35 アイカは役立たず
俺たちの入った空間では、すでに大戦闘が巻き起こっていた。
冒険者一に対し、コボルト二の比率。
各自大激戦を繰り広げている。
剣を、盾を、槌を、槍を。コボルトに巻き込まれないように振り回す。
連携して、各自の技量を駆使し、コボルトに負けず劣らずの戦闘を繰り広げていた。
大空間には出口と言うのは、さっき入ってきた所しかない。
その出入り口は今しがた俺とカイセイが入ってきて、デカコボルトが遅れてきたところだ。
「ぶああぁぁぁぁぁぁん……!!」
デカコボルトの登場に、周りのチビコボルトが奮起し始めた。
逃げ道がふさがれた状態で、冒険者たちは劣勢に追い込まれていく。
それでも、死なないために、生きるために戦い続ける。
「死ねぇぇ!!」「オラァァ!」「ぐがぁぁ……!」「一本突き……!!」「ウオオオオオオオオオォォォォォ……!」「犬が!! 舐めんなぁぁ!!」「やられるかよ!!」「そっち行ったぞ!!」「挑発しろ!」「連発できねぇんだよ!」「おい、ヤバ……!!」「誰かアイツ抑えろ!」
もう、滅茶苦茶だ。
コボルトの頭を割り、割られ、迷宮に取り込まれる。
前には地獄絵図、後ろには化物。
コボルトの士気は、デカコボルトの登場によるものだ。
この拮抗した状況を覆すには、デカコボルトの退場が一番手っ取り早い。
どうせ逃げ道も無くなっている。デカコボルトが塞いでいるからだ。
俺とカイセイは振り返る。
「マジか、マジかよ……! ここまでの奴らだったのかよ……! 聞いてねぇぞ……!」
デカコボルトたちの理不尽な戦闘力に、カイセイが不満を吐く。
カイセイはロングソードを抜いて、切っ先をデカコボルトに向けた。
「ビビってんのかよ!? さっきまでの勢いはどこに行ったんだよ!? クソ野郎!」
「誰がクソだ!? やってやんよ! 一本突きぃぃぃぃ……!!」
カイセイが真っ先に突っ込んだ。
けしかけたのは俺だが。
だが、デカコボルトもただ突っ立っている訳ない。
あっさりとカイセイの一本突きを弾いた。
「ぬおっ! やばっ! ざ、ザック! どこだ!? 早く……!!」
一発で攻守逆転されたカイセイが、コボルトの攻撃を紙一重で防ぐ。
ロングソードが折れんばかりの勢いの攻撃が、カイセイに降り注ぐ。
「わっほ! わっほぅ!! ほほぅ!!」
ダイナミックに飛び上がりながら、デカコボルトはカイセイに攻撃する。
カイセイが反撃するタイミングなんてない。
助けをザックに求めるが、当のザックは後ろで通常のコボルトと死闘している。
あっちはあっちで忙しい。
「うおおおおお……!!」
俺が横合いから無理やり二人の戦闘に割り込んだ。
もう適当だ。やっちまえ。
盾を構えてデカコボルトに打ち掛かる。
デカコボルトは最後に大きく剣を振りぬいて、カイセイを弾き飛ばした。
「ぬぁぁぁ……!!」
小さいとはいえそれなりの重量のある人間が宙に浮いている。
カイセイは空中でジタバタしている。
まずい。
デカコボルトは俺を無視している。カイセイを攻撃するつもりだ。
デカコボルトは返す太刀で、カイセイに切りかかる。
「カイセイ!!」
俺の叫びと同時に、落雷にも等しい音が大空間に響き渡った。
雷球だ。
メルの援護が入った。
デカコボルトに当たった。
だが、デカコボルトは止まらない。
しかしカイセイは着地ざま、すぐに移動する。
地面を転がって、デカコボルトの横なぎの攻撃を泥臭く回避する。
「ぶっねー!! さっさと撃てよ!」
間一髪で命を拾ったカイセイが、メルの攻撃の遅さを罵る。
「言ってる場合か! 前見ろ!!」
「マジか……!!」
デカコボルトは俺には目もくれず、カイセイに攻撃を繰り返す。
くっそ。
カイセイはなんとか攻撃を防いでいるだけだ。
いつ死んでもおかしくない。
ロングソードも所々欠け始めている。
重いんだ。
「くっそ! 力強すぎだろ…・・・!!」
カイセイが飛んでくるデカコボルトの剣を弾き返す。
だが体勢を崩すのはカイセイだけ。
コボルトは止めを刺そうと振りかぶる。
「縮地突き……!!」
無理やりにでもデカコボルトととの距離を詰めた。
カットラスの切っ先がデカコボルトに突き刺さる前に、弾かれた。
「ぶぉぉん!」
咆哮と言うか気合の入った声とともに、デカコボルトは剣を振る。
なんて力の強さだ。
デカコボルトはその膂力と使って、縦横無尽に剣を振る。
めっちゃ早いし、おっかない。
「盾受……!」
俺はデカコボルトの剣を受け止め――きれない……!
「ぐぉぉぉぉ……!」
盾が弾き飛ばされそうになりながら、どんどん下がる。下がる。下がる。
ちょ、やばい。強い。力が半端じゃない。
それに早すぎる。
「ワハハ、わほほあ!!」
もう人間に近い鳴き声、野太い声でデカコボルトは俺に攻撃を繰り返す。
片手持ちから両手持ちになった。
本格的にまずい――!
「強固な守り!!」
野球でもするかのようにデカい剣をデカコボルトは振り回した。
全身を強化して、盾受。
ザイルにも似た衝撃が全身を貫いた。
元居た場所を数m滑って移動した。
ズザザザ、と靴の裏が迷宮の地面をこすりあげる。コボルトは攻撃の手を休めない。
後ろに下がれば、何体もいるチビコボルトたちが来てしまう。
ここに居ないと死ぬ。
ここに居ても死ぬ。
あぁぁぁぁ。くそ。どっちにしても死ぬ。
何で俺はこいつと打ち合ってるんだ。
逃げろ逃げろ。
「やってらんねぇ……!」
何で俺がデカコボルトの相手しなくちゃいけないんだ。
誰かほかの奴がやれ。
そう思って、俺はもうほとんどデカコボルトに背を向けて、後ろに走り出した。
「うおおぉぉぉぉおおおおおおん!!」
うっせんだよ。
デカコボルトは俺を追いかける。
俺は追いつかれないように走る。
二足歩行なら俺の方が早い。
4足になれば、アイツの方が早い。
でもデカコボルトは剣を持っている。それも身長の半分以上はある剣をだ。
それにデカくて、分厚い。
鉄板かよ、と思うくらいの厚さだ。
あんなデカいの担いで、縮地突きで逃げる俺に追いつけはしない。
乱戦になっている集団の中に、縮地突きしながら突撃した。
俺に背を向けるコボルトにカットラスを突き刺した。
「ぎゃん……!」
コボルトは突然の攻撃に対応できない。
戦っていた冒険者も驚いている。
近くに居たコボルトに、
「撫で斬り!!」
腰を半分斬るつもりで薙いだ。カットラスは背骨を避けて、コボルトの腰を半分切り裂く。
コボルトを挟んで向こうにいる冒険者が、一本突きで止めを刺した。
後ろからはドカドカとデカコボルトが来ている。
「うおおおおお!!」
目の前の冒険者は驚愕して、その場から離れた。
俺も違うコボルトを狙う。
「縮地突き!!」
地面をタタタッと走りながら、コボルトの背後を取り、剣を突き刺す。
盾で頭をぶん殴り、また違うコボルトに向かった。
後ろからは「うぎゃああぁぁ……!!」とか聞こえている。
デカコボルトが猛暴れしている。
剣を振り回し、もう少ない冒険者を殺害している。
「ドゥラアァァァ!!」
止めておいたらいいのに、カイセイがデカコボルトの後ろから切りかかった。
デカコボルトは、
「は……?」
見えなかった。
一瞬だった思う。
俺が振り向きざま、アイツは何かしてカイセイを吹き飛ばした。
カイセイは物のように地面を転がる。
くそ。アホが。
「癒光……!!」
遠くからでも治療可能な魔法で、カイセイを癒す。
デカコボルトはあくまでも、周りの連中を殺す事にご執心だ。
他の冒険者も何とか頑張る。
デカコボルトからは逃げ、チビコボルトを殺す。
もういい。そろそろ使える。
大きく息を吸い込んで、俺は絶叫した。
「ウオオオオオオオオオォォォォォ!!」
挑発で周り数メートルにいるコボルトを俺の得物にした。
その瞬間、冒険者たちの目の色が変わった。
「今だやれぇぇぇえぇ!!」
誰かの掛け声で一斉に周りの冒険者が動いた。
一本突きが唱和される。
「一本突き!」「一本突き!!」「いっぽおおおおん!!」「ぽんづキィィィィ!!」「一本突き……!」
占めて5人がその瞬間に、コボルトを殺した。
ドタドタ倒れるコボルト。それを見て、周りのコボルトたちが浮足立った。
行ける。そう思った。
「ぶぉらあああああぁぁぁぁぁぁあぁあああ!!」
威嚇にも等しい咆哮が、場を制圧した。
デカコボルトから発せられた声は、コボルトたちにピリッとしたものを与えた。
崩壊しかけた戦線が持ち直される。
だが、一瞬で5体も減ったコボルトたちと、冒険者の数はほぼ同等。
「さっきから舐めてんじゃねーぞ!!」
またカイセイがデカコボルトに行った。
もうすごいとしか言えない。
デカコボルトは振り返りざまに、カイセイの攻撃を弾く。
「ふんなあぁぁぁぁ!!」
ザックだ。
ようやく目の前のコボルトたちを倒して、カイセイにヘルプに入った。
「おせぇんだよ! さっさとやるぞ!」
「応!!」
ザックとは思えない音らしい声が出た。
少しびっくりしていると、デカコボルトはザックに下段から剣を振り上げた。
「ふんぬぉぉぉお……!?」
ザックはコボルトの怪力に吹き飛ばされる。
盾を構えて踏ん張ってはいるが、いつ大きな一撃を食らうかもわからない。
そして、来た。
やばい。あいつ、
「一本突きだ! 避けろぉぉぉ!!」
叫ぶ。
ザックは驚きを隠せない。
まさか剣術まで。
「うぉぉん!!」
ザックの盾にデカコボルトの一本突きが、激突した。
ザックは頑張って支えようとしたのが間違いだった。
逃げようとすればよかったんだ。
「ぎゃあぁっぁ!!」
デカコボルトの剣の前に、ザックの盾は砕け散った。
まさか盾が砕けるとは。
デカコボルトの剣は勢いを殺さず、ザックの金属鎧を突き破った。
ザックの鎧は所詮安物だ。
デカコボルトの一本突きを凌げるほどの耐久性が無かった。
肩の部分を貫かれ、ザックは地面に倒れる。
「ザックゥゥ!!」
カイセイがザックを殺そうとするデカコボルトに急接近する。
「何しやがんだぁぁ!!」
怒りに任せた一本突きは、軽々とデカコボルトの剣に防がれ、反撃を受ける。
ちょこまか避けるカイセイは、何とか無事だ。
俺はザックに駆け寄った。
痛みにうめくザックの方の傷に手を当てる。
「癒手!」
魔法力がもう少ない。
さっきコボルトたちを殲滅するのに使いすぎた。
ザックを治療しながら、カイセイ達に告げた。
「もう光魔法も三回しか使えねぇ! ケガすんなよ!」
直後、メルの雷魔法が瞬く。
だが、デカコボルトは剣で防いだ。
もうタイミングも掴まれている。
その時、後ろから勝鬨が上がった。
後ろを見れば、すべてのコボルトが倒れている。
残った冒険者はたったの3人だ。
「は……?」
アイカはどこに行った?
さっきから姿を見ていない。
しまった。見逃している。
「死――?」
どこぞともしれないところで死んだ?
遂に死んでしまった?
許可なく?
俺に声をかけることなくだと?
何勝手に。
目線をデカコボルトに向けた瞬間、間違いであることに気付いた。
「一本突――」
アイカは盗賊としてデカコボルトの後ろを取ろうとしていたのだろう。
それまで息を潜め、チャンスを窺っていたのだ。
しかし、
「ガフッ……!!」
デカコボルトはカイセイに攻撃しながら、後ろに蹴りを放ち、アイカを吹き飛ばした。
蹴りはアイカの顔面をとらえ、アイカはそのまま崩れ落ちる。
狙いはよかった。
だが、駄目だった。
「アイカさん……!!」
ザックが治療を終えて立ち上がり、デカコボルトに打ち掛かった。
盾がなくなり、ザックは剣一本でデカコボルトに立ちふさがる。
メルが気を失っているアイカを部屋の隅に引きずる。
俺はそこに行って、アイカの顔面をわしづかみにした。
「癒し手!」
メルはそれを見て安心したか、大きく息を吐いた。
「魔法はどれだけ使える?」
「もう、あんまり……」
メルの魔法力も限界が近い。
早いところデカコボルトを倒さないと、メルが使い物にならなくなる。
「シャラァァァァ!!」
生き残った3人の冒険者が、デカコボルトに殺到した。
カイセイとザックがその声を聞いて、息を吹き返した。
「おっしゃあああああ!!」
「一本突き!!」
カイセイがロングソードを振り回し、ザックの本気の一撃がデカコボルトを強襲する。
デカコボルトはザックの攻撃を剣ではじき、ロングソードを腕で防いだ。
「見たか! 入れてやったぜ!!」
初めて剣の攻撃が通った。
少しだけ切れている。血がうっすらとにじむ程度だが、コボルトの被毛を削った。
「雷球……!」
ズガァァンとメルの魔法が炸裂した。
びくんとデカコボルトの体が震える。
生き残った3人の冒険者が一斉にデカコボルトに襲い掛かり、それぞれ傷を負わせる。
「ぶるぁぁぁぁ!!」
デカコボルトは傷を受けながらも、反撃。3人をふっとばした。
一人に狙いと付けている。
俺は走った。
尻餅をつく冒険者の前に躍り出て、盾を掲げた。
ガンガンガンコボルトが剣を振り下ろす。
腕が砕けそうな衝撃が盾にのしかかる。
「ウラァァ!!」
カイセイ。
デカコボルトの膝を剣でぶん殴った。
「ふがぁ!?」
ガクンとデカコボルトの膝から力が抜けた。
膝をついた。
ザックや他の冒険者がチャンスとばかりに打って出た。
「一本突き!!」
息の揃った攻撃が3箇所、デカコボルトの体を傷つける。
「ぎゃあぁぁん!!」
犬特有の悲鳴が出る。
「撫で斬り!!」
一歩踏み込んで、コボルトの腹を切り裂く。
「雷球!!」
後ろからメルが。
「一本突き!!」
横合いからカイセイが。
「ふなぁっぁぁ!!」
ザックも体を斬りつける。
他の冒険者もし死力を尽くしている。
デカコボルトもめげない。
片手で剣を振り回して、俺たちとの距離を取った。
カイセイがいの一番で駆けだす。
「逃がすか――うぉっは!?」
一発で退けられる。だが、貴重な時間だ。
「縮地突き!」
突進して、突く。剣が払われ、デカコボルトは剣を振り上げる。
「おおおおおおぉぉ!!」
ザックが両手持ちで剣を真横に振る。
コボルトが下がった瞬間、雷鳴がとどろいた。
メルが最後とばかりに魔法を使った。
杖にしがみついて、立っているのがやっとの状態だ。
デカコボルトは電撃に打ち震える。
「ぎゃは……ッ!」
体中から血の滴るデカコボルトを見て、カイセイが叫ぶ。
「殺すのは俺だ!!」
経験値。
それを言っている。
やらせるか。
俺が貰う。
「うおぉららあああああああああ!!」
動きが止まったデカコボルトに近づいて、カットラスを付きまくる。
乱れ突きを体力の限り使う。
研ぎ澄まされた剣先が、肉に埋まる感触が何度も伝わってくる。
「ユウキィィィ!!」
俺の名前を言うな。
カイセイは一本突きで、デカコボルトの体にロングソードを深々と突き刺した。
ザックは頭を殴る。殴りまくる。
他の冒険者も斬って、殴って、穿つ。
デカコボルト一体に対して、六人の冒険者が群がって剣を突き刺す。
コボルトはついに剣を捨てた。
倒れ込んで、体を丸め込む。
「やっちまえ、てめぇら!!」
カイセイが命令する。
言われるまでもない。
全員で鉄の塊である剣で、デカコボルトを殴りまくる。
コボルトは手や足でそれを振り払おうとしているが、今更どうという事は無い。
ちょっと爪に引っかかれようとも、関係ない。
振れ、振り下ろせ。
「うおおおおおお!!」
技なんて関係ない。
こんな凶器をぶち込んでる時点で、こいつの運命は決まっている。
何十回も剣を振り下ろした。
デカコボルトの体が、真っ赤になり、動かなくなっていた。
感想待っています。




