56 準備
エルフが住むアホみたいにデカい木から降りた。
ここからは誰からの庇護も無い。
時刻は朝早く。
森の葉の木漏れ日が美しい。
が、木々の高さが太陽の日を遮りまくっているので、そこまで明るくない。
シノノメは振り返って、個々の装備を点検し始めた。
「人間が銅の剣。犬が銅の短剣。ドワーフが粗末な棍棒? 舐めてるの?」
「支給したのお前だろうが」
「あら、そうだったかしら」
「その年で痴呆か? 頭使った方が良いぞ? な?」
軽口叩いてイズモとシノノメの武具を見た。
イズモは大きな弓と、所々を補強した皮鎧を着ている。
金属は用いられていないので、かなり軽い装備だ。ツーベルクの装備に酷似している。狩人?
シノノメはゆったりとした白のワンピースを着ている。これから戦いに行くんだよな? 舐めてんの? 全く戦う気ゼロだ。一応鞭だけは腰に据え付けられていた。鞭の先端は金属で補強されており、当たったら痛いなんてものではない。鞭なんて戦闘には使えないと思っていたが、あの鞭に関しては別物と考えていい。防具さえイズモのように着ててくれれば。
とはいえ、俺たちの装備もひどい。
粗末な武器に、ただの服。
紙装甲だ。
あと盾ももらっておくべきだったと、今更後悔した。
「それで、どこに行けばいいんですか?」
アイカがシノノメに質問した。
またも無視されるかと身構えていたが、今回はちゃんと答えてくれた。
「影人の集落近くに行くわ。そこで一匹でもいいからぶっ殺すわよ」
「そう上手くいくと良いですけど」
イズモが不安そうに言った。
「どういう意味?」
ルイちゃんが苛立ち交じりに尋ねた。
あまり機嫌がよくない。エルフが嫌いというのは本当らしい。
「影人が基本、複数で行動しているんですよ」
イズモが喋りながら先に行くことを促した。
シノノメがそれに続き、俺たちも歩く。
「臆病で狡猾。数的有利を絶対得ない事には仕掛けてこないし、不利と見れば即刻逃げます。そのため、真正面の戦闘となる時は、こっちが不利であることと同義になるんです。それを押し返すだけの戦力が、こっちにあるかどうか……」
「ふん……」
銅の剣の柄をいじりながら、イズモの話を聞きかじる。
「命のやり取りだろ。それが普通だ」
数で有利を稼ぐのは当然。相手が強いなら逃げるのが当然。
勝負を仕掛けるなら、絶対勝てる状況に追い込む。
最早勝負ではなく、戦いは勝利以外あり得てはならない。
「……そうですね。確かに、そうかも」
「偉そうに」
シノノメが振り返った。
「言ってくれるじゃない。何が普通よ。それが難しいんでしょ。数で勝る相手にどうやって勝つのよって話よ。それが成人儀式の要で、まだクリアするべき条件もあるのよ……」
シノノメが唇をかんだ。
何かを考えている様子だ。
「何の話だ。影人を殺せばいいんだろ? あった事はないが、そこまで強くないと聞いてるぞ」
「影人単体はね。成人儀式の話聞いてなかったの? キマイラも殺さないといけないのよ!? ありえないわ。ぶっちゃけて言えば、成人儀式をこなしたエルフなんて、そういないわ。ほとんどがミッション失敗。みんな外に出たくても、成人儀式をクリアできないから里に残る以外ないのよ」
じゃあなんだ。
あのエルフたちの誰もキマイラを殺した事が無いのに、あんなに偉そうだったのか?
人生の先輩として、高みの見物でも決め込んでいるのか……?
「私は出て見せるわ。こんな狭い所に収まる器じゃないのよ、私は」
「そ」
「興味なさそうね」
「実際ないしな。飯をくれるなら、協力するのもやぶさかじゃない。これが俺たちのスタンスだ」
「たらふく食べさせてあげるわよ。キマイラを殺せるなら」
「どうだろうな」
実際、勝てるかなんて分かりはしない。
飯のために戦うなんて、少し馬鹿らしいか……?
でも、冒険者なんて仕事はこんなもんだろ。
やる事は変わらない。
敵対種族を殺し、魔宝石を奪う。持ち物を奪う。すべてを奪い、換金する。
侵略者で、略奪者。それが冒険者の本来の姿。
迷宮に行くのでなく、影人を殺すだけだ。
やってやろうじゃないか。
この剣で。
殴ればいい。斬らなくても良いんだ。叩くだけで、生物はあっけなく死ぬ。
頭を砕けばいいし、剣術のほぼ全ては突き技だ。
このなまくらでも突き殺せる。
前に戻っただけだ。
やってやる。今日を生き、未来を見るために。
「ま、精一杯やるよ」
「そうして頂戴」
そうして、会話は途絶えた。
無言で歩く。
索敵、索敵。
茂る森を歩く。
気温はちょうどいい。いや、少し寒い。もう少し厚着したい。
でも文句は言えないか。
それからも歩く。
歩いて、水飲んで。休憩して。
「いねぇ」
アイカもいるし。気合入れると、こういう事がある。
「まだ集落まで距離があるわ。ここからが本番よ」
持ってきた手荷物の中にパンがあるようだ。
イズモが俺たちに配給した。
それを受け取り、さっさと腹の中に詰め込んだ。
最後の休憩を取って、アイカとイズモ、シノノメの目が険しくなった。
アイカがスンスンと鼻を動かし、イズモとシノノメの耳はピクピクと動いていた。
「臭う」
「来た」
「来てるわ」
三人同時に立ち上がった。
俺は剣を抜いた。
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