40 同衾
「鬱陶しいから離れてくんない?」
「いやん」
今はオルガの所の3人部屋を新たにとって、そこでくつろいでいる。
部屋には机一つと、ベッドが三つという簡素なものだ。
ルイちゃんが加入してどこか違う宿に変えようかと思ったが、カイセイ達十数人が死んだことで、偶々宿が開いていた。
そこに転がり込むような形で、1週間程度の宿代を払い、アイカとルイちゃんとともに部屋で寝る準備をしている。
三つベッドがあるうち、すでにアイカは自分のベッドを見定めて、寝転がっている。
ルイちゃんも残る一つのベッドに入るものかと思い、俺は真ん中のベッドに座っていた。
だが、ルイちゃんの行動は予想外だった。
「一緒に寝ましょ」
「すみません、無理です」
ルイちゃんの馬鹿でかい顔面を押しのけながら、拒否の言葉の刃を放つ。
しかしルイちゃんはめげない。
俺に抱き着こうと必死にその体を寄せる。
「ちょ、俺にそんな趣味無いから……!」
俺はルイちゃんの体を蹴飛ばし、隣のベッドまで吹き飛ばした。
「あん……!」
ゾワッとした。
割と本気で蹴ったのだが、ルイちゃんの筋肉に阻まれている。
ルイちゃんは甲高い声で、嬌声を上げた。
「フヒッ、ルイちゃん、可愛らしい声出しますね」
アイカは蚊帳の外を良い事に、呑気なことを言っている。
ベッドに横になりながら、俺たちの動向をボケッと見ている。
その顔をぶん殴りたい。
俺としては大変だ。
ルイちゃんがベッドの上で体を起こす。
何の痛痒にも感じていないようだ。
「激しいわ……! そういうのが好みなのね。いいわよ。来て」
そう言って、ルイちゃんがクイクイとお尻をこっちに向けて始めた。
殺意を覚えて、枕を投げつけた。
無様にもルイちゃんは避けない。
寧ろ嬉しそうだ。
「あん、良いわ。良いわよ。来て」
「行くわけねーだろ。寝言は寝て言え」
俺はさっさと横になって、ベッドに沈む。
だが、ルイちゃんの攻撃は終わらない。
「そんなこと言わないで。今日の激しさと言ったらなかったわ……。まさか、ワタシが力負けするなんて……。惚れたわ。掘って」
「フヒヒッ!!」
アイカがベッドで転げまわって、爆笑している。
ルイちゃんは俺に尻を向け、ズボンをずり下そうとしている。
半ケツになったルイちゃんの尻に、小さな火球を叩きこんだ。
「あん……! そうくるのね……!」 焦らしね! 焦らしてるのね!!」
ルイちゃんは勝手に一人で燃え上がっている。
アイカは横で爆笑。
何てカオスな空間だ。
「ヒー! ヒー! 苦しいっ! 苦しいよ! ルイちゃん、辞めて! 笑い死んじゃう!」
「あら、アイちゃん、ワタシは本気よ! さぁ、ユウちゃん……来て」
「行かないから。粗末なものしまえ」
仕方なしといった風にルイちゃんはズボンをずりあげた。
「ユウキさん、不能ですよ。ルイちゃん」
アイカが面白げにルイちゃんに俺の真実を告げた。
ルイちゃんの顔と言ったら。
「なん……だと……」
ルイちゃんは可愛らしい声を出すのも忘れて、素の声を出した。
野太い。
これほど男らしい声があるだろうか。
これが漢!
「そんな、骨を折られたあの時から、ワタシの心はユウちゃん一本だったのに……。ユウちゃんが不能ですって……!? 本当なの、アイちゃん……?」
「朝勃ちすらありませんよ」
「マジかよ……」
アイカには何を確認しているのだと言いたい。
そして、ルイちゃんは絶望するな。
ベッドの上で両腕を付いている。
本気で悔しそうだ。
「掘って、もらえない……?」
「掘る気も無いから」
ルイちゃんはぶつぶつ何か言い始めた。
かなり物騒なことを言っている。
「ワタシが、掘る?」
「おい、殺すぞ」
ぐりんと凄い素早さでルイちゃんの首が動いた。
俺を捉えてやまない。
見られている。
俺の尻を。
狙ってやがるぞ。
この変態。
「ま、待て。そうだ。アイカとやってろ」
「アイちゃんは駄目よ。ワタシ、女の子に興味ないの」
アイカは「ふられた」といって、不貞寝しはじめた。
良いだろ。それでいいだろ。振られていいだろ。
ルイちゃんの下腹部を見ると、ギンギンに滾っていた。
おい、ふざけんなよ。
「おい、こっち来んな。焼き殺すぞ」
ルイちゃんは「本望よ」なんて言いながら、にじり寄ってくる。
これは返品される。
返品したい。
火槍を複数展開して、発射口をルイちゃんに向ける。
「あら、やる気なのね」
「無いから。くんな。それだけだから。良いからおとなしくしてろ。寝ろ。命令」
「もう、それはずるいわ」
すごすごとルイちゃんがベッドに戻った。
良かった。奴隷が絶対服従で。
「いつかヤりましょうね」
ルイちゃんはウインクをバチッと決めて、俺に枕を放り投げた。
それを受け止め、一言。
「一人エッチしててください」
翌日、俺のベッドに入り込んできたルイちゃんを蹴飛ばしながら起床。
「ねぇ、俺に惚れる要素がどこにあったの?」
床に転げ落ちたルイちゃんに聞いてみた。
昨日の出来事を考えても、俺に惚れる要素などない。
「そんな事ないわ。握力で私の手首をへし折るなんて。私なんて先に絞め殺そうとまでしてたのに、力負けしたのよ。あぁ、この人は運命の人だわって思ったわ」
「手首折ったんですけど。両方バキバキにしたよね? 恨まれこそすれ、惚れる要素なんてないよね?」
後ろでアイカが笑った。
「ドワーフの方は力の強い人ほど、モテやすいんですよね」
「そうよ。私に勝っちゃうなんて、もうドキがムネムネよ……」
ルイちゃんはしおらしく、体をくねらせる。
「けど、ルイちゃんに勝っちゃうなんて、ユウキさん、化け物ですね。人間族が勝てる相手じゃありませんよ」
「ホントね。その細腕のどこから、あんな馬鹿力が出るのかしら?」
二人して俺の腕をしげしげと観察する。
あの黒い靄が原因だろうな、なんて思いながら立ち上がった。
「強い分には困りはしない。俺の目的にはうってつけだ」
「そうですね」
アイカはそう言うが、ルイちゃんは分かっていない様子だ。
「なに? 何か目標があるの?」
「あぁ」
俺は装備を整えながら、二人にも着替えさせる。
「復讐だ」
「なぁに、それ。訳分かんないんだけど。それじゃ、ユウちゃんたちは拉致られた挙句、殺し合いをさせられたの? それで、ユウちゃんはその生き残り?」
ゴブリンが出る一階層で、ルイちゃんのレベル上げに興じながら、俺の成り立ちを説明する。
この世界の住人でない事は伏せている。
言っても意味ないし。
ルイちゃんがゴブリンの頭を棍棒で叩き割って、そうまとめた。
「私も聞いたの2回目ですけど、なんですかそれ。意味不明なんですけど。目的が見えなくないですか?」
アイカが魔宝石を回収して、こっちに戻ってきた。
この作業も慣れたものだ。
三人で円陣を組むかのように休憩をしながら話す。
「何が目的だったんだ。俺を回収するのには失敗しているし」
「で、ユウちゃんはそいつらを殺したいのね」
「そういう事だ。敵討ちがしたい。今は力をためている」
「限定奪取ですね」
ルイちゃんが感心したような顔になる。
「破格のスキルよね。敵の弱体化と、ユウちゃんの強化が同時にできるのよ。無敵に近いわ」
「条件が厳しいだろ」
「そうね。特に質問と、一撃喰らうのは痛いわ。まぁ、でも難しくはないわよ」
俺は意味が分からず、どういう事か聞き返す。
「戦闘中に奪わなくてもいいのよ。半死半生にした後、ゆっくり奪えばいいの」
「ルイちゃん、意外にえぐいな」
「そうかしら? ワタシだったらそうするわ。良いわね。たくさんスキル手に入るかもしれないのよ。ワタシも何かスキルが欲しいわ」
ルイちゃんは棍棒を操りながら物欲しげな顔をした。
「俺としてもルイちゃんには、すぐにでも何かスキルを手に入れてほしい」
「鍛冶師になったら、何か手に入ると良いわね」
アイカが不思議そうな顔をした。
「鍛冶師で良いんですか? ルイちゃんは戦士とかそういうのが似合うと思いますが?」
「あら、言ってなかったわね。ワタシ、鍛冶師になりたいの」
「何でですか?」
アイカがそう質問する。
不思議そうだ。
俺も戦士になってほしい。
「ユウちゃんが聖騎士で、アイちゃんが盗賊だったからしら。でもね、ドワーフにとって鍛冶師は特別なの。これだけは譲れないわ」
「そんなに?」
「えぇ。ワタシ、鍛冶が原因で売り飛ばされた口だから」
「なんですか、それ。気になります」
アイカがルイちゃんの過去話に興味を持ち始めた。
俺も興味がある。
「ワタシの親も鍛冶師だったから、家にはたくさん素材があったんだけど。それには触っちゃダメだったの。仕方ないから、完成した剣とかハンマーとかを鋳潰しまくってたら、売り飛ばされたわ。完成品には触っちゃいけないなんて言われてなかったから、一本取ったつもりだったのに、駄目だったわ。やり過ぎたわね。鋳潰した鉄とかで剣を作ったりしたけど、まぁ初めてだし碌なもんじゃなかったわ」
「それは駄目だろ。どう考えても。売りもんぶっ壊しまくったってことだろ?」
「そうね。私も鍛冶をやってみたかったのよ。あのカンカンって鉄を叩く音が懐かしいわ」
ルイちゃんは故郷の事を思い出しているのだろうか。
「でも、自業自得ですね」
アイカがそう結論付けた。
ルイちゃんは苦笑いしながら、「そうね」と返すしかなかった。




