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59 温い

 一週間。

 寝込んでいたらしい。


 俺は左腕を失った。

 

 正確に言えば、左肘から先が無くなってしまった。


 あの時の事はよく覚えていないが、俺の腕を食っていたキマイラの頭を火槍で吹き飛ばすことができたらしい。


 外は堅くても、中は柔らかかったようだ。

 

 獅子の頭を吹き飛ばすと、噴水のように血が湧き上がり、間もなく山羊も蛇も動か無くなったようだった。


 それを見た影人は一目散に逃げ始めたそうだ。

 俺は気絶していたし、アイカは毒にやられ、ルイちゃんはピクリとも動かず、イズモは腹を貫かれていた。

 その状況なら、俺たちを殺せたはずだが、影人達は逃げてくれた。


 でも、それだけの怪我を負いながらも、俺たちは生きている。


 シノノメのおかげだ。


 必死こいて光魔法が使えるエルフを呼びに、里に戻った。

 俺は失血死寸前で助かり、アイカは毒死寸前で助かった。


 ルイちゃんは頭を強く打ったようで、今も寝ている。

 イズモは無事だ。今も元気だ。


 シノノメは――。


「はい、ユウキ様。あーん」

「いいから、ゆっくりさせて」


 ベッドに横になる俺に、献身的に生活の保護をしていた。

 ペシッと差し出されたリンゴを手で弾いた。


 ――俺たちはイズモとシノノメの家に招かれたようで、今はそこで療養している。


 皆それぞれに部屋があてがわれ、そこでゆっくり休んでいるはずだ。


「そ、そんな……。わ、私はただユウキ様に……」


 シノノメが泣きそうな顔をする。


「わ、分かった。リンゴが食べたいなー。誰か剥いてくれないかなー」

「はい、ただいま」


 シノノメがすぐにリンゴを剥きはじめた。

 ルンルンと鼻歌を歌いながら、とても幸せそうにしている。


 誰だこいつ。


 俺のシノノメ像は、傍若無人で人間やドワーフが嫌いで、初見で牢屋に叩き込むようなエルフだった。


 それがどうだ。


 一週間ぶりに目を覚ませば、抱き着かれ、泣かれ、良かったと本心で心配していた。


 違和感が一杯で現実と想像が結びつかない。


「なぁ……」

「はい!」


 喜色満面といった様子で、シノノメが反応を示した。

 演技、じゃないよな……?

 こいつのプライドがそれを許さないと思う。


 いや、プライド云々言うなら、この状況がすでにこいつのプライドを傷つけているのでは?


「いや、なんでもない……」

「そうですか……」


 シュンとした顔になる。

 その顔辞めてくれない? なまじ美人なだけこっちにもダメージがある。

 それでもシノノメはリンゴを剥き続ける。


 ……何個剥く気だこいつ。

 もう三つは剥いている。


「おい、そんな食えるわけないだろ」

「そ、そうですね……。すみません」


 シノノメは爪楊枝を用意して、リンゴの一切れにそれを刺した。

 手皿をしながら、それを俺に差し出してきた。


「はい、ユウキ様。あーん」

「……………………」

「ユウキ様? はい、あーん」


 誰だこいつ。マジで誰だよこれ。

 こんな奴じゃない。

 俺の知ってるシノノメは、そりゃもうひどい奴だった。

 双子の弟を鞭でぶっ叩いて。ドSで。

 介護なんて向いている奴じゃない。


 寧ろ、このリンゴに毒が入っているのが自然だ。

 だがそんな様子はない。

 分からない。

 こいつの意図が分からない。


 怖ぇんだけど。

 密室で何をする気だ。


 その林檎にはどんな仕掛けがあるというのか。


 なんだ? 食ったら死ぬタイプか?

 そこまで凶悪じゃなくても、下痢くらいはやるか?

 おぞましい奴め。


 何て危ない奴だ。

 もう少しで引っかかるところだった。


 でも……。


「ふふっ。はい、あーん」


 マジで楽しそうだな。

 俺を地獄に叩き落すことが楽しいのか。

 それとも――。


 俺は口を徐々に開けた。


「あ、あーん……」


 自分で食えるなんて無粋なことは言わない。

 それに言えない。

 言ったら言ったで、何されるか分からないからだ。


 シノノメがにっこり笑った。

 少しだけドキッとした。


「はい、どうぞ」


 差し出されたリンゴを口の中に頬張った。


 ドキドキしながら一回噛んだ。

 甘酸っぱい。

 普通のリンゴだ。


「な、なんで……?」


 つい、そんな事を言ってしまった。


「何でと言いますと?」


 シノノメが小首をかしげて不思議そうにしている。

 サラサラの金髪が揺れた。

 セミロングの髪に目を奪われていると、シノノメが俺の左腕に触れた。


「左腕」

「は?」

「左腕に、なろうと思うんです」


 さっきまでの柔和な顔が消えて、少し消え入りそうな表情をした。


「私のせいで、こうなった訳ですし」


 なにいってんだ、こいつ。


「別に、お前のせいじゃないだろ」

「いいえ、私が戦えれば……」


 シノノメがうつむいた。

 ギュッと握り拳を作った。


 それを見て、俺も無くなった左手を見た。


 ヒラヒラと腕を振って見せた。


「舐めんなよ。別にお前のせいでこうなった訳じゃない。俺が弱かったんだ。俺がキマイラを殺せていれば、左腕は無くならずに済んだ」

「……それを言うなら、私がちゃんとした装備を与えればよかったんです」

「ま、それもあるな」


 この言葉に堪えたのか、シノノメはポロリと涙を流した。


「俺もお前も失敗した」

「……は、い」

「まぁ、でも生きてるし」

「……はい」

「左腕位なくても、右腕があれば十分だし」

「……ッ」

「悲観すんなよ。左腕一本で、五人助かったんだ」

「……はい」

「安くないか?」

「……分かりま、せん」


 涙が床に落ちた。


「肘から先は少しあるし」


 ひょいひょい動かしてみた。

 切口がズタズタなのが痛々しい。


 それを見て、シノノメの表情が暗くなる。


「行けるって。義手でも作ってもらおうかな。ルイちゃん作れるかな?」

「……作らせ、ます」

「でも、ルイちゃん鍛冶師じゃないから、あまり出来がよくなさそうだなぁ」

「……一緒に、行きます」

「? どこに?」

「……鉄鋼、高山」

「あぁ、ドワーフが住む場所ね。それもありかもね。何、一緒に来んの?」

「行きます」


 これだけは、シノノメは力強く答えた。


「ま、いいけど。光の加護の枠は、まだ空いてるし」

「ありがとうございます」


 シノノメが涙をぬぐって、ニコッと笑った。

 何もするでもなく、無言の数秒が過ぎた。


 シノノメの顔がどんどん赤くなる。

 すると、ドアがノックされた。


「フヒッ、ユウキさん。起きてますか?」


 アイカだ。

 返事をしようとした瞬間、シノノメが席を立った。


 ドアを勢いよく開けて、部屋から飛び出してしまった。


 アイカは驚いて、廊下の壁にくっついている。

 

「何してんだ、入れよ」


 アイカが廊下の先を見ながら、部屋に入ってきた。


「乙女ですねぇ」



感想待ってるよん

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