6 出立
全員死んでしまった。
この場に生きているのは俺だけ。
「はは……」
笑えてくる。
少し前までこんな風になるなんて思いもしていなかっただろう。
記憶があいまいだから、俺がどう考えていたかなんてわからないが。
爺の死体を乗り越えて、石造りの扉をくぐってみた。
外に出る通路がある。
というより、洞窟なのだろうか。
足場はごつごつしていて、手入れが行き届いている様子はない。
振り返ってみれば、あの扉だけが人の手が加えられている。
人の石がある事だけは確かだが、細部まで行き届いているわけじゃない。
細い通路を歩いていると、ぼんやりと明かりが見えてきた。
あまり明るくない。
剣を握りしめて、警戒しながら外をうかがう。
「どこだ、ここ……」
拉致監禁されていた時からの疑問だったが、ここがどこかさらに分からなくなった。
森の中らしい。
そして俺たちはその一端である洞窟の中に閉じ込められていたと。
「意味分かんねぇ」
この状況も剣なんて持ってることも。
人を殺してしまったことも。
冷静に考えれば、殺す必要は全くなかった。
あいつらは情報源だった。
確実に何か知っていた。
それを確認するべきだった。
それだどうだ。
殺してしまったことで、俺は一人ここに放り出されている。
「とにかく戻ろう」
夜の森を一人で歩くような気力はない。
それに黒い靄や光魔法がある程度、気力や体力を回復してはくれたが、それでも体調は悪い。
「ん……?」
洞窟の入り口に何かある。
目をすぼめて、何があるか確認した。これは。
「リュック……?」
そういう感じの何かだ。
袋というべきか。
手にとって中身を確認する。
水や食料、それに金まで入っていた。
「あいつらのか」
ここまで来るのだって、手ぶらではだめという事か。
腹だって減るし、喉も乾く。
干し肉やパンだったが、満足いく味だ。
高級品だろうか。
じゅわっと芳醇な味がした。
肉の旨みと、小麦の香り。
全てにおいて合格点だ。
若干涙ぐみながら洞窟の中に戻る。
中に戻ると、クラスの奴らとさらに自分で殺した死体が5つ。
立花さんだけを皆が集中して死んだ中央に移動させた。
弔うべきだろう。
すまない。すまない。みんな。
君たちを犠牲に俺は生き残る。
だが、まだ燃やせない。
火魔法とやらを使うには、まだ精神的な何かが足りない。
背中を壁に預けて、ゆっくりご飯を食べる。
「……うまい」
生きていると実感できる。
こんな事で生命を感じる事になるとは。
カバンの中に入っていた食べ物を全部食べるころには、眠くなっていた。
最近、寝る事すらできなかったからな。
空腹が原因だったのだろうか。
あまりの飢餓に寝る事すらできなかった。
「寝よう……」
ひとり呟くと、あっという間に睡魔に負けてしまった。
密閉された空間の空気が入れ替わり、ほどほどの爽やかさで起きる事が出来た。
ただ、ロウソクは消えていたので、部屋の中は暗い。
俺は立ち上がり、皆の死体が積もる場所まで移動した。
「これ以上は、晒せないよな。こんなとこで悪いが、文句は言わないでくれよ」
俺はローブ男から奪った火魔法とやらを使ってみる。
最下級の魔法で、皆を燃やす。
「火球……!」
二、三個の火の玉が皆の体を焼いて行く。
制服に燃え移り、皆の体表を焼く。炎はどんどん広がり、強まっていった。
追加の火球で、さらに火勢を強めていく。
出口に移動しつつ、皆の方を見た。
轟々と燃え盛っている。
どこまで燃える事ができるだろうか。
骨まで焼いてくれるだろうか。
無理だろうか。
それでも無様に死体を晒させる事だけはしたくなかった。
それが生き残った俺が最後にできる礼だと思う。
俺は剣と盾、ローブを持って外に出る。もちろんカバンも持っていく。
姿勢を低くしつつの移動だ。
だんだん煙が凄い事になってきた。姿勢に注意しないと吸い込んでしまうかもしれない。
小さな通路が煙で満たされつつある。
早くしないと俺も二の舞で死んでしまう。
駆け足で通路を走り、さっさと洞窟の出口から出た。
振り返るともうもうと煙が排出されていた。
この分だとかなり死体が燃えていることがうかがえる。
「じゃあな」
短い別れを告げると、ローブを羽織り、フードをかぶる。
男から奪った剣と剣帯で剣を装備して、盾を持つ。
とりあえず、適当に歩いてみる。
そして、確認だ。
何となく、ここは俺の知っている場所じゃない気がする。
根本的に違う。
この魔法というのもそうだ。
俺は指先に小さく火をともしてみる。
できる。
火がともった。
それを掻き消し、視線を先に向ける。
なんだ、火魔法って。
魔法だよ、魔法。
魔法ね。
うん。魔法。
魔法は。
「知らね」
でも使える。
何故使えるかというのは分からない。
なんで歩けるの? という質問に近い。
歩けるから歩けるんだよ。
という風に、火魔法は使えるから使えるんだよ。という感じだ。
最初から持っていたかのような、自然さ。
森を歩きつつ、剣も振ってみる。
うん。悪くない。体の一部のようだ。
この分なら盾もそうだろう。盾術とやらがある。
「どこに行けばいいんだ……?」
スマホの電池はとっくに切れたので、捨ててきた。
というか、普通に圏外だろ。
どっちに進めがいいのかわからないと悩みながら歩いていると、何かが転がっていた。
「……ッ!」
死体だ。
それもただの死体じゃない。
人間じゃなかった。
なんだこれ。なんなんだよ。こいつは。
そいつは、肌が緑色で、鎧を着ていて、でも喉を一突きされている。
でかい。小学生くらいはある。
こんなデカイ生物は初めて見た。
俺は後ずさったが、違う方を見るとまた同じく死体があった。
奥にもまだある。
「あいつらがやったのか……?」
俺たちを拉致監禁した奴らが、こいつらを殺した可能性がある。
ほとんどが斬られて殺されているが、偶に丸焦げになっている奴もいる。
火魔法だ。
「死体をたどればいいのか?」
死体の方向こそが、奴らが来た方向に違いない。
何があるかは分からないが、町であることを祈るばかりだ。
ところ変わり、洞窟の周辺。
多くの人間が集まっていた。
しきりに中を確かめようとしているが、燃え盛る炎がそれを阻害していた。
すると一人の女が進み出ると、水魔法を行使した。
濁流とも思える量の水が、洞窟内に入り込む。あっという間に消化されて、煙もなくなり、全員が洞窟内に突入した。
「やはりか……」
時すでに遅し。
クラスのほぼ全員と、派遣した人間が数名死んでいる。
だが、判別は付かない。
消し炭になっている。
どれがどの死体かすら分からない状態だ。
「全員、死んでしまったのでしょうか?」
一人の鎧を付けた青年がそう言った。
それも仕方がない。そういう惨状ではあるのだ。
「どうだかな」
青年の上司らしき年を取った老骨が返答する。
気概は凄まじい。
「……武器が無くなっているな」
「……本当ですね」
派遣した男たちの剣や盾が無くなっていた。
まさか炎で燃えたというわけもない。
そこまで高温だったら、消火など望む事も出来なかった。
「つまり、誰かが盗んでここを出たという事だな」
「そんなことが……?」
「法を使ったのだ。剣術や盾術を持った奴だけを向かわせたのが、そもそもの失敗。我々は見誤ったのだ」
老骨はそれだけ言うと、洞窟から出た。
「どういたしますか?」
水魔法を使った女が老骨に今後の行動の指示を仰ぐ。
「……我々だけでは、反撃を受ける、か?」
8名ほどいるが、老骨の予想は勝てないであった。
「そんなことはありません! 我々だけでもなんとかなります!」
青年がそう言うと、若い連中はこぞってその考えにのっとった。
しかし、老骨はそれを良しとしない。
「剣術、盾術、火魔法、光魔法。一人で倒せるのか? 貴様」
「ぐっ……」
老骨が問いただすと、青年は反論する事が出来なかった。
個々人の実力こそ足りなかった可能性はあったが、バランスのとれたパーティーを倒すのは並大抵の努力でできる事ではない。
「戻るぞ、報告だ。一人、逃げ出したとな」
了解、という言葉を全員が発し、部隊は帰還していった。
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