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58 等価強化

 等価強化。


 シノノメのスキルだ。


 先天的スキルの内の一つ。


 対象を傷つければつけるほど、対象の能力を強化する事ができる。

 

 この能力というのは、あらゆる意味での強化だ。

 身体能力、感覚能力、その他諸々。

 生物としての能力をあらゆる意味で強化する事ができる。


「私の調教に耐える事が出来るのなら」

「覚悟はできてます、姉様」


 イズモの頬はすでに紅潮していた。

 期待している。

 

 傷つけられることを期待している。


 等価強化の恐ろしい点は、命令権にある。

 自分より弱いと思う、感じる、直観した対象に命令する権利を与える事ができる。

 

 そうして、今シノノメはイズモを操ろうとしている。


 シノノメが鞭を振りかぶった。

 鞭がしなって、金属で覆われた先端にエネルギーが集約した。


 限界までしなった鞭の先端の破壊エネルギーとは。

 イズモを見ればわかった。


「イギィィィィィッぉぉおお!!」


 うわっ。ひでぇ。

 痛いだけだ。あれでは。


 等価強化は一過性のものでしかない。

 強くなりたいなら、その場でシノノメの調教を受ける必要がある。


 等価(・・)強化。


 シノノメの調教という名の一方的な暴力に耐える事が出来れば、それだけの力が手に入る。


 シノノメの腹にめり込んだ鞭の先端が、シノノメまで跳ね返った。


「次だ!!」


 容赦がない。

 等価強化を限界までやるつもりだ。


 二振り目がイズモの太ももに直撃した。

 ぎゃあああ。あれは痛い。


 イズモは耐える。それでも絶叫は止まない。

 歯を食いしばり、目をきつく瞑る。


「うわぁ……」

「ありえなくない……?」


 アイカとルイちゃんがかなり引いた目で二人を見つめている。

 見ているというか、逸らしているというか。

 見て見ぬふりというのが一番近い。


 掌で目を覆い隠し、指の間から惨状を見ている。


 俺は直視。見なければならないだろう。

 今やっていることだって、本気だ。本気も本気なのだ。


 昨日見た森でのSМプレイとは一線を画したシノノメの一撃。


 三回目の鞭の一撃はイズモの顔面に入った。


「ゴッ……!!」


 ふらつくイズモ。

 だが、すんでのところで踏ん張った。


 それでもシノノメは止まらない。

 生来的にサディストなのだ。


 右の頬を打てば、左の頬を。


「ありがとうございます……!!」


 そして、イズモは生来的にマゾヒストだった。

 等価強化は成り立つ。


 イズモは強くなる。

 この一時だけ。


 あらゆる意味で強くなり、先ほどまでの無様な弓捌きは鳴りを潜めるはずだ。


「ん! 来てますよ、ユウキさん!」


 風下に立つアイカが気づいた。

 影人の臭いは覚えたようだ。


「ラストォ!!」

「ご褒美です!!」


 二人で盛り上がっている。

 最後の一撃は入るや否や、影人達の軍勢がこっちに来ていた。

 どうやってこっちに気付いたのか……。


「んんんんんん!! キモヂィィィイイイイイ!!」


 あいつだな。

 静かにやってくれという要望を付け加えておくべきだったか? 

 でも等価強化は時限性だ。


 傷つけた分だけ強くなり、より長く強くなれる時間が長くなる。

 敵がすぐ現れた方が良い。


 ある程度騒がしい方が、等価強化の効果を十全に発揮する事ができる。


「予想通りだな」


 影人の数は二十以上はいるし、奥の方に鎖で括り付けられたライオンっぽい奴がいた。


「あれがキマイラか。デカイな」


 落ち着き払った声で言ったが、内心かなりビビっている。

 想像以上にデカかった。

 体長、体高ともに生物の規格を超えている。


 体長は五メートルはあるか?

 体高に至っては三メートル?

 

 バカじゃねーの?

 あんなの殺せるわけねーだろ。


 何て言えるわけもない。

 全員一応はやる気出し、水を差す気はない。


 それにやらないと、今日の飯にありつけない。


 俺の飯のために、死ね。


「光の加護!!」


 六芒星が全員の体に灯り、30分限定で身体能力を底上げした。

 等価強化で強化したイズモの身体能力とは……?


 すぐに分かった。


「行きますよぉぉぉおお!!」


 超高速で矢をつがえた。

 早い。さっきまでとはまるで別人だ。


 イズモは走る。

 森の中を縦横無尽に駆け巡る。


 走りながら射撃する。それでも当たる。

 百発百中。今のイズモは無敵だ。


「アイカは俺と来い!! ルイちゃんはシノノメの護衛だ!」


 返答を聞かず走り出した。

 怖い。でも何か高揚してる?

 待ってたみたいな。

 この時を待ち望んでいたみたいだ。


 楽しいと言ったら変だが、戻ってきたという感慨深さはある。


「火槍!!」


 接敵する前にできるだけ数を減らしたい。

 だが、敵には火魔法の情報が渡っていたようだ。


 あまり成果が芳しくない。

 火魔法を使った時点で、多くの影人が木の陰に隠れた。


 それにイズモの事もある。


 イズモは木に登ったりして、完全に優位な条件で射撃を行っていた。

 弓と火魔法。


 この二つで影人を封殺している。

 またしても影人は見誤った。


 今回はイズモの力を図り間違えた。

 いや、イズモとシノノメの力をだ。


「どうしたんですか!? こないんですか!? こっちから行っちゃいますよ!?」


 影人はさっきまでの勢いをなくし、木陰に隠れる事しかできない。


 だが、イズモは焦る。

 時間が迫る。


 等価強化の時間は短い。

 もうそろそろ切れてもおかしくない。


 あらかじめ決めておいたハンドサインをイズモに見えるように行った。

 

 下がって等価強化しろ、の合図だ。


「こっちだオラァぁぁぁぁ!!」


 わざと大声を上げた。

 俺に注目を集めたい。


 火魔法も散々使い、影人の注意は完全に俺に向く。


 それでいい。

 等価強化する時間も稼げるし、なにより。


「ォゲ!!」


 アイカが活躍する。

 アイカはいつでも、どこでも後ろを狙う。

 卑怯と言われようが、それが戦い方だ。


 真正面から戦うと弱いが、盗賊らしい戦い方をすれば、それなりに戦える。


 一体の影人を刺し殺し、ぴょんとその場から離れた。


 近くにいた影人が徒手空拳でアイカに迫る。


「わっ! ほっ! や、やばっ、くそ、喰らえ!」


 最初こそ避けていたアイカだったが、だんだん追い詰められ、苦し紛れに一本突きをした。

 それでも腐っても短剣スキル。


 目覚ましいスピードで繰り出される一撃に、影人は反応しきれない。


 腹を貫かれ、黒い血をドバドバ出した。

 アイカは隠れるようにその場を離れた。


「ありがとうございます!!」


 後ろから嬌声が上がった。

 等価強化をしている。


 影人は何をしているのかと、訝しがっている。


 それでもあれに突撃していく、勇気ある影人はまだ居ないようだ。


 俺は真正面から食って掛かった。


 隠れる影人の真っただ中に入って、剣を振り回す。

 イズモの矢のおかげでだいぶ減っている。

 もう半分の十体まで減っていた。


 この分ならいける。

 だが、影人はおそらく逃げる。


 ほら。来た。


 逃げてる。

 勝ち目が薄いと思って増援を頼む気か? 

 それとももう戦うのもこりごりだろうか。


 違うな。


 影人は諦めていない。


 後ろの方からのっそのっそとキマイラが歩いてきた。


 前半身を獅子。後半身が山羊。尻尾が蛇。

 この三つで構成された混合獣。


 どうやったらあんな化け物が生まれるというのか。

 影人は全員下がった。

 キマイラだけを前進させて、自分たちは高みの見物を決め込む気だ。


 キマイラが俺の目の前まで来た。

 距離にしてそうない。五メートルあるかないかだ。


 でけぇ。目の前にするとその圧倒的な重量感が、俺にのしかかってくる。

 臭い息が俺に吹きかかった。


 俺もキマイラも動かない。

 何考えてんだこいつ。


 どうする。つーか、どうもこうも。

 下がるしかないだろ。


 一歩踏み込もうとした瞬間、キマイラも動いた。


「ゴァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「――ッッ!!」


 恐ろしい鉤爪を振り下ろしてきた。

 さっきまでの距離もいつの間にか無くなっていた。


 いつの間に動いた……!?


 全力で横に飛んだ。

 爪が服をかすめ取った。

 その一撃で上半身が裸になった。

 もう服の体をなしていない。


 タッタッタッとどんどん後ろに下がる。

 大丈夫だ。傷はない。

 ビビるな。いけるぞ。

 見える。

 

 キマイラが走る。

 獅子の前足が突き出される。


「オオォッ!!」

 

 銅の剣で立ち向かう。 

 ギィィンと硬い物同士がぶつかり合う音がした。


 力は負けてない。

 影人がどよめく。


 獅子のが大口を開けた。

 下がる。下がれ。

 頼む。体、動け――!!


「アアァアアア!!」


 空振りに終わり、キマイラが苛立ち交じりに叫んだ。

 追いかけてくるか。


「あぁ?」


 追いかけてこない。

 距離を開けていい事なんてあるか……? 


 この機を逃さず下がった。

 ジグザグに曲がりながら、相手との距離を測る。


 ここくらいで良い。

 さっきの倍の距離。十メートルあれば、見切れる。


 しかしキマイラの意図は、俺の想像では測れなかった。


 山羊だ。


 キマイラの体のど真ん中に生えている山羊が、モニョモニョ言い始めた。


 ゾクッとしたものが、背筋を駆け巡った。


「魔法だ!! 避け――!」


 地を蹴る。筋肉が躍動するのが分かった。

 瞬間、目の前が真っ白になった。

 

 光。音。


 音とは空気の振動だが、もはや振動と呼べる枠組みじゃない。

 溢れ出す光と音。

 

 全てを破壊するかのごとき、その雷。


 例によって雷魔法が炸裂した。

 それも今まで見た雷魔法のどれよりも強力だった。


 雷光に加え、轟音。

 目も開けられず、耳も潰される。


 当たったのか……?

 いや、当たってはいない。

 避けている。


 他の連中は……!?


「フヒッ、あっぶな……」


 アイカは無事だ。

 その場に伏せている。


 他の連中も当たってはいない。

 狙いは俺だったようだ。


 その俺もギリギリ避けれた。あいつも口が動いて、何か言った後魔法が出る。

 出が分かりやすい。

 でも雷魔法だからスピードに気を付けろ。


 一撃でも貰ったら死ぬかも。

 ッ。

 怖ぇ。


 割に合ってないな。

 くそ。

 剣を握り直した。


 斬れない剣でどう殺す? 

 答えは。


「魔法だろ」


 火槍を一本、最速で飛ばした。

 まぁ。


 ね。


 普通に避けられる。バカスカ撃ってみた。

 キマイラはその体からは考えられないスピードを出して、森を駆ける。

 木々を盾にして、火槍を避けていく。


 でも当たっても仕方がないようだった。


 一本だけ何とか先読みして当てる事が出来た。

 キマイラの横っ腹だ。


「ギャオオオ……!!」


 雄叫びあげただけで、普通に立っている。

 マジかよ。

 効いてない……?


 そんな事はないだろ。

 ちょっとは効いてる。

 でも決定打になっていないだけだ。


「こんなのばっかり……」


 アイカが愚痴った。

 基本お前のせいだという事を忘れるなよ。


 クソ。雷魔法が使えるのか。

 これは、やばくないか……?


 あいつ、一人三役だ。

 人の事言えないが、あれはずるい。


 蛇に至ってはまだどんなことができるかすら分かっていない。


 すると後ろから援護が飛んできた。


「来た来た来たぁぁ!! 最高の気分だぜぇぇ!!」


 ラリッたイズモが矢を放った。

 等価強化した矢は誤らず、キマイラにとびかかる。


 が、これもすぐに察知されて避けられる。


「まだ矢はあるぞぉ!!」


 キマイラが真横に移動を開始して、的を絞らせない。

 それでもイズモの命中精度には舌を巻いた。


 必ずキマイラに回避姿勢を取らせる精度で、矢を放っている。


 やれ、いけ。当たれ。いけ。当たった。

 一本だけ。

 

「ギャア……!」


 刺さった矢を気にして、キマイラが立ち止った。

 イズモが矢を二本手に取った。

 同時に撃つのか!?


「ボクならできる。できる。できるぞおおおお!!」


 大弓を構えて、一気呵成に矢を放った。

 二本同時に矢を放ったにもかかわらず、その命中精度は少しも下がらない。


 威力を最大限に保ち、二本の矢が飛翔した。


 ドドッと二本の矢がキマイラの横っ腹に刺さった。

 だが、浅い。

 あまり深く刺さっていない。


 今にも抜けそうなくらいだ。


 というか、抜けた。


「あれ……」


 イズモが気の抜けた声を出した。

 一番ショックを受けている。


 本気も本気で撃ったにもかかわらず、矢はすぐに抜けてしまうほど傷が浅い。

 これをショックと言わず何と言う。


 それを見逃さず、山羊がもにょもにょ口を動かして、不気味な声を出していた。

 魔法だ。


「イズモ、避けなさい!!」


 シノノメが命令を出す。

 等価強化の命令権が、強制的にイズモを動かした。


 イズモの体は何かに引っ張られるように動き、雷魔法を間一髪回避した。

 ドカァァァンみたいな音がして、耳がバカになる。


 後ろに居ても魔法で狙われるだけだ。


「前に出てこそ活路が見えるはずだ。下がるな、下がるな、俺」


 暗示をかけるように自分に言い聞かせる。

 走る。木々を盾に雷魔法の脅威を遠ざける。


 森を疾駆し、剣を構える。

 正面には立たない。

 側面から攻撃する。


 イズモが意図を理解して、なんとかキマイラの意識を引っ張る。

 しかしイズモが矢を撃つと、キマイラも回避行動をして、どこか遠くへ行ってしまう。


 落ち着け。

 しょうがない。

 先回りしろ。


 というか、あいつ。

 やっぱり、盗賊だな。


 こういう隠密行動は、やっぱり上手い。


「ハァ!!」


 アイカがいつの間にか、キマイラに肉薄して、剣を突き刺した。

 少しだけ、ほんの少しだけ突き刺さっている。


 マジか。 

 あいつ、獣人だぞ。

 力だけだったら、その辺の奴より強い。


 それが一本突きして、ちょっとしか突き刺さっていないって。

 これはもう。


「武器が悪いんだよ!!」


 もっとましなものを寄越せ!

 アイカはさっさと後ろに下がる。


 だが、そこには伏兵がいた。

 

 蛇だ。


 ただの尻尾のように居ただけだったのに、突然動き始めた。

 キマイラの大蛇は相当に大きい。


 一抱えはありそうな胴体の蛇だ。

 それがアイカにかみついた。


 肩からバックリと噛みつかれた。


「痛い痛い痛い……!!」


 アイカが切れ味の悪い短剣で、蛇をガツガツ殴る。

 数度頭を叩くと、嫌そうにして蛇はアイカから離れた。


 アイカは尻餅突きながら、それでも後ろに下がる。

 そんなアイカを見逃すほど、キマイラは甘くなかった。


 獅子の部分の前足が、大きく振りかぶられた。


 まずいって!


「火槍!!」


 叫ぶ。

 山羊と目があった。

 山羊の後脚が駆動した。


 アイカを無視して、俺に肉薄してくる。

 アイカが後ろから何かしようとしたが、こけた。


 あのカス。マジで使えないときは、本当に使えない。

 火槍を連発しても、キマイラはひょいひょい避ける。


 後ろから嬌声が上がる。

 いつまで等価強化できるか分からない。


 その内援護が飛んでくることを祈り、俺は構えた。


 キマイラが突撃してくる。

 何の変哲もない攻撃だ。

 ただあの巨体で突撃されれば、一たまりも無い。


 すれ違いざまに斬りつける。

 斬れない。

 キマイラが反転して、再度突撃してきた。


 これは避けれない。

 くっそ。怖ぇ!!


 デカい。

 なんつーデカさだ。


 轢かれる。


「ゴッ……!」


 剣を盾に真正面から、キマイラを受け止める。

 ズザザザと地面を滑り、数メートルも後退した。


 全く斬れない銅の剣と、キマイラの獅子の顔がぶつかり合う。


 止めようと思ったが、流石に体格差があり過ぎた。

 上から覆いかぶさってきた。


「うおっ!?」


 地面に倒れた。キマイラのでかい前足が、俺の胸におかれる。

 重ッ!

 メリメリ肋骨が鳴り響いている。


 兎に角痛い。


 やばいやばいやばい。

 キマイラが大口を開けた。


 食う気かよ。クソ。やべぇ。

 油断した。


 ルイちゃんが居なかったら死んでた。


「どるあぁぁあああああ!!」


 ルイちゃんがキマイラの鼻っ面に棍棒をたたき込んだ。

 

「ギャン!」


 可愛い声を出して、キマイラは俺の体の上で大暴れした。

 痛てててててて。爪、食い込んでるって!!


 最後に俺の胸を踏み台にして、キマイラはルイちゃんに向かっていった。


「ちょ、こっち……!?」


 ルイちゃんが理不尽な現実に打ちのめされていると、イズモが大声を上げた。


「アイカさん!?」


 相当驚いている。

 あのアホがどうしたってんだ……?


「は……?」


 あいつ、全く動いてない。

 いや、動いてはいる。

 咳き込んでいるし、吐血している。

 吐血?


「おいッ!! 大丈夫か!?」


 遠くから聞いた。でも大丈夫なはずがない。

 あいつ、ずっと血を吐いている。


「おえぇぇ!! ガハッ!! な、これ……」


 立ち上がろうとするが、足がもつれて倒れ込む。

 その間にも喀血は治まらず、アイカの足元には血だまりが作られていった。


「毒よ!!」


 シノノメが叫んだ。

 毒? 

 どのタイミングで?


 ……蛇?


 キマイラを見る。

 ルイちゃんが吹き飛ばされた。

 背中から大木にぶつかって、そのまま動かない。


「ルイーズ!!」


 動かない。こう呼ぶといつもはキレるのに。


 どうするんだよ。ルイちゃんまで動いていない。


「うわああああああああ!!」


 イズモがやけくそに近い声を出して、最後の矢をつがえた。

 

 しかしキマイラももうタイミングを掴んでいた。

 キマイラはイズモが矢を放つ前に、距離を詰め、一撃でイズモを沈めた。


 鋭い爪がイズモの腹を突き破った。


「イズモ……?」


 シノノメがその場にへたり込んだ。

 俺も動けない。


 もう三人もやられた。

 

 俺は、どうすれば。


 キマイラが悠然とシノノメの前まで歩いて行った。

 やばいって。あいつ、動いてないし。


「うそよ、こんなの……」


 もはや涙を流して、戦う事を放棄している。

 それだけは――!


 キマイラが前足を振り下ろした。

 シノノメがぎゅっと目を瞑った。


「ぐぉらぁあああああ!!」


 走った。剣を捨てた。座り込むシノノメを抱き込んだ。

 背中に衝撃が走る。

 痛みの信号が、全身を駆け巡った。


 爪が、刺さってる。

 背中側から、胸まで飛び出て。

 は? 

 これ。

 俺、何やってんだ。


「え……?」


 お前がそんな顔すんなって。

 ビックリしてんのは俺だっつーの。


「なんで……?」

「知、るか、よ」


 キマイラが前足を引いた。

 爪が引き抜かれる。


 ゴボリと音が鳴った。

 なんだこれ。

 俺の胸からか。

 間欠泉みたいだ。

 なんて、思った。


 俺の血が、シノノメにかかる。

 シノノメが真っ赤に彩られた。


「い、ってぇ……」


 気が抜ける。血と一緒に大事な物が抜けていく。

 

「う、嘘でしょ……? 死なないわよね」

「さぁ、な……」


 後ろを振り返る。


 キマイラが大口を開けていた。

 咄嗟に左腕を伸ばす。


「ウガァ!!」


 間抜けな声だ。そう思った。


 キマイラが俺の左腕に噛みついた。

 持ってかれたな。

 もう、二度と左手には会えないだろう。


「やるよ」


 食いつくキマイラに、火魔法が炸裂した。

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