38 良かったです
ギルド長の部屋から出て、ギルドのカウンターに向かった。
そこには金貨の山が。
ちょっと前まで泣きっ面だったアイカも驚きの表情だ。
マーシャさんがトレーに乗せた金貨の山を俺たちに差し出す。
「占めて金貨三十二枚です」
「内訳は?」
アイカは「どうでもよくないですか?」と言うが、どれくらいの値段なのか気になる。
「コボルとの剣が金貨十二枚。アブソリュートの剣が二十枚です」
「良い剣を使っていたみたいだな」
「そのようですね」
マーシャさんはカウンター奥を見て、アブソリュートの剣を見た。
「スキルがついた剣だったようですしね。剣自体なら金貨数枚というレベルです」
「ちょっと待ってください。どういうことですか?」
「スキルがついた剣ですよ。珍しいですし、高いものです。剣自体の物が良いし、スキルも付いてるからこの値段で買ったんです」
「ちなみに、どういうスキルがついているんですか?」
「硬度、ですね。剣の耐久性が上がる良いスキルです。硬いものを攻撃しても、刃こぼれしにくいらしいですよ。皆さん、憧れの剣と言ってもいいのでは?」
「やっぱ売りません。俺が使います」
「え、でも……」
俺は金貨二十枚を突き返す。
マーシャさんは困ったような顔をするが、仕方なさそうに剣を持ってきた。
「一応証拠なんですけどね」
「有効活用しようとしているんですよ」
良く考えれば、証拠を手放す必要など一片たりともないのだ。
アブソリュートの剣は俺が使う。
「代わりに、もうこのカットラスは要らないので、買い取ってください」
「二束三文ですよ?」
「邪魔なんで」
本当に銀貨数枚しか出てこなかった。
アブソリュートの剣が本当に高い事が分かる。
それでギルドでのやる事は終わった。
宿に戻って相談だ。
「……今日はもう、行きませんよね」
「ああ、流石にな。疲れたろ。迷宮は明日、それとも明後日からだ。……気づいているか知らんが、お前、人を殺したんだ。折り合いを付けろよ」
そこでアイカの体が跳ね上がった。
図星を突かれたようだ。
「フォローするなら俺が悪かった。俺が殺せれば一番良かったし、本当だったら捕獲の予定だったしな。別にお前は悪くない。アイツはお前だって殺す予定だっただろう」
「……それ、でも、ですね」
「カイセイ達の仇を取ったと思え。それでも駄目なら自分で何とかしろ」
「…………」
アイカはベッドに座り込んで、下を向いた。
「まぁな、アブソリュートの野郎は運が悪かったんだな。まさか迷宮で死ぬなんて思っていなかっただろうな」
「……それを言うなら、カイセイさんたちだってそう思っていたはずです」
「そんなこと言うなら、お前の人生だってそんなもんだろう。周りの人間全員不幸にしてきたはずだ。人の一人や二人、死んでないってか?」
「……両親は死にましたけど」
「ほれ見ろ。少しだけ、運が悪かっただけだ。アブソリュートもカイセイ達もな」
アイカは首を振る。
「カイセイさんたちは悪い事してません。私のせいで死んだようなものです」
「お前の不運だっていう証拠もないだろう」
「ユウキさんだって、私のせいみたいに言ってたじゃないですか」
「お前のせいじゃないって言って、納得したのか?」
「それは……」
沈黙が下りる。
窓から雰囲気とは不釣り合いなほどの明るい光が入ってきた。
雲間が切れたようだ。
「下を向くな。前を向け。お前の不運じゃない。あいつらには実力がなかった。それだけだ」
「……そんな風には割り切れません」
「カイセイ達はアブソリュートより弱かった。俺もだ。なんならアブソリュートを倒したお前が一番強い。ほれ、レベルでも見てみろ」
アイカは懐からスタータスカードを出した。
「……19」
「よかったな。俺より上だ」
「でも、こんなの望んでません。レベルなんて、どうでもいいんです。死は、こんなもので釣り合う物じゃありません」
「そうだな。その通りだ」
俺は背筋を伸ばして、そのままベッドに倒れ込んだ。
「なんだ。気休めだけどな、俺の方が殺しているぞ」
「えっ……?」
「知り合いが31人。そのあと5人殺した。いや、立花を含めて6人か……。まぁ、そんなもんだ。たった一人ぶっ殺したくらいで凹むな」
「……そうなったら、ただの鬼だと思うんですよ」
「……! そうだな。それは駄目かもな」
鬼、という言葉を聞いて、心拍数が上がった。
かつて、同級生たちを見て思った事だったからだ。
「じゃあ、アイカはどうすれば良いと思う?」
「……分かりません」
アイカは頭を振る。
茶色の髪の毛が揺れ、しっぽがへ垂れる。
「なぁ、なんでアイカは生きてるんだ?」
「死ねってことですか?」
「曲解すんな。目的だ。目的。奴隷になって、俺と行動して、どうしたい?」
「……どうにも。目的無く生きてるに近いですね」
アイカは「でも」と続け、俺との会話は止める気はないようだ。
「しいて言うなら、ユウキさんの役に立とうかな、なんて思ってたりしますよ。一応は、ご主人様ですし」
「そういうのじゃなくてさ。人生の目標的な? 可愛いお嫁さんでもいいんだぜ?」
「フヒッ、私は不運があるんで、そんなこと考えたことありませんよ」
「本当に?」
「……本当ですよ」
アイカは俺と目線を合わせない。
「別に、不運があるからお前の人生がすべてうまくいかない、と決まったわけじゃないだろ」
「そんなことありません。私の人生は散々です」
アイカは立ち上がって、俺の方を見た。
もう、滂沱を涙を流している。
「私のせいでモンスターに襲われて、お父さんもお母さんも、村のみんなも死んで!! 命からがら逃げだしたら、奴隷商につかまって!! 誰にも買われず、ほとんど食事も与えられず!! 買われたと思えば、迷宮に放り出され!! 挙句の果てには、仲よくしていた友達みんなが全員死んで!! そして、私は人殺し!! これのどこが上手く言ってるっていうんですか!? 言ってみてくださいよ!!」
「まぁ、なんだ、生きてるじゃん」
「……そう、ですけど」
「カイセイ達は死んだ。でも、お前は生きてる。それだけでも、幸せだと、俺は思う」
俺は同級生に思いをはせる。
「俺の仲間は理不尽に拉致されて、監禁されて、食事も水もなく、最後には殺し合いで死んだ。俺はその中でたった一人生き残って、今はこうして生きている。今日は、運良く生き残れた。誰かのおかげとは言わないが、感謝してなくもない。俺一人でも、どうにかできたけどな」
「……最後の一言がなければ、同情してたのに」
「同情なんてすんな。あの殺し合いは、地獄で、クソッたれたものだった。分かれなんて言わないし、分かったなんて言ってほしくない」
「そうですか。正直、全然、何言ってるか分かりませんけど」
立ちっぱなしのアイカは、再びベッドに座った。
「最悪よ、人には迷惑かけまくって生きていけば良いと思うんだよ。不運だからってひきこもる必要はないし、引きずる必要なんてねーよ。なんならいつか奪ってやるから、心配すんな」
「なんですか、いま、奪ってくれてもいいんですよ」
「今のところ、お前の不運が、アイカのアイデンティティだからな。特徴の一つを奪うのは、酷ってもんだろ?」
「さぁ? どうですかね。私は邪魔だとしか思ってません。……まぁ、でも」
アイカはこっちを見た。
その顔には、少しだけ笑顔が浮かんでいた。
「ちょっとだけ、ユウキさんに会えて良かったかもと思います」




