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34 大空間

 迷宮には多人数で潜ればいいというものではない。

 多すぎる人数では指令が行き届きにくいのはもちろん、意思の統一が図りにくい。


 次の道をどちらに行くにか、誰が止めを刺すのか。

 最初はいいだろう。

 安全は確保されている。


 しかしどこかで不和が起これば、途端に十数人の集団に不穏な空気が流れる事は想像に難くない。


 十数人で一匹のコボルトに群がり、儲けはほとんどない。

 (いさか)いが起こり、それは集団規模になる。


 複数のパーティーが結果的に集まった野良パーティーだ。

 誰もが利権を主張し、大声を張り上げ声高に叫ぶ。


 その行動は足を止め、迷宮に自分たちの居場所を教える事になる。


 ワーギャー騒いでいるうちに、彼らは囲まれていた。


 それに気づいた彼らは最初こそ善戦した。

 一階層や二階層で頑張ってレベルを上げ、クラスを手に入れた彼らは確かに三階層に赴く権利を手に入れていたのだ。


 だが、それはそれ。

 通常のコボルトの場合の話だ。


 スキル持ち相手では話が異なる。


 乱戦する彼らの下に、戦闘音を聞きつけたデカコボルトがやってきたのだ。

 彼らの当初の目的は、カイセイ達と同じデカコボルトだ。


 だが想定と違う。


 こんな風に囲まれている状況など考えていなかったし、考える必要もないかと思っていた。

 誰もが成功だけを夢見て、三階層に来たのである。


 彼らは浮足立っていた。


 一階層、二階層のレベルがそこまで高くなかったのが原因か。

 それともここまで順調にステップアップできたことが原因か。


 どちらにしろ、違う理由であるにしろ彼らは失敗した。


 命令系統も碌に完備されていない状況で、一匹でも厄介なデカコボルトの乱入。


 逃げるしかなかった。


 誰も命令してはいなかったが、全員が一目散に逃走を開始したのである。

 これは冒険者の功か。短いながらも命のやり取りをしただけの事はあったと言える。


 犠牲になるものもいたが、それでも大半の冒険者が逃げ出すことには成功していた。

 だが、コボルトは追いかけてきている。


 奴らは早い。

 もとは犬のような体形で無理やり立っているような連中だ。

 4足歩行の方が早い。


 コボルトたちは地を這いながら、冒険者たちを追いかけた。


 彼らはルーキー。

 今日が初めての三階層だった。


 道が分からない。最短での逃走経路を把握できず、迷宮内を走り回り、帰り道の転移石を探す。


 誰もが転移石を待ち望むのだが、全く見つからない。

 走り、追いかけられ、後ろから攻撃される。


 少しずつだが人が減っている。


 一人の冒険者が振り返り、犠牲になった男を見た。


「いだ、やめで、ぐで……! だ、だれがぁぁ!! 行かないで…・・・! 死んじ――!」


 男はたくさんのコボルトに取り囲まれ、剣や棍棒、スコップで滅多打ちにされていた。

 瞬く間に肉塊に代わる男を見て、全員が恐怖した。


 死ぬ。


 止まれば、追いつかれれば死ぬと。


 デカコボルトも4足歩行に切り替えている。

 遠からず、追いつかれるだろう。


 誰もが己の死の予感に絶望していた。


 その時、目に入ったのは男女5人のパーティー。


 ツンツン頭の男が好戦的な笑みを浮かべ、のっぽの男はバイザーを上げ下ろししている。

 他の奴らはどうか。

 そんな事を気にしている場合ではない。


 死んでしまう。


 それにやってはいけない事をした。

 モンスターを引き連れて、他のパーティーに擦り付ける行為などタブーだ。


 死ぬ前にこんな禁忌すら犯してしまうとは、などと全員が思ったに違いない。


 しかし、目の前の男たちは逃げるどころか、戦う様子だった。

 目を瞑れ、と言われ何となしに視界を無くす。


閃光(フラッシュ)!!」


 状況が変わった。

 それだけが、男たちの頭を支配した。





 十体以上のコボルトに加え、デカコボルト一体。

 3階層では考えられない量だ。


 閃光を発射して、俺は目を瞑り、手で目を覆い隠す。

 これで閃光の凄まじい光をやり過ごす。


 音のない爆弾のような光の弾が、弾けた。


 カッと光り、迷宮内を閃光が焼き尽くす。

 熱などないが、目を焼くような光だ。


 冒険者とコボルトが入り乱れる中で爆発し閃光は、多くのコボルトたちの目をつぶした。


「きゃおおぉぉぉん……!!」


 コボルトは光を直視し、少なくない冒険者も目をつぶしている。

 悪い選択ではないと思ったが、これでどうなるか分からなくなった。


 あいつだ。

 あのデカコボルト。


 しっかりと目を瞑っていたし、手を庇代わりにしていた。

 俺の閃光を知っている。

 先日俺と遭遇したデカコボルトか。


 手の内を一つ知られているのは痛い。


 閃光を見なかったコボルトと冒険者たちが撃ち合っている。

 もう乱戦だ。

 目が潰れた者たちはその場で蹲っている。


 そういう奴らを目ざとくデカコボルトは殺していた。

 やべ。

 やらなきゃよかったかも。

 でも結果論だし。あのまま追いかけられるのは、俺としても御免だったし。

 しょうがないよね。


「おっしゃあああ!! 行くぜぇぇえ!」


 カイセイが目が見えなくなっているコボルトに止めを刺す。

 ザックもカイセイと一緒に行動している。

 二人はワンセットだ。


 多いな。

 コボルト。

 他のところから救援が来始めた。


 最初のコボルトと数えると、20以上だ。

 狭い場所に何十人もの人間大の生物がひしめいている。


 もう通路が冒険者やコボルトであふれかえる。


 右や左、前後ろ、どこからでもコボルトが来始めた。

 最初の閃光も効果が切れ始めた。

 目が見えなくなっていたコボルトたちが復帰し始めた。


 それに比べ、冒険者の数は減っていく。

 冒険者一人に対して、コボルトが二体、三体と群がり殺していく。


 一塊になっている奴らはなんとか無事だ。

 俺とアイカ、メルは一緒になって動いていない。


 通路には冒険者の壁があるし、死体に足を取られそうだ。

 と思ったら、死体が迷宮に飲み込まれ始めた。


「……少しはやりやすくなったな」


 後ろを振り向いて、メルと一緒に魔法を打ち込んだ。

 囲まれている。


 全面は新人冒険者たちが奮闘して、後ろは俺とメルの魔法がコボルトを焼き殺す。

 メルが魔法を連発し、俺も火弾でコボルトの動きを止める。


 アイカは動けない。


 あの群れに飛び込んでは、盗賊のアイカは一瞬で殺される。

 撃って撃って、撃ちまくる。


 それでも十体以上いるコボルトを止め切れない。

 メルが下がりながら雷球を打ち込む。


 コボルトたちは雷球の音にも慣れてしまったようだ。

 撃つたびに轟音が迷宮を支配しているのだが、何発も打てばコボルトだってなれる。


「くそ…・・・!」


 火弾から火槍に切り替えた。何本も火魔法レベル3の火槍でコボルトを焼き殺す。

 3発撃つ頃には、かなり減らせていたが、さらにその後ろからコボルトが数体来ている。


「こりゃだめだな……」


 魔法力も無限じゃない。

 撃てば撃った分だけ無くなっていく。


 メルの魔法力だって無駄にはできない。


 アイカの不運も発動していると考えて良い。

 これ以上ここに留まって良い理由はない。


「この先にもっと広い所があるわ。そこに行きましょう」


 メルが最後に雷球を叩き込んで、俺の肩を叩いた。

 後ろを見れば、冒険者とコボルトが激戦を繰り広げている。


「そういえば、ありましたね。そんな場所」


 迷宮はただ通路がある訳じゃない。

 広い空間もある。今は移動中だったからこそ、こうやって狭い所で戦っているのだ。


 救援のあるコボルトたちの方が、この場は有利だ。


「ザック! カイセイ! 行くわよ!」


 メルが雷魔法を二人が戦っているコボルトに叩き込んで、デカコボルトとは逆方向に走り始めた。

 俺もそれに続く。

 後ろは確認しない。

 する暇がない。


 まだ目の前にはたくさんのコボルトたち。

 

「ウオオオオオオオオオォォォォォ……!!」


 狭い範囲の数体を俺だけに引きつけた。

 アイカとメルは俺の後ろに隠れる。俺は走る。強固な守り(ライズガード)を使用しながら、コボルトの群れを駆け抜ける。


 すれ違いざまに色々なところを攻撃される。

 頭だったり、腹だったり、脚だったり。

 痛い。痛すぎる。

 だが、大丈夫。


 何とか走れる。


「置いてくなぁぁ!!」


 後ろからカイセイが大声を出す。

 止まれるわけないだろ。


 数体の包囲網を抜けると、走りながらメルが雷球を一体のコボルトに叩き込んだ。


「ぎゃん!」


 コボルトは黒い煙を上げて、その場に倒れ込んだ。

 まだ死んでいないが、アイツはリタイヤだろう。


 だが、まだまだコボルトは居る。

 後ろから追いかけてくるコボルトを倒そうと、火魔法を使おうとしたとき、コボルトたちの後ろからカイセイ達が来た。

 カイセイが「オラァ!」と背面からコボルトを串刺しにする。 

 ザックは頭を砕く。蹴倒す。剣を振り回し、コボルトたちを蹴散らす。


 止めを刺さず、俺たちは走り抜けた。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉん……!!」


 後ろから激震が襲い掛かった。

 空気振動なのかと疑いたくなるほどだ。


 デカコボルトが俺たちを睨んで、他の冒険者を無視してこちらに駆け寄っている。

 それを見て、冒険者たちも俺たちの方に走り始めた。


 デカコボルト以外も脅威だ。

 俺たちが逃げているのを見て、同じ方向に逃げようとしているのか。

 それともデカコボルトを殺すことを諦めていないのか。

 

 意図は分からないが、生き残った10名程度の冒険者もこっちに来た。


「走れ、走れ!」


 意味もない命令を出す。

 目の前にはまだコボルトの群れ。


 火球で牽制して、道だけを切り開いて俺だけその場で立ち止まった。

 くそ。嫌だ。

 でも思いついたし。やった方がいいかも。


「何やってんだよ!」

「お前こそ早く行けよ!」


 カイセイが俺に釣られて立ち止まった。

 他の奴らは火球でできた道を通り抜けている。


 他の冒険者たちは俺たちに目もくれず通り抜けて行った。


「おい、何すんだよ! もう来てるぞ!」


 カイセイが俺の肩をぶん殴る。

 殴る必要ないだろ。


火炎壁(ファイヤーウォール)……!」


 通路一杯に火の壁が立ちはだかった。

 

「あっちッ……!」


 カイセイが火炎壁の近くに居て、軽く被害を受けていた。

 壁の向こうからはコボルトの雄叫びが響いている。

 だが、これではだめだ。


「行くぞ!」

「ハァ!? もう急ぐ必要――!?」


 カイセイの有無を聞かず、首根っこを掴んで引っ張ったのか功を奏した。


「ぶぉぉぉん!!」


 デカコボルトは火炎壁などなかったかのように、突っ込んできた。

 デカい剣を振り下ろした。

 そこにはさっきまでカイセイがいた所だ。


「マ、マジかよ! 来やがった!」

「良いから行け!!」


 俺はカイセイの首から手を放して、走る事に集中する。

 デカコボルトとの距離はある少しだけしかない。


 デカコボルトは剣を振り回す。


「うわ……!」


 間一髪、カイセイは身をかがめて攻撃をやり過ごした。

 二撃目がくる。

 そこだ。


「曲がれ!」


 カイセイは地面すれすれに体を傾け、右の通路に曲がる。

 デカコボルトは剣を振り下ろした。ガァァンと剣が地面に当たる。避けた。


「死ぬ死ぬ……!!」


 次は俺に攻撃が向く。

 デカコボルトはカイセイに攻撃せず、俺に剣を向けた。

 背を向けながらの回避は難しい。


 デカコボルトが背後で、剣を振り上げる。

 行けるか。だめじゃない。


 デカコボルトが剣を振り下ろした。

 来た。


「ユウキ!」


 カイセイが叫ぶ。


「縮地突き……!」


 ギュンと移動速度が跳ね上がった。

 俺が一瞬先までいた場所を剣が通過した。


「マジか。やべぇ。俺かよ……!」


 カイセイは一人取り残され、デカコボルトの標的となる。

 勝手に残るからこうなるんだ。


 俺は立ち止まろうとして、耳をつんざく音に肝を冷やす。


 ズガァァンと雷球が飛んできた。

 奥を見れば、すでに大空間と呼べる場所があった。

 ドーム状だ。普段なら行く場所じゃない。目立ちすぎる。


 その入り口にメルが立って、雷球を使った。


 雷球は当たった。

 だがデカコボルトは小動(こゆるぎ)しただけだ。

 

 馬鹿な。

 他のコボルトなら致命傷にも近いダメージが通るのに。


 しかし貴重な一瞬を稼いだ。

 カイセイはその隙に、デカコボルトから逃げ出す。


「うおおおお……!!」


 過去最速であろう逃げ足で、カイセイと俺は大空間に逃げ込んだ。

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