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42 不運、発動

 馬車で12時間硬い木の荷台に座っているとさすがに疲れた。

 少し高い壁に囲まれて、モンスターたちに対応されている町にたどり着くことができた。


 ここまで魔物の襲撃を受けていない。

 アイカがいながらこの状況は、逆に不気味である。


 作戦の内容は前のギルドで確認している。

 夜の十二時に町の門の前に集合すれば、騎士団が冒険者を引き連れてオークの住む村まで行くことになる。


 スキン達とは適当に分かれて、安そうな宿屋に入った。

 一日分の宿代を払い、ベッドに腰掛けて、凝り固まった筋肉をもみほぐす。


 ルイちゃんも板金鎧をよっこいせと置いて、安そうなベッドに横になった。

 部屋の中はベッドが三つしかないという、超極安価格設定の宿屋だ。


 今の俺たちなら別にいつまででも泊まれそうな価格設定だった。

 それだけの中身だったが、あと数時間もすれば出ていく宿屋だ。


 適当に干し肉をかじりながら腹を満たす。

 時刻は夕刻をとうに過ぎている。

 小腹がすくどころか、めっちゃ腹が減っている。


「飯食いに行くか」


 その言葉に目ざとくルイちゃんが反応した。

 バッと飛び上がるようにして、ベッドがから降り立った。


「さぁ、行きましょう! さっきからお腹と背中がくっ付きそうだったのよ!」


 12時間の移動はさすがに答えたようだ。

 食欲は17歳男児のルイちゃんだ。


 底が知れない。

 食費だけでその日の儲けが無くなりそうな勢いだ。


 そこまでは言い過ぎか。

 それでもルイちゃんは乙女という割には、バカスカ食べる。

 筋肉がタンパク質を欲しているらしい。


 肉、肉、肉。

 

「焼肉でいいか」

「ウェーイ!!」


 ルイちゃんのテンションが最高潮になる。 

 反対にアイカのテンションが低い。


 小躍りするルイちゃんをよそにため息なんては居てやがる。

 いっちょ前に。


「おい、焼肉だ。行くぞ」


 顔が下を向くアイカの手を引っ張って、無理やり外に出た。


「肉! 肉だ!」


 ルイちゃんが超本能を発揮し、焼肉屋を発見。

 ルイちゃんは店舗の前まで走る。全力疾走だ。


「二人とも、早く!」


 遠くで手招きしているルイちゃんを見やる。

 隣では意気消沈するアイカ。


 めんどくせぇ。

 いつもならこいつだって肉、肉、五月蠅いのに。


「おい、いくぞ」

「あっ……」


 アイカを引っ張って、店内に入った。

 炭火焼の焼肉だ。


 じゅるりとよだれが出てしまう。

 

 運ばれるたくさんの肉をどんどんルイちゃんが焼いて行く。

 焼かれる肉は片っ端から俺とルイちゃんが消費していった。


 アイカと言えば、


「はぁ……」


 何て言って、手を付けない。

 この野郎。

 人がせっかく気を利かせて、焼肉に連れてきてやったのに。

 精を付けろ、精を。


 対面で座っている、目の前の乙女を見ろ。


「ガツ! ハフ! うま! ゲキウマ! おいしいわよ、これ! 二人も食べなさい!!」


 百年の恋も冷めるような食べっぷりだ。

 ガツガツと肉をかき込んで、米をかっ喰らう。

 良い食べっぷりだ。


 対照的に箸が進まないアイカの頭を軽く小突く。


「いたっ」


 ゆっくりと俺の方を向いた。

 ルイちゃんは構わず食べまくる。

 少しはご主人様に譲れ。


「さっきからなんだ。鬱々としやがって。食欲無くなるんだよ」

「……元々こんな顔なんで」

「顔のこと言ってないだろ」

「だって、鬱々だって」


 確かに鬱っぽい顔してるけど。


「ため息だ。さっきから何回やってるんだ。曰く、ため息をすると幸せが逃げるらしいぞ」

「常時不幸な私には関係ないですね」

「そうだな」

「フヒッ、そこは否定してくださいよ」


 アイカは俺の手を退けて、もそもそと肉を食べ始める。

 勢いがないな。もっとがっつりと行ってほしい。


「煮え切らない態度だな。なんかあるなら言えよ。面倒なんだけど」

「……そんなこと言ってるとモテませんよ」

「どうでもいい」


 アイカは面白くなさそうに野菜を食む。

 おのれ、肉を食え。


「はぐらかすなよ。なんかさっきから様子が変なんだよ。鬱陶しいからはっきりしろ。あとから、オークぶっ殺しに行くんだからな」


 俺はルイちゃんが焼いた肉をありがたく貰い受ける。

 憎らしい目でにらみつけられた。

 大切なものなら名前でも書いておけ。


 アイカは俺の言葉を受けて、目線を真下に向け、宙に向けた。

 右往左往した後、ぼそぼそと喋り始めた。


「……良い事が思いつきません」

「はぁ?」


 意味不明な発言で、ルイちゃんの箸も止まった。


「近くに親の仇がいると思うと、変な気分です。あの日を思い出すし、良い考えが思い浮かびません。胸がドキドキ五月蠅いし、呼吸も浅い気がします。食欲なんて微塵もないし、超緊張してる。体調がおかしい。気分が変。頭の中がごちゃごちゃしてる。……嫌な気分が収まらない」


 俺とルイちゃんは肉が焼けるのを黙って見守る。

 決して、アイカの言葉を無視しているわけじゃない。


 アイカの独白が気になってしょうがないのだ。


「気持ち悪い。この場所に居たくない。一刻も早く帰りたい。嫌な感じがして止まらない。絶対悪い事が起こる。親が死んだ場所の近くにいる事も気持ち悪い。でも、それ以上に気持ち悪い。この場所が気持ち悪い」

「ど、どうしたの? アイちゃん……?」


 ジュージュー焼ける肉の音も無視して、ルイちゃんの興味はアイカへと完全に移った。


「やばい。ここはやばい。絶対に悪い事が起きる」


 アイカの様子が普段とは隔絶している。

 ぶつぶつとうわ言のように繰り返す。 

 まずい、やばい、帰った方が良い。


「空気が重い。臭いがきつい」


 臭い、という言葉を聞いてルイちゃんがわきのにおいをかぐ。

 緊張感が欠ける行動は避けろ。


「おかしい。あの晩と同じ。来る。絶対来る。不運が発動する」


 縋るようにアイカが抱き着いてきた。

 

「どうしよう……! みんな死んじゃう……! ユウキさん!!」


 最後の大声で店舗内が、シンと静まり返った。

 周りの客が全員俺たちに注目している。


 俺は周りに軽く謝り、アイカを押さえつけた。


「落ち着け。なんだってんだ……」

「やばい、やばいって……!」


 落ち着きがなくなったアイカの歯の根が完全に合わなくなっている。

 ガチガチと歯がかち合っている。


 本気で怯えている。


「なんだよ、どうしたってんだよ……」


 本気の豹変にルイちゃんも動揺している。

 こんな姿を見たのは初めてだ。


「本当にやばいんですって。この感覚は――!?」


 そういった瞬間、焼肉店のドアが破砕された。

 ドンガラガシャン! みたいな音がして木製のドアが粉砕され、凄い音が店舗内に響き渡った。

 破壊されたドアの破片が当たって、昏倒している人もいる。


 俺たちは無事だ。

 運よく当たっていない。


 この場合、運が良いというべきか。

 分からない。


「オッシュ」


 挨拶でもするかのごとく、オークがいた。

 凄まじい体格。2メートルはあろうかという巨体に加え、丸太のようにたくましい腕。

 筋肉の塊だ。

 豚の怪物だとは思えない。


 口元には二本の牙がそそり立ち、遺憾なく周囲を威嚇している。

 最大の特徴はやはり、その緑色の肌か。


 いやそんな事ではなく。


「オォォォッシュ!!」


 オークが近くにいた人間に己が剣を叩きつけた。

 その瞬間、人間の生命は終わりをつげ、周りは凍りつく。


 焼肉店で新たな肉塊が製造され、オークは剣を引き抜く。


 叩き潰された人間の体は、床に倒れ、血だまりを作った。


 周囲の人間は誰も動かない。

 理解できない。


 さっきまで飯を食っていたのに、何故こんな事になっているのか。

 オークが絶叫する。

 剣を振り回し、店内を蹂躙すると同時に、町中に緊急の鐘の音が鳴り響いた。

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