした。動かない。死んだようだ。とことん近接戦に弱い。
隣でアイカがノームの頭を短剣の柄で殴った。
ノームが昏倒した。
よわっ。
やはり距離を詰めれば大したことはないのだが、それが難しい。
「シノノメ」
「えぇ」
シノノメが満を持して登場した。
先端をミスリルで補強された鞭で、ノームを滅多打ちにする。
一回だけでなく、何回も打つ。
等価強化して魔法力を強化しようとしている。
数十回打つ頃には、ノームが血だらけになっていた。
正直ドン引きだ。
だが、俺たちのしていることも別段変わらない。
俺がしている事なんて、何の腹の足しにもならない。
義手が欲しいから、ノームを殺す。
それだけ。
ノームから見れば、俺は侵略者だ。
「立ちなさい」
ノームが立ち上がった。
薄汚い格好が、血でさらに汚れている。
「力の限り殺してきなさい」
「……ピ」
よたよたとノームが移動を開始した。
その内、足取りがしっかりし始めて、走り始めた。
それを後から付いて行く。
ノームはまっすぐに突き進んでいく。
「ピポポポポポポポ!!」
笑っているのか、かなり上機嫌に思えた。
等価強化されて気分が良くなってしまったのだろうか。
いた。
他のノームだ。
上機嫌になっているノームに違和感を感じたのか、一斉に振り向いていた。
「ピギィィイィイ!!」
ノームは土魔法を使って、同胞を殺戮し始めた。
その魔法の威力は甚大であり、直撃を受けたノームはミンチになる。
数体のノームをすり潰すと、残った一体に向かって走り始めた。
標的にされたノームは、恐れ戦き、逃げ出す。
「ピギャアアァァッァ!!」
等価強化されたノームの脚は相当に早かった。
あっという間に逃げるノームに追いついて、そいつの肩を噛み千切った。ベッと噛み千切った肉を吐きだす。
何ていう顎だ。
肉を噛み千切ったぞ。
ビックリしていると、ルイちゃんが説明してきた。
「金属を食べる連中よ。あれくらい出来ても不思議じゃないわ」
「なるほど……」
ノームはそれからも喰らいついて、魔法ではなく、喰い殺す事を選択した。
ぐちゃりぐちゃりとあまり聞きたくない音が、洞窟内に響く。
それを無表情で見る。
残酷だ。それでも、正しくなくても、間違っていると言われても、これしかできない。
冒険者だったら、否定できない。
冒険者だからこそ、残酷に殺す事を否定しない。
ノームが最後に息も絶え絶えになっているノームの頭を何度も地面に打ち据える。
「ふん」
数度打ち付けると、ノームが一回大きく痙攣した。
それきり動かなくなる。
上に乗っかるうちのノームはさらに奥を目指す。
ぺたぺたと走り、まっすぐ進んでいる。
これは、隠れる必要はないかもしれない。
「あいつを六人目にする。行くぞ」
光の加護の枠は六人までだ。あと一人枠がある。
あのノームを六人目と認識すれば、枠は埋まる。
次に光の加護を使うときに、あいつも対象に入れよう。
消費されても惜しくないノームを先頭に走らせる。
できるだけ後ろに居て、同胞殺しをさせていく。
うちのノームを見ると、他のノームは血だらけになっていることにまず驚く。
そして、土魔法を撃っていることに驚く。
さらに同胞が死んで驚く。
それが自分にも飛んできて驚く。
そして全滅する。
案外楽だ。
仲間が突然自分を殺し始めるんだ。
そんなこと想像できるはずがない。
これは夢だ。そうだ、夢に違いない、なんて思いながら死んでいくのだろうか。
悪いな。現実だ。
シノノメの調教師としての技能と等価強化のコンボだ。
行けるかとも思ったが、洞窟内が騒がしくなった。
ばれたか。
そうでなくても、ノームは派手に暴れている。
「シノノメ、ノーム呼び戻せ」
「分かったわ」
口笛を吹くと、ノームが戻ってきた。
俺は光魔法でノームの全身を治した。
「これで見た目は普通のノームだ」
治療の結果に満足して、足音がする方を見る。
「とりあえず、隠れるぞ」
右に曲がってその奥へと行った。
身を隠しつつ、次の作戦を告げる。
「アイカ、ノームはどれくらい来てる?」
「かなり。一分もしないうちに、確実にニ、三十体は来る。それくらい濃い臭いがする」
イズモとシノノメに音で確認してもらっても、それくらいは来るという事だ。
「このノームに活躍してもらう。こいつを集団の中に入れよう」
あとは、言わなくても分かったようだ。
シノノメは簡潔に命令をして、一度等価強化を施した。
ノームは足取り軽く、ノームたちの方へと向かっていった。
隠れていると、道の奥にノームの大群がたむろし始めた。
確かに20体以上は居る。
大群は何か探している。うろうろとして、首を左右に動かす。
その内こっちに来るやつも居るかもしれない。
その前に。
来た。
一体のノームの頭が破裂したように潰れた。
ドサリと音を出して、倒れ込む。
シーンとした空間が形成された。
突然仲間が死んだんだ。
俺たち側のノームが静かに移動している。
口元には笑みが張り付いている。
その次の瞬間には、また一体のノームが犠牲になった。
ばったりと倒れ込んだ。
しかし他のノームは誰がやったのか分かっていない。
そこで俺たち側のノームは攻撃をやめた。
疑心暗鬼がノームの集団に襲い掛かる。
お前がやったのか、いやおまえだろ。
そんな会話が聞こえてくるようだ。
実際は「ピギィィイィイ!!」とか言っているだけだが。
その怒鳴り声はだんだん大きくなる。
一体のノームが他のノームを突き飛ばして、土魔法で殺した。
その瞬間は、そのノームたちに視線が集中する。
ここだ。
やっぱりだ。
俺たちのノームが輪から外れているノームの頭を吹き飛ばした。
全員そっちを向いた。
俺たちのノームは素知らぬ顔して、佇んでいる。
またノームたちの中で疑念が広がる。
殺人鬼がまだこの中にる。
どいつか分からない。
殺人鬼ノームはどいつだ。誰がやった。
ノームたちは誰も動かない。
犯人を発見しようと首を動かし、互いを疑う。
あいつか、もしかしたら隣のこいつ……!?
疑念が積み重なる。
一体のノームが空気に耐えきれなくなったのか、それとも確信があったのか同胞を土魔法で撃ち抜いた。
しかし次の瞬間、また違うノームが死ぬ。
失敗だ。
ノームたちはもはや恐慌状態だった。
頭を抱え込んで座り込む奴が居る。腰を抜かしている奴もいた。
そろそろ潮時だ。
俺たちのノームが大暴れし始めた。
土魔法を乱射して、一体、また一体と殺していく。
ノームは逃げる。
だがそいつも殺す。
反撃する奴もいる。
だが等価強化されたノームはそれをあっさり避けた。
反撃がそのノームに襲い掛かった。
乱戦になっている。
良い痛手を与えているが、その内俺たちのノームは死んでしまう。
混乱させたし、いい感じに場が展開している。
俺たちだけじゃできない事だ。
「行くぞ……!」
混乱に極みにあるノーム達のもとに突撃した。
突然の襲撃にノームたちは足並みがそろわない。
良くて、散発的に土魔法が飛んでくるだけだ。
見え見えの軌道で飛んでくる魔法なんて怖くない。
ノームたちの数撃ちゃ当たる。
数が少なければ大したことはない。
俺たちの登場により、俺たち側のノームも精一杯暴れはじめた。
魔法を連発して、魔法力が切れたら、自らの顎で喰らいついている。
俺たちも負けない。
エストックで突き殺し、殴り殺す。
特に防具をつけないノームは、すんなりと死んでいく。
攻撃に気を付ければ、大した敵ではないのだ。
アイカとルイちゃんも猛威を振るう。
アイカの一突きでノームが絶命し、ルイちゃんの振り廻しは多数のノームを死の暴風に巻き込む。
乱入者によって完全にノームは混乱していた。
俺たちと戦おうとせず逃げる。
「逃がすな!!」
情報を流されたら死ぬのは俺たちだ。
アイカが走る。
追いつき、背中を刺し貫く。
ルイちゃんは戦場のど真ん中で大暴れしている。
イズモは逃げようとするノームを積極的に、射殺していった。
シノノメもたたかう。手頃なノームを調教して、魔法を撃たせていた。
大丈夫だ。
俺たちは機能している。
「うらぁ!!」
目の前のノームを切り裂く。
ノームは抵抗する事も出来ず、無残に死んでいく。
殺し殺されではなく、一方的な殺戮が繰り広げられている。
ほらみろ。
無策で挑むから、ノーム達に良いようにやられるんだ。
やれてる。
俺たちはやれるんだ。
数分もたたず、ノームを全滅させた。
昨日の醜態を考えれば、圧倒的な戦果と言えた。
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