64 悪辣
影人が何体キマイラを飼い慣らしているのか。
それすら不明の状況で、影人を攻めるのはかなりリスキーだ。
という事で。
効率的に攻めるべく、エルフが取る手とは。
ひな壇に立つ30人の最高責任者たち。
それを聞く、大勢のエルフたち。
俺たちもそれに混ざる。
「火攻めである」
最高責任者の一人がそう説明した。
エルフたちがどよめいた。
それもそのはずだ。
ここは森。夜影森。
本質的に森だ。いくらここの木々が大きいからと言って、火には弱いはずだ。
延焼する事も考えられる。
「それでもである」
頑として最高責任者たちは譲らない。
「これなくして、我々は影人と対等には戦えない」
そう。
エルフが甘んじて夜影森の二番手になってる。
なぜなら。
「キマイラが倒せない」
仕方がない。
接近戦も遠距離戦もこなすオールラウンダー。
毒すら使う狡猾な面もある。
「火で炙り出し、矢で仕留める。これを基本戦術とし、絶対に接近戦を避けるのだ」
影人に遠距離攻撃はないという前提の作戦だ。
間違ってはいないが、合ってるかも分からない。
「作戦開始は明朝。それまで、皆しばしの時を楽しむとよい」
それだけ言って、壇上の最高責任者たちが全員降りた。
明日死ぬような言い草だ。
それだけ必死にやれという発破でも掛けたつもりなのだろうか。
死ぬつもりは全員ない。
愛する人が死んだ悲しみに打ちひしがれる時間も無く、明日、また戦う事になる。
だが、これはエルフ全体の意志だ。
これで死んでも誰にも文句は言えない。
そういう物だと思う。
戦いを仕掛けておいて、自分だけ死にたくないというのは、あまりにも虫のいい言葉だ。
三々五々散っていくエルフを見ていると、裾を引っ張られた。
シノノメだった。
他の奴らはさっさと移動していた。
薄情な奴らだ。
「行きましょ」
「あぁ」
もう一度だけ雛壇を見つめて、歩き出した。
思い思いに時を過ごしていると、夜に訪問者があった。
「遣いの者です」
それを聞いて、家の中に招き入れようとした。
だが当の人物はそれを固辞して、すぐに帰っていった。
荷物だけ受け取り、皆が集まるリビングに持っていった。
風呂敷に入った武器を広げた。
「……おい、防具ねぇぞ」
皆黙る。
アイカが沈黙を破った。
「ま、まぁ。武器はありますよ?」
「てっめぇ。キマイラにまた食われろってか? めっちゃいてぇんだからな。あれ」
「また防具なし? ワタシも防具はいると思うんだけど……」
ここ最近、良い所がないルイちゃんが凹んだ声を出した。
ルイちゃんが武器を漁る。
「じゃ、ワタシこの片手槌ね。チャチな武器ね。まったく……」
ルイちゃんはぶつぶつ言いながら、片手槌を振り回した。
「かっる。これ駄目ね。もっと重くないと」
筋肉の権化のルイちゃんにとって、ミスリルの槌は軽すぎるようだ。
「しばらくはそれで行ってくれ。棍棒よりかはいいだろ」
「まぁ……」
不承不承としながらルイちゃんが納得した。
「金はあるな」
皮袋に金貨が入っている。
これを見る限り。
「防具は用意できなかった?」
イズモが好意的解釈で見解を示した。
その可能性もある。
意地悪している可能性もあるが。
「こっちの体の大きさも分からないし。仕方ないんじゃないの?」
シノノメが難しそうな顔をしている。
性悪説を唱えそうになった俺が恥ずかしくなった。
確かに、俺たちの体の大きさを伝えない限り、防具なんて用意できない。
それにエルフの里にある防具だ。
エルフの体格に合わせて用意されている。
まさかルイちゃんの骨格にあった防具があるとは思えない。
「仕方がないか。武器だけでも貰っただけ有難いと思おう」
アイカが短剣を取った。
あとはナイフが二本あるだけ。
俺の分無いな、これ。
「シノノメ、あのエストックまた借りていいか?」
「勝手にすれば?」
「そうするよ」
イズモが机に近づいて、ナイフを取った。
「もらいますよ、これ」
「あぁ、矢を撃ち尽くしたらそれで何とかしろ」
「それはそれで、やばいと思うけど……」
残り一本を手に取って、シノノメに手渡す。
「お前もな」
「ふん……!」
シノノメはペシッと乱暴にナイフを取る。
シノノメはそっぽ向いて、懐にナイフをしまった。
後生大事そうにしている。分かりやすくて、分かりにくい奴だ。
「今回はシノノメもちゃんとした防具を着ろよ」
前回も前々回も適当な服装で、シノノメは戦闘に参加している。
いつ命を落としてもおかしくない。
「分かってるわよ」
そう言ってシノノメはリビングから出て行った。
両親がそれを心配そうに見守っている。
次いで、俺を恨みがましそうに睨んできた。
ヘラッと笑っておく。
火に油を注ぎそうな顔になっていないだろうか。
実の息子娘が戦場に行こうとしている。
その原因となっている奴をどう思っているかなんて、普通に分かるものだ。
「すみませんね」
俺は逃げるように自室に戻った。
明日は朝が早い。
もう寝ようとすると、またノックされた。
「んだよ」
「えっと……」
扉の向こうからシノノメの声が聞こえた。
またか。
意外に積極的だから困る。
「どうぞ」
まだ眠くない。
話し相手になるのも良い。
「お、お邪魔します……」
別に俺の家でもないから、堂々としてればいいと思うが。
今日は煽情的な格好でもなく、普通の淡いピンクの寝巻だった。
そしてこの前と同じくベッドに座ってきた。
今更、椅子に座れともいえない。
「不安じゃないんですか?」
「は? 何が?」
「何って。戦う事です」
最初にぶち当たるであろう疑問に、シノノメはぶつかっているのだろうか。
「怖いな。不安で仕方がない。本音を言えば、戦うのなんて御免だ」
「なら……」
続きを言えないまま、シノノメがうつむく。
髪が揺れた。
暗い室内。一点を見つめる。
あのジジイ。アイツは何か知っている。
あいつから何か聞き出すためには、強くなる必要がある。
「強くなりたい」
「え」
「もっとだ。もっと強くなって、目的を果たす」
あのジジイどもを凌駕する力があれば、真相を究明できる。
俺たちがここに来た理由。
記憶が薄らぐ理由。
無駄に強い力。
拳を握った。今なら何でもできそうだ。
強くなる。
そのためには、怖いなんて言ってられない。
怖さを超え、強くなれ。
これまで経験したことを無意味にすることはない。
ジジイどもめ。
待っていろ。
次は負けない。
スキン達の力を借りるまでも無い。
一対一でも多対一でもどうでもいい。
かかってこい。
「次は負けない」
シノノメはキョトンとした顔をしている。
それでもシノノメは笑った。
「お供します」
良い奴だ。
俺は酷い。
恋愛感情を利用している。
それでも――。
俺は。
感想待ってるよ




