55 大変だな
エルフには成人儀式なるものがあるらしい。
単独、若しくは複数でパーティーを組んで、影人やキマイラを討伐するものがある。
かなり古い慣習のようだが、歳を食ったエルフが頑としてこの行事を止めようとしない。
この行事を通して、エルフは一人前として認められ、里内外にでる権利を得る事ができる。
この権利を得ても里の外に出るエルフは少ないらしいが。
やりたくない、やりたくないと主張しても、何百年も続く行事だ。
若いエルフが抵抗した所で、その他大勢の主張に押しつぶされてしまう。
イズモとシノノメは、やる気がない。
成人儀式は15歳に行われるものだが、二人の年齢は17歳だ。
2年ものらりくらりこの儀式を躱している。
しかして、それも偉大な功績と言えなくもない。
夜影森に出ていき、影人やキマイラの餌食にならないという実績がある。
逃げる事に関しては最強だ。
「ボク達耳がいいんで」
イズモの言である。
接近すればその大きな耳が、空気振動を敏感に感じ取り、即効逃げていたらしい。
同年代というか、同年齢でしか成人儀式は組むことができない。
イズモ達は17歳。俺たちも17歳。
異種族間でパーティーを組んではいけない、という物はないらしい。
「普通はエルフだけでやるんですけどね」
イズモがため息交じりにそう言った。
「もうこりごりなのよ。この行事。面倒だし。なんていうの? これだって危ない行事なわけ。分かるでしょ。影人とガチンコ勝負しろって言ってるのよ。アホ。カス。死ねばいいって感じない?」
「そうね……」
もう本気で怖い。
目がすわっているし。
しかし、シノノメのいう事も間違ってはいない。
敵対種族の討伐を命令されているわけだ。
誰の監督もなく。たった数名で。
「あんたらには、私の代わりに影人討伐でもして貰おうかしら」
「姉様、ボクは?」
「あんたは自分の力でなんとかしなさい」
「……はい」
イズモはシュンとした顔になって、下を向いた。
すると素敵なお部屋に新たな入場者が来た。
不味そうな飯をトレイに3人分乗せたものを持ってきた。
つーか、それ三つしかパンないけど。
シノノメは嗜虐的な笑みを浮かべて、トレイをこっちに寄越した。
「食えば?」
頬がひくつくのを感じながら、鉄格子越しにパンを受け取ろうとした。
「あら、手が滑ったー」
棒読みでシノノメは、手に持っていたパンを床に落とした。
座敷牢から手を伸ばしたにもかかわらず、あえてパンを落とすその根性。
「イズモ、拾え」
「そんな事しなくてもいいわよ。イズモ」
俺とシノノメに挟まれ、イズモはアワアワするしかない。
「ご、ごはん……」
「何でもいいから、早く寄越しなさいよ……」
牢屋の後ろでアイカとルイちゃんが呟いた。
「つかさー、何で牢屋? ここは暖かくお前んちに迎え入れるところじゃないの?」
「劣等民族を迎え入れる家なんてないわ。牢屋がお似合いよ。ご飯があるだけましだと思って頂戴。あと身形が汚すぎて、見てられないわ。あとで着替えを上げるから、明日はそれで来なさい」
「え、なに。明日、その成人儀式やるの? 早くない?」
「私は早く外に出てみたいの。安全に、確実に。冒険者なんでしょ? 力貸しなさいよ」
パンをイズモから受け取って、アイカとルイちゃんにも分けた。
「武器がない」
「支給するわ」
「防具もだ」
「そのままでいいでしょ?」
死ね糞アマ。
「防具なしとか舐めてんのか? 鎧寄越せ、鎧」
「金あるの?」
「ねぇよ」
「じゃ、無理ね。武器だけあげるから、それで何とかしなさい」
シノノメはそのまま立ち去ってしまった。
イズモは取り残されてしまう。
「じゃ、じゃあ、明日来るんで……」
何もない場所に取り残される俺たち。
水だけは支給されているから、死にはしない。
死なないだけだが。
俺は鉄格子を背もたれにして、その場に座り込んだ。
「あンの糞アマァァァ。調子こきやがって。いつかぶっ殺してやる」
ガブリとパンに齧り付いた。……まずくないのが腹立たしい。
「まぁまぁ。殺す殺さないは置いておいて、やばくないですか? 成人儀式でしたっけ? 影人と戦うんですか?」
「ハァ? そら、お前。……やる感じにはなってるだろ。一応は、飯まで貰ってるしな……」
「つい数秒前まで殺すって言ってたのに」
「ここでやらないって言ったら、放り出されるだろ。そうなったら夜影森から脱出は難しい。ここまで来る道のりだって、全く覚えてないんだ。協力しないと、俺たちの命が危なくなる」
「戦うからすでに命の保証はないんじゃ?」
「屁理屈言うな、犬っころ」
「ひどい……」
アイカはパンを食べきって、ごくりと飲み込んだ。
隣でもルイちゃんがパンを完食している。
俺もさっさとパンを食べて、その辺に横になった。
「やることねぇな……」
ボーッとして暇でも潰そうかと思ったが、それも難しいらしい。
この牢獄に入ってすでに何時間も経過した後だ。
外は暗くなっている頃。
明日、命のやり取りを久しぶりに再開するというのなら、今のうちに寝ておくのが吉だろう。
「寝るか」
その言葉が聞こえたか、残る二人も硬い地面の上に寝転がった。
久しぶりにルイちゃんと貞操の危機を争いながら起床した。
頭の頂点を軽くぶん殴り、ストレッチを始める。
「つれないわね」
「アホなの?」
アイカも足で蹴り起こして、強制起床させた。
そうこうしていると、武装を整えたイズモとシノノメが牢屋に入ってきた。
「おはよう。夢見はどうだった?」
「お前をぶち殺す夢だった」
「あらそう。私はあなたを調教する夢だったわ」
バチバチと視線がぶつかり合った。
鉄格子越しだけど。
イズモがカチャカチャと牢の鍵をいじっている。
すぐに鍵が開いた。
イズモが扉を開いて、俺たちの開放を促す。
牢から出ると、イズモから衣服を渡された。
イズモとシノノメがいるが、お構いなく着替えを始めた。
無言の空間が気まずい。
何か言えよ。感想とか。いや、別に言わなくても良いけどさ。
軽い。麻のような着物だった。
割と動きやすいし、この分なら動きに支障は出ない。
体の大きさもあっている。ぴったりだ。
「昨日聞いておいた得物よ。これ使ってね」
シノノメは3つ、武器を手渡した。
ぶっちゃけ、質が悪い。
「材質なんだよ。これ。軽。銅? せめて鉄にしろよ」
「あら。鉄なんて知ってたの? 所詮、劣等民族だと侮っていたのに」
「いや、お前アホだろ。こっちには鍛冶専門のドワーフがいるんだけど。材質に関しては、ルイちゃんがいる時点で、何でもばれるから」
「そうだったわね。そっちには、えっと、なんだっけ、フリーザさん? だっけ?」
「ルイーズだよ。全然合ってないから」
意図的にやっているのだろうが、いちいちツッコミを入れてしまう。
「喧嘩はやめて、そろそろ外に出ましょうよ。ここ、空気が悪いです」
「おい、そこのドМ。ここに入れたのお前らだろ。何トチ狂った事言ってやがる。死にたいの?」
「そ、そうでしたね……。すみません」
すれ違いざまに腹パンしておいた。小さく「ありがとうございます!!」と聞こえた。
止めておけばよかった。気持ち悪い。想像以上に。
銅の剣を佩いて、一日ぶりに外に出ると、色々なエルフから好奇の視線を向けられた。
人間や獣人、ドワーフが珍しいと見える。
今までの町は割と多くの種族がいた。
人間族から小人族。珍しいのでは、トカゲっぽい奴もいた。ほとんど魔物だったから、殺しにかかるところだったのを覚えている。
だが、この町にはエルフ以外居ない。
影人はもちろんだが、人間族はからっきしだ。
その他種族も言わずもがな。
害があるわけではないのだが、完全に見下されている目線だった。
精神衛生上あまりよくない。
それはともかくとして。
「ここ、すげぇな。木の上なのにこの安定感。横にも広いし、どのくらいエルフいるんだ?」
純粋な疑問だった。
樹上に住むなんてサルだな、だなんて思っていない。
「さぁ? 3000人くらい? 知らないわ。かなり少なくなってるわね。一昔前は万単位でいたらしいけど」
意外にもシノノメが答えた。
内心ビックリしながら前を行くシノノメに付いて行く。
周りをきょろきょろしながら歩く。
目につくのは木造建築の平屋ばかりだ。
質素だ。
人が住んでいないのか、倒壊寸前の建物も散見された。
エルフの人口が少なくなっているというのは本当らしい。
「……美形ばかりだな」
反吐が出そうだ。
ペッと唾を吐いてやりたい。
線が細いし、スッとしている。
人間から見るとかなりのイケメン・美女ばかりだ。
前を行くイズモとシノノメだってそうだ。
イズモは若干頼りなさげな印象だ。今は矢筒を背負い、狩人らしき恰好をしている。
シノノメは目がつりあがっているものの、理知的な瞳もあってかクールビューティーに見える。こいつは普段着に近い。
「……さっきから何? チラチラ見ないで頂戴。視線で腐るでしょ?」
「はいはい、悪ろうございました」
シノノメの小言を受け流し、目的地に向かった。
昨日使った上下の移動ができる乗り物の前まで来た。
エレベーター? みたいなもの。
……えれべーたー? なんだそれ。……まぁ、いいや。
それよりも人だかりが凄い。
祭りみたいになっている。
何十人ものエルフがイズモとシノノメに拍手を送っていた。
「がんばれ!」とか「今日こそ殺ってこい!」等など。叱咤激励している。
人だかりから一人の歳を食ったエルフが出てきた。
「……今日こそはやるんだろうな?」
「あー、はいはい。やります。やりますよ。死ぬかもしれないけど」
「気概が足りん!!」
うっせぇな。あのジジイエルフ。
ジジイっつーのはどこでもウザいな。
「影人を殺したい! キマイラを血祭りに上げたい! それくらいの意気込みが無くてどうする!?」
「そっすね。はい。がんばりまーす」
シノノメは鬱陶しそうにジジイの言葉をスルーして、籠の中に入った。
イズモは軽くお辞儀しながらそれに続いた。
俺たちは、どうすれば……?
視線が二人から、俺たち3人に突き刺さった。
「早く来なさい。従者三名」
「誰が従者だ」
軽装でマジで行くのかよ。
行きたくないな。
だが、行かないと食べ物にありつけそうにない。
今のところはこいつらに付いて行かないと、命をつなぐことも難しそうだ。
生きるって、大変だ。
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