50 認識の改善
俺たちとスキン達に関しては、あまり町の住人に対して印象が良くなかった。
もっというなら俺とルインなのだが。
オークたちもそれなりに町を壊したのだが、占領下におこうとしていたのかそこまで建物に被害はなかった。
むしろ俺とルインの火魔法による破壊の方が甚大ではあった。
その事実がどこからか漏れてしまい、俺たちの印象は最悪に近いものだった。
瓦礫を片付けていても白い目で見られるし、建物の修復に加わっても邪魔者扱いされた。
それでも何か諦めきれない。
諦めないというか、悔しいというか。
この町を救ったのは、俺たちであって。
俺たちのおかげなんだと、少しは分かってほしかったのかもしれない。
瓦礫撤去からさらに数日が経過した辺りで、子供たちが俺に絡んできた。
「お兄さん、オークを倒したの?」
突然話しかけられて驚いた。
大人に見つからないように、数人が隠れて俺に喋りかけてきた。
男の子も女の子もだ。
ビックリついでに、落ち着いておく。
落ち着け。別に驚く必要もない。
真実を告げるだけで良い。
「あ? まぁ。そうだな。俺たちが倒したんだぞ。あがめろ」
少年少女は顔を突き合わせて、ひそひそ話し始めた。
会話が終わったのか、振り向いた。
女の子がしゃべった。
「えぇー、そんな強そうに見えない。だって」
「おい、言うなよ! ボクの方見るなって言っただろ!」
糞ガキどもはワイワイと俺の事を見て、「弱そう」などと口々に喋った。
「おいおい、舐めんなよ。オークだったら一匹は余裕だ」
「一匹かよ」
ツッコまれた。
「少年。舐めちゃいかん。どれだけの大人が犠牲になったか――」
ここで言い過ぎたと思った。
暗い顔になった奴が少なくない。
というより、全員が暗い顔になった。
いかん。言う事じゃなかった。
「お父さんを馬鹿にすんなーーー!!」
それっきりどっかに行ってしまった。
走り行くその姿を見て、大人げない事をしたと反省した。
数時間後。
「ぬわっ!」
木の棒を持った少年が佇んでいた。
そして襲い掛かってくる。
ブオンといった空気を切り裂く音が聞こえた。
敵襲に驚きつつ、ぎりぎりで避けた。
「ちっ! なかなかやるな!!」
そう言いながら少年が襲い掛かる。
棒を振って、俺に叩きかかる。
後ろ手はアイカとルイちゃんが微笑ましそうに談笑していた。
ふざけんな、俺を助けろ。
数人の少年少女が連続で襲い掛かってきた。
もはや親の仇のように攻撃してくる。
避ける。避けまくる。
前から連続で繰り出される攻撃を必死で避ける。
「くそっ、くそっ。なんで当たんないんだよ」
男の子は勢いよく、女の子は弱々しく棒を振る。
緩急の差が激しくて、悠長な動きだと痛い目を見てしまう。
「がんばってー」
後ろからアイカがどちらを応援しているか分からない声が聞こえた。
フヒヒと笑ってやがる。
子供たちを応援しているに違いない。
どんどん追い込まれる。
後ろに下がり、サイドステップで避ける。
「これ以上は……!」
避けられない。
魔法の準備をした。
「閃光……!」
まばゆいばかりの光が街中を包んだ。
「あああぁ!! ずっけー!!」
「目がー、目がー……!!」
男の子はその場で棒を振り廻し、女の子は座り込んだ。
女の子から棒を優しく拝借した。
「わー……ずるい……」
後ろからそんな声が聞こえた。
何を言うか。
待ってやろう。
「ぐっ……! 魔法使うなんてずるいぞ!!」
一人の少年がそう突っかかる。
「ぬふふ。何を言っているのかわからないな。悔しかったら倒してみるんだな」
「……まだですか?」
「帰りましょうよー」
アイカとルイちゃんが五月蠅い。
俺は今忙しい。
棒もすでにどこか行ってしまった。
かれこれ一時間はこうして子供たちと戯れている様な……。
無手の子供をとっ捕まえて、地面に転がす。
これを最初にやったら、キャッキャッ言って繰り返しやるようになった。
もう何回もやっている。
体格差があるからできるのだが、もうそろそろ俺は飽きてきた。
棒の戦闘の方が楽だった。
「おーい、次行くぞ」
少年が手を挙げて、自分の番だと主張した。
タタタッと走ってきて、俺が構える。
体を捉えて、足をかけて、優しく投げ飛ばした。
「あはははっはははは!!」
地面に寝転がる少年少女。
全員地面に寝転がり、誰も起き上がろうとしない。
道端に子供たちが転がっている光景は確かに異様だ。
しかし過程はどうだろうか。
子供たちに関して言えば、この数人に対しては良い関係だろう。
恐らくだが。
こうやって遊ぶ、もしくは戦っているのは俺が原因だ。
父親の事を間接的に悪く行ってしまったことが始まりだろう。
だが、俺のせいではない。
父親が妻や子供だけを逃がし、自分が残ったのは断固たる決意のもとの結果だ。
残った父親も居れば、逃げてきた父親もいる。
逃げた父親が駄目かと言われれば、良いとしか言えない。
逃げなかった奴が悪い。
ちょっと前までは女子供を守ったとして、俺の中では英雄視さえしていた男たちだった。
しかし残された子供の事を考えれば、死ぬ必要性はどこにもなかった。
騎士団や冒険者に仕事を任せて、さっさと逃げればいいものを、勝手に町に残ったのだ。
愚行と言おう。
死した男たちは、勝手に死んでいった。無為に死んだ。
そう思っても、俺はそれを子供たちに言うのか。
いや、いえない。
言えるはずがない。
「はぁ、もういいか。充分だろ? 俺は疲れた」
その子供たちに話しかけた。
皆、息を切らせて笑っている。
見ているだろうか。
死した父親たち。
子供たちは笑っている。
文句を言いたい奴は言ってくると良い。
できないだろう……?
死んだら、終わりなんだ。
そのことを分かってほしい。
浅はかで、勝手で、カッコいい行動はしないでほしい。
無駄にはできないし、責任もとれない。
「しょうがないなぁ。今日は勘弁してやるよ」
子供たちはそれぞれ帰路に就いた。
後姿は晴れやかだ。
それでも家に帰れば、現実を突きつけられる。
せめて、今だけは現実から目をそらしてほしい。
真正面から向き合えば、心がつぶれてしまう。
業だ。
何と言う罪を残し、男たちは逝ってしまったのだろうか。
女と子供はどうやって生きていくのだろう。
目を瞑る。真っ暗だ。
俺の未来も、あいつらの未来も。
人が死ぬだけで、こうも容易く人生は崩壊してしまう。
安易な死は愚行でしかない。
残された子供たちに、せめてもの救いを。
俺は軽く手を振って、後ろで欠伸する二人と一緒に宿に戻った。
今日も町を直していると、子供たちがやってきた。
「んだよ。今日も遊ぶのか? 俺、一応仕事してるんだけど」
「終わってからで良いからさ。また遊ぼうぜ」
「終わってからな」
そういうと、この前の数人。
詳しく言えば、五人なんだけど。男三人、女二人。
あの日から数日過ぎているが、最近のトレンドは棒での戦闘だ。
彼らの親はいい気はしないだろう。
自分の子供が、評判の悪い冒険者と戦いの真似事をしているのだ。
それでも俺たちの献身的な態度は、町の人々の認識を徐々に変えつつある。
スキン達もちゃんと町に復興に手を貸していた。
ルインは嫌そうにしているが、彼こそ一番働かないといけない人材である。
爆発なる魔法を使い、町を破壊した張本人だ。
町の人もわざと建物を壊したのではないと、少しだけは理解してくれている。
作業していると、喋りかけてくる人もいるし、差し入れをくれる人もいる。
子供たちと遊んでいるという噂も広がり、真偽を確かめられた事もあった。
本当のことを言って、俺たちの認識改善をして貰っている状況だ。
夕方になり、一緒に作業していたスキン一行と別れを告げて、子供たちと会う。
今日もどこからか持ってきた木の棒で武装していた。
ほいさえっさと棒をさばいて、稽古みたいなのを付けていく。
剣術のスキルはあるし、それなりに動ける。
「えやっ! おりゃ! えぇい!!」
男の子が棒でたたきつける。もう少し加減して欲しいのだが、この数日で俺には攻撃がなかなか当たらないから、本気でやってもいいという認識になりつつある。
子供だからと言って、油断する事はない。
多対一の状況にしてもらいつつ、頑張って子供たちの攻撃を避ける。
「くっそ。当たんねぇ」
棒を適当に振り廻し、他の子たちと連携を取っている。
だが、まだ未熟に見える。
スキルもクラスも無ければ、こんなものだろう。
適当に棒ではじき返して、少年の手から棒が飛んで行った。
「あっ……!」
違う少年の手からも棒を弾き飛ばしたところで、親が来た。
不躾な視線を浴びせかけられるが、何とか心を平静に保って受け流す。
怒る事はない。
イラつく必要もない。
仕方のない事だと割り切るしかないのだ。
「……帰るわよ」
母親らしき人たちが5人。子供たちを連れて帰った。
ここ数日、こんな感じだ。
あっちも俺たちの顔を覚えている。
俺も覚えている。
憔悴しきった顔で、鬱々としたその顔を見ると、こっちの気持ちも暗くなる。
子供の前ではもう少し明るくいてほしい。
無理な注文かもしれないが。
「終わりましたね」
後ろでアイカとルイちゃんは戦闘を観戦している。
終わればこっちに来て、一言二言交わして宿へと戻るのが常だ。
宿への道すがら、いろんな目にさらされる。
好奇の目、憎悪の目、見定める目。
色々な目だ。
「居心地悪いわ」
ルイちゃんが肩をすぼめてそう言った。
歩くだけでこっちを見てくるのだ。
それも全員。
何もしていないのに、俺たちの情報が漏れている。
俺たちがルーキーであったり、町を破壊した張本人だったり。
それなりに活躍したことも少々。
活躍があったからこそ、この町が残っていることを思い出してほしいくらいだ。
思うだけではなく、子供たちにも少しだけ言い聞かせている。
俺も町を破壊したことは悪かったが、オークをぶっ殺したのは事実であると。
子供たちは面白がってそれを大人たちに話す。
他の子供にもしゃべるし、それが少しずつ広がっている。
「少しは俺たちを見る目が変わると良いな」
などと思いながらさらに数日。
スキン達と一緒に復興作業にいそしんでいる。
「あんたたちも暇だな」
「たまにはこういうのもアリだろ? いつまでも斬った張ったはできないからな。小休止みたいな感じだ。町ぶっ壊したのは、ルインの野郎だけどな」
「うぃうぃうぃ、あれやらなかったら死んでたのお前だ。調子に乗るな」
壁に塗料を塗り込んで、壁を強化する。
雨風に強くなるだけでも、建物の価値は上がるという。
水に強い塗料を使いこんで、外壁を塗り込む作業がここ数日の作業だ。
刷毛で細かい所まで丁寧に塗り込んで、家の耐候性を上げる。
強暴そうなカルベラも黙って作業に勤しんでいる。
ツーベルクもナツもだ。
全員一列になって罰でも行うかのように塗料を塗る。
「まぁ、でも。そろそろ終わるころだな。むしろ今日で終わるかもしれない」
「そうだな」
スキンが刷毛に塗料を付けて、壁に塗り込む。
「あと残りはこれだけだし」
残る建物はここだけとなっていた。
騎士団による修繕作業も佳境を迎え、今日中には終わろうとしていた。
「結構いたよな。2、3週間はこの町にいたんじゃないのか?」
「そうだな。坊主はどうする? このままこの町に滞在するのか?」
俺は黙り込んだ。
前の町には宿をとっていたが、もうあの宿にもとまる場所はないだろう。
人気の宿だったし、ギルドの前にあったから利便性も抜群だった。
これだけ時間を空けたら、もう埋まっているに違いない。
「町の俺たちに対する認識も改善してきたし。悪くないかもな」
「ふーん。ま、分からなくもない」
すると後ろから女の人が声をかけてきた。
「これ。どうぞ。皆さんで食べてください」
女性はそれだけ言って、どこかに行ってしまった。
受け取ったナツさんはバスケットを開けた。
おにぎりだ。
「頂きましょうか」
俺たちの認識は、確実に変わりつつあった。
感想とか待ってたり




