43 敵襲
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!
何度も何度も外の鐘が鳴らされている。
時を告げる鐘の音ではない。
時計なんて高価なものは細工師にしか作れない。
時を確認するには、だいたい太陽の位置と鳴らされる鐘の回数しかない。
だが、今回はおかしい。
連続に鳴らし過ぎている。
多くても数回しか鳴らさないような金のはずなのに、今もこれからも鐘が叩かれまくっている。
誰かの悪戯?
そんな訳が無い。
この惨状を見れば一目瞭然だ。
事態が変わった。
狩る側から、狩られる側に回ったのだ。
オークが近くにいた男をひねりつぶす。
ドバッと血があふれ出す。
人ってたくさん血が入ってるよな、なんて思った。
呆然としてその光景を見る。
まてまてまて。
おかしいだろ。
なんだこれ。
整理しろ。
遅いって。
そんなのじゃダメだって。
もう肌で感じろ。
俺たち攻撃されてる。
俺たちというか、町が。
オークに。
それで鳴ってるんだよな、この鐘。
教えてるんだ、オークの襲撃を。
一瞬の後、店内は人の激流に変わった。
押し合い、圧し合い。
外に出ようとする。
我先に逃げる。
一匹しかいないオークを良い事に、他の奴に押し付けて。
誰に。
そりゃ、俺たちでしょ。
アイカいるし。
運悪いし。
オークちゃん来てるよ。
他の奴ら無視して、俺たちに来ちゃってるよ。
アホ。
他のとこ行け。
くんな。
どっか行け。
やべ。
武器ないんですけど。
どうしよう。
店舗内がすっきりした所で、本当に俺たち3人しか取り残されていない。
外はすごい事になっている。
破壊されたドアから見えるが、人の波があちこちに流れている。
外に出たら圧死しそうだ。
あちこちから悲鳴が聞こえる。
オークがこいつ以外にもいる。
やばいって。
どうすんだよ。
誰かどうにかしろって。
騎士団はどうしたんだよ。
壁を突破されたのかよ。
何やってんだ、クズ。
どうにかしろって。
俺たちまだオーク殺したことないんだよ。
いや、ルイちゃんはあるらしいけど。
「オオオオオォォォォッシュ!!」
「ぬわぁぁ!」
座っていた場所にオークが片刃の剣を叩きつけた。
アイカを抱えてその場から無様に転げまわって、何とか回避した。
「やばいやばいやばい……!」
逃げ道ないって。
いや、外に出た方が良いか。
でもあの激流に飛び込むのか。
怖ぇ。
死なないかな。
でもその前に死ぬんじゃないかな。
このオーク武装してるし。
金属鎧着てるし。
アホかと。
そんなもん着てんじゃねーよ。
頭しかむき出してねーじゃねーか。
「ガッジャバダダ!!」
また変なこと言いながらオークが俺に突撃してきた。
なんで俺ばっかり。
オークが剣を振り上げるそのさなか、横合いから机が飛んできた。
オークの横っ腹にそれが当たって、よろめいた。
だが、ノーダメージだ。
金属鎧がダメージを無かったことにしている。
「チッ!」
ルイちゃんだ。
そこら辺にある机や椅子やらを投げつけまくる。
「そらそらそらそらぁ!!」
オークが剣でそれらを薙ぎ払う。
その間に変な調子になっているアイカの頬を思いっきりぶっ叩いた。
「いった……!!」
「おい、いい加減にしろ! 状況を理解したか!?」
赤い跡がうっすら残るアイカの頬をしり目に、ルイちゃんの奮戦を見守る。
「包丁よ! 厨房に行きなさい!!」
その声を聴いて、急いで指示に従う。
オークは俺たちを追いかけようとするが、ルイちゃんは抵抗する。
あるものすべてを投げつける。
ルイちゃんの膂力で投げつける物をまともに喰らうわけにはいかない。
オークは顔面を守りながら、少しずつにじり寄る。
「まずいわね……」
ルイちゃんがそういう間に、俺とアイカは出刃包丁を二本手に取った。
元の場所に戻ろうとした瞬間、ルイちゃんがすっ飛んできた。
「ぐぁ……!」
厨房に飛んできたと言ってもいいルイちゃんは、食器棚に勢いよく突っ込んだ。
皿やなんやらがルイちゃんに降りかかる。
「ルイちゃん!!」
俺は振り返り、安否を確かめる。
ルイちゃんはすぐに立ち上がった。
「大丈夫よ! 蹴られただけ……!」
その割には凄い飛んできた。
それだけの強さという事だ。
オークが悠々と厨房ののれんをくぐって、こっちに来た。
ぎらつく目は完全に殺意に変わっている。
「オッシャ!!」
狭い厨房内で馬鹿でかい剣をオークは振り回す。
調理道具を巻き込みながら、剣を振り回す。
何事も無いかのように、オークは剣を引き戻す。
この机邪魔なんだよ。
肉を切るための机なのか、中央にドンとデカイ調理するための机が置かれている。
しかも金属で固定されているのか、びくとも動かない。
これのおかげで身を隠すともできるが、こっちの動きが制限されるのは問題だ。
必死に逃げ回っていると、厨房の隅に3人が集結した。
「どどどど、どうしますか!?」
アイカが焦ってどもりまくる。
手に持つのが出刃包丁だけでは心許ない。
オークの剣は間合いが広い。
さっきから一方的に攻撃されている。
包丁なんかで防いだら、一発で砕けそうな分厚さだ。
やばいな。
周りは壁に囲まれ、オークが近寄ってきている。
レベルは高そうだ。
「光の加護」
左手の甲に六芒星が灯った。
俺たちの身体能力が飛躍的に向上した。
まず俺から行く。
「火槍」
さっさと決着をつけるべく、魔法で片を付ける。
オークはまさかといった顔で、金属鎧に火槍の直撃を受けて、その場から吹き飛んだ。
だが、オークはすぐに立ち上がり、こっちに走ってきた。
中央の机に飛びあがり、そのまま乗っかる。
そして机から飛び降りて、一撃必殺の剣を繰り出してきた。
「火槍」
またしても火槍にオークは吹き飛ぶ。
アイカが動いた。
狭い室内を泥棒の如くすばしっこく動いた。
ルイちゃんはまな板を持って、オークへと走り寄る。
オークは倒れそうになるのを必死に立て直し、近寄るアイカに剣を突く。
アイカはしゃがんでこれを回避。
「食らいなさい!!」
ルイちゃんがまな板を投げる。
木製の堅そうなまな板が、オークの鼻っ面に当たった。
「オッシュ……!」
アイカがその隙に近寄ろうとしたが、オークも決死の思いで剣を振る。
近寄れなくなり、アイカがその場に立ち止る。
俺も走る。机に飛びあがり、そのまま魔法を打つ。
「火槍」
3発目の火槍は剣で迎え撃たれた。
流石に警戒されていた。
だが、一瞬炎に紛れて俺がオークに肉薄する。
右手に持つ包丁にすべてを集約する。
「一本突き!!」
包丁で一本突きをオークの喉に見舞う。
オークは、
「――ッ!!」
剣を持たない左掌で、包丁を掴んだ。握る手からはだらだらと血が出るが、絶対離さないと見える。
オークがにやっと笑う。
だが、まだルイちゃんがいる。
鍋を持って突撃していた。
俺は庖丁から手を放し、体を沈める。
次の瞬間には頭の上を鍋が擦過していた。
「ドラァァァァ!!」
ドワーフの渾身の一撃がオークの顔面を襲った。
牙が全て折れ、鼻からは血が噴き出す。
アイカが後ろから絡み付いた。
おんぶのような格好になり、オークの喉に包丁を突き刺す。
一仕事終えたような顔になり、アイカはその場から離れた。
オークはなおも抵抗しようとしたが、ルイちゃんが鍋を再度頭に叩き込んだ。
頭蓋が砕けるような音と共に、オークが崩れ落ちた。
オークが膝をついて、顔面が俺に胸辺りに来た。
「オラァッァァ!!」
全力に右拳でオークを殴り飛ばした。
骨を折る感触とともに、オークはピクリとも動かなくなった。
地面に横たわり、武器を投げだしている。
俺は剣を拾い上げて、二人に後ろに付くように命令した。
「火槍」
ドカン、と店の壁がぶち抜かれた。
最初からこうすればよかった。
「勝手口ありますけど……」
アイカが指す方向には確かに扉があった。
さっきまでは必死だったから気づかなかった。
「……いいんだよ、行くぞ」
穴が開いた壁から出ると、左右を確認する。
少なくない人が逃げ惑っている。
わーわーと喧騒が聞こえる。
そこかしこで侵入を許したのだろうか。
「まずは武器を取りに帰る」
オークから奪った剣を見せながら、作戦を考える。
武装がないのは痛い。
特にルイちゃんは何も持っていない。
いや、鍋は持ってるけど。
アイカは包丁一本だけ。
俺はオークの剣。
「行くぞ」
初めての町の裏道を走る。
どこら辺が宿だったか。
「来ます」
数秒は知ったら、アイカが警告を出した。
次の瞬間にはオークが角から出現。
「縮地突き」
強化された身体能力のもと、一撃必殺の突きが、オークの喉に突き刺さった。
出会いがしらの戦闘だったが、アイカがいて助かった。
オークの喉から剣を引き抜いて、さっさと走り出す。
3人で裏道を疾走すると、見覚えのある建物が見えた。
「あれだったっけ?」
「たぶん……」
「そうじゃなかったかしら……」
表から見ればこの宿だ! と断言できるのだが、裏口らしき物を見ても自信が持てない。
自信はあまりなかったが、キィとゆっくり扉を開けた。
中には誰も居なかった。
だが、この宿に間違いない。
今日泊まるはずだった宿だ。
後ろに合図をして、さっさと4人部屋だった部屋に入る。
3人部屋なんていう中途半端なものはこの宿にはなかった。
冒険者向けだと、3人組も居るので3人部屋もあるのだが。
まぁ、だいたい4人部屋だ。
さっさと部屋の中に入って、武装を整えていると、ギシギシとここに上ってくる音がする。
「早く着替えろ……!」
「ちょっと待って……」
ルイちゃんが板金鎧を着るのに手間取っている。
アイカが手伝っているが、ここに上ってくる手合いの方が早い。
「着替えてろよ」
バンと力強く扉を開けると、通路の先に槍を持ったオークが立っていた。
「槍かよ」
この糞狭い通路でよく入ってきたと思った。
剣すら振り回せない場所だ。
騎士剣を抜いて、盾を構える。
オークが駆ける。槍を突いた。
やはり、そうくるしかない。
ブロックして、ブロックするしかなかった。
あれ、どうすればいいんだ。
近づけない。
槍の間合いが遠すぎる。
「オッシュ! オッシュ! ガラバダラガウア!!」
さっさと死ねとばかりにオークが連続で槍を突く。
死にはしないが、決定打がない。
「復讐の一撃……!」
一つの案が出て、剣と盾が光り輝く。
オークが訝しげな顔をしたが、構わず突いてきた。
それを盾でブロックする毎に、盾と剣の光が強くなる。
リベンジガードの一撃が徐々に強くなる。
十数回槍の突きを防ぎきったところで、オークがさらに一歩踏み込んできた。
力で押し切るつもりだ。
リベンジガードはその場から動けない。
ここで決める。
オークが突きだしてくる槍に集中して、盾で身を隠しながら、剣を握る握力を高める。
復讐の一撃――
「解放……!!」
剣術のレベル4。
撫で斬りとのコンボで繰り出される復讐の一撃が、オークの槍と激突した。
「ガバラ!?」
硬度のスキルにより圧倒的な耐久性を誇る騎士剣は、絶対に欠けない。
槍とぶつかった程度では、相手の方が先に耐久性に限界を迎えた。
結果は、槍が折れる、だ。
オークが一歩下がる。
逃げ出そうとしている。
後ろからアイカとルイちゃんが来た。
ようやく着替え終わったようだ。
「行きます」
「行くわよぉぉぉ!!」
すでに背を向け逃走しているオークに、二人が走り寄る。
オークは筋肉だるまのくせにやけに早い。
筋肉は偉大であることがうかがえる。
だが、アイカの方が早い。
さっさと追いついた。
「一本突き!」
オークの背中に剣が当たる。
だが、武装しているオークには刃が通らない。
オークはよろめくだけに終わった。
それだけで良いらしい。
後ろから遅れてルイちゃんが来た。
「振り廻し!!」
槌術レベル1の振り廻し。
狭い通路の中でも器用に棍棒を振り廻した。
オークの横っ腹に棍棒がめり込んだ。
「ガッ……!!」
勢い余ってオークは壁に叩きつけられた。
全身を強かに打ち付けて、オークは通路に倒れる。
後は簡単だ。
3人で動かなくなるまで、しこたま剣や棍棒をたたき込んだ。
人間側は完全な劣勢だ。
完全とはいかないのか。
それでも攻められたという事実は変わらない。
町の東西南北にある門のうちの一か所を破られ、そこからオークが流れ込むこと数十体。
なんとか他のオークの流入を防ぐころには、先遣隊のオークが住民を虐殺し始めていた。
人間よりオークの方が強い。
見た目、つまり体格からもそれが分かる。
筋肉量が違うというべきか。
瞬発力、その他諸々。すべて劣っている。
攻撃力、防御力、素早さ。
全ては筋肉によるものだ。
筋肉の塊であるオークは、つまり最強である。
最初の敵襲から数時間が経過し、騎士団と冒険者が南に集結した。
閉じられた門の向こう側には、恐るべきオークが大量に居る。
俺たちは、いやすべての戦闘員がそこに集まっていた。
オークの襲撃自体は、すぐに終わらせることができた。
常駐戦力の騎士団もある程度は町の中を徘徊していたし、それこそ冒険者が活躍した。
それでも被害は尋常ではなかったが。
あちらも先遣隊だけで終わるとは思っていなかったようだ。
大量のオークたちは南方面に集結して、今か今かと戦闘の時を待っているようだ。
今日はこの町を中心として、各地から冒険者が多く集まっている。
オークを殺すべく集まった戦力だったが、逆に攻められるという憂き目にあっている。
どうする、という言葉があちこちから聞こえる。
もう暗くなって、周りも見えづらくなっている。
篝火をたいて、どうにかこうにかというレベルだ。
「いつ攻めてくる……!?」
オークがいる事だけは分かっている。
壁の向こう側には2、300体はいるらしい。
「どこから来るんだ?」
俺は周りの声を聴きながら、アイカやルイちゃんに疑問を投げかける。
「南じゃないんですか?」
アイカが素直にそう言った。
今は普段通り不幸そうな顔をして、通常通りの様子だ。
先ほど見せた動揺は微塵も感じさせていない。
「東でも西でも、それこそ梯子を使えばどこからでも侵入はできるだろう」
コンクリみたいな材質でできた壁は、4メートルくらいだ。
それがぐるっと町を囲んで、守護の役目を果たしている。
今回はオークたちに破られてしまったわけだが。
「じゃあ、こうしてここにいるのもダメじゃない」
ルイちゃんが慌ててどこかに行こうとするのを抑える。
「まてまて。まぁ、確かに別働隊の可能性もある。というか高いな。あれ、これどうすんの?」
「知りませんよ。騎士団のお偉いさんが考えてるんじゃないですか?」
その騎士団の連中は、顔を突き合わせて何事か作戦を組み立てている。
冒険者はそれを取り囲んで、どうすればいいのか右往左往していた。
「あれ、まずい。相手の方が有利だ。俺たち寝れないし。眠くね? そろそろ寝る時間なんだが……」
俺のあくびが伝染して、全員であくびをする。
もうそんな時間だ。
夜明け前に攻めればいいものを、こんな時間に攻めてくるから寝る事すらできない。
このことからも分かるが。
「相手も一枚岩ではなかったな」
「どういう事?」
「奇襲するんだったら朝やればいいのに、夕方なんてかなり中途半端な時間に攻めてきた。数も少なかったし、功に駆られたオークが先走ったな」
そういう事なら、流れ込むようにオークが来なかったとしても一応は頷ける。
相手の頭は夜明け程度に仕掛けたかったのだ。
作戦こそ崩れたが、今からでもそれを実行しようとしている?
眠れない状況を作り、俺たちの体力を削る?
確かに、もう眠い。
だが、眠れはしない。
これは推測にすぎないし、今この瞬間にもオークが来てもおかしくない。
しかしどうだ。
来るか?
もうこちらの目は覚めている連中だっている。
もっと遅い時間に仕掛けた方が効果的だろう。
朝だ。
朝に来る。
前盗賊団を奇襲したように、オークも朝に来る。
「寝るぞ」
騎士団の仕事は決まっている。
町の守護だ。
少なくない人数を北・東・西に配置した。
冒険者は南だ。残った騎士団も南。
結局は町の全方位に人を配置して、非戦闘員は町の中央に集めた。
「この襲撃は明日にでも決着を付けなければならない!!」
騎士団のリーダーがそう叫ぶ。
「この町を訪れる人は少なくない。しかし今この町はオークに囲まれている。その状態を放置するわけにはいかない!」
確かに、そうなればこの状況を知らない人たちは一たまりも無い。
即刻ぶっ殺される。
俺は地面に腰を下ろし、半眼でその話を聞く。
隣ではアイカとルイちゃんがグースカねている。
決戦に向けて英気を養ってもらっている。
寝ている奴は少ないが、腰を下ろしている奴は多い。
無駄に体力を消費する必要はない。
「オークたちは必ず攻めてくる! それは奴らにもタイムリミットがあるからだ!」
この町が囲まれているという状況が知られれば、近隣の町から兵が送られてくるだろう。
そうなれば、オークたちの命はない。
オークたちも決死の思いで攻めてきている。
「攻められてたまるものか! 我々には多くの命を預かる立場にある!」
リーダーは大きく手を掲げた。
熱心な弁舌に耳を傾ける奴はどれだけいるのだろうか。
言いたい事は一つ。
「攻めるのは俺たちだ」




