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53 イズモとシノノメ

 結果から言えば、俺たちはジジイから逃げる事が出来た。


 この森に入った時から、ジジイは追跡を断念して、俺たちを見逃している。

 ジジイも肌で、経験で、知識でこの森がやばいであろうという事を理解しているのだろう。


 故に追ってこなかった? それともただ単に体力の限界を迎え、その場に立ち止らざるを得なかった? 


 兎にも角にも、俺たちはどうにかこうにか逃げる事が出来た。


 ジジイの姿が見えなくなるまで走り通し、無茶苦茶にデカい木の幹に背中を預けた。

 アイカとルイちゃんの傷を治し、次に俺の傷を治す。


 二人とも寝間着であるが、血まみれになっている。


 光魔法では失った血は元に戻すことはできない。

 血液は食事で取り戻す事しかできない。どこかで休養することが必須となる。


 でも、そんな気力もない。


 一時間以上は全力疾走で駆け抜けて、相当な距離を移動している。

 一時間で済んでいればいい方だ。


 走った後は、森の中を訳も分からず歩き続けている。


 目印となるものも無く、当てもなく彷徨う。


「水……」

「食べ物……」

「眠たい……」


 それぞれ満たしたい欲求を羅列する。

 森に入ってから丸一日が経過していた。


 しかし今のところ何かを口にしたという事はない。

 飲まず食わずでずっと移動を繰り返している。


 森の中は薄暗く、木々が無茶苦茶にデカい。

 スケールが違う。


 ここまで来ると、雄大という言葉が似合っている。


 木の先端を見るには顔を限界まで上げる必要があるし、幹の太さは尋常ではない。


 生態系からしてまったく異なっているように思えた。


「……なんなんだ、この森は」


 歩いても歩いても先が変わらない。

 見える景色も一辺倒。


 飽きが来る。歩いているという作業が、とても辛く感じてしまうのだ。


「ここ、もしかして、夜影森……?」

「ヤエイ……?」


 ルイちゃんが憎たらしそうにそう言った。

 それでいて、若干の怯えをはらんでいた。


「ドワーフと同盟を結んでるエルフが住む森なの。でも、敵対種族も居て、かなりヤバいわ。森の中は天然の迷路になってるらしくて、案内がないと遭難必至らしいわ……」

「マジか……。だからあのジジイも追ってこなかったのか……」


 この森が危ない事は雰囲気から察してはいたのだが、これほどとは。

 今どこにいるかはもちろんわからないし。どうすれば良いのか……。


「どうしますか? エルフって結構、他の種族の事が嫌いって聞いた事ありますけど。会ったとしても、どうなるか分からないんじゃ?」

「はぁ? マジ? なんだそれ」


 エルフに会いに行こう、なんて言いだそうとした俺がアホみたいだ。


「でも、会わないとワタシ達も危ないんじゃ……?」


 ルイちゃんが現状の厳しさを鑑みてそう言った。

 手荷物なし、もちろん食べ物・飲み物もだ。


 今のところ、丸一日何も飲まず食わずというのは本当に厳しい。

 拉致られたときはもっとつらかったことを考えれば、まだマシだと言わざるを得ないが。


「その敵対種族っていうのは?」


 エルフというのも気になるが、敵、という言葉は気にかかる。


「影人よ」


 ルイちゃんは目を険しくしている。


「真っ黒の肌をした人型の異人生物よ。夜影森を支配している実質的な種族よ。見たことはないけど。そうやって聞いたわ。まだ鉄鋼高山に居る時だけどね」

「影人……」


 真っ黒。想像がつかないが、肌が黒いだけの人型生物?

 普通だ。オークより弱そうだが……。


「影人の恐ろしさは、数と、飼いならしている猛獣よ」

「な、何飼ってるんですか?」

「俗にいう、キマイラ。複合生物ね。ライオン、ヤギ、ヘビ。キマイラを飼い慣らしているからこそ、影人はこの森を支配しているの。気を付けるべきは、キマイラよ。影人単体の強さはそこまでじゃないらしいわ。でも、キマイラは違う。別格よ……」


 神妙な声でルイちゃんがそう呟いた。

 疲れが見え始めたので、説明を聞きがてら休憩をはさむことにした。


 馬鹿でかい木の幹に背を預ける。


「ライオンは、知ってるわよね?」

「そりゃな」


 大型の肉食獣だったと思う。この辺の記憶も適当なものだ。


「もちろん、ライオンが主体なのがやばいけど、問題はその耐久性らしいわ」

「耐久性……」

「尋常じゃなく生命力が高いそうよ。複合生物なんて言うように、三匹分の命が宿っているとさえ言われているわ。一体倒すのに、三回殺す。そんな風に言われてるらしいわ」

「ルイちゃん、詳しいですね」


 アイカが驚きと、尊敬が混じった眼差しでルイちゃんを見つめた。


「ドワーフはエルフの事が嫌いだけど、同盟は結んでるのよ。その関係で、私の家にも偶にエルフが来たわ。それで、ちょっとだけ話を聞いたのよ。主に、こんな風に苦労しているみたいな話だったけどね」

「なんで、嫌いなのに同盟を結んでるんだ?」

「ミスリルの採掘がこの夜影森からしか採れないのよ。エルフにミスリルを加工する技術はないけど、採掘する事だけはできる。逆に、ドワーフは採掘する権利はないけど、加工する技術はある。エルフはミスリルを安定供給するのを約束に。ドワーフはそのミスリルで武具を供給するのを約束に。そんな持ちつ持たれつな関係ね。仲は悪いんだけど」

「ふーん」


 知ったかぶりでミスリルなんて単語を流したが、何のことか分からない。

 金属か? 知らないな。


 あまり興味なさそうな声を出してしまったのが悪かったのか、それっきり全員黙ってしまった。


 喉も乾いてるし、血も少ない。

 体力的にも、あまり喋る気力がない事を思い出し、黙って休憩している。


 静かな時間が過ぎる。

 誰も喋らなくなったし、相当に疲れた。


 足も棒のようになっているし、眩暈すら覚えるようだ。


 そこまでじゃないけど。でも、やばいか。


 食べたいし、飲みたい。

 それに、眠い。


 でも、寝れないよな。ここには、影人なる奴がいるらしいし。

 危なくて、寝れたものじゃない。


 それが良かったのかもしれない。

 誰も喋らず、周りにも気を配らず。


 ただボーッとしているだけの状態が。


「――ッ!」


 ? 何か聞こえた。


「――ンッ!」


 男? 女?

 どっちだろ。

 どっちもかな。


 二人くらいどこかから声が聞こえている。


「何か聞こえるな……」

「そっすね」


 アイカが気のない返事をした。

 いや、結構大事だと思うけど。


「ちょっと見てきてよ」

「えぇ……。私? なんか嫌な予感するんですけど」

「お前、盗賊じゃん。こっそり見てきてよ」

「疲れたから嫌ですよ」

「ちょっとだけ、見てくるだけで良いから。俺たちここで待ってるし。動かないし。ちょっと見たら戻ってきていいから。あれ、偵察? そう。そんな感じ。危なかったら、逃げてくればいいから」

「……面倒だなぁ」


 アイカは「よっこいせ」と腰を浮かせて、立ち上がった。

 声のする方向にのそのそと歩き始めて、森の中に消えていった。


「影人かも」


 ルイちゃんが心配そうに、アイカの行方を見守る。


「逃げてくるし、大丈夫だろ?」

「いや、影人連れて来たらワタシたちピンチだと思うけど?」

「ん、まぁ、あれだ。弱いんだろ? 行けるって。なんだったら、魔法とか使うし。火魔法あるし。いけるな。行けるわ。これ」


 ルイちゃんもそれからは黙って、アイカの帰還を待った。

 待つこと数分。


 何事もなくアイカは戻ってきた。

 

 顔は沈鬱だ。

 あまり気分はよくなさそうだった。


「誰かいた?」


 あまり期待はせず聞いた。


「いたっていうか。居ましたけど。ちょっと、あれかな? みたいな? なんか、関わりたくないっていうか、なんていうか。関わりたくないな、うん」


 最後にははっきりと関わりたくないと、アイカは断言した。


「結局なに? エルフでもいた? それとも影人?」

「エルフですけど。多分」


 アイカがそう言うなら、多分、エルフなのだろう。

 見ても居ない俺が否定することなどできない。


「どうしよっか? 会いに行く?」


 それにアイカは待ったをかけた。


「いやー、あれは会わない方が良いんじゃないかな。私は第一印象最悪に近いけど」


 なんだそれは。

 逆に気になってきた。


「アイちゃんがそこまで言うなんて。よっぽどじゃないの? そのエルフ」

「でも見たくない?」

「……まぁ」


 ルイちゃんはテンション低めに頷いた。

 それでも少しだけ興味は抱いてしまったようだった。


 俺はアイカに向き直って、立ち上がった。


「案内よろしく」

「……おすすめしないけど」

「見てから判断しようか」

「後悔しても知りませんよ」


 アイカはルイちゃんが立ち上がるのを見た後、案内を始めた。


 雄大な自然は無限に続くかのようで、そして、いつまでも声は森の中に響いていた。

 言うなれば、「アッ!」とか、「アンッ!」とかだ。

 言葉尻が上がって、艶めいている。

 とても気持ちが良さそうだ。


「この時点で嫌な気しかしないな……」


 すでにここまで来たことを後悔している。

 スパァァンと何かを叩く音も聞こえ始めた。


「だから言ったじゃないですか」


 それでもアイカは歩く。

 俺たちはそれに追従する。

 もはや怖いもの見たさだ。


 そろそろとアイカが身をかがめた。

 俺とルイちゃんもそれに倣う。

 中腰になりながら茂みに身を隠して、顔を覗かせた。


「姉様ッ! もっと! もっと強くお願いします!!」

「豚が何喋ってやがる!! 鳴け、咽び泣け!!」

「ブ、ブヒィィィィィイ!!」


 二人エルフらしい奴がいた。

 一人は四つんばいになっている。

 もう一人は、尻を鞭でぶっ叩いていた。

 今も怒涛の勢いで尻をぶっている。


 叩かれている男は天上にも上るような顔をして、蕩けきった表情だ。

 嫌々尻を叩かれているわけではなさそうだ。


 尻を叩いている張本人である女も同様だ。

 愉悦を極めた表情をしている。

 快楽に身を任せているかのように、体を舞わせている。

 鞭を一振り。


「いぃいぃぃん! ギモヂイィィイイイ!!」


 男が鳴く。

 人とはああやって鳴くのか。


「そらぁ! 跪け、そして地面を舐めろ! 自分はその地面よりいやしいと自覚しながら、イケ!!」


 最後の一振りだったのか、男は絶頂を迎えたように、身を震わせた。

 ビクンビクンしている。


 涎を垂らし、目はほぼ白目になっていた。

 体の力が抜けて、完全に地面に突っ伏していた。


「「「……」」」


 俺たちは、どうする事も出来なかった。

 一仕事を終えたかのように、汗をぬぐう女。

 その姿こそ美しいが、足元には体液でぐちょぐちょになっている男がいる。


 容姿こそ、まぁ、いいのに。


 あの女と男。


「最悪に近いな」


 後に、行動を共にする事になるイズモとシノノメだった。

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