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60 恋心

 アイカが部屋に来た理由は、ルイちゃんを治してほしいという物だった。

 俺たちを助けてくれた光魔法の使い手は、イズモやシノノメのように俺たちに対して愛想が良いわけではない。

 最低限の治療だけして、そのまま去ってしまったようだ。


 だからこそ、俺は一週間寝ていたし、ルイちゃんはいまだ目を覚まさない。


 シノノメが荒々しく出て行った部屋を俺たちも出ていく。


 部屋を出ると隣の部屋に案内された。

 ここか。真横だった。


 アイカがノックもせず中に入った。

 

 ルイちゃんは髭もじゃになりながら、すやすやと眠っていた。

 目が覚めたら髭を剃らせよう。


「なかなか起きてくれないんですよ。暇でしょうがなくて。イズモさんたちの両親はあまり私たちを良く思ってないみたいですし」

「しょーがねーんじゃねーの? 種族が違うわけだし。お前、ゴキブリ好きなのかよ?」

「極論でしょ、それ」

「そんなもんだろって言いたいんだよ」


 アイカが椅子を持ってきた。

 ルイちゃんのベッドの横に腰掛けた。


 ルイちゃんのおでこに手を当てた。


「癒し手」


 キュアを用いて、ルイちゃんの頭を治療する。

 なんか言い方があれだな。バカを直しているみたいで、非常に心苦しい。


 仄かに掌が光る。

 光魔法がちゃんと働いている証拠だ。


 ルイちゃんがこのまま眠り続けるはずがない。


 俺たちが大量に出血していても、毒に侵されていても生きていたのには、それなりに理由があるはずだ。


 光の加護。


 これが全員に作用していたからこそ、ギリギリの所で踏みとどまっていたに違いない。

 ならば、ルイちゃんだって少し頭を強く打ったところで、適切な治療を受ければ回復する見込みはある。


 中途半端な治療をしなかったエルフを責めるわけではないが、最後までやって言ってもばちは当たらないだろう。ケチな奴だ。


 一分くらい魔法をかけ続けたか。

 ルイちゃんの瞼が動いた。


「う、う~ん……」


 むにゃむにゃとルイちゃんの髭で覆われた口が動いた。

 

 腹を殴った。


「いたっ!」


 ルイちゃんが飛び起きた。

 ルイちゃんは周りを見回しながら、頭をひねっている。


 どこに居るのか分からないのだろう。


「イズモとシノノメの家だ」

「あぁ……。なるほどね……」


 ルイちゃんは納得したような顔になる。


「負けちゃったかぁ……」

「瞬殺だったぞ」

「傷口抉らないでよ」

「アイカも瞬殺されたから、そう落ち込むなって」

「ちょっ、言わないでくださいよ」


 と、雑談しているとルイちゃんが驚天動地の構えを見せた。


「ユ、ユウちゃん!? 左腕どうしたの!?」

「食べられちゃった」


 テヘッと笑って見せた。

 ルイちゃんがハァーとため息を吐いた。


「ふざけてる場合じゃないでしょ。どうするのよ、それ」

「いやー、義手でも作ってもらおうかなって。作れる?」


 ルイちゃんは苦笑いで返した。


「作れる訳ないでしょ。そんなノウハウないわよ」

「ですよねぇ」


 今度はこっちがため息を吐く番だった。

 すると、後ろから声がかかった。

 シノノメがドア付近で、でーんと構えている。


「鉄鋼高山に行くわよ」

「は? まぁ。分かるけど。あんた関係ないでしょ? 何偉そうに言ってるのよ」

「は? そっちこそ、調子のらないで頂戴? ユウキ様――ゴホン。こいつが来てくれって頼むから、仕方なく付いて行ってあげるのよ」

「「ユウキ様?」」


 アイカとルイちゃんが発言の違和感を感じ取った。


 なんだ、こいつ。

 さっきまでと態度が全然違うぞ。

 いつものシノノメだ。

 さっきまでのは、やはり嘘だったのか……?


 シノノメは真っ赤になって、胸の前でギュッと両手を組んだ。


「ど、どうでもいいでしょ!? そんな事より、私も行くから。これは決定事項だから!!」


 叫ぶだけ叫んで、シノノメは部屋を出て行った。


「なんなのよ……」


 ルイちゃんがドアを見つめてそう言った。

 不思議そうな顔をしている。


「あのー……」


 次は誰だと思ったら、イズモだった。


「僕も付いてっていいですか?」

「もう勝手にしたらいいよ」

「じゃあ、付いて行きます」


 それだけ言って、イズモも自分の部屋に戻っていった。


「いいの?」


 ルイちゃんが心配そうに聞いてきた。


「いいんじゃねーの? 奴隷買うより安上がりだし」

「そういう事なのかしら?」


 ふんとルイちゃんが鼻息を吐いた。


「フヒッ、いきなり賑やかになりそうですね」


 ジト目でアイカを見つめる。


「?」


 こいつの特性を忘れてはいけない。

 不運があるせいで、今まで散々な目にあってきた。

 今回だってそのうちの一つにすぎない。


 仕方がないと言えばそうなのだろうが……。


「はぁ……」

「ちょっと、人の顔を見てため息つかないでくださいよ」

「意気消沈するような顔して、生意気なこと言うな」

「理不尽だなぁ。相変わらず。今なら倒せんじゃね? 左腕ないし。行けるな。覚悟――ちょちょちょ、待った。ごめんなさい。手ぇ放して! やっぱり強いなー。勝てないなー」


 アイカの顔を鷲掴みにした瞬間、強気だったアイカの態度が一変した。


「右腕だけで余裕だから。むしろ指だけでいけるまである」


 アイカにデコピンして、悶絶させた。


「いってぇえぁあああああ!! なんだこれ!!」

「ちょっとあんたたち、病み上がりがいる部屋なんだけど……」


 床を転げまわるアイカを放っておいて、部屋を出た。


「その内ここも出る。用意しておけよ」


 部屋を出て外に出ようとすると、複雑な目で見てくる人が二人いた。


「どうも」


 イズモとシノノメの両親だろう。

 どっちも美形だな。それがエルフという種族なのだろうか。

 簡素な服に身を包み、質素に暮らしている、ように見える。

 

 というか、エルフは全体的につつましやかだな。

 特に女性とか。

 本当に絶壁ですね。何がとは言わないけど。


 シノノメも残念な部類ではある。

 どうでもいいこと考えてんな。


「お世話になってます」


 悪印象を持たれても困る。

 挨拶くらいしておけばいいだろう。


 あっちも挨拶されれば、返すしかない。


 玄関から出て行こうとした時、イズモが顔を覗かせた。


「ユウキさん。どこかへ?」

「散歩」

「じゃ、僕も」


 ナチュラルに一緒に行くことになった。


「行ってきます」


 イズモは両親に挨拶して、俺の手を引いた。

 振りほどく必要も無いので、そのまま付いて行った。




 ぶらぶらとその辺を歩く。

 木の上にエルフの里はあるが、別にそういう事を感じさせる要素は少ない。

 地上と変わらない。


 その辺に少ないが露店が立ち並び、生活に必要なものは揃うようになっていた。

 適当に雑談した。


「成人儀式は終わったのか?」

「一応は。倒したのは、ユウキさんだけど」

「お前も一応活躍しただろ」

「一応ですけど」


 あっちにこっちに目が移る。

 珍しい物がたくさんあって、飽きが来ない。


「これで、僕も姉様も成人です。外に出る権利があるわけですよ。こんな狭い場所にずっといるのは、楽しくないとは思ってたんで。ちょうど良かったです」

「ふーん」

「この凄さが分かってませんね。まさか。あの人も、あそこにいる人も。外に出る事は出来ないんですよ? でも、ボクはできる。凄くないですか?」

「そうだな。お前死にかけたけどな」

「そ、そうですけど……。それいったら、ユウキさんだって死にかけたじゃないですか」

「まぁな。お前の姉ちゃんにもいったけど、生きてるからどうでもいいんじゃね?」

「割り切り方が雑ですね」

「あまり神経質に考えると、行動ができなくなるんだよ。単純に考えた方が良い。案外どうとでもなる」

「そんなもんですかね」

「そのうち分かる」

「同じ17歳ですよね?」

「そうだけど?」

「達観してますね」

「苦労したからな。不幸自慢じゃないが、なかなかハードだ」

「そうなんですか? 割と気楽に生きてるように見えますけど」

「お前と最初に会ったときだって、俺たちボロボロだっただろう。それなりの修羅場を抜けて、あそこにいたんだよ。思い出せ」

「そう言えば。アイカさんやルイーズさんも」

「ルイちゃんって言わないと怒られるぞ」

「……ルイちゃんも血まみれだったような」

「そういう事。言っとくけど、付いて来るならそれなりにヤバい橋を渡る事になるから」

「えぇ。それ言われると、嫌になってきたな。でも姉様に打たれるのが無くなるのは勘弁だなぁ」

「……あっそ」


 こいつもなかなか変態だ。

 

「そういえば」


 話題が変わるようだ。


「最近、姉様の様子がおかしいと思いませんか?」

「最近かどうかかは置いておいても、あれは少しどころじゃなくおかしいな」

「成人儀式からずっと変なんですよ。一日一回はボクの事を殴ってくれたのに、今日まで一回も殴ってないんですよ!? おかしくないですか!?」

「……それは、ちょっと違うんじゃないかな」


 おかしい方向が、少しおかしかった。


「それ抜きでもおかしいですよ。ボーッとする事も多いですし。一人で騒いでることもあるし。前の姉様だったら、何もなくてもボクの事を殴ってたのに。最近、何もされてないんですよ」

「殴られたら痛いだろ? 別によくね?」

「痛いからいいんでしょうが!!」

「そ、そう……。なんかごめん」


 力説するイズモから一歩離れた。


「あれは絶対、恋です!!」

「はぁ?」


 聞きなれない言葉が出てきて、聞き返してしまった。


「だから、恋です!!」

「いや、うん。聞こえてるから。大声出さなくても良いよ」


 イズモを落ち着かせて、さらにゆっくり歩く。


「姉様はユウキさんに恋してるんですよ。これは。絶対そうです」

「ふーん」

「ふーん、って。もっと、こう、何かないんですか? やっべ、マジ!? あいつ俺のこと好きだったのかよ、マジヤベー。えぇー、マージーでぇ? 的な?」

「いや、分かるから。もう大体分かってたから。あいつ、すげー分かりやすいし」


 イズモはビックリがっかりしたような顔になる。


「なんだ、分かってたんだ。つまんないの」

「面白がるな。俺はあいつのギャップに耐えきれてないんだよ」

「なんで? 姉様、結構きれいだと思うけど」

「外見の話だろ? 俺から見れば、エルフは全員美形なんだよ。お前、虫見て、あ、こいつカッコいいとか可愛いとか分かるのかよ?」

「例え酷すぎません? 言いたい事は分かりますけど」

「内面ね、内面。そりゃ、あいつは綺麗だし。文句なんて出てこないんじゃねーの? でもさ、一回ひどい目にあってるわけで」

「これ聞かれたら姉様自殺しそうだな……」

「言い過ぎ。評価は常に変動するの。一回の失敗位、俺は許容できるよ。後は、あいつ次第だって。俺がどうなるかなんて。俺からアピールするかもしれないし、しないかもしれないし。シノノメが態度をどうするのかが重要なんじゃねーの?」

「……そんなもんですか」

「そうだって。好かれること自体は嬉しい。問題は、ギャップだからな。初めて会ったときと、今のアイツの態度が違いすぎて、違和感しか今は生まれてないんだよ」


 少し無言が続いた。


「まぁ、なんだ。アイツにはいうなよ。面倒事はあれだ」

「言いませんよ。面倒だし」

「そ」


 それから左腕が軽くなったので、歩く練習と走る練習をして、家に戻った。



「おかえりー」


 アイカがリビングでくつろいでいた。

 こいつ図太いな。

 

 両親はあまり良い顔をしていないが、二人の命の恩人の手前、なかなか強く言い出せないように見えた。

 アイカはソファーで横になって、茶菓子を食べる。食べる食べる。


「太るぞ」

「エルフの食品はカロリー低めですぅ」

「腹立つ」


 ルイちゃんもリビングに出てきた。 

 

「お帰りなさい」

「あぁ」


 するとシノノメも出てきた。

 これで家に居る全員がリビングに揃った。


「戻ってたのね、うじ虫」


 リビングが凍りついた。

 俺はイズモを肘でつついた。


(あいつ、本当に俺のこと好きなのか?)

(そ、そうだとおもうんですけど……)


 ひそひそやっていると、シノノメが苛立ち交じりにイズモを蹴った。


 一層の喜びを表現しながら、イズモが叫んだ。


「ありがとうございます!!」




 それから食事になったが、シノノメは事あるごとに俺に突っかかってきた。

 やれ食べるのが遅い、食い方が汚い。

 後者は俺が悪いが。

 綺麗に食べたつもりだったのだが……。


 少し凹みながら自分の部屋に戻った。

 無駄に広い家に一角に俺に割り振られた部屋はある。


 客間と言ったらいいのか、それなりに整っている部屋だ。

 小さな明かりをつける。間接照明のようなものだ

 ベッドに潜り込んでさっさと寝ようとすると、ノックされた。


「あ、あ、あの。わた、私、です」


 誰だよ、なんて聞くと泣きかねない声音だった。


「どうぞ」

「し、失礼しまーす……」


 恐る恐るシノノメは部屋に入ってきた。

 シノノメはネグリジェに身を包んでいた。

 何しに来た。寝ろよ。

 薄緑色のネグリジェは、妖艶な雰囲気と清楚な雰囲気を同居させた絶妙なバランスを保っていた。


 要はエロい。

 焦らず口を動かした。


「どうした?」

「あ、あの。さっきのは違くて。私の本心じゃないというか……。照れ隠しというか……」

 

 最後の方はごにょごにょと聞き取り辛かったが、ばっちりと聞こえている。

 もうはっきりした。


 一応、俺に好意は持っているようだ。

 理由は知らないが、何かがシノノメの琴線に触れたのだろう。

 左腕を無くさせてしまったという負い目もあるだろうが。


 シノノメは俯き気味になって、二の句をつなげないでいた。


「立ってるのもあれだろ。座れよ」

「は、はい……!」


 ビックリしたのかシノノメはベッドに座ってきた。

 おい、誰がベッドに座れって言った?

 椅子に座れよ。


 つーか、近ーな!

 もう少し距離測れよ!

 ほとんど肩と肩がぶつかる距離だよ!

 

 自分でも何してるか分かってねーよ、こいつ。

 しどろもどろしているだけだ。


 何しに来たんだ、こいつ、マジで。


「あの、あの、さっきのは違くて」

「さっき聞いたよ」

「そ、そうですよね。でも悪気があった訳じゃなくて。茶化されるのが……」


 そういう考え方もあるか。

 でも俺から何かする気はない。


 なんせ、俺、不能ですから。

 勃起しないんですねぇ。これが。

 性的興奮がない。残念だ。

 据え膳がどうたらがあるらしいが、俺には関係のない話だ。


「で、でも。私がユウキ様をお、お、お慕い――」


 俺が突然立ち上がったから、会話が途切れた。


「ユウキ様……?」


 不自然な格好で止まる俺を訝しがる。


「来たか……?」


 何か聞こえる。

 

「アイカぁ!! こっちにこい!!」


 バタンとドアが開かれた。


「どうかしましたか!?」

「わ、わ、ど、どういう……!?」


 シノノメはあたふたして、現状を把握しきれていない。


「影人はいるか!?」


 それを聞いたアイカは、窓を開けた。


 顔を外に出して、大きく息を吸った。


「……居る!!」

か、感想待ってるんだな

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