5 法
立花さんを殺して、絶叫していると周りが変な事になり始めた。
死体から黒い靄が立ち上り始めている。黒々とした靄はあらゆる不幸を詰め込んでいるようにすら見えた。
それが死んでしまった31人の体から噴出している。
全員黒い靄に包み込まれている。例外はない。
蛇のように踊り狂いながら立ち上る靄から離れようとした時、一斉に黒い靄が俺に襲い掛かってきた。
とてもじゃないが逃げれない。
抵抗むなしく、俺は黒い靄に呑み込まれてしまった。
「うわああぁっぁあ……!!」
俺の中に靄が侵入してくる。
口から鼻から、耳から。穴という穴から靄が入ってきた。
そして、体の中を蹂躙し始めた。
「ぐあああぁっぁぁっぁアぁあああああぁぁあああああああああああ!!」
黒い靄は俺の体の中を暴れ回り、何かしている。
それだけを知覚し、あとは痛みに絶叫するだけしかできない。
痛みにのた打ち回り、爪で自分の体をかきむしる。
しかし、それでも靄の痛みは留まるところを知らず、激痛を俺に与え続けた。
しばらく痛みに意識を失いかけていると、ゴゴゴ、と石の扉が開き始めた。
なんで、今まで、開かなかったのに。
訳が分からない。俺たちの努力は何だったんだ。
「早く治せ!」
扉からは4人ほど人間が入ってきた。
偉そうな禿げ頭の爺がそう命令すると、白い装束を着た女が俺の元に駆け寄った。
「癒し手……!」
ポオォと女の手のひらが淡く灯った。
そして俺にそれをかざす。
何をするのかと訝しがったが、抵抗する体力も気力もない。
……? なんだこれ。痛くなくなってきた。
だが、体の中で黒い靄は蹂躙を続けている。
しかし中途半端に痛い。むしろさっきまでは痛すぎて何も感じなかったに等しいが、中途半端に痛覚が閉じられてしまい、激痛を感じている。
意味の分からない事だらけだが、痛い事だけは確かだ。
「ぐあああぁっぁあ。ちゃん、と、直せ!!」
「分かってるわよ!」
それでも直観的にこいつは俺を治していると分かった。本当になんでだろうな。
だが、現実的に痛みだけは治まってきた。
さっきまで痛すぎて失神しかけていたのに、今は意識がはっきりしている。
冷や汗も引っ込んで、俺はぐったりと地面に寝て居る状態だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……これ、は?」
「光魔法です」
さっきまでの女の命令語調はどこかに行って、途端に優しいものになった。
しかし俺の頭は混乱で一杯だった。
これは、なんだ。
分かる。
光魔法。
今、この瞬間、俺は光魔法を習得した。
それだけは分かった。それが俺の頭を混乱させる。
意味不明。
感覚的すぎる。
「え、あれ、なんで?」
女の治療が突然終了して、慌てている。
やはりというか、女の治療は終了した。俺の感覚が正しければそうなるだろう。
「どうしたんですか?」
俺は確認のために、勤めて優しく女に問いかけた。
「そ、それが、光魔法がうんともすんとも言わなくなって……」
「……なるほど」
俺はおもむろに立ち上がって、女の胸ぐらを掴んだ。
「何でこんなものがありながら、全員を治療しなかった!??」
絶叫が空間に轟く。
さっきまでの体調不良はない。治った。いや、直してもらった。
女は空中に浮かんで、足をバタバタとさせている。
なんとか足を地につけようとしているが、俺の両腕がそれを阻害する。
「言え!! なんで今まで出てこなかった!?」
「ま、マスターが……」
簡単に口を割ったかと思えば、それで女は気絶していた。
俺は女を捨てる。ついでにナイフで胸を一刺ししておいた。これでこの女は死ぬ。
顔を上げて他の奴らも殺そうと思った。
しかし、その瞬間横なぎに剣が振るわれていた。
「は……!?」
ゴッという音が脳髄の深いところまで浸透した。
重い。クソが。
左腕に剣がめり込んでいる。
一瞬が何秒にも引き伸ばされたような感覚に襲われる。
俺は勢いを殺すことができず、地面を二転三転して、背中から壁に激突した。
左腕は駄目だ。折れた。
どうしようか考えていると、奥にいる爺と俺を斬り飛ばした男がざわつき始めた。
「あれが例の法ですか? 大したことありませんが――?」
「馬鹿者!! 何をしておるか!」
「峰打ちですよ」
俺を攻撃した男と禿げ頭の爺が何か言い争そっている。
剣を持っている男は、かなりラフな格好だ。浴衣に似たような着物を着ている。
爺はごてごての装飾品で着飾っている。かなり位が高そうだ。
「そういう問題ではなかろう! 万が一何かあったら……」
「大丈夫みたいですよ」
剣の男がそう言うと同時に、俺は立ち上がった。
「癒し手……!」
俺は峰打ちを喰らった左腕に、光魔法を使い、治療を試みる。
今ならできる。
俺は31人の犠牲の上に成り立つ。
折れていた左腕が見る見るうちに治っていく。
「ほう、光魔法。良いんじゃないですか?」
剣の男が笑いながらそう言った。かなり余裕そうだ。斬り飛ばしておいて罪悪感の欠片すら感じられない。
「……まだ何かあるじゃろう。引き出せ」
爺が偉そうに何か言う。むかつくんだよ。
相手したいのはあの爺だが、手前に出てきた男は無視できない。
「てめぇ……さっきのは何だ。早すぎだろ」
俺が男に問いかける。
剣速が異常に早かった。常人にできる事ではない。
「剣術さ。俺はヒヨっこだがな」
俺は落としてしまったナイフを拾い上げて、構える。
殺す気だ。あいつらは俺を殺す気なんだ。
ならば、俺もそれ相応の態度で挑む必要がある。
「ぶっ殺す!」
「おー、怖い」
剣の男が駆けてくる。
早い。
だが、対応できなくもない。
俺も前に出る。
あと条件は一つだけ。
感覚的に分かる。
「一本突き……!」
男が何か叫ぶと、突如として剣速が上昇して、俺の腹に剣が吸い込まれる。
俺は避ける事もかなわず、腹に剣が突き刺さった。
一瞬の間の後、激痛が俺を襲った。
「あああああああああぁぁぁっぁぁあああああ……!!」
「あ、やべ……」
男がやっちまった感満載で、頭を小突いている。
てへぺろってか。絶対殺してやる。
後ろでは禿げ頭の爺が頭を抱えている。
「あぁぁぁ!! 何てことを……!!」
まだだ。終わっていない。
俺はまだ生きている。
「……お、い。こっち見ろ」
俺は突き刺さる剣に添えられた男の手を触る。
そして男と目があった瞬間、唱えた。小さく、聞こえないように。
「限定奪取……」
力なく唱えた文言に、体の何かが反応した。
体に何かが入り込んでくる。
経験だ。
経験則だ。
俺の中に、目の前の男の経験が入ってきた。
今の俺なら、刃物の扱いに長けている。
右手に握るナイフを振りかぶった。
「死ね」
刀身の短いナイフが幸いした。
骨にあたる事なく、男の首半分をぶった切った。
頸動脈を切ったことで、男の首から間欠泉のように血が噴き出し始めた。
「は……?」
男は間抜けな声を出して、倒れ伏した。だくだくと首から血が流れ出している。
何が起こったのかわからないだろう。
絶命だ。
俺は自分の腹に刺さる剣を引き抜いて、光魔法を行使する。
「癒光……!!」
力の限りを尽くし、腹の傷を治す。
全身に光がともり、貫かれた腹はもちろん、打ち身や切り傷も直していく。
膝をつき、禿げ頭の爺を睨み、その後ろに控えている奴らにも牽制する。
「まさか、殺してしまうとは。剣術レベル3じゃったはずじゃ……」
爺が俺の行動を見て、予想外のものを見た目をしている。
「ごたごた言ってんなよ。次はお前だ……!! くそ爺!! 皆の仇だ!」
男の剣を貰い、爺に突進する。
後ろの二人男が控えている。
そいつらが前にできてきた。
盾を持った太っちょの男と、ローブを着たキチガイ。
盾を持った男が大声で叫び始めた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおぉおぉぉ……!!」
「……ッ!」
俺はかなりビビったが、それだけだ。
止まってしまったことは痛いが、再始動してそれでも爺を目指す。
しかし進まない。
爺を目指すことができない。目の前の男を無視できない。
「何だこれは!? 何かしたのか?」
俺は盾を持った男に問いただした。
「盾術だ。覚えとけ」
その盾術がどうしたのか。
なんで目の前のこいつを無視できない。
足を進めようとしているのに、進まない。
男の事を無視できない。
するとローブを着た男が、何か言い始めた。一言言っただけで、物理法則を無視し始めた。
「火球!」
拳大の火の玉が俺に向かって飛んできた。
俺は混乱していた。そうだ。何故足が進まないのか分からなかった。
だから避けられなかった。
それだけだ。
「ぐああああぁぁぁ……!!」
俺はまともに火を浴びた。
胸のど真ん中に火球が直撃する。
すぐに制服の上着を脱ぎ捨てて、光魔法を使った。
「癒光……!!」
ここで気づいた。
もうこれ以上、使えない。
魔法はここで打ち止めだ。
何かが欠乏している。
やばい。死ぬ。殺される。
俺は剣を握りしめる。
握力を全開にして、剣を握り込んだ。
足が盾の男にしか向かないなら別にいい。
こいつを殺してからだ。
俺は一歩踏み込み、さっき男が使っていた技を行使した。
「一本突き!!」
全身の力を練り上げて、攻撃を繰り出す。
剣術とやらの技だ。
分かる。
そして俺の繰り出した剣と奴の盾がぶつかり合う。
ガツンと鉄同士がぶつかる音が耳に痛い。
「ヌァ……!?」
しかし優勢は俺だ。
奴はのけぞった。
俺は上から盾の男に覆いかぶさった。上からのしかかった事で、男は地面に倒れた。
俺は男の兜のバイザーを上にあげて目を露出させる。
鎧ではカバーできない首元を鷲掴みにして、目を覗き込んだ。
そして、小さな声で呟く。
「限定奪取……」
来た。
来た、来た、来た。
覚えた。
盾術だ。
分かりやすい。こういう力だな。黒い靄は俺に力を与えたのか。
復讐する力だ。
「何をやっておる!? 早く攻撃せんか!」
爺がローブの男にそう叱咤する。
「し、しかし、仲間に当たってしまいます……!」
「構わん、やれ!」
男は一瞬逡巡したが、再度火の玉を打ち出した。
「ぐっ……!」
これ以上の怪我はまずい。光魔法はこれ以上使えない。
俺は男の盾を奪い、火の玉をガードする。
ボボボ、と連続して盾に火の玉が直撃して、俺の肌を余波が焼いて行く。
「なんだこりゃ!?」
わざとらしくそう言ってみるが、ローブ男は反応しない。
糞が。
だめだ。無理か。
盾の間からさっきの男を見ると、炎に焼かれていた。
仲間じゃないのかよ。
攻撃の連続性が無くなったところで、爺が逃げ出そうとした。
そうはさせない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオォォォォ……!!」
盾術の挑発だ。
さっきのはこういう原理で俺が動けなかったわけだ。
「な、挑発まで……!?」
ローブを着た男はどうしようもなくなり、俺に攻撃する。
だが、盾で的確に防御しており、奴の攻撃は俺には通じない。
後ろでは爺が騒いでいる。
「そんな、話が違う! これでは……。おい、早く殺せ!!」
「そう言われても……!!」
ローブを着た男も爺も逃げ出せない。
挑発の効果で、俺を見逃すことができていない。
炎攻撃が無くなった事を見届けて、ゆっくり男に近づいた。
恐らく俺と同じだ。炎攻撃ができなくなるほど、何かが無くなったんだ。
こいつはおそらく、丸腰。ガキと同じだ。
俺は優勢であることを確信して、男に聞いた。
「さっきの攻撃は何だ?」
「そ、それは……!」
男はしり込みして、何も言わない様子だ。
しかし、それでは困る。
俺は男の首筋に剣を当てた。
少しだけ力を入れて、薄皮一枚切り裂く。血がうっすらと浮かんだ。
男は悲鳴を上げる。
「ヒッ……!」
「言え、さっきのは何だ?」
「ま、魔法だ! 火魔法! こ、これでいいだろ!? み、見逃してくれ!!」
「んなわけないだろ」
俺は男の顔面を掴んで、握力全開で握りしめる。
「あぎゃああああやああああああ……!!」
「限定奪取……」
目を見て、接触。
これが重要だろう。多分だけどな。
男の絶叫に隠れて、俺の技が炸裂した。
来た。魔法だ。火魔法。それが俺の経験として、流れ込んでくる。
剣でローブの男を一突きして、その辺に放り捨てた。
俺は爺の方を見た。
爺は逃げ出したいが、逃げれない。そういう物だ。そういう力だ。
「お前たちは何だ?」
「い、言えない」
「なぜ俺たちを誘拐した?」
「……無理だ」
「何が目的だ?」
「誰が言うものか……」
「そうか……」
俺はため息一つ吐いて、カッと目を開いた。
「なら死ね!!」
剣が爺の頭にめり込んだ。
爺は抵抗もできず、頭をかち割られて、死亡した。
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