63 強さ
宙ぶらりんになった状態からどうにか救出され、エルフの里に戻った。
すると笛の音が鳴り響き、一斉に影人が逃走を開始した。
キマイラ全滅を知らせる合図だったのだろうか。
どいつもこいつも動きが鈍くなり、かなり混乱していたのが分かった。
それでも逃走だけはきっちりと行り、影人はエルフの里から消え去った。
まずはズタズタの右足を直した。
シノノメがハラハラしながら見守っている。
かなり時間がかかったが、元通りにはなった。
「ユウキ様……」
「大丈夫だ。他の奴の治療をするぞ」
「はい」
立ち上がり、重篤な毒に侵されているイズモを治す。
「足止めで良いって言ったろ」
「あいつ、強すぎ……おええぇぇ!!」
浄化をかけて三十秒程度。
イズモは大丈夫だ。
気絶して真っ黒焦げになっているルイちゃんを治す。
「頑張ったと言っておこう」
癒光で全身を治療した。
やけどに似た症状が徐々に治っていった。
「これくらいだな」
肌がきれいに更新されたのを見て、一旦治療を中止した。
魔法力は限られている。
もうそろそろ使えなくなる頃合いだ。
「シノノメ」
顔をズイッと近づける。
じっと見つめる。
「え、え、あの。い、いきなりこういうのは……。人の目が……!」
そう言いながら抵抗しない。ギュッと目を瞑る。
面白れぇ。
遊んでいる場合じゃない。
シノノメの前髪を掻き上げて、掌を当てた。
「癒し手」
シノノメの負傷具合は、だいぶ軽い。
「アイカもこっち来い」
同じように開いた手で、アイカにも癒し手を行う。
「む」
シノノメが口をとがらせる。
遊ばれていると思ったのだろうか。その通りだ。
「ユウキさん、三体とも倒しちゃいましたね。良いところ取りの所もあったけど」
「残念。最後の一体はシノノメだ。俺じゃない」
「飛び降りた後倒したんですか? 愛がなせる業ですねぇ」
「は、はぁ!? そ、そんなんじゃないし!! 私のレベルを上げるために、しょうがなくやっただけなんだからね!!」
「は、はぁ。そ、そうですか……」
「な、なによ。その顔」
「いえ、別に?」
アイカが笑いが堪えきれない様子で、口に手を当てている。
それに会話の中に、非常に懐かしい言葉が出てきたことだ。
「レベルねぇ」
「ユウキさん、今いくつ?」
「ステータスカード持ってないよ。ここに来るときに持ってくる余裕はなかったし」
「たくさん上がってそうですね。キマイラ三体も殺したんだから」
アイカが楽しそうにそう言った。
ウキウキするのも仕方がない。
俺だって自分がどれくらい強くなったか知りたい。
「レベルが分かる場所ってあるのか?」
「あるけど、それが!?」
「いや、俺のレベルが知りたいだけ」
「そ。明日連れてってあげるわ。時間があればだけど」
「……?」
その意味は次の日知ることになる。
翌日、葬儀が執り行われた。
総勢612名。
被害者の数だ。
3000人しかいないエルフが、600人も死んだ。
約二割の損耗である。
これが軍隊だったらほぼ壊滅的な被害だ。
いや、壊滅的だ。
五人に一人は肉親を失ったのだ。
イズモやシノノメの両親は、幸いにも死んではいない。
それでも被害者は確実に居た。
何か所も使い火葬を執り行う。
まさか地面に降りて、影人の襲撃を喰らうわけにはいかない。
里には沈鬱な空気と、もう一つの空気が流れていた。
「復讐だ」
誰かが叫んだ。
そして、それを否定しきれるものはいない。
誰しもがそれを考えていた。
そうして緊急の会議が執り行われた。
皺くちゃになっているエルフが、この里の代表のようだ。
エルフの里の中でも特に立派な建物が、復讐作戦本部となっている。
そして、俺たちも呼ばれた。
家でくつろいでいると、招集がかかった。
まさかただ飯食らいになる訳にはいかず、会場に集まった。
すると馬鹿でかい円卓に、30人ほどのエルフが座って待ち構えていた。
全員歳を食っている。
何歳か予想もつかない。
エルフは長寿らしいから、見た目からでは年齢が分からないのだ。
「最高責任者たちよ」
最高責任者って一人じゃねーの? 何てこと言える雰囲気じゃなかった。
一人のエルフが口を開いた。
全員同じに見えるから、誰が口を開いたか微妙に分かり辛い。
「今回600人が死んだ」
「そうらしいっすね」
「だが、これでも少ない方だ」
「そうっすか」
どう返せば正解になるのか分からないから、肯定するしかない。
「時に、その左腕。どうした」
「食われました」
「そうか。まぁ、人間の腕がどうなろうか知った事じゃないがな」
「俺もエルフが何人死のうが知った事じゃありません」
シノノメに肘でつつかれた。
アイカはおっかなびっくり、キョドっている。
ルイちゃんはずっしりと構え、イズモは顔面蒼白だ。
30人が怒気をはらませる。
腹立つこと言われたから、言い返しただけなのに。
「調子に乗るなよ、小僧」
「乗ってないっすよ。事実ですから。そっちもそうなんでしょ?」
「チッ……」
「だいたい612人も死んでるのに、あんたらが死んでないのは誰のおかげだと思ってるんだ? 612人にもっと感謝して、頭こすり付けろ。守ってもらっておいて、態度が不遜なんだよ」
もうほとんど喧嘩腰だ。
「言わせておけば……!」
何人かのエルフが立ち上がる。
その全員に火槍を突き付けた。
「喧嘩しに来たのか? 帰るぞ?」
30人全員が固まった。
シノノメですら固まっている。
数秒その状態が続くと、流石にシノノメも俺を殴ってきた。
「す、すみません! 礼儀を知らないバカな人間で!!」
「誰がバカだ。あれだよ。舐められないように、示威行為しただけ。策士だから俺」
「そういうのは、もう少し穏便に済むような空気の時にやりなさいよ」
「二人とも、皆見てますよ……」
アイカがちょんちょんと肩をつつく。
火槍を霧散させた。
ホッとした空気が流れた。
ほら見ろ。
俺を舐めた目が無くなった。
ちょっとびびってるよ。こいつら。これくらいでいいんだ。
人間とエルフの関係性は、初期シノノメの時からわかっている。
初手を打つに限る。
こっちが先手を取っただけだ。
俺はニコッと笑った。
「で、要件は何ですか?」
「……報復戦をやるつもりだ」
「で?」
「手伝ってほしい」
「報酬は?」
「ただ飯喰らっているだろう」
「もう存分に働いたよ。なぁ?」
シノノメの目を覗き込む。シノノメが一歩引いた。
「そ、そうね。キマイラ3体殺したし……」
「ほら」
最高責任者共の顔をねめつける。
「むぅ……。亡者め」
「冒険者なんだ。俺。こう見えても」
「金の亡者か。いくらだ?」
騎士団長の失敗を踏まえ、現実的にいこう。
「一人金貨10枚くれないか?」
「……良いだろう」
「あと」
「まだあるのか……!?」
「全員にミスリルの武器を支給して欲しい。防具もだ。それも成功報酬として欲しい」
「この小僧。調子に乗りおって……!」
次々に罵詈雑言を浴びせてくる。
それらを受け流し、ひとしきり最高責任者共が肩で息を吐く頃に、ようやく話し合いが再開した。
「いや、いいんだって。俺たちはやらなくても。危ないし。義理も無いし。義理はなくもないが、果たしただろう。4体もこっちの手で殺したんだ。文句はないだろう?」
「チッ」
舌打ちの連続だ。
チッチッ聞こえてくる。
腹立つな、このジジイども。ババアもいるけどさ。
「まぁいい。金貨五十枚と武具だな。それで支援してくれるなら安い。払ってやろう……」
「嫌そうだな」
「金がかかるからな」
「命よりか? 死にたいようだな。今すぐ600人のもとに送ってやろうか?」
今度は俺が怒気を覚える番だった。
「すまない。悪気はない」
「じゃあ何があるんだ?」
「……保身だ」
「死ね」
身を翻し、会場を出る。
他四名はどうすれば良いのか迷いながらも、俺についてきた。
後ろから声がかかる。
「遣いを出す。期日に来れば、それでいい」
無視して建物を後にした。
ムカつくやつらだ。
人の命は金で買えない。
金で解決しようとする俺もクズだが、あいつらも同じ穴の貉だ。
「シノノメ、あれだ。レベル確認しに行こう。やる事ないと、苛立って仕方がない」
「分かったわ」
それを聞いたイズモとシノノメが先頭を歩く。
向かう先はゴンドラのある場所みたいだ。
歩きながら昨日の戦闘痕が目に入る。
床板にデカい穴が開いていたり、家が半壊していたり、血で汚れていたり。
色々やったな、と思いながら小さな家屋に入った。
簡素な作りだ。
棚と机、椅子くらいしかない。
「衛士の詰所よ」
不思議そうな顔をしていると、シノノメが答えてくれた。
見覚えのある水晶が棚の上に置いてあった。
ジョブを決める水晶だ。
「三十超えてますかね」
アイカが楽しそうに聞いてきた。
「さぁな」
内心ドキドキしながら水晶を中央に置いてある机に置いた。
「さて、どうなる……?」
途端に、「おぉ」というため息にも似た音が詰所に響いた。
「三十八か。なかなかだな」
「いやいやいや。これ、かなり高くないですか!?」
アイカが驚き交じりに背中を叩いてきた。
相当驚いている様子だ。
加えて、就けるジョブが表示される。
戦士、重戦士、魔法使い、聖職者。
これが今俺がセカンドジョブに選べる職業らしい。
「ユウちゃん、どれにするの?」
決まってる。
俺の理想に近づけるようになるには。
「重戦士だ」
スキンのようになれれば、俺に敵はいない。
重戦士を選んだことで、それに伴うスキルのレベルが一上がった。
剣術がレベル5になっている。
「すごいですね。レベル5ですって」
イズモが感心した声でそう呟いた。
他にもたくさんあるスキルに驚いているようだ。
「お前らも確認しておけよ。影人とやり合うみたいだからな」
四人は我先にと争うように、水晶に集まっていた。
アイカは二十五で盗賊のまま。
ルイちゃんは十九で戦士。
イズモは十一で狩人になった。それに加え、弓術を取得している。
シノノメは十八で調教師。ぴったりだ。聞いた事も無いジョブが出て、一同騒然としていた。等価強化が関係していると考えられる。
ひとしきり騒いだ後、家に戻った。
すぐにその時はやってくることになった。
か、感想を、くれ……。




