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67 鉄鋼高山

 どんなに悔しくて、悲しくても眠れば朝が来る。

 次の日はどうやっても来るし、逃れる事は出来ない。


 あれだけ散々な目にあったのに、馬車の中で目を覚ますとそれなりに気分は改善されていた。


 あれから夜影森を抜けて、一番近い町まで一日かけていく事が出来た。


 エルフがいる事に驚かれたが、そこはそこ。

 適当に流し、鉄鋼高山に行く馬車があるかと聞くと、一応はあった。


 次の日の朝出発という事なので、馬車の中で寝泊まりさせてもらった。

 宿代ももったいないし、これを逃せば一週間鉄鋼高山に行く事が無いという。


 宿でぐっすりと休んで、馬車を逃しましたでは、話にならない。


 馬車の中で就寝していいかと聞くと、嫌そうにしながらも首を縦に振ってくれた。


 そして、今朝。


「ようやく出発か」


 鉄鋼高山へと馬車が進む。

 他に搭乗者はいなかった。

 貸切だ。


 無言の時を過ごしていると、御者台からおっさんが喋りかけてきた。


「しけてんな」

「うっさいな」

「もっとワイワイやったらどうだ? こっちまで陰気が移るだろ?」

「朝早いからテンションが低いんだよ」

「そうか? 気分最悪に見えるが」

「……かもな」


 おっさんは困ったような顔をして、それっきり黙った。

 何がしたいんだか。


 また黙る。

 無言。誰も喋らない。


「おっさん」

「何だ」

「どれくらいで着く?」

「三日位だ」

「そうか」


 誰も喋らない。


「お前ら……! もういいんだよ! さっきからチラチラチラチラ人の顔見やがって! 気を使うのも大概しとけよ!!」

「だって……」

「ねぇ……?」


 アイカとルイちゃんが顔を見合わせた。

 おっさんも振り返って何事かと見ていた。


「小さい男ね。それくらいで何よ。チンケなこと考えてないで、周りでも警戒してたら? 魔物が来たらどうするのよ」

「それはお前の仕事だろうが、シノノメ。何のためのお耳なのですか?」


 シノノメが中指を立てて、そっぽ向いた。

 これはあとから謝罪が来るな。


「ま、まぁ。落ち着いてくださいよ。ユウキさん。皆気を使ってですね……」

「それが余計だって言ってんだろうが!」

「そ、そうでしたね」


 イズモが降参とばかりに、大弓を抱えて眠りこんだ。

 寝やがったこの野郎。


「チッ、もういいんだよ。終わった事だ。エルフが死んだのも。別に全部が全部おれのせいじゃない。成人儀式なんてものがあるから悪いんだ。違うかよ」


 誰も何も言わない。 

 それでもさっきまでのあまり良くない雰囲気ではない。


 それだけ言って不貞寝を決め込んだ。

 目を閉じていると、少しずつ話し声がし始めた。

 薄目開けて、それを見る。


 少し安心していると、本当に眠ってしまった。




 それからは別段語る事はない。

 普通に馬車は鉄鋼高山までついた。


 決められた通りの金額を払う。

 それなりに値段はした。


 金貨が一人一枚は無くなった。

 魔物という脅威に出会わなかったのだから、もう少し値下げしても良いと思うのだが。


 それでも安全に、それなりにここまでこれたので、文句はない。


「ここからは山登りね」


 鉄鋼高山出身のルイちゃんがいう事だ。

 間違ってはいないのだろう。


「何で私がそんな事しなくちゃいけないのよ」


 シノノメが不満を漏らす。


「あいつ、集落まで運んでくれたらよかったのに」


 馬車のおっさんは山のふもとで俺たちを下ろすと、さっさと帰ってしまった。

 

「案内頼んだ」


 ルイちゃんを先頭にして、道案内させる。

 ルイちゃんは頼りがいのある足取りで進むが、俺たちはそうもいかない。


 鉄鋼高山、侮りがたし。


「ルイちゃん、ちょっと待って……!」

「なに?」

「ちょっと早い。歩きづらいし、空気が薄い」


 他三人も息を切らし、常に真下を向いている。

 鉄鋼高山とはよく言ったものだ。


 デカイ岩がゴロゴロところがっている。

 地面もゴツゴツしていて、とても歩きにくい。


 そんな場所をルイちゃんはひょいひょいと駆け上がっていく。


 これが経験かと思っていると、ルイちゃんが止まった。


「ごめんなさい。少し早かったわね」


 ペースを落としてくれるようだ。

 それでもシノノメはブツブツと不満を漏らす。


 何か言っていないとやっていられないのだろう。


 歩くのと休憩を何度も繰り返し、日も傾く頃になるとようやくドワーフが住む里へと着いた。


「よ、ようやくか……」


 標高が高すぎて、少し肌寒く感じる。

 ルイちゃんの髭があるのは、少しでも寒さを抑えるためではないのか。

 なんて、どうでもいいことを考えた。


 山の中腹にドワーフの住む場所はあるようだ。

 鉄でできたような頑丈な造りの家が立ち並んでいた。


 どこもかしこも煙突があって、もうもうと煙が出ている。

 カンカンと金槌を叩く音も聞こえてきた。


 通りを歩くドワーフは俺たちをガン見してくる。


 遠目から「ルイーズ……!?」、みたいな声もあった。

 ルイちゃんは有名なようだ。


「……宿に泊まるか?」

「そんな事しなくていいでしょ。実家に行きましょ」


 そう言って、何の気負いもなくルイちゃんが歩き始めた。


「ルイちゃんってほとんど勘当同然の扱いなんじゃなかったっけ……?」

「家の商品全部鋳潰して、それで奴隷になったんじゃ……?」


 よくそれで家に行こうなんて言えるものだ。

 俺なら言えない。


 それから数分もせず、その家はあった。

 もちろん工場があり、何か作っているようだ。

 武器だったり、調理器具だったり、様々な物に手を出している印象がある。

 それでも、印象としては武器や防具を作っている割合が大きいという感じだ。


「ただいま」


 普通に挨拶して、ルイちゃんが家の中に入った。

 軽いな。


 俺たちも中に入った。

 するとすぐに二人ドワーフが現れた。


 男と女。

 男の方はとてもルイちゃんに似て、筋骨隆々だ。髭ももじゃもじゃで、背が低い。

 女の人はそこまでムキムキじゃない。ほっそりとしているが、しなやかな手足が健康的だ。こちらも小さめだ。


 親父さんとお袋さんだな。


「ルイーーーーーズ!!」

「親父ぃぃぃぃいいい!!」


 ルイちゃんが熱い抱擁を予期して、腕を大きく広げた。


「どの面下げて帰ってきやがったぁぁぁ!」

「ぶへぇ!!」


 感動の再会などなく、ルイちゃんは殴り飛ばされた。

 まだ殴ろうとしている親父さんをお袋さんが羽交い絞めにする。


「あんた! 何もそこまでしなくても良いでしょ!」

「うっせぇ! このアホにはどれだけ苦労させられたと思ってやがる!?」

「そうは言ってもうちの子でしょ」

「ッせぇな! 正論吐いてんじゃねぞ。クソババァ!!」

「だぁれがババァだ!! クソジジイ!!」


 そっからは二人が勝手に争い始めた。

 傍らには気絶したルイちゃん。そして店内で暴れるご両親。


 勝手に家に上がった。




「んでぇ。あんたが買い主の。なんだっけ?」

「ユウキ君でしょ。覚えなさいよ、クソジジイ」

「うっせぇ、妖怪クソババァ」


 争いそうになる二人をアイカが止める。

 知らない人に喧嘩を止められれば、矛を収めるしかない。


 適当に雑談していると、ルイちゃんが目を覚ました。


「ん、寝てたの……?」

「気絶ですよ。ルイさん」


 イズモはルイちゃんの事をルイさんと呼ぶ。

 ルイちゃんは別に文句はないようだ。


「あ、帰ってたんだった」


 座敷に寝転がされていたルイちゃんが起き上がった。

 視線が親父さんとぶつかりあった。


「ただいま」

「ケッ」


 親父さんはそっぽ向いた。

 ルイちゃんは苦笑する。


 どう思ってるのか分からないが、ルイちゃんも図太い。

 見習いたいものだ。


「まぁまぁ。二人とも。過去の事は水に流して。ね。二度と会えないかもしれない親子がこうして揃ったわけだし」


 俺が音頭を取ることになった。

 あまりこういうのはしたくないのだが。


「そうね。感動の再会よ」


 お袋さんが手を合わせて、にっこりとほほ笑んだ。

 ルイちゃんの事を敵視しているのは、親父さんの方らしい。


「何が感動だ。お前のせいで、家はカツカツだ。ふざけんじゃねぇってんだ」

「お金ならもうどうとでもなったでしょ。ルイーズだってタダで引き取られたわけじゃないんだから」


 あ、ルイーズって呼んだ。

 そっとルイちゃんを見る。

 ……大丈夫らしい。親に本名で呼ばれて、いちいちキレていたら体力が持たないか。


 その前に、本人を目の前にズバズバ言うお袋さんだ。

 金の話をするか? 普通。


「だからこそ気に食わないっつってんだよ。俺が作った武具とこいつが同価値だと? 俺の力作がだぞ? ありえねぇ」

「もういいじゃない。肝っ玉が小さい親ね」

「てめぇが言うんじゃねぇよ!!」


 立ち上がろうとする親父さんをお袋さんが抑えた。

 アイカも「まぁまぁまぁ」と言い、何とか落ち着かせる。


「ルイちゃんもあんまり挑発すんなよ」

「分かったわ」


 ルイちゃんが小さく笑う。嘲笑が混ざっているように見えるのは、俺だけだろうか。

 親父さんのこめかみが、ビキッと鳴った様に思えた。

 確実に切れる寸前だ。


 他の事を話そう。


「これ」


 すかすかになった左袖を捲る。


 そこには痛々しい痕が残る、左腕がある。


「……どうした。それ」


 これには、親父さんも息をのんだ。

 お袋さんは口に手を当て、何も言えないでいる。


「ちょっと、危ない橋を渡ったんだ。それで依頼がある」


 目線をずらし、店頭に並ぶ品の数々に思いをはせる。

 シノノメが手を伸ばしかけて、引っ込めた。

 話をつづけた。


「義手は作れるか?」

「……できなくはない」


 少し間があったが、目には意志が宿っている。


「本当か」

「あぁ」


 俺はホッと胸をなでおろした。

 もしかしたら誰も作れないのではないかと、不安でもあったのだ。

 ルイちゃんの親が作れるというなら、願ったり叶ったりだ。


 しかしまだ話は続いていた。


「だが、今は無理だ」


 困った事になりそうだ。

 俺はアイカを睨んだ。

 

 アイカは「ははっ……」と乾いた笑いをした。

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