69 ノーム
翌日には、ドワーフの里から緊急指令が出ていた。
なんでも女王様からの直々の勅令であるそうだ。
別にドワーフの里は国ではないのだが、慣例的に王が居るらしい。
今代は女の人なので、女王なのだとか。
男が王である必要性はないらしい。
そこまで厳しいしきたりは無い。
兎に角、誰かを王にする事が重要だ。
そして、その女王が黒鉄石の減少を受け、ノーム討伐および黒鉄石奪取を命令したのだ。
ドワーフは恐れを知らない。
いや、違うかもしれない。
趣味にノーム殺しを主張するほど、戦いに身を置くドワーフも居る。
休日に鉄鋼高山の洞窟に入り、ノームを殺すのだ。
趣味だからと言って、安全ではない。
それなりの被害はでるし、死亡者だっている。
ノームがどんな奴か知らないが、ドワーフを殺すとはなかなか強い。
なかなかどころではない。
オーク以上に筋肉があるかもしれないドワーフという種族に対して、勝利を収める事が出来るのだ。
その脅威は計り知れない。
そして広場には黒鉄石でできた装備を着たドワーフが大量に集まっていた。
どいつもこいつも黒い。
上から見たら蟻が集まっている様に見えるかもしれない。
広場の高い場所にまたピッカピカの黒い鎧を付けたドワーフが上った。
背には馬鹿でかいハンマーを背負っている。
凄い筋肉だ。
鎧で隠し切れない位膨れ上がっていた。
恐らく、女王の親衛隊長だ。
今回の指揮を執り、前面で戦う最も勇ましいドワーフ。
その誉れをあのドワーフは一身に浴びるのだ。
「ノームを殺したいかーーー!?」
次の瞬間、怒号が辺りから響き渡る事になった。
「イェエエエエエエ!!」「ぶっ殺してぇぇぇ!!」「殺す!!」「殺したい!!」「うおおおおおお!!」「殺させろ!!」「殺ス!!」「ぶっ殺せ!!」「俺がやる!!」「ノームを殺せ!!」「ギャハハハハ!!」
ルイちゃんも横でテンションが上がって、何言ってるか分からないが、叫び狂っている。ルイちゃんを除き、俺たちは周りとのテンションの差に驚く事しかできなかった。
ドワーフにとってノーム殺しは、ここまでの祭りになるのか。
認識を改める必要がありそうだ。
壇上のドワーフが落ち着けとばかりに、ジェスチャーをした。
数十秒怒号がやむことはなかったが、一分もすれば周りも静かになる。
「作戦はぁぁぁぁぁあ!!」
いよいよだ。
どうやって殺しに行くのか未だ聞いていない。
まずどこに居るのかも知らないし。
親衛隊隊長が伸ばしに伸ばした作戦を伝える。
溜めに溜める。
言わない。
ていうか。バカだろ。こいつら。
「作戦は、無い!!」
「イエエエエエエイ!!」
「いつも通り、やりたいように、ぶっ殺せ!!」
それを聞いたドワーフたちは、目を血走らせ、一斉に走り始めた。
ドワーフの大移動だ。
親衛隊隊長も壇上から飛び降り、いの一番に駆け出した。
笑い声が周りから聞こえる。
心底楽しそうだ。
ルイちゃんも俺たちを無視して、勝手に行ってしまった。
ちょ、テンション上がり過ぎだろ……!
ギリギリのところで、ルイちゃんの肩を掴んだ。
「何すんだゴラァ!!」
「うおっ!?」
人が変わった様にルイちゃんは、俺を睨んできた。
ガルルと唸り声を出している。
「お、落ち着けって……。一人で行ったら死ぬかも……」
ルイちゃんの目が怖くて、直視できない。
下を向きながら、何とか声を出す事が出来た。
「死!? 上等!! 戦いの中で死ぬなら本望じゃぁぁぁぁ!!」
ルイちゃんはうぉぉぉおおお、と声を出してまた走ろうとする。
全員で取り押さえた。
ルイちゃんの体にのしかかり、是が非でも行かせないようにする。
「邪魔すんなぁぁぁ!! 行かせろ!!」
「ルイちゃん居ないと困るから! ちょっと待って! 一緒にいこ? ね?」
「出遅れてんぞ! ユウちゃん! やばい! ワタシの取り分が無くなる!!」
取り分!? ノームの事言ってんのか?
「たくさんいるから大丈夫! ね、落ち着いて!」
「うっせぇんだよ! これ以上――ぶへぇ!!」
もう黙らせることにした。
ルイちゃんの下あごを殴り、気絶させる。
フルフェイスの兜じゃなくてよかった。
動かないルイちゃんを背負い、最後尾でドワーフどもに付いて行く。
俺も金属鎧に変えた。ルイちゃんを背負っての移動は面倒だな。
つーか、重いんだよ。
「光の加護」
五人全員に六芒星が灯った。
身体能力が飛躍的に上がる。
筋力も上昇したから、大分楽になった。
ルイちゃん一人くらい背負っていても問題はない。
それに俺は聖騎士で、重戦士だ。
これくらいの重さなんて、どうってことない。
それでも出遅れた感は半端ない。
ほとんどのドワーフが見えなくなるころになって、ようやく鉄鋼高山の採掘場らしき場所に出くわした。
ここの奥にノームや黒鉄石があるわけだ。
「癒し手」
ルイちゃんを寝かせて、おでこに手を当てた。
間もなくルイちゃんが目を覚まし、体を起こした。
頭を小突き、反省の色があるか確認した。
「勝手に暴走すんな。魔法力が無駄になったぞ」
「……ごめんなさい。つい」
「まぁいい。ここだよな?」
ルイちゃんは洞窟の入り口に目をやった。
奥から金属音が連続し始め、阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてきた。
「ここよ。奥にたくさんノームが居るわ」
ルイちゃんが立ち上がった。
洞窟内に全員で入った。
暗いかと思ったが、そうでもない。
光るコケや石が散在していて、洞窟内はほんのりと明るかった。
洞窟の奥に入るほど、道が複雑になり始めていた。
右に行くのか、左に行くのか、それとも真っ直ぐか。
それだけでもどうするべきか分からなくなる。
それでも怒号や剣戟の音が聞こえる方に行く。
誰かが死んでいるかもしれない音を頼りに、洞窟に奥へ、奥へと。
やがて見え始めた。
たくさんのドワーフが居る。
最後尾の奴は戦えていない。
最前線では死闘が繰り広げられている。
ていうか。
ノーム。
こいつら。
「魔法使い……!?」
ノームは小さい。
それは見ればわかる。
ドワーフが一撃いれれば死ぬだろう。
それでもノームは一撃を喰らわない。
なぜならやつらは魔法使いで、遠距離攻撃の使い手だった。
ドワーフは石の礫が飛んでくるにもかかわらず、ノーガードで突っ込んでいく。
突出したドワーフはノームの石の礫にやられる。
そうして当たり所が悪く、死んでしまう。
石だ。
土だ。
あんな拳大の物が頭に当たってしまったら、そりゃ死んでしまう。
ドワーフの多くが兜を付けていても、何かが当たれば痛い。
当たり所が悪ければ死ぬ。
それでもドワーフは恐れない。
石の雨と化している敵地に突撃する。
そうしてそれを掻い潜ったドワーフは、獅子奮迅の働きをする。
槌を振り廻し、大多数のノームを吹き飛ばす。
周りのノームは逃げる。
そして土魔法で滅多打ちにして、ドワーフを殺す。
またドワーフが突撃する。
ノームを殺す。
ノームが逃げて、そのドワーフを撃ち殺す。
そんな事を繰り返している。
それでも強者はその中でも巧みに動き回り、ノームを殺戮する。
遠距離だとノーム。近距離ならドワーフが勝つ。
でもノームの方が数が多い。
その内押し切られる。
それでもドワーフは突き進む。
何が彼らを突き動かすのか。
どうすればいい。
この洞窟で火魔法なんて使ったら、それこそ生き埋めになる。
魔法なしだ。
できなくもないが。
ノーム。ノームだ。
あの皺くちゃじいさん。
簡素な服を着て、とても汚い。
触りたくない。
そんな感じだ。何年も風呂に入っていないような感じで、肌がとても汚いのだ。
土汚れや、粉じん。
全てがノームに張り付いている。
きったねぇ。
今もドワーフが殺され、ノームも死んでいく。
互角に渡り合っている様に見えるが、数が少ない俺たちは危ない。
目的は、黒鉄石だ。
それはドワーフも変わりがないはずなのに、齟齬があるように感じる。
ドワーフはこの戦いを待ち望んでいたようにしている。
笑い声をあげながら突撃し、死んでいく。
それを誰も止めない。
異常だ。
そんな事では、無駄死にして、何も残らない。
生きた証がない。
死ぬために生まれたのか?
否。断じて否。
クラスの連中の死を無駄にしないために。
こいつらの命も無駄にしない。
俺は走った。
まだ前には順番待ちしているドワーフがたくさんいた。
それらを助走をつけて飛び越えた。
軽い。
光の加護のおかげだ。
ドワーフの低い身長を飛び越え、先頭に躍り出た。
「なっ……!?」
後ろからドワーフが驚いたような声を出した。
「目を閉じろ!!」
言うだけは言ったぞ。
ノームは突然の俺の登場に戸惑っていた。
エストックを引き抜き、先端をノームに向けた。
「閃光!!」
かつてない閃光が洞窟内に広がった。
もはや光の爆弾だった。
目を閉じていたにもかかわらず、目を焼かれるようだった。
自分でもこの有様だ。
「ぐわぁぁぁぁぁああああ!!」
「ピギャアアァァァア!!」
ドワーフとノームが目をやられ、痛みに苦しむ。
この瞬間、俺は自由になった。
敵陣に潜り込んだ。
エストックを縦横無尽に振り廻す。
布のようにノームは切り裂かれ、死んでいく。
「ピギャ!」「プギ!」「ペッ!」とか言って、死んでいく。
殺して、殺しまくる。
先手必勝。
それが、俺がエルフの里で得た教訓。
先に手を出さないと、絶対に後悔する。
剣を振る。ノームが崩れ落ちる。
アイカが来た。一本突き。ノームが死ぬ。
ルイちゃんも来た。イズモもシノノメも。
シノノメが一体のノームを調教する。
土魔法を仲間に向けるノーム。
魔法力の限りシノノメは土魔法を撃たせるだろう。
まだ誰も復活しない。
目をやられてすぐ動ける奴はいない。
力の限り殺す。
敵陣の真っただ中に入り、エストックを突きいれる。
ノームはとても柔らかい。
すんなり刃が通る。
「プゲェェ!!」
そろそろ復活したノームが、土魔法を使ってきた。
何もしない。
頭じゃなければ、黒鉄石の鎧は破られない。
胴体の鎧部分で、土魔法を跳ね返す。
聖騎士兼重戦士の俺は、鎧の性能を最大限発揮できる。
簡単な魔法程度では、他のドワーフ同様に殺す事など不可能だ。
「プゲェ!?」
魔法が弾かれ、ノームが恐れおののく。
縮地突きで殺し、兜割りで止めを刺す。動かなくなったノームを見届け、近くにいるノームも血祭りに上げていく。
流れが変わった事を肌で感じ取ったのか、ドワーフたちが目を焼かれながらも突撃してきた。
殺せ、を合図に手当たり次第武器を振り廻している。
仲間と相打ちになっている奴も居るが、多くがノームを殺している。
「ピギィィイイ!! ピギィィイィイ!!」
ノームが鳴きはじめた。
それに伴い、ノームが撤退を始めている。
波が引くかのごとく、戦闘は終結した。
とてもあっさりしている。
これが、ドワーフを殺しまくったノームの実力だというのか……?
しかしというか。
やはりというか。
俺の見立ては甘い。
ドワーフは死にまくっていた。
軍隊は3割損害が出たら終わりだという。
けが人に対し、一人から二人、人が必要になるからだ。
けが人の数もとても多く、死亡者も多い。
目的が黒鉄石の奪取であることを考えると、ノーム共の引き際はとても正確なものだった。
ノームたちがあれ以上の反撃に出れば、それに応じてドワーフも攻勢に出ていたはずだ。
親衛隊隊長のように強いドワーフも多い。
全滅はなくとも、多大な被害が出るのは想像に難くない。
結局けが人を放っておくことはできない。
死亡者は仕方ないにしても、生き残る事が出来る命を放置してまで、ドワーフは戦闘狂ではなかった。
親衛隊隊長の指揮のもと、けが人ドワーフを背負い、担ぎ、洞窟を出た。
今回、俺たちは得るものなど何もない。
ただ洞窟に行って、いたずらに命を消費しただけ。
黒鉄石を確保する事も出来ず、ただ死者を出しただけだった。
ドワーフはまたしても、ノームに負け、生存競争に負けつつある。
ここも、夜影森と変わらない。
下らない情に流されている。
ルイちゃんを見ればそれが分かった。
勝手気ままに行動し、死んでいく。
作戦などまるっきり考える事を放棄し、無意味な突撃を繰り返す。
これではエルフの里の二の舞になる。
俺がどうにかする必要がある。
でも、できるのだろうか……?
ルイちゃんの家に帰り、一人悶々と悩んでいると、例のごとくシノノメが入ってきた。
何も言わず、ベッドの隣に座ってきた。
「お好きにしたら良いのです」
シノノメが語り出す。
「文句は出るでしょう。嫌だというでしょう。でも結局は、手伝う人たちです。あなたがリーダーで、考えて出た答えを否定する材料を誰も持ち合わせてはいません。従うというのは楽なのです、ユウキ様。私たちは従うし、あなたは命令するだけでいいのです。あなたが動かし、私たちは結果を出します」
「それで死ぬかもしれない……」
「生きるかもしれません」
「分からないだろう」
「それこそ、生きる死ぬなんて分かるものではありません。明日、突然病気で死ぬかもしれない危険性を私たちは孕んでいます。死というのは突然で、抗えないのです」
「極論だ」
「はい」
「無茶苦茶だ」
「はい」
くそ。どうしたらいい。
「別に、ドワーフに加担する必要もない」
「確かに、そうですね」
「でも、このままじゃドワーフは全滅してしまう。エルフと同じだ」
「首を突っ込みますか?」
「もう突っ込んでる」
「ふふっ。そうでした」
シノノメは足をぶらぶらさせた。
楽しそうにしている。
なんでそんな気楽なのか。
どうするべきだろうか。
義手が欲しいから、戦いに参加した。
別に参加する必要もなかったが、少しでも力になればと思い、参加したのだ。
でもこのまま、この状況を見逃せば、ドワーフはいずれノームに飲み込まれ絶滅する。
そうなればドワーフ印の義手はできないだろう。
そうなれば、精度の低い義手に頼らざるを得ない。
それは困る。
困った、なぁ。
他のドワーフは単細胞で、アホだ。
あの親衛隊隊長ですら無策で突撃した。
別に俺だって策があるわけじゃない。
何もない。
ただ、真正面からやったって、数で押し殺される。
あっちは多くのノームが魔法を使えるみたいだ。
でも使えない奴もいる。
それを見極めて、殺す。
「……やるしかないか」
「はい。分かりました」
立ち上がり、全員を呼び出した。
感想大歓迎




