37 決別
明るい室内で二人の男女が居座っている。
男はベッドに腰掛け、女は床に正座して、目線を泳がせていた。
「何か言い訳はあるか?」
俺はアイカに怒気をはらんだ声でそう問いかけた。
「だだだ、だって、知らなかったし……。私はユウキさん助けただけで、悪い事してない、みたいな?」
アイカは目玉をバタフライさせて、動揺しまくっている。
「誰が、背中から刺して、肘と膝を破壊した後、喉を掻っ切った挙句、延髄を破壊しろなんて言った?」
「言ってないけど、何も言ってませんよね……?」
アイカは床に『の』の字を書いている。
下を向いて視線を合わせない。
「せっかくよ、剣術奪うチャンスだったのによ、よくもよ、フイによ、してくれたもんだぜ? おう?」
「な、何言ってるか分からないんですけどぅ?」
俺はベッドから降りて、うんこ座りした。
アイカの顎を持ち上げる。
「あん? 奪うぞ? ゴラ? あれだぞ? ただの無能にしてやろうか?」
「い、意味が……」
アイカの顎をびっと叩いた。
「あう……。何するんですか。命の恩人に対して」
「あっほ。俺が負けるわけないだろ。あれはな、演技だったんだよ」
「え、演技ですと……!?」
実際はアブソリュートには、追い込まれていたがそういう事にしておく。
「あのな? 言ってなかった俺が、ほんの塵芥だけ悪かった」
「それ謝ってるんですか?」
「うっせ。良いか? これ秘密だから。喋ったら殺すから。命令の類ね。これ」
「言ったら殺されるとか、超理不尽」
アイカは「フヒッ」と笑って、ちゃんと正座した。
「あのな? 俺のスキルにな? 限定奪取っていうのがあるわけ? ここまででその矮小な脳みそでも理解できたか?」
「……バカにしてるんですか」
「よし、理解したみたいだな。続きだ。これは他人のスキルを奪える」
「ずっる!! ずるだ! この人ずるしてますよ!! 他人の努力の結晶を奪ってますよ!!」
「てめ、黙れっつただろ! その口さっさと閉じろ!」
俺はアイカの口を塞いで、束の間、周りに物音がないか確かめる。
「誰かに聞かれてないだろうな……?」
アイカに尋ねる。
「いや、近くにはいなかったと思いますけど」
「それならいい、続けるぞ」
俺はベッドに座った。
足を組んで、ふんぞり返る。
「その体勢必要ですか?」
「格の差を思い知らせるためにな」
「なんですか、それ……」
アイカは再度背筋を伸ばした。
「限定奪取には発動するまで4つ満たさないといけない条件がある。これは感覚的に分かるものだ。何となくそう感じるし、条件を満たすと、あ、来たな、みたいなのがある」
「ふーん」
興味なしか。
「で、条件ってなんですか? 4つもあるって、上手い話はないもんですね」
「だろ? 一つ目は敵対象のスキルをこの目で見る事だ」
「意外に簡単」
これは、確かに簡単だ。
「二つ目は、敵対象のスキルをこの身で受けること」
「それ、かなり痛いですよね?」
「痛いどころじゃねーよ」
剣術なら、剣を一回でも喰らわないといけない。
嫌だ。
「3つ目は、敵対象に対してスキルに関する質問をして、これに応答する事だ」
「どんなもんです? 試に質問してくださいよ」
「お前、どんなスキル持ってる?」
「短剣術です」
「はい、条件満たした」
「いいこと思いついた」
「何だ?」
「もう一回質問してもらっていいですか?」
「……? スキル何持ってる?」
「不運!!」
その瞬間、アイカが飛びかかってきた。
「さぁ、奪え! 私の不運を奪うがいい!!」
「いらねぇよ!! こっちくんな! まだ説明終わってないだろうが!」
押し合いへし合いになり、数十秒して、アイカを蹴り飛ばした。
壁に激突したアイカは、すごすごと正座の体勢に戻った。
「4つめだ。最後に以上三点を満たした後、敵対象に接触しつつ相手の目を見れば、そのスキルを奪う事ができる」
「さぁ、今すぐ私の目を見て奪ってください!!」
アイカが抱き着いて来て、目を覗き込んでくる。
またしても、蹴りでアイカヲ突き飛ばして、「お前のは要らない」と叩きつけた。
「まぁ、そんで。お前はアブソリュート君を殺しちまったわけだよ。剣術奪う前に」
「……だって、目が覚めたらユウキさん以外死んでて。……カイセイさんたちも」
アイカは涙目になりながら、というか泣いている。
ボロボロと涙を流して、死者に哀悼の意をささげている。
「悪い人たちじゃなかったのに、何で死ぬ必要なんてあったんですか? 私が気絶してる間に何があったんですか?」
迷宮からの帰り道、アイカはずっとそのことを聞いていた。
だが、俺は一切を無視して宿に帰った。
面倒だったし、外でするものでもないと思ったからだ。
「あの男は、俺の復讐対象だった」
「え、あの人、そうだったんですか……!?」
アイカは涙を拭いた。
目元が腫れあがっている。
「んで、俺の事を探してたんだと。それで探し人を殺すために、色々な奴殺してたってさ」
「……意味不明なんですけど」
アイカが鼻をすする。ズビッと鼻水の音が気持ち悪い。
「そんな意味不明な理由で、カイセイさんたちは殺されたんですか?」
「らしいな……」
「そんな……」
アイカは俺の横に座って、下を向いた。
「……結局、二人に逆戻りになってしまいましたね」
「そうだな」
カイセイたちの遺体は回収できていない。
迷宮に食われた。
装備も何もかも、迷宮に食べられて、あいつらとの行動を示すものはこの剣だけだ。
デカコボルトとアブソリュートの持っていた剣だけは回収しておいた。
デカコボルトの魔宝石は、カイセイが持っていたから回収していない。
アブソリュートの剣は高そうだから持ってきた。
「やっぱり売っちゃうんですか……?」
震える声でそう聞いてきた。
俺はデカコボルトのバカデカイ剣を見た。
刃渡りだけで俺の身長の半分を軽く超えている。
あれを片手で扱うのは無理という物だ。
「使えないからな……。それに」
「それに?」
「最初の目的は、あの剣だ。高く売れるからっていう理由で、カイセイたちと組んだんだろ」
「そうですけど。・・・・・・かなり長い間、一緒に戦っていた人が、突然いなくなったんですよ……!? 何で動揺してないんですか……?」
「……すまんな」
俺は立ち上がって、剣を二本かかえた。
「売ってくる。お前は自由にしてろ。寝ててもいいし、飯食ってきてもいいぞ」
アイカの返答がなくて、出て行こうとした時、後ろから立ち上がる音がした。
「行きます。行かないといけないと思うし、確かに最初の目的は……剣ですし」
俺は振り返って、アイカの少し怒ったような顔を見る。
「別に強制してないぞ」
「離別っていうんですか? ちゃんと決別はするべきだと思います。私には明日がありますから」
「……賢明だ」
アイカが歩いて、アブソリュートの剣を持っていった。
俺もデカコボルトの剣を担いで、外に出た。
ギルドはすぐそこだ。
あの殺し合いは昼くらいに起こったらしい。
まだ外は明るい。
時間感覚がおかしくなりそうだ。
ギルドはまだがらんどうとしていた。
数人の冒険者らしき男と、カウンターで談笑する受付嬢。
今は暇らしい。
デカイ剣を担いできた俺を見て、ギョッとしているが、それも一瞬だった。
デカコボルとの剣だと気づいたようだが、次の瞬間に顔が険しい喪になる。
受付嬢のマーシャさんが話しかけてきた。
「他の人たちはどうしたんですか?」
カイセイや他の十数人の冒険者の事だろう。
今日は、ギルド前は相当にぎわっていたし、俺たちの事は知られている。
デカコボルトを殺すとカイセイが五月蠅かったのも、今や懐かしい話だ。
「死んだ」
「はっ……?」
「全員殺された。アイカ」
アイカはアブソリュートの剣をカウンターに置いた。
立派な意匠を施された剣だ。
実用性も申し分ない。
「こいつを使っていた男に何名か。それとコボルと達に10人以上殺されている」
「え、ちょ、どういう……?」
どうするか。
アブソリュートの名前を出すか。
それとも出さないか。
俺は情報が欲しい。
アブソリュートとこの剣はクモの糸だ。
縋るしかない。
一筋の光明が見えたのだ。逃すわけにはいかないだろう。
「アブソリュート家となのる人物によって、そうだな。6名殺された。当のそいつはアイカが殺したが」
「……アブソリュート? 聞いた事ありませんね……?」
そう言うと「こっちに来てください」といって、奥の部屋に通された。
剣の換金は他の人に任せて、マーシャさんに付いて行く。
ギルドの奥に進んで、一つの部屋に案内された。
プレートにはギルド長室と書かれている。
偉い人の部屋だな。
マーシャさんがドアをノックして、「失礼します」と言って、中に入った。
俺たちもそれに続く。
一面絨毯が敷かれた室内。
両壁には本棚が置かれ、びっしりと書物が置かれている。
部屋の中央にはソファーと机。
その奥に執務机らしきものがある。
その机の上には、大量の書類が積まれていた。
書類が多すぎて、奥に座っている人物が見えないほどだ。
というか、小さいな。
「小さいな……」
「ちょっと、ユウキさん! 声に出てますよ!」
「お前も割と大きな声出してるけどな」
小さなおっさんはハハッと笑って、執務机から降りて、俺たちの前に出てきた。
身長は一メートルあればいい方だ。
「小人族の方ですか?」
アイカがそう言った。そういう人もいるのか。
「えぇ、えぇ。小人族は執務能力が高いので、よくこういう役職についているんですよ。もっと怖そうなおじさんが出てくるかと思いましたか?」
ギルド長であろう小人族のおじさん。柔和な顔つきをしている。
とても荒くれものを束ねる長には見えなかった。
だが、服装はきれいだし、そういう物なのだろうと納得した。
「座ってください。それで、マーシャさん? どのようなご用件で?」
「はい、この二人から新人狩りについての貴重な情報が手に入った可能性が」
「ほうほう、それはそれは。ご苦労様です。マーシャさんはお仕事に戻ってもらっても結構ですよ」
「分かりました」
マーシャさんは頭を下げて、部屋から出て行った。
俺とアイカが、ギルド長の対面に座る。
「新人狩りってなんですかね?」
隣でヒソヒソとアイカが聞いてきた。
知らねーよ。
「それなんですよね」
「はひっ」
反応されるとは思っていなかったアイカは、ギルド長に対して向き直って背筋を正した。
「最近、近くの迷宮で新人ばかりが殺される事件が多発していましてね。この情報は今日入ったものだったのですが……。情報の伝達が遅れたのは申し訳ありませんね。それで……その新人狩りと思しき人物にあったと?」
「はい、奴は自分をアブソリュート家のものだと言いました」
「アブソリュート家……? 聞いた事がありませんね……」
「何でもいいんです。分かる事はありませんか?」
ギルド長は短い腕を組んで、うんうん唸っている。
「残念ながら、私の知ることはなさそうですね。そのような貴族の家名は聞いた事が無いし、覚えもありません。本当にアブソリュートと名乗ったのですか?」
そういわれると自信が無くなってくる。
アブソートだっけ?」
「多分、そうだと思いますが……」
「そうですか……。それで、その新人狩りと思しき人物の動機は分かりますか? なぜ新人ばかり殺していたのか?」
これは喋るべきではない。
それだけは分かる。
これは俺の問題だ。
「いえ、分かりません」
「そうですよね。期待はしてませんでした」
そういわれると、少しだけ頭にくるものがある。
アイカに肘でつつかれるほどだ。
自重、自重。
「そんな怖い顔しないでください。仕方ない事ですよ」
ギルド長も俺の顔を見て、少し怯えてしまったようだ。
そんな怖い顔しているのか。
「私たちは暗殺者協会に依頼して、アブソリュートについて調べさせます。何かわかれば教えて差し上げましょうか?」
「是非に」
ギルド長は「とはいえ」と続け、
「アブソリュートとやらが新人狩りではなかった可能性もあります。こちらからも新人たちには注意しておくので、あなたたちも注意しておいてください」
「えーと、その新人たちの多くが死んじゃっているんですが……」
アイカがギルド長にやんわりそう言った。
「まだ他にもルーキーは居ますよ。あなたたちもルーキー扱いです。このあたりの迷宮では、4階層。オークからが本番ですからね。頑張ってください。死なないように」
ギルド長はそれで終わりとばかりに立ち上がり、執務机に戻った。
もう書類仕事をしている。
邪魔になっては悪い。
俺たちは一礼して、部屋を出た。




