45 交渉……?
「やられた……!!」
東の森の方面から大量のオークが走ってきている。
目的は乱戦への参加じゃない。
手製の梯子で町の壁を駆け上っている。
「もどれぇぇぇ!! 戻るんだ!!」
騎士団リーダーが叫ぶ。
だが、目の前のオークたちはそれを絶対にさせてくれない。
それほどの気迫。
命を懸けた時間稼ぎに、足止めを食らう。
そうしている間に南方面にいた俺たちは、手をこまねく。
東の壁では今もオークが、町の中に入っている。
数はこちらより多い。
まんまとつられた俺たちは、今目の前にいるオークを殺さない限り、町に戻る事も出来ない。
「チッ!」
町の連中がやられるのは仕方ないとして、嵌められたという事実は覆せない。
凄まじい屈辱とともに、オークを切り殺す。
オークを殺し、次の相手を探す。
周りの連中もがんばってはいるが、これはどうしようもない。
隊伍を組まなかったこちら側のミスだ。
乱戦にしてしまったため、後退も糞も無い。
360度どこにでもオークがいるから、門まで下がることができない。
そしてその門。
唯一、開いていた門が閉じ始めた。
「なにっ!?」
どういう事だ。
今閉める必要性が見いだせない。
違うか。
「閉められた!!」
アイカが叫んだ。
見れば門を開けていた人間を引きずり、門の奥で奔走している。
市中引きずりみたいな感じだ。
やられた。
これでは、門を開ける事は出来ない。
内部の騎士団がどうにかこうにか門を開けるしか手が存在しない。
オークとの戦闘をこなしていると、町から鐘の音が鳴り響いた。
危機を知らせている。
「梯子を奪え!」
騎士団リーダーが機転をきかして、そう命令した。
梯子を奪えば、中に入ることは可能だが、それはあっちも承知だろう。
東のオークたちは全員登りきると、梯子を町の中に搬入してしまった。
「くそっ!!」
リーダーがつばを吐き捨てて、目の前のオークを殺す。
大分数も少なくなった。
潮時だ。
「火槍!」
数本のランスを繰り出して、オークの命を奪い去った。
中心に居た俺にオークたちの視線が突き刺さる。
俺は左手に光球を出現させた。
目を瞑る。
他の奴らも分かっているだろう。
「閃光」
宣告無しで目潰しを実行。
あたりが光に包まれる。
オークのむせび泣く声が聞こえる。
多くの騎士と冒険者が隙を逃さず、オークに切りかかった。
これで終わりだ。
アイカとルイちゃんも俺のすることを承知で、隙を伺っていた。
アイカは喉元を切り裂き、ルイちゃんはオークの頭を砕く。
肩の荷をいったん下した。
生き残った事はいいのだが、如何せん状況が悪化している。
かなりの数のオークが町に入っている。
そして俺たちには入る手段がない。
重苦しい空気が騎士団と冒険者を支配する。
完璧に作戦負けしている。
オークの先遣隊すら、俺たちを油断させるための布石だったに違いない。
自分たちの頭が悪い事をアピールしていたのかも。
そして油断を勝ち得たところで、数多くのオークを町の前に配置する。
これで人間側は冷静になれない。
舐められ、尊厳を踏みにじられている状況だ。
プライドだけはいっちょ前の人間は、この挑発に乗ってしまった。
そして東の森には別働隊。いや、これが本隊か。
町の前のオークたちが人間を抑え込んでいる間に、町を奪取する。
そしてものの見事にそれは成功している。
町の中には大量のオークが侵入し、今も人間を殺している。
残った騎士団もいるが、多勢に無勢だ。
そして、俺たちに町に戻る手段は残されていない。
自分たちが作った壁によって、町に入ることを拒まれている形だ。
その時、リーダーが大声で叫んだ。
「盗賊、もしくは暗殺者はいるか!?」
アイカが自分の事かと慌てふためく。
スキンの仲間の盗賊も何事かと驚いていた。
「そこの二人! 盗賊か?」
アイカとスキンの仲間が頷く。
リーダーがずんずんと近寄ってきた。
「町に入る手段がある……!」
森の中に入り、とある場所まで急いで移動した。
移動しながら騎士団リーダーが説明した。
「非戦闘員の避難場所の地下には、この森につながる脱出経路がある。そろそろ市民が出てきてもいいころだ。……あそこだ」
リーダーが森の奥を指さした。
「あ、逃げてきたんですね」
アイカがずばっと言いのけた。
だが、少し編成がおかしい。
「女子供しかいない様子だが?」
「……現場判断だ」
リーダーが重苦しい声で答えた。
男は残って、脱出口でも死守したか。
女子供を逃がす、その意気やよし。
「男性の方は残ったんですね……」
アイカが寂びそうな眼差しで、避難してきた人たちを見つめている。
全力疾走で脱出口まで駆けつけて、騎士団リーダーが俺とスキンのパーティーに命令した。
「諸君らはこの脱出口から町に侵入後、南門を開場して欲しい。脱出口は騎士団本部につながっている。オークたちに場所がばれている可能性も否めない。臨機応変に対応して、南門を開けてくれ。あとは我々が何とかしよう」
かなり無茶な要求じゃないか。
「タダでやってやる義理はないな」
この状況でも俺のスタンスは崩れなかった。
さっさと脱出口に入ろうとしていたスキン達が、びっくりしたような顔で俺を見た。
騎士団リーダーも怒気をはらませている。
「この期に及んで、金の心配だと……!? 貴様、状況が分かっているのか……!!」
怒声が森の中に響き渡った。
女子供の身がすくんでいる。
中には泣きわめく子供もいた。
俺はそれをスルーして、要求を突き付ける。
「だったらあんたが行けよ。リーダー。致死率の高い作戦には参加したくない臆病者が……!」
「この……!」
リーダーが剣に手をかける。
俺も騎士剣を取り出そうとしたところで、スキンが割り込んできた。
「おいおいおい、やめろ! 何やってんだ? やってる場合じゃないだろ。金くらいやったらどうだ。あんたらだってたくさん金持ってるだろ。正当な報酬は払うべきだ。……もちろん俺たちにもな」
「なっ……!? 貴様らぁ……!!」
殺気が辺りに拡散されていくのが分かる。
「冒険者が調子に乗るなよ。手を組むのは一時的なものだ。貴様らの要求を呑む筋合いはない」
「それはこっちにも言える事だろうが」
ビキリとリーダーのこめかみが疼いた。
「都合、金貨100枚寄越せ」
「なんだと!?」
騎士団リーダーは驚天動地の価格に恐れおののく。
「それくらい余裕だろ。町が盗られるくらいなら、払ったらどうだ?」
「貴様らが成功するとは限らんだろう……!」
「言うのは良いが、さっきから貴重な時間を消費しているぞ? 中では死闘をしている騎士と非戦闘員がいるのを忘れるな。お前の一言でこの状況が変わるかもしれない。さっさとその首を縦に振ったらどうだ? 証人にはこの女子供たちになってもらおうか。大きな声ではっきりと言えよ」
リーダーの顔が苦渋で満たされる。
「おい、まさか、人の命と金を天秤にかけてるのか?」
「……それは貴様が言っていることに矛盾しているぞ」
「違うね。俺は金の方が大事だと言っている。さっさと金貨100枚渡すと約束してもらおうか。成功報酬だ。失敗したら払わなくてもいい。失敗したら他の騎士でも引っ張って、町の中を散策するんだな。そっちに盗賊なんて居るか知らんがな」
「ぐっ……!」
隠密行動は盗賊や暗殺者の専売特許だ。
戦士の多いこの世界で、それなりに需要ある存在であるともいえる。
「で、そっちに居るのか? 盗賊?」
「……」
「肯定と取るぞ。金。どうする? ……こいつのせいであんたたちの旦那さんが死んじゃうなぁ!!」
「おいっ!!」
リーダーが俺の口を防ごうと、撫で斬りをしてきた。
俺も撫で斬りで対抗する。
金属がぶつかり合う音が、耳に炸裂した。
「キャアア……!!」
後ろで女の人が悲鳴を上げた。
アイカやルイちゃん、スキンですら固まっている。
「何しやがる。立場が悪くなれば、殺すのか? 短気だな。短気は損気っていう言葉を知らないのか?」
「貴様……!」
俺はがっかりした。
もう不毛なことばかりしている。
「さっさと金寄越せ。仕事はがっちりとしてやる。扉を開ければいいんだろ? 開けてやるよ」
たっぷり十秒くらい鍔ぜり合いしている状態で、リーダは考えに考えたのだろう。
「………………分かった」
「確定だ」
俺は騎士剣を収めて、アイカとルイちゃんの肩を叩いて、脱出口に入った。
後から来るスキン達の邪魔にならないように、入口から少し遠ざかる。
順番にスキン。
戦士のカルベラ。こいつは顔中に傷があるやばそうな奴だ。体もでかい。
魔法使いのルイン。火魔法を使う。ローブ装備といういかにも魔法使い。だが、見た目と裏腹に快活な奴だった。
狩人のツーベルク。簡素な皮鎧を装備している。少し長い髪の毛が印象な青少年だ。
最後に、盗賊のナツ。女だ。人間で豊満なその体の色気にやられそうになる男は、たくさんいるだろう。
戦士のカルベラが、少し怒ったような声で俺を叱る。
「さっきのはまずかったな。マジギレ寸前だったぜ、あれは」
低い声で言われれば、確かにそうかもしれないと思うしかない。
「けど、一気に金貨100枚仕事だ。悪くないだろ?」
「まぁな」
それを聞いたルインが笑う。うぃうぃうぃ、みたいに笑って少しだけ気味が悪い。
「確かにユウのおかげで、たんまり稼げそうだ。これには礼を言うぜ。ちまちました仕事には飽き飽きしてたんだ。もうちょっと刺激的な毎日があってもいいとおもんだぜ? 俺は。なぁ、スキン?」
スキンは仲間内でもスキンと呼ばれているようだった。
スキンヘッドは特徴的だから仕方がない。
「だからこの前盗賊団退治に誘ったろうが。お前が来なかっただけだろ」
「うぃうぃうぃ、そんなチンケな仕事誰がやるかってんだ」
狩人のツーベルクが会話に割って入った。
「それより、早くしましょうよ。こんな所で喋ってるだけじゃお金貰えませんよ」
「そうね。そうしましょうか」
盗賊のナツが先頭を走り始めた。
アイカも盗賊なので、慌ててそれに付いて行った。
せまい通路を8人で走る。
真っ暗に近い。
「ルイン、明かり頂戴」
ナツが先頭でそう言った。
ルインは器用に火球を飛ばして、明かりをつけた。
移動しながら器用に火球を走る速度で飛ばしている。
明かりが確保されたことで、俺たちの移動速度も上がる。
「ひぃひぃひぃ、早いわ。みんな」
足の遅いルイちゃんががんばって、一番後ろからついてくる。
光の加護が無かったら、もっと遅れていた事だろう。
そんなこんなを10分程度やっていると、遂に出口が見えた。




