57 影人の実力
まず思ったのは、黒い、だ。
肌が少し黒いとかそんなレベルではない。
『黒』という概念をそのまま体現しているとすら感じる。
顔も無い。無いというか黒くて、見えない。目も口も鼻も。
光が吸い込まれ、立体感が無くなる。
遠近感が消失し、現実感が消えうせる。
緑豊かなこの森の中で、奴らは確実に異端だった。
ただ良かったと思うのは、奴らは武器を持っていない。
身長はそこまで大きくない。
人間の平均をやや下回っているか……?
体格で負ける相手じゃない。
少なくともオークほど恐れる相手ではない。
影人の数は多かった。
こっちが五人に対して、あいつらは十体はいた。
そして影人はこっちに来ている。
あいつらは勝てると判断して、こっちに来ている。
「イズモ! 撃て!!」
走りくる影人にけしかける。
が、イズモの手つきは酷いの一言に尽きる。
いや、理想が高すぎるのだ。
ツーベルクの鮮やかさを見た後、たどたどしいイズモの弓捌きは、恐ろしく拙く感じた。
「い、行きます……!」
ギリギリと弓を引き絞る。
照準がぶれている。
当たるのか……!?
「ッ……!」
イズモの手から矢が放たれた。
一直線に進む。矢。
行くか……!?
はずれた。惜しくもなかった。
遥か彼方に矢は飛んで行って、牽制にすらならなかった。
心の中で呪詛を吐いた。
死ね。へたくそ。どこ飛ばしてんだよ。影人狙え。
「外れすぎ」
ルイちゃんがボソッと嫌味を言う。
嫌いだなぁ。エルフの事。
イズモは弓をぎゅっと握った。泣きそうになっている。メンタル豆腐かよ。
現状。俺の手駒として、剣術、火魔法、光魔法がある。
盾がないから、盾術は使えない。
落ち着いている。クールだ。
ならば、初手はどうする?
反省を生かせ。
初手はこれに限る。
「光の加護……!」
五人全員に六芒星が宿る。体が輝き、左手の甲に収束した。
六芒の五点が光り輝く。
イズモとシノノメが驚いた。
「ひ、光魔法……!」
「うそでしょ。なんでこんな奴が……!?」
だが、これで現状が解決したわけじゃない。
十体を超える敵に対して、半分以下の人数で戦闘をするのは、危険が付きまとう。
「火槍」
3本。展開して発射。
影人の3体は避ける素振りすら見せる事なく、命を散らした。
残りは、8体か。
「……ォ!?」
影人の足並みが狂う。
勝てると踏んだ相手に対して、すでに3人が死亡したのだ。
これで狼狽しないなら、生物じゃない。
すでに抜いた銅の剣を片手に、駆け抜ける。
「オオオオオォォォォオオオオオォオオ!!」
あらん限りの大声を出して威嚇した。
飛び上がり、上段に剣を構える。
落下の速度をすべて剣先に集約した。
「ハァッ!!」
影人の肩口に銅の剣が炸裂した。
「斬れない、かよ!!」
何かを砕いた手応えだけを残し、シールドバッシュの要領で左手でぶん殴った。
距離が開いた。
剣が瞬く。
「一本突きィ!!」
最大加速された剣先が、影人の胸を貫いた。
柔らかい。切れないが、貫ける。そんな感じだ。
黒い血が出た。矛盾しているような気がするが、影人の血は黒かった。
それが刺傷からドバッとでた。
影人がばたばた抵抗した。それもすぐに終わる。
早々に一体を殺し、残り七体。
死んだ影人を一瞥して、前を向いて叫んだ。
「来いやぁ――あ?」
影人達は即座に身を翻し、逃走に移っていた。
早い。
判断が素早過ぎて、いっそ清々しい。
だが、無手相手に逃走を許しても良いことなどない。
他の奴に情報を渡されては困る。
追いかけ、殺す。
言われるまでもなく、アイカが駆けていた。
「セイッ!!」
一本突きで影人の背中を貫く。
影人はバッタリ倒れた。
俺も走る。
今日は超軽装だし、走るのが早い。
影人も早いが、俺の方が早い。
一体の影人に狙いを定める。
だめだ。
こいつの相手をしていたら、もう他のは見逃すしかないだろう。
「オラァ!」
飛び蹴りして、走る影人の体勢を完全に崩した。
さらにラリアットして、首筋に腕をたたき込んだ。
「ォボ……!」
変な声を出して、影人は完全に地に伏せた。
剣を逆手で握って、両手で全体重をかけて突き刺した。
「ギギギギギギギ……!!」
地面に縫い付けられる影人。
じたばた抵抗していたが、すぐに動かなくなった。
死んだふりかもしれない。
真っ黒な奴だ。
逆襲はあり得る事だ。
両手で剣を握った。
握力を全開にして、柄を握りつぶすかのようにした。
ギュッと握り込む。
「ダラァ!!」
首筋に追い打ちの一撃を与えた。
斬れない。だが、折れた。
首の骨がイッた。
これで死んだはずだ。
向こう側には仲間を何とも思っていないような連中が逃走していた。
いまさら追いつける距離じゃない。
抹殺できなかったのは痛いが、影人の戦闘力は分かった。
チンと音を立てて剣を鞘に納めた。
「大したことないな。これなら3体まで受け持てる」
これが今の俺の考えだ。
だが、これは無傷では済まないだろう。
傷を負いながらも何とかできる数、というだけだ。
しかし、俺。油断は禁物だ。
魔法使いがいた場合、それは覆る。
それはこの前のオークで経験した。
魔法使いほど厄介な奴はいない。
あの手の特殊攻撃の使い手は潰しておくに限る。
問題は、逃げた奴らだ。
援軍が来る可能性もある。
ていうか、来るだろう。
次はもっと大勢で来る。
どうする……。
もう逃げた奴らの姿は見えない。
振り返って、皆を見た。
「とりあえず、この場から離れないか?」
反対の声は出なかった。
30分以上がたって、光の加護の恩恵も切れてしまった。
次に戦闘があれば、かけ直す。
よし、冷静だ。覚えている。
車座を組んで、今後を相談する。
「あとはキマイラだけよ。行ける。行けるわ。ここまで使える奴だとは思ってなかったけど、嬉しい誤算よ……!」
シノノメは興奮が隠しきれていなかった。
余程、成人儀式を完遂して、外の世界を見たいらしい。
「お前なんもやってないけどな」
「そんな事言ったら、そこのドワーフだって何もやってないじゃない」
「ルイちゃんは足が遅いから、あまり相性が良くないんだよ。それに、お前らの護衛だって必要だった。突っ立てるだけでも、ルイちゃんは相手にとって脅威に見えるはずだ。これだけムキムキだからな」
ムキムキという単語に反発された。
しまった。ルイちゃんは乙女なのだ。ムキムキはなかったな。
「ここもその内ばれる。なんか良い策あるか?」
まだ見ぬキマイラを倒すために作戦を練る。
だが、
「何も無いわ。手荷物も無いし、罠は作れない」
「そもそも中途半端な罠なんて作っても、逆に危ないですし」
イズモが罠の危険性を説いた。
「キマイラ相手に致命傷を与えるレベルの罠なんて短時間で作れませんよ。多分。そんな事が出来れば、エルフは影人を駆逐しています」
「だわな」
罠の線は無し。
「敵はどれくらいくると思う?」
「倍は堅いわね」
ニ十体。きついな。
どれくらい魔法で削れるかが勝負になりそうだ。
「キマイラは何体だ?」
一体だと思ったら複数とかは止めてほしい。
「一体ね。本来は守りに使われるのよ、キマイラは。狩りに使うなら、一体が相場ね。これもかなりの確度だわ。キマイラは一体。これは揺るがない」
「なにより、御しきれるか微妙ですよね。何体も連れていくと」
そんなものか。
超大型犬を躾けるのは厳しいようだ。
「影人20に、キマイラ1ですか? 勝てます? これ?」
アイカが気弱なことを言った。
「行けるわ」
自信満々にシノノメが宣言した。
「イズモがやるわ」
感想待ってるよーーーー




